3-2
それから。
二つの輿で宮殿内へと運ばれたラウサガシュとセーナーヴィーは、絢爛豪華な華燭の典へと臨んだわけだが、花婿はこの上ない仏頂面、花嫁は我関さずの涼しい顔という、招待客並びに王宮官吏や奴隷たちを、非常にやきもきさせる式となった。
引き続き開始された祝賀の宴もまた、同様の険悪な空気を孕む中、見るに見かねたラウサガシュの大叔父の老公が、酔って絡んだふりをして、花婿花嫁を早々に新枕へと追い立てる事態となった。
今はぎすぎすしているが、そこは若い男女のことである。懇ろになれば多少なり何かが変わるだろう、と――、やんやと盛り上がりはじめた主役不在の夜宴で、人々から感謝を受けた老公は、呆れ混じりにかく語ったそうである。
*****
キヤンテ王室の婚儀の流れは、国家宗教が一致するので、大まかにはタリクタムと同じである。
配偶者を迎えたのが女王ではなく男王であり、寿ぎを与えるのが護国本山の大僧正である分、こちらの方が本式であり格式があるとも言えるだろう。
「それでは陛下。また明朝に伺います」
「ああ」
大僧正と小坊主、そうして宦官が姿を消すと、ラウサガシュは乱暴ともいえる性急さで、跪くセーナーヴィーから面紗をむしり取った。
「なにゆえあの女奴隷を連れてきた?」
奪った面紗と宝飾品は、苛立ちも露わにそのまま床に投げ捨てる。セーナーヴィーはそれらを静かに目で追って、平坦に答えた。
「お気に召しておられるようでしたので」
「召してない。明日、船に乗せてタリクタムへ帰らせろ」
「承諾しました。お心に叶わず残念です。ですが私の侍女には、あなた好みの容姿の者を揃えて参りましたので」
「どういう意味だ?」
「そういう意味です。おわかりでしょう?」
「わからんな。他にもまだ、俺が人魚宮で夜伽にした女がいるというなら全員帰せ」
「よくよくわかってらっしゃるではありませんか」
「……まさか皆か?」
セーナーヴィーはそこでようやく挑むように視線を上げた。ラウサガシュの詰問に対し、一歩も引かぬ構えが見て取れた。
「事前に供にして参ります、侍女の名簿を提出したはずです。一夜限りの恋人の名はお忘れですか?」
「そんなもの、問うてすらおらん」
傲慢な発言をしてラウサガシュは、セーナーヴィーを抱え上げた。埒が明かない話は打ち切って、花びらが散り撒かれた寝台に運ぶ。
事に及ぶ前に、寝衣はさっさと脱ぎ捨ててしまうのがラウサガシュの流儀だ。狩猟を趣味とし、有事に備えて鈍らせていない肉体は、見せて誇れるだけの自信もある。
準備万端にして覆い被さると、セーナーヴィーは睫毛を伏せた。観念した様子の彼女の寝衣も、接吻しながら脱がせてしまう。
「……綺麗だな」
皮肉でも、世辞でもなく、ラウサガシュはそう思った。
寝衣の下から現れたセーナーヴィーの裸体は、括れていて欲しいところが見事に括れ、伸びていて欲しいところがしなやかに伸び、艶があって美しかった。肉感的なシヤナーハの側にいたせいか、セーナーヴィーは胸の小ぶりさを気にしているようだが、大切なのはそれよりも全体の均整だ。
「綺麗?」
大腿をよじりながら、セーナーヴィーは疑る様に目を開けた。目尻がすっと切れ上がった瑠璃色の瞳も、間近で見れば息を呑むほど美しい。
「ああ、綺麗だ。お前は自分を知らんのか? それから誤解が生じているようだが、これだけ柔らかければ十分だ」
言葉を尽くしたところで伝わりそうもないことは、態度で知らしめてやればいい。一夜をかけて、じっくりと。
ラウサガシュが左の小丘を手のひらで包むと、セーナーヴィーはぎゅっと眉根を寄せた。捥いだばかりの青い果実を味わう前に、ラウサガシュは尋ねた。
「怖いか?」
「これから身体の中に、その得体の知れぬものを突き入れられるのです。怖くないとでもお思いですか?」
一連の流れの中でセーナーヴィーは、ラウサガシュの雄の部分を目にしたらしい。初夜の花嫁に猛々しいそれは、凶悪に過ぎる代物だろう。
「最終的にはそうなるが、それだけでは済まさない。もっと色々な目にあわせてやるから、怖ければ俺にしがみついていろ」
セーナーヴィーの腕を自分の身体に回させて、ラウサガシュは手の中のものを可愛がりつつ、貝殻のようなその耳に舌先を差し入れた。
全身隈なく食い尽くさんとするラウサガシュの背中に、きつく爪が立てられたのはそれからほどなくしてのことだった。
*****
「いざ、検めを」
一生にそうは無い慶事での大役とあり、昨日の式から大僧正は張り切っている。老齢の大僧正には、ささいなことに端を発した、青臭い男女の確執など何のそのだ。
自分の寝衣を素肌の上に着用し、その肩にラウサガシュの寝衣も被せてもらったセーナーヴィーは、それの前を堅く合わせながら、天井から吊られた丸い天蓋の蚊帳の中で横座りになっている。花嫁様はこのまま寝台の上でお楽にと、いらない気遣いをした小坊主に、押し留められてしまったせいだ。
遠慮がちに宦官が、羞恥に顔を背けたセーナーヴィーの足元から、秘め事のあった夜具を剥いでゆく。適当な布を腰から下に巻き付けただけの格好で、ラウサガシュは脇からそれを眺めていた。
全く何のために行う検分かと思う。セーナーヴィーが
「あれ? 陛下。いかがなされたんですか? そのお背中」
大僧正が初夜明けの褥を検分するのを待たずして、空気の読めない小坊主は、きょとんとした表情でそう訊ねた。
「あっ、これ……!」
何かを察した宦官が、注意を促したが後の祭りだ。
「背中?」
部屋にあった姿見で、自身の後ろ姿を確認し、ラウサガシュはにやりとした。
「いやあ、セーナーヴィーが存外に素直でな」
ラウサガシュの背には、幾筋かのひっかき傷が残されていた。それらが付けられた経緯を思い起こせば、純朴な小坊主相手でも、のろけずにはおれない甘美な傷である。
「何のお話をなさっておいでですか?」
「ん? 昨夜のお前が可愛かったという話だよ」
「おっしゃる意味がわかりかねます」
「そうか? 説明してやろうか?」
「結構です」
「えー、おほん、おほん」
仲良くなったとまではいかないが、ぽんぽんと調子よく交わされていた二人の会話に、大僧正のわざとらしい咳払いが割って入った。
「どうやら初夜の儀は、滞りなく遂行されたようですな」
「当たり前だ。滞るか。お前たちに披露してやる前に、セーナーヴィーの印も見ている」
検分が終わった初夜の床は、再び夜具で覆われ隠されていた。赤面しているセーナーヴィーのため、宦官が気を利かせた模様である。
「なによりです。キヤンテ国王ラウサガシュ陛下、並びに女王セーナーヴィー陛下は、初夜の契りを交わされて、めでたくここにご結婚なされたことを承認申し上げます。キヤンテの国家と国王陛下御夫妻に、火の神の加護あらんことを」
「火の神の加護あらんことを。ご成婚おめでとうございます」
大僧正と小坊主は微笑みながらそう寿いだ。二人の間の波風が、少しだけ凪いだことに安心したのか、心のこもった祝言だった。
「うむ。セーナーヴィーは、もう女王と呼ばせて支障ないのか?」
「結構でございます。戴冠式こそまだですが、他でもない大僧正である拙僧が、お二人のご結婚を承認しているわけですから。周囲の者にしましても、数日間だけ王妃陛下とお呼びするのも面倒事でございましょう。
セーナーヴィー陛下、次回拝眉致しますのは御身の戴冠式でございます。護国本山にてお待ち申し上げておりまする」
「承知しました、大僧正」
「いやあ、それにしても、ラウサガシュ陛下にはもったいない、麗しの女王陛下でいらっしゃいますなあ。さしずめうちの猛獣陛下は、タリクタムから人魚姫をくわえて来たといったところでしょうか」
「抜かせ」
「おお、怖い怖い」
ラウサガシュに軽く睨まれて、口に出した言葉とは裏腹に、大僧正は小坊主を連れにこにこと下がって行った。宦官だけは室内に留まり、次の指令を待っている。
「親しくされておいでなのですね、大僧正と。笑って冗談をおっしゃるのはもちろんのこと、王の結婚のために大僧正御自らが寿いでくださるなど、タリクタムではあり得ぬ光景です」
その役目は、タリクタムの大僧正の名代として、普段から人魚宮に出入りしている高僧が務めたはずだとセーナーヴィーは続けた。腰の重いタリクタムの大僧正が、寺院を離れることは滅多にないと。
「ん? ああ、キヤンテの大僧正とは俺が即位して間もなくに、とことんまで腹を割って話し合った仲だからな。それが縁となって、以来俺の相談役に就いてもらっているのもあるが、もともと賑やかし好きな
「そうですか」
薄い寝衣一枚では心もとないセーナーヴィーの肩に、ラウサガシュが自分の寝衣を打ち掛けてやったのはそのためだ。うきうきと初夜検分に来る生臭坊主に、新妻の赤銅色の玉肌を、見せてやる気はさらさらなかった。
「それはそうと、朝食はどうする? 共に取るか」
「いえ……。今朝はあまり食欲がないので、可能であれば辞退させていただきたく存じます」
「構わん。では粥と果実でも運ばせよう。タリクタムの船が出航する前に迎えに来る。侍女らの処置、忘れてはおらんだろうな?」
「はい」
「ではな」
「あの――、陛……、ラウ……、……あなた」
「何だ」
何やら迷った末の呼びかけにラウサガシュが振り返ると、セーナーヴィーはラウサガシュの寝衣を脱いで、半裸の彼から目を逸らしながら、それを両手で差し出した。
「こちら、ありがとうございました。部屋からお出ましになる前に、どうかお召しになって行ってください」
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