第4話Pirates of Mediterranean 地中海の海賊

 2日の間アッコンで過ごした。なぜこの街で過ごしたのかというと、明日の朝に商隊が出発すると聞いていたからだ。商隊の規模は40人、その荷馬車は10台にも及ぶ。ここから北に進み、アンティオキアと言う都市を目指すそうだ。ここから船で直接ローマを目指そうにもその船賃が厳しい。少しでも陸路を進み、船賃を節約したいところだ。


 その情報を聞きつけたシェラールがキャラバンについていこうといい出したのが始まりだった。商隊は自衛のため、傭兵を雇っていて安全だし、馬車に乗せてもらうのならともかく、後ろをついていく分には料金もかからないらしい。

本来なら俺が騎士だと名乗りを上げれば、護衛を依頼された形になり、謝礼までもらえるそうだが馬にも乗れず、その馬自体を持っていない今の立場では舐められるのでやめておいた方がいいという判断だった。全く異論のない俺は、騎士の証である金の拍車を背負袋にしまいこみ、紋章のついたサーコートや鎧も折りたたんで袋に入れる。平服に剣を下げているだけならちょっとした金持ちだと思われるだけだと言う。


 羽のついた帽子をかぶり、海沿いの道をゆっくりと進むキャラバンのあとに続く。考えることは皆同じらしく俺と同じような旅人が数十名、ゾロゾロと後に続いた。シェラールはしきりに剣の具合を確かめているし、ヒュリアは弓の張り具合を気にしている。ヒュリアの弓は小ぶりな物で、革の弓鞘に入れて腰に下げている。物は違うが西部劇のガンマンのようだ。矢は反対側の腰に吊るした矢筒に収められている。小さい体にこぶりな弓がとても似合う。そんな俺の感想をよそに、二人共武器の確認に余念がない。とてもではないが世間話を投げかけれる雰囲気ではなかった。


「少しよろしいか? 旅の方」


 声をかけてきたのは30絡みの修道士。薄汚れたローブにキラリと光る十字架を下げている。フードをめくると剃り跡も青々しい坊主頭が顔を出す。


「どうしました?」


 えっと、僧侶に対する敬称ってなんだっけ?日本だと『御坊』? でもここは西洋だし。そんなこんなで悩んでいるうちに修道士が口を開いた。


「いえ、旅は道連れというでしょう? せっかくなので話し相手にでもなって頂ければと」


 にっこり笑う修道士の顔は流石に人を惹きつけるものがある。よくよく見ればローブの下にチェインメイルを着込んでいるようだ。彼もまた、聖戦とやらを戦って来た男なのだろう。


「私はカルメル修道会の修道士、ダリオ。エルサレムで神について学んでいたのですがこのようなことになり、キプロスの修道院に帰るところなのです」


「そうですか、俺たちもエルサレムから落ち延びてきたところです。俺はジョルジオ、で、彼らは家人のシェラールとヒュリア。共にアンティオキアからローマに向かうところです」


「ほう、ローマに。それは長旅になりますな。ジョルジオ殿とお連れの方に神のご加護を」


 祈ってくれるのでありがたく頭を下げておく。ローブから覗く腕は逞しく、聖職者というよりは戦士のそれだった。


「ああ、私の腕が気になりますかな? 私は元々ジェノヴァの商人でした。海を渡って世界のあちこちをこの目で見たものです。海の男ってのは揉め事が多いですから、必然的にこんな腕になってしまうわけですな」


「そうなんですか。世界を、それはすごいですね」


「ところで後ろのお二人は改宗なされた方々ですかな? 」


「ええ、彼らは故郷をモンゴルの侵攻によって追われ、神の導きによってエルサレムに導かれた者たちです」


 話を向けられても二人は何の反応も示さず、武器をまさぐっている。


「そうですか。それは何より。私は人種によって差別はしません。なぜなら神の前では皆、平等なのですから」


「はは、そうですね」


 神様は俺にだけ平等じゃなかったけどね。


「それにしてもモンゴルですか。彼らはアンティオキアにほど近いアレッポやダマスカスのあたりまで進出しています。このあたりでも、彼らの略奪を受けた村や、隊商の話がいくつもありますから」


「だからこんな大人数で動くわけですか」


「ええ、他にも海岸には海賊がいますし、ダマスカスの向こうからは馬に乗った馬賊も出没するのです。もっともあちら側にはクラック・デ・シュヴァリエを始めとした城塞群がひしめき合ってますからな、モンゴルであれイスラムであれあそこを落とすことは不可能でしょう。まさに、十字軍の象徴とも言える城ですから」


「へえ、俺は恥ずかしながら物を知らなくて。そんなにすごい城があるんですね」


「ええ、何しろ聖ヨハネ騎士団が全力を注いで改修した城ですから」


 聖ヨハネ騎士団? アッコンのホスピタル騎士団とは違うのだろうか。


『同じですよ。』


 突然現れたシルヴァーノ。姿を消せるようになってからのこいつは忙しそうにあちこち回っているようだ。どうせ、見えないことをいいことに覗きでもしてるんだろうけどな。


『てめえ、今までどこに隠れてやがった。』


『まあ、その話はあとで。今はその修道士と少しでも仲良くなっておいてください。』


『なに? また何か企んでるわけ? 』


『まあ、いいじゃないですか。これも神のお導きですよ。』


 そう言い残すとまた姿を消す。消えたり現れたり、前より不気味なんですけど。


「しかしすごいですね。聖ヨハネ騎士団ってのは。アッコンでも彼らが民に接しているところを見ましたが、なかなかあそこまでできることじゃないですよ」


「ええ、彼らは医術を持って神の教えを体現していますから。私達修道士もある程度の医術は学びますが、設備といい技術といい彼らにはとてもおよびません」


「それだけの城を建て、病院を運営するにはものすごい費用がかかりそうですね」


「彼らは寄進された土地や財貨を商人顔負けの運用で着実に利益を出していますからね。騎士団なんてのは彼らを始め皆裕福ですよ。中でもテンプル騎士団の財力は抜きん出てますがね」


 なんか俺の想像してた騎士団とだいぶ違うな。騎士団ってのは王様の親衛隊か何かだと思ってたよ。


「そう言えばこの国の王様って誰なんです? 」


「エルサレム王国の国王はコンラート4世陛下です。彼は神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の息子でまだ16歳。今も帝国で暮らしています。この国は残された諸侯や騎士団による合議制で運営されているのですよ。実にバカバカしいことですがね」


「なぜ国王はこの地に来ずに帝国にいるのですか?」


「彼は神聖ローマ帝国の後継者でもあるんですよ。母屋と離れ、どちらが大事かということですな」


「なるほど、で、母屋が大事な国王は離れであるこの国はどうでもいいと」


「まあ、そんな事はないでしょうが、流石にイスラムの連中に独力で当たるのは厳しいと考えているのでしょうね。そのうちフランスやイングランドを巻き込んで、またぞろ十字軍ですよ。エルサレムが落とされたままではヨーロッパ世界の名折れですからな」


「なるほどねぇ」


「ま、教皇猊下ですらローマを追われ、ジェノヴァにお逃げになられるほど今の世は混沌としているわけですな」


 そのあとも修道士ダリオの話は延々と続く。彼はジェノヴァで兄弟と揉めて修道院に入れられたが、それまで大海原で生きてきた男が狭い建物の中で暮らせるはずもなく、理由を作っては旅に出ていると言う。その実体験に基づいた話を面白おかしく語るので、いつの間にか彼の話に聞き惚れていた。すでに街を出て半日が過ぎている。


「ところでジョルジオ殿」


 いきなり声を潜め、囁くダリオ。


「貴方は何故、身分を偽り平民のふりをしておられるので? 」


 あ、う、っと言葉につまる。まさか馬に乗れないのに騎士と名乗るのが恥ずかしかったとは言えないだろう。


「いや、そのですね。そうそう、俺は戦いで馬を失いましてね。馬もないのに騎士だなんだと名乗るのもおこがましいかなと思ったんですよ。それに騎士と言ってもまだ成り立てでしてね。作法も何も知らないんです」


 それを聞くと修道士ダリオはにっこり笑い、なるほど。と相槌を打ってくれた。


「どうやら事情があるようですね。失礼ながら私にだけ家名をお教えいただけませんか? その指輪を見るに名のある一族とお見受けいたしましたが」


 なるほど、指輪ね。うっかり外すのを忘れてた。


「まあ、別に隠すことじゃないからいいけど。俺はジョルジオ・マセラッティ。先の戦いで亡くなられたローマ、コンティ伯の名代、アレッシオ・マセラティから家督を譲られた者です」


「コンティ伯のご名代、ですか。なるほど、貴方はそれでローマに向かって旅をしていると」


「そういうことです」


「大将、話してるとこ悪いが鎧を着ておいたほうが良さそうだ。どうにも雲行きが怪しい」


 シェラールの言葉に反応したのは意外なことに修道士ダリオだった。


「そのようですね。招かれざる客が現れたようです」


「アンタ、シェラールの言葉がわかるんですか? 」


「ええ、商人は様々な言葉を覚えますから。言葉が通じなくては取引などできないでしょう? それはともかく彼の言うように鎧を。身分を偽っている余裕はなさそうです」


 シェラールとヒュリアは背負袋から鎧を取り出し俺に着せていく。着ていた青い上衣は脱がされ、洗濯の済んだ鎧下を着せられる。その上から例の極薄仕様のチェインメイルを被せられ、シェラールは俺の髪の毛が引っかかるのも気にせずに、強引に鎧を着せた。

 足元ではヒュリアが金の拍車をブーツに取り付けている。最後に紋章が染められた黒いサーコートを羽織らされ、腰のベルトを締められる。剣帯をつけて剣を吊るせばインスタント騎士の出来上がりだ。周囲の旅人たちも俺のただならぬ様子に各自、警戒を始めたようだ。


「敵が来るのか? 俺には何も見えないんだけど」


「俺たちは目がいい。あそこの船の動きがさっきからおかしいんだ。ありゃあきっと海賊だな」


「私も元は船乗りです。目が良くなければ務まりません。ほら、帆を畳んで上陸の準備をしていますよ」


 俺の目からは豆粒ほどにしか見えない。ここからだと船かどうかも怪しいくらいだ。彼ら二人を疑うわけではないがこちらとて大所帯、しかも傭兵の警備付きだ。襲うにしてもあちらの被害も甚大だろう。もちろん騎士である俺は剣を持ち、鎧を着て、それらしい格好はしているが何の役にも立たない自信がある。


『なあ、これってやばい? 』


『ですね。僕の目ではあれが海賊かどうかはわかりませんが船乗りの目が確かなのは事実です。それにアサシンの目も確かなのでしょう。少なくとも覚悟だけはしておいたほうが良さそうですね。』


『覚悟ってなんの覚悟?』


『相手を殺す、若しくは殺される覚悟です。まあ、貴方は私が守って見せますがシェラールやヒュリアが死ぬかもしれない。そういう覚悟だけは持っておいたほうがいいですね。』


『そんな、ヤバくなったら謝っちゃえばいいじゃん、そうすりゃ命までは取らねーって。』


『降伏ですか? そんなことしたら奴隷として一生ガレー船で船を漕がされるか、鉱山に売り払われて生涯強制労働ですよ。いいですか?ここは二十一世紀の日本じゃないんです。強者の論理がまかり通る中世なんですよ。』


『そんな事言われたって。そうだ、警察は? 軍や騎士団だっているんだろ? 』


『ええ、たまたま襲われている所に彼らが出くわせば守ってくれるかもしれません。ま、その確率は0に近いですけどね。いいですか、もう一度言います。ここでは力がないものは永遠に搾取される運命なんです。貴方にわかるように言えば、「ヒャッハー、ここは通さねえぜ?」なんて事が当たり前に起きているんですよ。』


『何その世紀末。でも俺は一子相伝の暗殺拳の使い手じゃねーんだ。そんな修羅の国に放り込まれて何ができるってんだよ!』


『技術的にも肉体的にも今の貴方に賊を打ち倒すことは不可能です。その辺は僕が引き受けますから覚悟を固めてください。最初に言っておきますが全てを守るのは不可能です。貴方はその時何を守り、何を見捨てるのか。それを判断し、結果を受け止めるのが役目です。くれぐれも見誤らないように。』


 そうこう言っているうちにも、海賊と思わしき一団が海辺から次々と上陸を始めた。流石にキャラバンの傭兵たちも気がついたのか、なにやら大声で指示を飛ばしている。数分後には荷馬車がぐるりと取り囲み、簡単な砦の役を果たしていた。


「女子供は馬車の内側に! 戦えるものは前に出ろ!」


 傭兵の隊長だろうか。逞しい馬に跨った男が忙しなく怒鳴る。俺は皆の視線に押し出されるように馬車の囲いを出た。


「おう! 騎士殿がいるのか。皆よく聞け! 騎士殿が味方におられた。いいか、テメエらも騎士殿に遅れを取るなよ。俺達傭兵の実力を見せてやれ!」


 余計なことを。傭兵たちの熱い視線が俺に注がれる。仕方なしに片手を上げると「おぉぉ!」と歓声が上がった。いつの間にかヒュリアは馬車の屋根に上り、弓に矢をつがえている。シェラールと修道士のダリオは俺の両脇を固め武器を構えた。味方によって完全に包囲された俺にもはや逃げ場はなかった。


 海賊たちは早足で歩きながらも隊列を整え、停止する。鉄の武器が強い日差しを反射してキラキラと輝いていた。彼らはあちこち錆の浮いた丈の短いチェインメイルを身に付け、その手には大きな斧を抱えている。兜こそ被っていないものの見ただけで熟練の戦士であることが分かった。


 こちらは何故か俺を中心に傭兵たちが列を組む。一列目には弓やクロスボウを構えた射手が並び、その後ろに思い思いの武器を構えた歩兵が俺の左右に居並んだ。傭兵隊長と数騎の騎兵がぶるると鼻を震わせる馬を宥めながら俺たちの右側に固まる。最後列には鎧すら着ていない商人や、旅人の男がきき手にナイフを握り締め、反対の手に石を握る。


 人数的にはほぼ互角。こちらはしっかりと武装した傭兵達を除いた半分近くが民間人。一人二人はシェラールのような体格のいい若者もいるが、残りはすべてそのへんにいるオッサンだ。それに比べて向こうは全員筋骨隆々の船乗りたち。どう考えてもあちらの方が有利だろう。


『おい、本格的にやばいんじゃない? これ。』


『ですね。』


『ですね。じゃねーよ! どーすんだよ。』


『なるようにしかなりませんよ。全ては神の思し召しですから。』


『けっ、都合が悪くなると何でも神様のせいにしやがって。神様だってオーバーワークだよ! 過労死するよ! 』


 緊張が飽和に達し、まるで風船が破裂するように突然それは訪れた。海賊側から角笛を吹き鳴らす音が響き、「オォォォ!」と叫びをあげたかと思うと一斉に走り寄る。


「弓隊構えぇ!」


 傭兵隊長の声が響き、弓隊の弓が引き絞られた。


「放てェェェェ!」


 一斉に矢が放たれる。距離にしておよそ150m。走れば20秒とかからないだろう。数人の海賊が矢をまともに喰らい倒れこむ。そんな仲間を気にもかけずに残りの海賊は走り続けた。

 第2射が放たれ、再び数人が倒れこむと弓隊は左右に別れ剣を抜き、歩兵隊と合流した。海賊までの距離、およそ100m。オリンピック選手なら10秒で到達するその距離に俺はいた。緊張感で顔は引きつり、かつてない心拍数を記録する。許されるものなら今すぐ何もかも捨てて逃げ去りたい。


『無理無理無理! 絶対無理。憑依するなら早くして!マジこのままじゃおしっこ漏れるぅぅ!』


 ドクンと心臓が大きく鼓動を打ち、俺は自分の体のコントロールを手放した。


「サン・ジョルジオの名の下に、邪なる竜には裁きの剣を。歩兵隊、私に続け!」


 あれ?若干セリフ変わってね?


『いいんですよ。このほうがしっくりくるでしょ?』


 シルヴァーノが乗り移った俺は、勇敢にも先頭切って走り出す。その姿に鼓舞されたのか、後ろからは叫びを上げながら歩兵たちが従っている。もう少しで接敵、というところで傭兵隊長率いる騎馬隊が槍を構えて側面から突っ込んだ。これが横槍を入れると言うものなのか。突然、隊を乱された海賊たちの注意が騎馬に向いたところを狙って、俺の体は剣を振り下ろす。首の骨の間にするりと入った剣は不幸な海賊の頭を切り飛ばす。次いで隣りで傭兵ともみ合う海賊の脇の下を狙い、剣を突き立てる。その頃には敵味方入り乱れる乱戦になっており、体の自由は利かないが人を斬った感触は伝わってくる。そんな俺の体は少し下がった位置で全体を見ていた。


 シェラールは身軽な体を活かして軽快に相手の攻撃を躱しながら、海賊の顔や喉に懐に忍ばせていた短剣を次々投げ込んでいく。修道士のダリオは先の丸いメイスを相手の頭にたたきつける。後ろでは荷馬車の上に腰を据えたヒュリアが海賊たちに次々と矢を射かけていた。その矢はまさに百発百中、一回矢を放てば一人の海賊が地に伏せる。思わず見とれてしまうような腕前だった。

 傭兵たちも奮闘し、全体的には押しているのが素人の俺でもわかる。プォォォっと間の抜けた角笛の音が響くと海賊たちは無傷なものを最後尾にして引いていった。


「俺たちも下がるぞ! まだ終わりじゃない、けが人の救助はあとだ。一旦隊列を整えろ!」


 弓隊が前列に配置され、その後ろに俺たちは並ぶ。何人か欠けたものの、俺の隣にはシェラールとダリオが健在な姿を見せていた。その時、ドクンと心臓が高鳴り、俺はカハッと咳き込みほんの少しの血を吐いた。急に体が軽くなり、自由が効く。あれ? これってまさか。


『残念ですがここまでのようです。これ以上は貴方の体がもちません。』


 すまなそうな表情でシルヴァーノはそれだけ言うと姿を消した。


『ちょっと待って? この状況で放置されても困るって! おい、聞いてんのか? 』


『聞こえてますよ。』


『だったらどういうことか説明しやがれ! 』


『どうやら憑依することによって貴方と僕に大きな負担がかかるようです。僕も姿を留めておけないほど消耗してるんですよ。』


『はぁ?そんなの聞いてねーよ! お前なしでこの状況切り抜けられる訳がねーだろうが!』


『実はですね。昨晩ちょっとムラムラしたので美人の娼婦を買った男に憑依してみたんですよ。』


『なにそれ、この状況でする話? 』


『まあ、聞いてください。憑依自体はできたんですけどその男は3分を待たずに血を吐いて倒れてしまいました。』


『ちょっと、お前なにやってんの? それって立派な殺人事件だから。つか俺じゃなくても憑依できるの?』


『だから、できたらいいなぁと思ってやってみたわけですよ。そしたらそんな結果で。』


『そう言うかるーい気持ちで人殺してるからね。お前立派な犯罪者だからね。』


『こればかりは僕も想定外で。やはり貴方は特別なようですね。』


『想定外で済ましてんじゃねーよ。』


『いやいや、だからあの修道士ならどうかな、なんて。神に仕える者なら僕を受け入れられるんじゃないかと。』


『だから仲良くしとけとか言ったわけ? おかしいから、そんな事しちゃダメだから。』


『でも、ちゃんと気持ちよかったんですよ。どうせなら最後までしたいじゃないですか。』


『どんだけ身勝手なんだよ! その人死んじゃったんだよな?』


『いや、死んではいませんよ。ちょっと気絶したぐらいで。あ、そうだ貴方にお願いしましょう。今度街についたらって、ダメですね。ヒュリアに殺されそうです。』


『いいとかダメとかそういう話じゃないからね? 大事なのはこのままじゃ俺が死んじゃうって事だから。』


『そろそろ話すのもきつくなってきました。では、Ciao,a presto.(またね)』


 マジで消えやがったあの野郎。どーすんだよ、どーすんだよ俺! 歩兵の連中は俺のことキラキラした目で見てるし傭兵隊長も俺にペコリと頭下げてるよ。期待されてるよね? これって絶対期待されてるよね?


 そうこうしている間に海賊の方も再編成が終わったのか、列をなして迫ってくる。でもなんか変だ。何が変ってうまく言えないが戦う気がないというか気迫が感じられないというか。

 弓の射程ギリギリの100m程のところで海賊たちは立ち止まり、その群れの中から銀色に輝くウロコ状の鎧に身を包んだ赤い髪の女が進み出てくる。ん?女? 女海賊とか本当にいるわけ?

 

 女海賊は一歩前に出ると大声で叫びだす。


「このままではお互い消耗は避けられない、そちらには騎士がいると聞いている。どうだ、ここは一騎討ちでケリと言うのは?私が負ければ素直に兵を引こう。そちらの騎士が負ければ積荷の半分を頂く。この話を受けるのであれば勝負がどうなろうと一切の危害を加えぬと約束しよう」


 両陣営からおぉぉぉぉ!っと歓声が上がる。それで済むならそのほうがいいに決まってる。で、その勇敢な騎士様はどこに?


――そうですよね。そうだと思いました。薄々分かってましたとも。いやはや皆様の視線の熱いこと。ここで断ったりしたら味方から殺されちゃうんだろうなぁ。


「大将、アンタならやれるさ。俺達を救ってくれたのもアンタだ。俺は信じてるぜ」


 シェラールが俺の肩を叩き、励ましてくれる。


「でもさ、相手は海賊だぜ? 俺が勝ったからといって見逃してくれる保証なんかどこにも」


「あの女海賊は隻眼のロザリア。義理堅い事で有名です。そもそも女海賊なんて数える程しかいませんからな。あの女海賊はこれまで一騎討ちで負けたことがないというのが自慢だそうで、甘い相手ではありませんが、なあにジョルジオ殿の敵ではありませんよ」


 がっはっはと豪快に笑う修道士ダリオ。へぇ、負けなしなんだ。貴重な情報をどうも。


「どうした! 騎士は臆したのか! 女のアタシに勝負を挑まれて逃げるなど騎士の振る舞いにあらず、出てきて正々堂々と勝負しろ!」


 そうだそうだ! と海賊たちがはやし立てる。


「海賊風情が生意気な口を! 騎士殿がお前のようなあばずれに臆するはずもあるまい! 思い上がったその口に正義の鉄槌を下してやるから覚悟しておけ! ですよね?騎士殿」


 傭兵隊長がとんでもない事を言い放つ。その彼に背中を押され、俺は両軍の中央に引き出された。頭の中に流れるBGMはもちろん定番の『ドナドナ』。売られていく子牛の気持ちが今の俺には痛いほどわかる。


「ほう、ちゃんとキンタマついてたみたいだね。ビビらずに出てきただけでも褒めてやるよ」


 ロザリアとか言う女海賊は俺を見下すように言い放つと、ペッと地面に唾を吐く。潮風のせいかツヤを失ったボサボサの髪を無造作に流しているがその顔は野性的だが美しい。海賊らしく片目を覆う革の眼帯が痛痛しいがちょっとお目にかかれないほどの美人だ。


「けっ、口が動かせるうちにせいぜい言っとけ! どうせお前はこの騎士殿にやられ、泣いて命乞いする羽目になるんだからな!」


 傭兵隊長が火に油を注ぎ、自分はそ知らぬ顔で自陣に引き上げていく。俺の前には赤い髪が今にも燃え上がりそうなほど怒りに震える女海賊。


 設問1.この状況を切り抜ける最善の方法は? 

 回答 とにかく謝ってみる。


「あは、ははは、ほら、彼、戦闘でテンション上がっちゃってるからさ。なんか失礼なこと言ってごめんね」


「随分な余裕だね。流石は騎士ってとこかい。アタシなんかは目じゃない、とそう言いたい訳だ」


 不正解。さらに怒りが増している。だめだ、ここで諦めたらホントに全てが終わる! 何とかして和平への道を探らなければ。


 そう言えば女性を怒らせた時は、とにかく褒めろとエロ本に書いてあった。実践あるのみだ。


「えっと、ロザリアさんでしたっけ? ちょっと聞きたいことがあるんですが」


「ハッ、この期に及んで聞きたいことだぁ? まあいいさ、冥土の土産に答えてやろうじゃないか」


「いや、その右目、どうしたのかなあって。せっかくの美人がもったいない。いや、その眼帯もロザリアさんの魅力なのかもしれませんね」


 ロザリアはちょっぴり顔を赤らめている。よっしゃ!手応えあり! 


「こ、この期に及んでアタシを口説くつもりかい? そ、そんな事言われても照れるし」


 もじもじし始めた。あとひと押し!


「なーにやってんです姉御ォ! はえーとこそのボンクラをやっちまってくださいよ!」


 髭面の海賊たちが武器を鳴らして煽り立てる。黙れ!下品な海賊ども。あと一息ってとこなんだよ!


「残念だがギャラリーは待ちきれないそうだ。もしお前が勝ったなら私はお前の女になってやるよ。そんときは続きでも聞かせてもらおうかねぇ」


 ギャラリーの声に我を取り戻したロザリア。気持ちが落ち着いたのか静かな殺気を放ち始める。あれ?これだったら逆上していたさっきの方が勝ち目があったんじゃね?


 ロザリアがスラリと剣を抜く。それに合わせて俺もやむをえずに剣を抜いた。


「んじゃいくよ! 色男。あの世で死んだ女でも口説いてな! 」


 ロザリアの繰り出す剣は速く、重い。俺ははじめから攻撃を諦め、ひたすら防御に回る。自分が殺されるのはもちろん怖いが人を殺せる度胸なんかあるはずもない。只々ロザリアの剣を見つめ、防御する。


「けっ、その余裕がいつまで持つかねぇ!」


 攻撃意思の感じられない俺を余裕と捉えたのか、ロザリアはさらに剣の回転を上げる。既にいくつか捌き損なった斬撃が俺の鎧をかすめている。極薄の鎧は思ったよりも防御力があるらしく、かすめた刃が俺の肌を切り裂くことは無い。しかし体力の無さがモロにでて、剣を持つ手が重く、鈍くなる。息が切れて集中力が続かない。俺、もうダメかも。


 意識が朦朧とする中、俺の脳裏に姿を現したのはニヤケ面したオヤジだった。まーた、俺の知らない女の肩を抱いている。オヤジ、いい年なんだから大概にしとけって。オヤジは昔、俺とプロレスごっこをしていたときのように顎を突き出し、親指を立てる。オヤジの世代の英雄だったプロレスラーのモノマネだ。はは、もうだめだ。オヤジ、俺はこの見知らぬ土地の土になる運命らしい。

 いや、まてよ。プロレス? そうだ、俺にはプロレス技がある。小学生の頃、俺を無敵の王者として君臨させた、オヤジ直伝のあの技が。

 ロザリアは俺が弱ったと見て、大振りの一撃で勝負を決めに来る。ここだぁ!俺は体を開いてその一撃を躱し、剣を手放した右手でロザリアの右腕を掴む。そのまま引き寄せ背後を取ると、左腕で彼女の首を押さえ込む。まるで蛇のように足を絡ませ、存分に締め上げれば『コブラツイスト』の完成だ。頭の中で軽快なリズムのテーマ曲が流れ、イヤが応にもテンションが上がっていく。ロザリアは自由の効く左手で俺を殴るがこの体勢では力が入らない。そんな事は百も承知だ。ポカポカと叩かれながら、俺はさらに締め上げる。


「ぐあぁぁぁ!」


 ロザリアは小さく悲鳴を上げ、しばらくすると泡を吹いて気絶した。初めての技に対処できなかったのだろう。ドサリとロザリアが地面に倒れ、俺は右手を上げて叫んだ。「1、2、3、ダァー!」と。

 その叫びに反応し、味方から怒号のような歓声が上がる。俺は地面倒れるロザリアに背を向け、剣を拾うと自陣に向けて歩きだした。


「やるじゃねえか、大将! 」


 駆け寄ってきたのはシェラールと涙を目にいっぱい貯めたヒュリアだ。


「もう、どうなることかと私、私、」


「大丈夫だから、泣くな」


 シェラールの肩にもたれ掛かりながらヒュリアの頭を撫でてやる。オヤジ、アンタのおかげだ。感謝してる。空を見上げて見えるはずもないオヤジを思い、礼を言う。そうとも、俺はまだ生きてる。生きてるんだ。

 その後、息を吹き返したロザリアと傭兵隊長、それに商隊の代表が中央に出て話し合いが持たれた。当事者である俺は、修道士のダリオとシェラールに引きずられるようにその場に加えられた。ダリオ曰く、勝者には最後まで見届ける義務があるとかなんとか。


「さて、隻眼のロザリア。我々は勝利者として貴様に裁きを下す」


 意外なことに約束を守らないのはこちらの方だった。


 ずっと馬車の中から出てくる事さえしなかった商隊の代表が完全に勝利者の顔をして口を開く。でっぷりとした体つきとちょび髭が彼の人格を語っているかのように、その声はいやらしい。


「はっ。好きにするがいいさ」


「いい覚悟だ。貴様らは全員奴隷としてアンティオキアで売り払う。これまでの悪行の報いだ、死ぬまで苦しめ。お前は別だがな。名の売れた女海賊、いい値段で娼館に売れるだろうよ」


「ちっ、覚悟しとくんだね。アンタの顔は覚えとくよ」


「ははっ、その態度がいつまでもつのかな? アンティオキアまでの道中せいぜい楽しませてもらうことにするよ。なあに、傭兵の諸君にもちゃんと味見をさせてやるからそんな顔をするな」


 傭兵隊長は商隊の代表を苦々しく見ると唾を吐いた。なにこれ? 奴隷として売る? そんなことが許されるの? 知識としては知っていたし、シルヴァーノにも言われた。力が全てなのだと。だからといってこの状況を見過ごせるはずもない。しかし彼女たちは海賊、放っておけば新たな被害者が出るのだろう。こんな時に消えたまま返事すらしないシルヴァーノが恨めしかった。奴がいれば相談ぐらいは出来ただろうに。


「お悩みのようですな。ジョルジオ殿」


 修道士ダリオが小声で囁いた。その顔は俺の心を見透かしたかのように微笑んでいる。


「どうすればいいかわからないんです」


「では私にお任せいただけませんか? なあに悪いようにはいたしません」


 正直自分では回答を導き出せそうにない。かと言って彼女たちを見捨てる事はできない。


「貴方の判断に任せますよ、修道士ダリオ」


 俺はことさら『修道士』という部分にアクセントをつけた。神の教えとやらを守り、慈悲を施してくれる事を期待して。


「さて、商隊の代表たる貴方に一つお尋ねせねばならない事があるのですが」


 ダリオは残虐な笑みを浮かべ、ロザリアの体を舐めるように見ていた商隊の代表に意見を述べる。


「おお、これは修道士殿。どのようなお尋ねでしょうか」


「他でも有りません。貴方がたは危機を救っていただいたジョルジオ殿にどう報いるおつもりですか?」


「これは大変失礼いたしました、騎士殿。我らの危機を救っていただいた貴方様には相応の謝礼を考えております」


 既に傭兵達によって後ろ手に縛られていたロザリアがフンっと鼻を鳴らす。


「でしたらそのお気持ちを示していただきたい。こう言ってはなんですが、ジョルジオ殿はその騎士たる義務に従い、勇敢さをお示しになりました。名高い海賊相手に我が身を顧みず一騎打ちに挑まれ、勝利した。彼がいなければ隊商の命運は尽きていた事は自明の理。その彼に貴方がたは何を持って報いるつもりなのか是非聞きたいところですな」


「それは、その、金貨で」


「傭兵隊長殿にお聞きしたい。もし、貴方がジョルジオ殿の立場であればどの程度の金貨を請求されますかな? 」


「そりゃあ、あの状況だ。一騎打ちがなきゃこっちも危なかったんだ。最低でも金貨で50枚。助かった荷物と命を考えりゃ金貨100枚でもおかしくはねえな」


「き、金貨100枚ですと? そんなもの払えるはずもない! 」


「では貴方はどの程度を考えられていたので? 」


「そ、その、せいぜい金貨10枚くらいかと」


「お話になりませんな。傭兵隊長殿の仰られたように最低でも金貨50枚。ま、騎士殿の名誉も考えれば傭兵と同額と言うわけにも行きますまい。どうですかな? 金貨80枚と言ったところでは」


 商隊の代表は顔を真っ赤にして目を剥いた。そのたるんだ頬の中で奥歯を噛み締めているのがわかる。


「それに、貴方は彼女たち、海賊を自分の奴隷としたようですが、戦利品の権利は全て勝利者たるジョルジオ殿の物。騎士の権利に口を挟む、それがどういうことかお分かりではないのですかな?」


「し、しかし、貴方がたは私の商隊の同行者、それに傭兵だって我々が雇っている。戦利品の権利は我々の物だ!」


「同行者と言ってもジョルジオ殿を含めた我らは、貴方に雇われているわけではありませんよ。本来無関係と行ってもいい間柄ながら率先して貴方達を守ってくれた騎士殿にそれが言えますか?」


「しかし! 大金を払った上で戦利品まで根こそぎ持っていかれては我々が立ち行かない! 断じて認められません!」


「そうですか、では仕方ありませんな。事を荒立てるのは私の好まざるところですが。実はジョルジオ殿はローマのコンティ伯に仕えておられる騎士。この度は伯のご名代としてエルサレムに赴いていたのです。貴方はご存知ないかもしれませんがコンティ伯と言えば過去に何人もの教皇を排出した事で知られる名家。

 教皇の信頼厚い伯の騎士に無礼を働けば良くて破門。悪くすれば異端者として裁きに逢うかもしれません。しかし、貴方が引かぬとあれば致し方ない。それなりの処置を講じることになりますな」


 修道士の脅迫はよほど効果があったらしく、商隊の代表はさぁァァっと青ざめると跪いて俺の手を取った。


「騎士殿、何卒ご容赦を! 何分このような田舎暮らしでありますのでついつい自分本位になってしまいました。決して貴方の名誉と権利を汚すつもりなど毛頭ありません。金貨も100枚お支払い致しますので何卒ご容赦を!」


 何が起こったのか解らずにダリオを見る。ダリオが一つ頷いたので俺も同様に頷いた。


「ああ、お許しいただけるのですね! 神よ! 貴方と寛大な騎士殿に感謝します!」


 商隊の代表は慌てて部下を呼びつけ、金貨の詰まった箱を持ってこさせる。ダリオが中身を確認するとディナールと言うイスラムの金貨で丁度100枚あった。それが終わると代表は、風のように去っていった。最後まで見ていた傭兵隊長はヤレヤレと首をかしげた。


「アンタ、随分うまくやったもんだ。今回は貸しにしといてやるから今度会ったらいい酒奢れよな!」


 と言って去っていく。目の前には縛り上げられた海賊、約30名。俺はシェラールと呼び寄せたヒュリアに命じてその縄を解かせた。後ろでは傭兵や戦闘に加わった旅人が我先にと死体から装備を剥ぎ取っている。


「どうやらアンタには借りができたらしい。で、どうすんだい?アタシ達はアンタの奴隷だ。売り払うなりなんなり好きにしな」


 縄を解かれたロザリアや海賊たちは俺に向かって両膝をついた。きっとこれが日本で言うところの土下座に当たるのだろう。


「ジョルジオ殿はそのようなお方では無い。貴方たちを助ける為、私を交渉役にして遣わしたのだから」


「え、そりゃどういうことだい? この修道士じゃなくてアンタの口から聞かせて欲しい」


「どういう事って言われてもさ、とにかくだ、君たちが奴隷として売り払われるのを見過ごすことができなかったのは事実だ。だからと言って海賊行為を肯定するつもりもないけど」


「アタシらだって好きでやってるわけじゃないさ。他人の物を奪うのが悪いって事ぐらい分かってんだ。だけどさ騎士殿、そうでもしなきゃアタシらだって生きていけねーんだ」


 ロザリアの話によれば、彼らは元々シチリアの漁村で漁師をしていたらしい。ロザリアの祖父は親方で大勢の村人達を指揮していたが、ある日略奪にあい、海から帰ると村は焼き討ちにあっていた。僅かな生き残りを船に乗せ、エーゲ海へと逃れた彼らは無人島に住み着いた。

 その辺は海賊が多く、自らも武器を取らねばまともに漁すらもできないありさまで、戦いを繰り返すうち彼らもまた、海賊となっていった。今も村から連れてきた女子供や老人たちがロザリアの海賊稼ぎで暮らしているという。島にいる彼らの生活を支えるには海賊を続けていくしかない。それがロザリアの言い分だった。


「話はわからないでもないが、それが他人から奪っていいと言う理由にもならない。過去のことはいい、これからだけでもどうにかならないのか?」


「それができれば苦労はないさ。さ、わかっただろう? アタシ達は神に赦しを求める事すら罪深い、どうしようもない人間なのさ」


「そんな事はありませんぞ。ま、全てはジョルジオ殿のお心次第ではありますが」


 ダリオが自信たっぷりに言い放つ。そう言われては俺に選択肢などないも同然だ。


「で、俺はどうすればいいんです? ダリオ殿」


「商隊の差し出したディナール金貨100枚。これを元手に商いをするのですよ。元々貴方達は海賊、であれば商品さえ仕入れてしまえば武装商船と同じようなもの。幸いにもここからアッコンまでは船で戻ればあっという間です。あそこで胡椒を求め、ジェノヴァまで持っていけば莫大な利益を生むでしょう。そうなれば貴方達は立派な商人。海賊などせずとも十分に生きていけます」


「けどさ、アタシ達と取引してくれる商会なんかないんじゃないか? こう言っちゃなんだけどアタシは海賊としてそこそこ名が売れちまってんだ」


「それはそうでしょう。ですから貴方たちにはジョルジオ殿の従者となってもらいます。騎士である彼の身内であれば信用の方は問題ないでしょう。何しろ現金での取引なのですから。それに私は元、ジェノヴァの商人。私の推薦があればジェノヴァの商会はもちろん、ピサやアマルフィの連中も嫌とはいいますまい」


「アタシたちが騎士の従者? そんなことがあっていいのかい? アタシはしがない漁師の娘でこいつらだって生まれも育ちも漁師以外の何者でもないんだ。それが従者だなんて」


「それを言うならこちらのお二人など、異郷の民の改宗者です。ジョルジオ殿は生まれや育ちで人を見るようなお方ではありませんよ」


「修道士、アンタの言うことはよくわかった。だけどアタシは本人の口から聞きたいんだ。ジョルジオって言ったね、アンタ、アタシ達を従者にしてくれんのかい? アタシ達はアンタの為にできることがあるのかい?」


「俺としては君たちが海賊以外で生きていけるならそれが一番だと思ってる。その為に君たちが俺の従者になることが必要なのであれば俺に異存はないよ。ただ、最初に言っとくけど俺、すげー頼りないからね。すげー弱いし」


 あたりは海賊たちの爆笑に包まれた。どいつもこいつもいかめしいツラに涙を浮かべ、大口を開けて笑っていた。


「あはは、アンタ変わった人だね。大丈夫さ、アンタが頼りにならないって言うならアタシ達がその分埋めてやるさ。弱いって言うならアタシ達が守ってやる。そうだろ、野郎ども!」


 応っ!と力強い返事が返ってくる。たしかにそうだけども、みんなスゲー強そうだけれども、これでいいのか俺?隣では修道士のダリオが苦虫をまとめて噛み潰したような顔をしているし、シェラールとヒュリアは吹き出しそうなのを顔を背けて堪えている。


 表向き俺もヘラヘラとしていたが、内心ではこれほどの人数が俺の従士となることに恐怖を感じていた。リーダーシップ?そんなものは生まれた時から持ち合わせていない。カリスマ? それこそ俺に最も無縁な言葉だ。何しろバイト先での新人教育ですらまともにできた試しはないのだ。

 その後、俺は彼女達の海賊船に連れて行かれた。「今からこの船はアンタの物さ」などとロザリアは言っていたが軽自動車すら持っていない俺に、船のオーナーなどできるはずもない。

 海賊船とは言うものの別にドクロのマークが付いているわけでもなく、アッコンで見た大型商船と変わりはない。しいて言えばいくらかスマートで速そうだということぐらいか。帆は畳まれて、船体の中腹には櫂を出すための溝が2本ある。とは言え大きさはエルサレムから乗ってきた船よりはかなり大きい。


 この船が俺のもの、そう考えただけで倒れそうになった。


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