アヤカシの太刀 唸る雷獣
超獣大陸
兵法、天下無双
刻に、元和(げんな)三年八月(はづき)。
西暦にして一六一七年八月。
正に、時代が移りかわる途上である。
かの関ヶ原から、実に季節は十七の巡りをみせた。豊臣の最期の乱たる大坂の役は西方の大将秀頼(ひでより)公、淀(よど)君(ぎみ)の自決により終結し、天下の趨勢は定まったのである。
この翌年、示しあわせたように天下を掌中した男――徳川家康が病床の下に息を引き取る。続く者たちに世を託し、彼は安らかな眠りについたのだ。
――長きに渡る戦国は終わりを迎え、天下泰平の世が築かれてゆく。
世は泰平であるが故に、戦など起こらない。
だが、それでも人死の数はかわることはなかった。
戦で死ぬ者が減り、代わりに町で死ぬ者が増えたにすぎない。
豊臣方の残党はこぞって小禄のない野侍と成り下がり、反旗を返さんと寺や山にひそんでいた。また、戦がなければ食っていけぬ武士たちは豊臣の断絶を幸いにと、関西の地で悪行非道に走ったのだ。
それは平安の時代から繰り返される天下交代の常とかわり映えなく、農工商に生きる者は一人として徳川の世が永らえるとは思っていなかったのである。
その時代。
そんな治世にあわせたように、都に出でたる辻斬り多数。
中でも京のソレは異様であった。
素浪人の仕業ではない。並大抵の話ではない。それは死体から見ればなんとも明らかなことであった。
何とも醜く、何とも酷く、何とも奇怪な死体の数々。
人の業とも思われぬ、惨極まる死に姿。
人道を外れた魔手の幻影(かげ)。
果して、その正体は一向に知れない。
太古より数多の闇が潜むとされる都において、民はソレを“妖怪(ようかい)”と呼んだ。
化けて出るモノ。平安に云う怪異。鎌倉で囁かれる妖物。
あるいは物の怪と呼ばれる妖しくも怪しい未知(やみ)。
それはもう、人が抗するモノではなかった。
妖怪ならば斬って殺せるものではないと、人が退治を諦めた折。
一人の男が京を訪ねる。
その男、兵法、天下無双。
およそ、十三より壮年迄、兵術六十余場、一つも勝たざる無し。
心を文武の門に遊ばせ、手を兵術の場に舞わせて――後に剣聖と称される男がいた。
されど、その男が訪ね来たるは辻斬り風情を斬らんとしてではない。
戦乱は終わり、まるで取り残されたように独り。
泰平の世に人を斬ることは難しい。
泰平の世に、人を斬ることは赦されぬ。
ならば斬るのは――悪鬼羅刹か。
腰に二刀を携えて、京の都を男が彷徨う。
果たして、異業のアヤカシたちを前に彼の男は天下無双を貫けるや否や。
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