第14話 King of France and the mercenary フランスの王と傭兵
ようやく冬が過ぎ、暖かくなってくる。そのころになると、春を待っていた各地の聖職者やフランス諸侯達が続々とリヨン入りしてきた。
『あの軍旗はブルゴーニュ公ですね。見てください、配下のシャロン伯、マコン伯を連れていますよ。ああ、リヨン伯が出迎えに出ていますね。それとあちらの紋章はアウセーレ伯。あちらにはアミエン伯まで。見えますか、あれはライムの司教です。明日にはフランダース公も来るそうですし、フランス王ルイ9世も近々お見えになるそうですよ。流石にフランス中の諸侯が揃うと圧巻ですね』
『なあ、シルヴァーノ。お前なんでそんなに詳しいんだ?』
『フランス諸侯には前回の十字軍で同行した方が多いですからね。まあ、皆さん交渉ばかりで戦おうとしない皇帝に愛想をつかして途中帰国しちゃったんですけどね。ブルターニュ公には当時色々イヤミを言われて大変でしたよ。あれ以来僕はフランス訛りを聞くと腹が立つんですよね』
『はは、そういやそんなこと言ってたな。まあ、でも今回は味方なんだ。そんなに腹の立つこともないだろうさ』
『概して田舎者は世間知らずですからね。そして何より図々しい。ま、僕からの忠告としてはあまり彼らと関わり合いを持たないほうがいいという事くらいですかね』
それだけ言うとシルヴァーノの気配は消えた。最近本当の意味で奴は影が薄い。姿を現すことは極稀だし、呼びかけても答えない方が多いくらいだ。出てきたときに問い詰めると『聞こえなかった』そうだ。
それはともかくとして、リヨンの街は一気に賑わいを増した。街で見かけるのはフランス兵に加えて情報を嗅ぎつけてきた各地の傭兵達。街は傭兵の見本市会場の様相を呈してきた。
「あれれ、いつかの騎士さまでねーか!」
突然話しかけてきたのは見覚えのあるアバタ面。ああ、エルサレムを脱出するときにいたあのフランス兵だ。
「おぉー! 懐かしいな。お前も無事に故郷に帰れたのか」
「へぇ、おかげさんで。騎士様こそすんげえご立派になられたみてぇで何よりですだ」
「ああ、俺もあれから色々あってな。それよりお前、やっとの思いで帰ってきたのにまた兵隊なんかやってんのか?」
「ああ、オラ三男だから。家におっても稼ぎがあるわけじゃないし、兄嫁からはイヤミばっか言われっから。オラたちみてーな半端者は兵隊になるか山賊になるかしかねーだ。人のもん奪えるほどオラ気が強くねーで、兵隊やるしか無かったんだぁ」
「そっか。まあ、せっかく生き残ったんだ。命は大事にな」
「ありがとごぜます。騎士様もどうかお達者でいてくんろ」
そう言うとフランス兵は頭を下げて仲間のもとに戻っていった。何人かは俺の顔を覚えているものがいるらしく、ペコリと数人が会釈した。俺はそれに手を振って答えてやる。しかし兵隊になるか山賊になるか、か。日本もそうだったみたいだけど次男三男ってのは本当に悲惨だ。
土地か技術を持たねばまともな暮らしができないこの時代、彼はまだ体格がいいから正規兵になれたのだろう。俺の見ていないところではもっと過酷な環境で生まれ育ち、本当に賊になるしか生きようのない人々もいるに決まってる。
技術にしたって親方になって独り立ちするにはギルドの許可がいる。そしてギルドはもちろん商売敵が増えないよう、親方の数を制限する。どれほど腕が良くても豊かになれるとは限らない。豊かなのはほんのひと握りの貴族や商人、それに地主たちであとの大半は僅かな土地にしがみつくように生きている。
適当にしていても食うことに困らなかった現代の日本がいかに恵まれていたのか実感する。努力が報われることがない。それが中世。
俺も運良く騎士になり、ロザリア達と出会えたからこそのんびり生きていられるのであって、そうでなければとっくに路頭に迷っていたかもしれない。いや、シルヴァーノの助言がなければとうに野垂れ死んでいた事だろう。
いよいよ明日は復活祭。明日からは肉も卵も食べ放題と言う日にフランス王がリヨンに到着した。弟であるアルトワ伯とアンジュー伯を左右に引き連れなかなかの威厳だ。青地に金百合の紋章が散りばめられた軍旗の後ろにいるのがフランス王ルイ9世その人だった。今年31歳になるという男盛りだ。うーん。なんというか、美男と言えば美男なのだがどことなくロバとかラクダのような草食動物っぽい顔つきだ。この人をあてにして大丈夫なんだろうか?
復活祭の日は朝から盛大な儀式が執り行われた。最前列には緋の衣を纏った枢機卿の面々に混じり、俺が勝手に『ロバ男』とあだ名をつけたルイ9世が並ぶ。俺は伯と共にいつもの2列目。3列目にはフランス諸侯が緊張した面持ちで顔を揃えていた。教皇はいつもの小さい声ながらもフランス王が来てくれた事がよほど嬉しいのか、テンションが高い。司教たちの説教もややフランスに阿ったような話になっている。彼らのフランス王に寄せる期待の大きさがわかろうというものだ。
その当人たるロバ男は長々と続く教皇の説教を神妙な顔をして聞いている。チラリと後ろを振り返るとフランス諸侯たちも同様に、真剣な面持ちで何を言っているかもろくに聞き取れない教皇の話を必死に聞こうと努力していた。
ああ、なるほど。毎日のように教皇や枢機卿を目にしている俺たちと違って、フランスの田舎で暮らす彼らにとっては教皇はとても神聖なものに映るのだろう。中でもロバ男の弟だと言うアンジュー伯などはどこに感動する要素があるのかわからないが兄に全く似ていない強面に感動の涙を浮かべている。俺はなにか不出来な三文芝居を見せられたかのような不快感を感じていた。
儀式が終わると待ちに待った食事だ。俺は伯と共に宿に戻り、朝から準備をしていたヒュリアたちが作ってくれたごちそうを食べる。子羊を使った肉料理、それに白く柔らかいパン。卵料理がテーブル一杯に並び、皆で神に感謝の言葉を述べたあと食べ始める。うん、うまいね。40日も我慢させられたのだ、うまくないはずがない。食後には卵とミルク、バターなどをたっぷり使って焼き上げた甘いケーキまで振舞われた。素直に神様にでも感謝したくなる味だった。
しかし習慣とは恐ろしい。見よう見まねでやっていた祈りのポーズも、ミサで歌う聖歌も今では人並みにこなしているし、なんかちょっと良い事があると自然に神に感謝してしまう。今日の食事などその最たるものだ。生活環境がこの時代は厳しい為、例えばポカポカと暖かい陽気だ、と言うだけでも嬉しくなる。そして神と言う明確な信仰対象がある為、自然と感謝の気持ちが湧き上がる。逆に神への感謝を忘れると、こう、どこか気持ちが悪い。
取り敢えず胃袋が満足したので伯を誘って街に出た。街は露天が立ち並び、カーニバルの日のように、あちこちで卵料理や肉料理が振舞われている。喧騒を抜け、市壁の城門を出るとそこには傭兵たちが雇い主を求めて屯していた。
「そう言えばロタリアさん、もう傭兵は雇ったんですか?」
「いや、君を誘って見に行こうかと思っていたからちょうどいい。ついでに傭兵の下見と行こうかの」
「ええ、そうしましょう」
それぞれ天幕を張り、グループごとに固まっている傭兵たち。中でも騎兵中心の連中を探していく。傭兵を見に来ているのは他の諸侯も同様らしく、荒くれ男たちの中に身なりのいい諸侯の姿も垣間見えた。
「みんな威勢がいいですね」
「まあそれだけが傭兵の取り柄じゃからの。お、いたいた」
伯が目をつけたのはずんぐりと逞しい、道産子のような大きな馬を連れた騎兵の一団だ。既に他の諸侯が目をつけているらしく、目下交渉の真っ最中だ。
「だから、騎兵は30リーブル、槍兵は10、弩は8でどうかと言っている!」
「そんなんやったら話にならんばい。騎兵50、槍兵20、弩15やったら考えてやらんこともなか」
リーブルとはフランスの通貨単位で240ドゥニエの事だ。ちなみにこの当時のフランスではこの1ドゥニエ銀貨しか発行されておらず、こうした高額の取引には他国の通貨が使われる。1リーブルは1リラ半といったところで日本円で6万くらい。金額は月当りなので騎兵ともなれば月収180万! いやはや俺も騎士なんぞやめて傭騎兵にでもなろうかしら。
「むう。では騎兵40、槍兵15、弩10。これが限界だ」
「俺たちはブルゴーニュでも屈指の傭兵たい。騎兵の数だって30もおるし、みんな逞しいフランス馬に乗ってる。金に糸目をつけるんやったらアンタとは契約せんばい。ここでこうしてジッとしてるだけで戦果の欲しい諸侯がやってくる。好き好んで安売りする必要はなか」
見覚えのあるイタリアの諸侯はがっくりと肩を落として去っていった。そこにすかさず伯が話を持ち込んだ。
「わしならその金額で雇うぞ? 全員で何人いる?」
「騎兵が30に槍兵が40。それに弩が15や。アンタは話がわかるばってんが、俺もアンタを見極めないかん。アンタちゃんと金は払えるんか?」
「わしはコンティ伯ロタリオじゃ、こう見えても教皇騎士での、金は全て教会持ちじゃから安心しろ」
「俺はモーリス、ブルゴーニュはコートドールのモーリスや。せからしか事言わんアンタが気に入った。喜んで契約させてもらう。俺たちは地元じゃバリ有名な傭兵たい。アンタに損はさせんばい」
そう言いながらモーリスと言う傭兵隊長は伯を連れて天幕に消えた。さて、俺も傭兵探しをしなくちゃな。
ふと周囲を見回すと装備のいい連中や、騎兵を抱えた連中は次々と契約が決まっているらしく、あちらこちらで握手をする姿が目に付いた。残っているのは鎧すらまともに着ていない浮浪者と見間違えるような一団ばかりだ。聞こえてくる話では、誰もが目をつけているガスコーニュの歩兵と、スイスの傭兵たちがまだ来ていないらしい。今日は諦め、名高い彼らが到着するのを待ったほうが良さそうだ。
スイス傭兵が到着したのは翌日だったが、既にフランス王との契約を済ませているらしく、城門まで慌てて出てきた諸侯と共にがっくりと肩を落とす。まだ傭兵と契約していない諸侯たちは仕方なし浮浪者のような一団から比較的まともな連中を見つけ、交渉に望んでいる。俺はまだ我慢することにした。ガスコーニュ傭兵さえ来てくれればそれで解決するのだから。
数日後、ついにそのガスコーニュ傭兵が到着する。俺が城門を出た頃にはすでに諸侯たちが彼らと交渉している最中だった。幾つかの団体に別れたガスコーニュ傭兵達は訛りの強い言葉で諸侯たちをあしらっている。
「あかんあかん、そんなはした金でワイら雇える思たら大間違いや。ションベンで顔洗って出直すんやな」
「せやからあかん、言うてるやろが。わいらかて命懸けで名を売ってきたんは価値を釣り上げるためやで? その為に何人の仲間が死んでいったと思うとるんや?」
どの諸侯もけんもほろろにあしらわれる。流石は名の通った傭兵たちだけあって、決して安売りをしようとしない。遅れてやってきたのもその自信の表れだろう。俺は彼らの中でもちょうどいい人数で固まっている一団に目をつける。装備もしっかりしている30人ほどの一団だ。
「あのぉ、すみません」
代表らしき傭兵に声をかけてみる。その男はにやりと笑ったまま何も言わない。
「契約交渉に来たんですけど」
ヒゲだらけの口元に笑いを浮かべたまま傭兵はとんでもない事を口にする。
「あんさん契約したいんか? それやったら儀式っちゅうもんが必要やな。ほれ、ここに跪いて頼んでみなはれ?」
「は?」
「あんなあ、わいらも暇やないんや。わいらに力、貸してほしいいんやろ? そんならお願いしてみなはれって言うとるんや」
「あの、雇うのは俺ですよね? なんで俺が跪かなきゃならないんですか?」
「そりゃしゃあないやろ。世の習いっちゅうやっちゃな。世に名高いガスコーニュ傭兵をあんさんみたいないかにも風采のあがらん三下貴族が雇おうっちゅうんや。そりゃ頭の一つでも下げてもらわな、わいらが仲間うちで馬鹿にされてまう」
「はは、そうですか。それなら結構です」
あほらしい。なんで金まで払う上に頭まで下げなきゃいけないんだ。バブルの頃の新卒を雇う中小企業じゃないんだから。結局彼らには釣り好きの男爵が頭を下げて契約していた。どこの世界でも名が売れた者は強いらしい。
翌日ともなると、雇われるのを待つ傭兵もほとんどいなくなっていた。契約が決まった傭兵はみな、郊外に宿営地を与えられ、姿を消す。ひとところに集めておくと喧嘩や刃傷沙汰が絶えないのだ。
結局今日も誰とも契約することなく宿に引き上げる。迎えに出たヒュリアが俺に来客があることを知らせてくれた。
「久しぶりですな、ジョルジオ卿」
姿を現したのは修道士のダリオ。相変わらず日に焼けて逞しい。
「おぉ、ダリオ殿! お久しぶりです。みんな元気ですか?」
「ええ、おかげさまで。ロザリアたちの家族の暮らす島も、あの金で一息つけたようです。みな、貴方に感謝していましたよ」
「それは良かった、で、ここへは一人で?」
「いや、島から新たに30人程の若者を連れてきています。流石にフェデリーゴ達だけでは少ないと思いましてな」
「ああ、それは助かります。交易は順調ですか?」
「ええ、今回は前回の倍ほど稼ぐことができました。その配分についてお話できればと思いましてな」
「取り分は前回と同じ比率でいいです。倍儲かったなら島には2000リラ。船乗りやここの陸戦隊にも前回の倍分けてやってください」
「はっはっは、それはまた豪気なことで。わかりました。そのようにさせていただきます」
一通り話が済んだところでシェラールを呼び、新たに連れてきた若者たちの宿を決めさせる。その後主だったものを連れて、通りを一つ越えた酒場に繰り出した。ダリオの土産話をみんな楽しみにしているだろうから。
島の暮らしに話が及ぶとルチアーノの目に涙が浮かぶ。みんな心得ていてくれたようで、ミルコたち反逆者はみな、イスラム船との戦いで死んだことになっていると言う。それに持っていったお金で新たな船を仕立て、網などの手入れも出来たらしい。ダリオの口利きで、獲った魚も島に近いギリシャの港と取引できるようになった。これで最低限の生活基盤が整ったという事らしい。
フェデリーゴも柄にも無く、その大きな体を震わせて泣いている。みな、なんだかんだ言っても島の事が心配でならなかったのだ。船の方も問題はないらしく、今ではあのフリオがルチアーノに変わって副長を勤めているようだ。
「で、ダリオ殿、アンタはいつまでこっちにいられるんです?」
「一応公会議が終わるまではこちらに。会議の結果次第でどうなるかわかりませんからな」
「それは助かりますね。色々相談したいこともあるし」
「ええ、そのつもりでこちらに参りましたから」
ダリオは俺の部屋に寝泊りすることになった。これで俺の部屋にはシェラールとダリオが一緒にいる。まるで船のあの部屋のように。
翌日から警備の方はルチアーノとフェデリーゴに任せ、俺はダリオとシェラールを連れて城門に向かう。これで戦力は60人になったとは言えあと40ほどは増強しておきたい。伯のところが傭兵と合わせて400ほど。俺が100を率いれば二人で500。立派な一部隊だろう。
城門の外は完全に祭りのあとといった感じで寒々しい。結局雇い手がつかなかったのはボロい毛皮を纏ったノルマン人の一団と、薄汚れたシャツに身長程もある弓を抱えたウェールズの一団だけだ。俺はそいつらの代表を呼んで話を聞いた。
「オイたちは家もなにもなくしてこけきもした。若けオイたちには戦う事しかきなかとで傭兵になるしかないとです」
うーん。伯が雇ったブルゴーニュが博多弁でその奥のスカンジナビア半島に暮らすノルマン人は薩摩弁か。博多弁はまだわかるが薩摩弁ともなると厳しいものがある。
「生まれも育ちもチャキチャキのウェールズっ子でい。しのごの言わずにオイラ達を雇えってんだ、このべらぼうめ! オイラが弓引けばお天道様だって射抜けるってもんだ。全くここらの諸侯はそれがわかってねえ。クロスボウ? そんなトロトロしたもんは物の役にも立ちゃあしねえよ! それに昔から言うだろう? 残りもんには福があるってね! オイラ達はその福の神ってなもんだ。
……なあ、頼むよ旦那、オイラ達はもう何日も何も食ってねーんだ。後生だから雇っておくんなせえよ」
「ふむ。こういうわけですか。ガスコーニュやブルゴーニュの傭兵はお目に叶わなかったのですかな?」
ダリオが俺を厳しい目で問い詰めた。だってしょうがないじゃん、間に合わなかったんだし。
「いや、そのね、ブルゴーニュの連中は伯と契約しちゃったし、ガスコーニュはこう、人格に問題があるっていうか」
「ま、早い話が大将がどんくさくていいとこは他の諸侯に持ってかれちまったって事だな」
「ふむ。予想通りというかなんというか。いいですかなジョルジオ殿。こういう時には人を押しのけてでもいいところを取る。それができねばこのように貧乏くじを引くことになりますぞ?」
「あーもう、わかったって。どうせ悪いのは俺ですよ。で、どうなの彼らは?」
「ふむ。思ったよりも当たりかもしれませんな。ヴァイキングの後裔たるノルマン人の勇猛さは世にしれていますし、ウェールズの長弓はクロスボウに比べて連射性に勝る」
ノルマンの逞しい大男もウェールズの機敏そうな小男も固唾を飲んでダリオの言葉を待った。
「但し、私は傭兵と言うもの自体が好きではありません。そうですね、従者としてジョルジオ様にお仕えすると言うのであれば召し抱えるのもやぶさかではありませんが」
「オイたちなんかでいいとですか?」
「へっ、こちとらウェールズっ子でぇ!しっかりかっきり仕えてやるってもんよ!」
「では決まりですな。一同、跪きなさい」
ノルマン人が30人にウェールズの連中が20人ほど。彼らは一斉に俺の前に跪く。そしていつか船でそうしたように、一人ずつ合わせた両手を俺の手で包んでやる。これで彼らは俺に忠誠を誓ったことになった。
「ふむ、まずは装備をなんとかしませんとな。ジェノヴァに使いを出して人数分の装備を注文しませんと」
「それと宿舎と飯だな。シェラールその辺はお前に任せる。せいぜい旨いもん食わせてやってくれ」
「あいよ」
シェラールはそう返事をすると浮浪者っぽい姿のノルマン人とウェールズの弓兵を連れて門をくぐっていった。
「しかしダリオ殿、彼らを召抱えて良かったんですかね? 傭兵なら教会が金をだすって枢機卿が言ってくれたんですけど」
「あの枢機卿の仰られたことですぞ。タダで金だけ出すなどあるはずもないですな。それに現在のところ我らは金銭に余裕があります。わざわざ借りを作る必要もありますまい?」
「ま、まあそうかもしれないですけど」
「とにかくいつ裏切るかわからぬ傭兵よりも信頼できる身内です。彼らは素朴で素直ですから恩には報いてくれそうですしね」
「なるほどですね」
とにかく目的は達成した。これで俺の手勢は100人を超えた。いつ枢機卿に呼び出されても怒られることはないだろう。
その枢機卿はよほど忙しいらしく、こちらに来てから話す機会もほとんどない。あの、精神にくる下手くそな詩を聞かされなくて済むだけでも有難い。人数も揃い、心が軽くなった俺は新たに加わった異人達の頭二人を連れて、街を巡回する。せっかく仲間になったのだから交流は深めておくべきだろう。
「どうだい? こっちは慣れた?」
「オイはこげん賑やかしかとこは苦手で。ジョルジオサァ、いっずいこんよなとこにおらんといかんのですか?」
ノルマンの頭、グスタフは困惑しながらそう言った。田舎しか知らない彼らにとってこの街の喧騒は恐怖を覚えるのだと言う。そのグスタフをウェールズから来た弓兵の頭、ブライアンがからかう。
「おめえたちのような山男にはそうだろっうってんだ。そこへ行くと俺たちは洗練されてるからな。こんな田舎街ぐれぇじゃ驚くに値しねぇ。 」
お前も似たようなもんだろうが、と言葉にでかかったが、本人がそうだと言っている物を無理に否定しなくてもいいだろう。グスタフはそれには答えず、黙って高くそびえる建物を見上げていた。そもそもグスタフだけでなく、ノルマンの男たちは口数が非常に少ない。彼らにとっておしゃべりなのは軟弱な証拠らしく、ペラペラと軽妙に話すブライアンたちを彼らは彼らで嫌っている。
「ところで旦那、聞くトコによれば、おめぇ様は海の向こうからこられたそうだぁね。一体海の向こうつうのはどうなってやがるんでぇ?」
好奇心旺盛なブライアン。彼は興味を覚えたものに対しては人に聞かずにはいられない。しかも散々聞いておいて次の日には綺麗さっぱり忘れてしまうという、迷惑極まりない人種だった。
「ブライアンだって海の向こうから来たんだろ? 俺はお前たちの故郷がどんな所なのかそっちの方が気になるけど」
こういう連中だけで住んでいる土地。そこは朝から晩まで賑やかで堪らないのだろう。
「おいらの故郷なんか知ったトコでいいことはありゃしねぇよ。何しろあるものといえば鬱蒼とした森と厚い雲に覆われた曇り空。ろくなもんじゃねぇ。 おいらはこう、スカーっと晴れたお天道様の下で暮らしたくて、あの陰気な故郷を出てきたんだっからよ」
ウェールズと言えば、イギリスか。確かに年中曇っているイメージがあるけど、わざわざ故郷を捨てるほどの事なのだろうか。まあ、人にはそれぞれ事情があるし、それを問い詰めるのも大人気ない。
股を広げて睨みを効かせながら岡っ引きのような姿で歩くブライアン。対照的に無言のまま、のしのしと人にぶつかるのも構わずまっすぐ進むノルマン人のグスタフ。どちらも傍若無人という点においては変わらない。
こんな連中を引き連れて歩いているのだ。事故は起こるべくして起こったのかもしれない。
「痛いだばねか、おめ? どさ見て歩いてらんだ」
うーんまたもや難解な言語。イントネーションから察するに東北訛り?
「ぼさっとして歩いてる方が悪いんだど。きちんと前を向いて歩いてくいやんせね」
ぼそりと呟くグスタフ。鼻をほじるその姿に謝罪の意思は全く感じられない。相手の身なりから察するに、相当の身分の貴族か騎士だ。見慣れない顔だし、訛っているのでフランス諸侯の一人なのだろう。数人の従者を連れた貴族は顔を真っ赤にしてグスタフに詰め寄った。
「無礼もんが! 未開の蛮族のくせにこのわに謝りもしねのか?」
あらあらフランス貴族はご立腹だ。ここはこじれる前になんとか収めなければ。
「何を言ってやがる? ぶつかったのはおめぇの不用心だぜ。こいつは悪くありゃしねぇよ 」
俺が口を開く間もなく、ブライアンが状況を悪化させる。
「だば? 今度だばイングランドの野蛮人だんずな。おめたちだけんただばいごに、このフランスの大地ば踏んで欲しくねんだんずけど」
ああ、みるみる間に相手も喧嘩腰になっていく。両者にはさまれ俺は頭を抱えたい気分だ。
「イングランドの連中と一緒にしねぇで欲しいねぇ~ 。おいらは誇り高きウェールズの男だぜ。そんな見分けもつかねぇからおめぇはダメなんだぜ。 」
「ダメどだば随分な言い方だべ。おめたちだけんた傭兵風情にそったら口ば聞かれる謂れだばねんず。何しろわだば栄光あるフランス騎士だんずなら」
「オイたちは傭兵ではあいもはんよ。ジョルジオサァの従者をやっちょっ」
「おめたちだけんた臭いやつらが従者なら、主人もまた臭いのだべね。やだやだ、このフランスにこったら不潔な連中がいるこど自体、神どフランス王への冒涜だんず」
ぷっと吹き出しそうになる。この男はフランス人が清潔だとでも言いたいのだろうか? 俺にしてみりゃ目くそ鼻くそって奴だけど。
「オイの事を悪る言うのは構まわんが、ジョルジオサァの事を悪る言わゆっ筋合いはなか」
表情をピクリとも変えず、グスタフはいきなりフランス騎士を殴り飛ばした。巨体から繰り出される拳はそれだけで十分な殺人兵器。俺の見立てでは、あのリナルド枢機卿に引けを取らない戦闘力だ。いや、パワーは互角かもしれないがあっちは凶暴で凶悪だったね。
「図体だけかと思ったら、どうしてどうして中々やるじゃねぇか」
それを見ていたブライアンは一目散に殴り込む。やはりというか想像通りというか、この手の男は喧嘩っぱやい。相手は従者が3人ほど。文句をつけてきたフランス騎士はすでにKOされている。近くでニヤニヤしながら見ていたフランス騎士の同僚たちが援軍に加るものの、グスタフもブライアンもよほど喧嘩慣れしているのか話にならない。数分後には鼻血を流して地面に横たわったフランス人をまだ意識のあるものが抱えて逃げ去っていく。
「けっ、一昨日来やがれってんだ!」
ぺっ、と血の混じったつばを吐き捨てブライアンが勝ち誇る。グスタフは相変わらず平然としたままめんどくさそうに首を鳴らしていた。
「とは言えグスタフよぉ。オメエ、流石に体を洗ったほうがいいな。おいらもオメエの臭さにはうんざりする」
「つか、お前もだよ、ブライアン」
俺がそう突っ込むとブライアンはとても嫌な顔をした。なるほど、汚い格好でいるとそれだけでトラブルの種になる。早急に彼らを清潔にしなくては。
「いってぇ何があったんです? 大将」
野次馬の中から出てきたのは艶やかに光る頭をしたフェデリーゴ。ちょうどいい、彼に全てを任せよう。
「フェデリーゴ、お前は彼らを風呂に連れて行ってやってくれ。それと散髪もな。とにかく見られる姿にしてやる事」
「えっ? 俺がですかい?」
「ああ、それと宿にいる彼らの仲間もな」
「いや、そりゃあ構わねえんですけど」
「金はルチアーノにもらってくれ。頼んだぞ、フェデリーゴ」
渋々といった調子で頷くフェデリーゴ。まあ、彼なら若い連中の面倒も見てることだしこういうのも手馴れたものだろう。
さて、それよりもだ。ついつい黙って見てしまっていたが喧嘩相手はフランス騎士。早めに手を打たないと大事になりかねない。俺はイヤイヤながら、大聖堂にある、リナルド枢機卿の執務室を訪ねることにした。
「珍しいじゃねーか。お前の方から訪ねてくるとはな」
枢機卿は書類に目線を落としたままそう言った。何その態度。俺だって来たくて来たわけじゃねーんだよ。
「あれか? また、俺の芸術的センスあふれる詩を聴きたくなったのか? 披露してやりたいのは山々だが今はちょっと手が離せねえんだ」
そんなもの聞きたがるやつはこの世にいねーよ! 何でそんなに嬉しそうなの? アンタ、人が苦しむの見て喜んでるだけだよね?
「はは、それは残念ですね。でも今日は違う用事があって」
そう答えると突然枢機卿は俺に対する興味を失ったかのように、再び書類に目を通す。
「ほう、なんだ。手短に言ってみろ」
「先ほどですね、フランス騎士と俺の従者が揉めて、彼らを叩きのめしちゃったんですよ。これってやっぱりまずいですよね?」
「別にいいんじゃねーか? そんな事ぐれぇでわざわざ俺の手を煩わすな! 見ての通りお前と違ってこっちは忙しいんだ。フランス王だろうがなんだろうが気に入らなきゃぶちのめせ。ケツは俺が持ってやる。以上だ。用がねえならさっさと出てけ」
あはは、相談する相手を間違えたかな。まあ、でも枢機卿が良いといってんだから問題はないのだろう。俺は我が身に雷が降り注ぐ前にそそくさと執務室を後にする。
なんにせよこれにて一件落着。俺への文句は枢機卿に言えってね。
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