第16話 蹂躙

 「ユウぅぅぅっ……!」


 アルトが俺の名前を呼ぶ。

よく見れば彼女の腕にはやけどの痕跡があった。俺が遅かったばかりに……


「アルト……ごめん」

「ぎゃぁぁ!! 腕がァァ!!」


 やっと現状を理解した小太りの男が、先の無くなった腕から大量の血を吹き出しながら痛みに耐えられず叫ぶ。


「こんの……召喚士サマナーがぁぁ! 殺れ! お前ら! 相手は最弱のクラスの召喚士だぁぁ!」


「けひひひ。狩りだ狩りだァ!」


「おいっずるいぞ!!」


 先ずは手下の男が手斧を構えながら真っ直ぐに突っ込んでくる。馬鹿かこいつ。カウンターしてくれって言ってるのか?


 俺はアルトを傷つけたこいつらを絶対に許せない。

 なので手を抜く理由は……ない。

相手はただのNPC。俺が悼む理由すらない。


「死ねやぁ!」


 手斧を振り下ろす男の攻撃を、軽々と半身で回避する。

当然手斧の攻撃は不発に終わり、男はバランスを崩したところで、片手で男の頭を掴む。


「……はっ?」


 彼は現在の状況が理解出来ていないようで、更には頭を掴まれていることすら良く分かってないようだ。


「来世ではフェイントぐらいしろよ」


 戦闘の初めに聞こえたのは、地面にクレーターができる音。

 クレーターが出来るほどの勢いで叩きつけられた男のその後は、いうまでもない。


 地面には亀裂が走り、男は白目を向く。凄まじく頑丈な頭なようだ。血は出ていない。

 ゆらりと姿勢を伸ばし、次は誰にしようかなと視線で犯罪者集団を圧倒すれば――


「なっ……」


 召喚士狩りの手下たちか驚いた声を上げる。それと同時に恐怖している人物も居ることも見逃さなかった。


「ぁぁァ! 相手は召喚士サマナーだァァァ! 量でおしつぶせぇぇぇぇッ!!」


 小太りの男は数十人全員に指示を出す。すると、全員が戦闘を起こす気になったようで。


「「うおおおおおおおおおお!!!」」


 大量の人間が俺に向かって走ってくる。まっすぐと。


「はぁ……揃いも揃ってリューグォみたいな人間しかいないのか。そうだな、あれ試してみるか」


 その瞬間、魔力の渦が俺の周りを取り囲む。


「うぉ?!」「なんだ?!」「ぐぁっ!?」


 竜巻のように凄まじい突風が俺を中心として巻き起こり、風圧が足腰の弱い者の足元をすくって転ばせ、吹き飛ばす。

 転んだり、足が止まった者も多かったが、屈強な男たちは走る速度が減速する程度で、変わらず俺に向かって突撃してくる。


 それでも残った召喚士サマナー狩りの連中は俺の“とっておき”を最初に喰らう権利を得る。


 男が数メートル手前に来た時、タイミング良く魔力の奔流と、その余波の突風が止まる。


 これは誰しもが魔力切れと考えたのであろう。

 召喚士狩りの連中はこれを好機とばかりに更にスピードを上げて飛びかかってくる。


 俺が魔法を放つ準備が整ったと知らずに。


「さぁ? 初めての攻撃魔法だ」


 俺は言い切ると手を前に伸ばす。


「《天雷てんらい》」


 魔法名を呟いたその刹那、手のひらから放たれた白い雷光が瞬く間にチンピラたちを飲み込んでいく。

今にも俺の命を狩り取ろうとする手を、そして身体を一気に消し飛ばしてしまった。


「っと、これは凄いなっ……」


 放っているだけで、凄まじい速度で魔力が無くなっていく感覚がある。なかなか燃費が悪いようだ。


 雷は操作に従い、倒れる人影を無視して雷撃を更に放つ。


「くそがぁぁ!」


 大男が重そうな大剣を振りかぶり、白い雷に突進する。


 が、結果は火を見るより明らかだった。


 激しい雷撃音がこの倉庫の中でなんとも繰り返し響き渡り、大男はぷすぷすと黒い煙をあけながら倒れる。


「まだ居るのか」


 開いた手をそのまま新たな集団へ向ける。


「アルトの痛みを返してやる」

「――っは!」


 白い雷が怯んだ者達に襲いかかろうとして――霧散した。

 はっと気がつけば、目の前には煙が漂っていた。鼻にはツンとくる刺激がある。どこか燃えたのか?


「ふはははっ、召喚士め! 魔封香の前ではお前はただの無力なガキだッ!!」


 遠くにいる金歯の男の手下がそんなことを言い放つ。途中で雷撃が霧散したのはそれが原因だったようだ。魔封じのお香なんてあるのか。魔法が発展した世界ならではだろうな。


 今の俺なら、魔法が使えなかろうとも関係ないんだが。


「なら、接近させてもらおうか」


 姿勢を低くして、お香を炊いた手下の元へ猛接近。

 彼が接近されたと気がついた時には、すでに俺は目の前である。


「ぐぅあぁぁぁぁっ!?」


 手下は俺の動きを認識する前に吹っ飛ぶ。

 深く掌底を打ち込んだのだ。


 まるで鈍器で人を殴ったような感覚が腕に残り、その一瞬後には男が吹き飛んだ先で貨物が落ち、一斗缶らしき物が倒れたりと、凄まじい倒壊音が耳に届いた。

その轟音は勝利を確信させるものであり、倉庫の中に響き渡る。


 残心を解き、俺は勝負を決めるこの言葉を放った。


「さて……。こいつ以外見逃してやるが、どうする? 無論、俺はこのまま戦っても構わないが」


「ひ……ひぃ……っ」


 怯んでいた者たちは完全に戦気を失ったようで、全力疾走でここから逃げ出していった。

 記憶を消す魔法をかければ良かったな。もう遅いが、これで一応終わりかな。


 さてとアルト開放しよう。


 ちなみに、金歯の男の腕を切り飛ばしたのは俺特製の武器である。

物質創造マテリアルクリエイトにより、鍾乳石を創り出して加工し、ブーメランの形をイメージしたものだ。薄くしてあるので切れ味は最高である。


 もう一度、物質創造マテリアルクリエイトで使い同じ物を創り、アルトを拘束している拘束具を断ち切った。


 彼女を見ると、ところどころ服が焦げていたりと、非常に痛々しい。そして、彼女の変身は解けかけていた。

 羽は見えないが髪色は元々の灰黒色の髪に、瞳は赤と青のオッドアイに戻っていた。


「ゆう……ユウぅぅっ!!」


 アルトは俺に ぎゅうううっと 力強く抱きついてくる。


「……おいおい」


 恥ずかしさの余り引き離そうするが――


「ユウ……ユウ……っ」


 なるほどな。誘拐されて精神的にも身体的にも相当参っているようだ。

 そりゃ普通そうなるよな。

彼女の姿に重なって、俺に懐かしい記憶思い出される。施設暮らしの時に小さな女の子が泣いていた時の事だ。


『お兄ぁぁぁちゃん……!』

『えっと……ましろちゃん……どうしよ?』


元の世界の公園で遊んでいた時、女の子が転んで怪我をしてしまい、泣いた子をどうしようかと悩んでいた時であった。

小さい頃の俺が助けを求めたのは三歳上の女の子“ましろちゃん”という初めての友達である。


『ゆうくん、任せて。こうするんだよ』

『お姉ちゃぁぁん……』


そうしてましろちゃんが女の子に対しての行ったのは、優しく抱きしめ、頭を撫でてあげる事であった。


『ゆうくんも私が泣いちゃった時は――こうやって慰めてね?』


笑いながら話す彼女は未だハッキリと俺の心の中に残っている。転んだ女の子はすぐに泣き止み、なんとも和やかな雰囲気になったことは今でも忘れられない。


 その記憶に従って、俺はアルトを優しく抱きしめ、頭を撫でる。


「ゆう……」


髪に触り、初めはビクッとした反応を見せていたが、繰り返すにつれ、彼女は気持ちが良さそうに目を細めていた。


「このまま……優しく……して……ね」


 そういって彼女は上目遣いで求める。現実離れした美しい雰囲気に若干ドキッとしてしまったが、笑顔で答える。


 そうすると彼女は安心したような表情で眠ってしまった。……これで、目的は達成したし、取り敢えず後は宿に帰るだけだ。


 金歯の男は痛みで気絶していたのだが、彼にはまだ聞きたいことがある。アルトをそっと壁に寄りかからせて、彼を起こす。


「おら、起きろ」


 最初はつま先ちょんちょんと蹴っていたが、起きる気配がないの全力で蹴り飛ばしてやろう……と思った時に金歯の男はやっと意識を取り戻した。


「なっ、こっ……これは……?! 夢じゃなぁァい?!」


 痛みが復活したようで再びごろごろと転がって痛みに苦しんでいるが、俺にはこいつに聞きたいことがあったので足で体を押さえつけ、無理やり止める。


「ぁぁぁぁ!! 離せ!!」


「話すのはお前だよ。さて、召喚士狩りなんて興したのはお前だな? なんでそんな物騒なものがあるんだよ」


「だ、……誰が貴様なんかにぃ!!腕を戻せ!!」


 これは一度希望を見せてやらないと口を割らなさそうだ。そう思い、俺はこんな嘘を言う。


「あー……言ってやったら戻してやってもいいぞ。痛みも取り除いてやる」


「ほんとだな?! ……絶対だな?!」


「ああ。早く教えてもらおうか」


 正直戻す手段なんて元々ないが、こいつに希望を見せることにより話すであろうという俺の考えだ。

 話してくれるといいが。


「はぁはぁ……まずだが、俺は召喚士狩り興していない! 俺は金のためにやっていただけだ! 召喚士を一人殺す事に、100万Gだぞ!! 鬼の仮面を被った男が、確かにそう言っていた!!」


 お小遣い稼ぎ感覚で殺される立場、それはどうかと思うが、これが異世界なのか? 憲兵はなにをしているんだ?


「その金は誰が払ってるんだ? 気になるんだが」


「こ……これは言えん! 殺されてしまう!!」


「なら今死ぬのと、後で死ぬ可能性があること。どっちがいい?」


 割と本気の殺意をぶつけると、彼はさらに顔色を悪くした。これは効果てきめんだな。次から脅迫の時にこれを使おう。……次なんてなくていいが。


「わ、分かった。それは……」


 その時、直感的に後から何かが来る予感がした。

 気配探知には何も映らなかったが、俺は直感を信じて一度金歯から下がる。


 その途端――


「ぐぅっ!」


 一本の矢が金歯の男の頭に刺さる。

 断末魔をあげて命が消えていったのだ。


「……誰だ」


 俺は気配探知を全力で展開するが、やはり敵反応は……ゼロ。

 足音が聞こえたと思ったら、その音はどんどん遠くなっていく。


「召喚士狩り……ね。もう本当に関わりたくないしのこれっきりにして欲しいところだよ」


 俺は考えるのを放棄した。唯一の死体になってしまった金歯の彼は、取り敢えず物質創造マテリアルクリエイトで埋めておく。証拠隠滅。

 元の世界の人間を手にかけていたら俺は確実に発狂しているかと思うが、彼らは異世界の人間だ。ゲームの中のキャラクターとそう変わりない。つまり俺の知ったことではない。


 魔力を使いすぎて若干めまいが起こるが、再びアルトをお姫さまだっこし、宿に向かう。髪色と目色はどうにかなるだろう。多分。


 幸せそうな表情のアルトを見て何となくそう思った俺だった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 僕はいつの間にか泣いていた。金歯の人間の肘から先が無くなった事に驚いて怖くて泣いていたのではなく、その現状を起こした人物が来てくれたこと。

 僕のために来てくれたことが嬉しくて、自然と泣いていたのはまだ気付いてなかった。


 ユウは、この世で最弱のクラスと呼ばれている召喚士だ。

 聖騎士パラディンならまだしも、クラスの恩恵が限りなく弱い召喚士なのだから、正直いって彼が数十人相手に勝てる見込みは――ほぼゼロだ。


 さらに悪いことに、彼は召喚がまだ出来ない。言ってしまえば一般人とそう変わりない――はずだった。


「《天雷てんらい》」


 彼はまた僕が見たことのない魔法を使った。

 その魔法は必滅の威力があるのに――何処か暖かい。

 進行方向が不規則な魔法はあっという間に辺りを蹂躙した後、ふっと消えた。


 どうやら金歯の手下が魔法を封じるお香を炊いたらしい。


 しかしユウは、慌てるようすもなく、一瞬でその男の元へ移動し、吹き飛ばした。

 それを見た敵の戦う気力は……皆無だった。


 そして彼は僕のすぐ側にくると、拘束具を断ち切った。



 彼が近くにいることが嬉しくて、愛しくて――


「ゆーっ……ユウううぅぅっ!!!」


 彼を抱きしめた。


 おんぶされた時のよりしっかり感じる安心感。すると彼は……僕を撫でてくれた。


 生まれてから僕は、撫でられたことはない。本で見たくらいだった。

 生まれて初めて撫でられたので少しびっくりしたけど……それはこれまでに味わったことがないくらい気持ちよかった。


 まるで全てを許してくれるような優しさ、暖かさ。

 僕は安心したのかしばらく撫でられると、眠くなってきた。


 そして……彼に頼む。


「ここのまま……優しく……してね……?」


 そういったら彼は笑顔で答えてくれた。嬉しい、なぁ……


 そしてそのまま僕は意識を闇に沈めていった。

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異世界で最弱のクラスだけど、なにか?:カクヨム出張版 空想人間 @Qusowfantasy

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