第10話 初戦闘

暗い洞窟を仄かに緑色の光を放つ石が照らす。この石こそ光源であり、その力の源は魔力である。


「入り組んでるな……っと」


 最初に転生した位置から少し歩いていてすぐのことだ。何者かの生物の気配を感じて身を屈める。気配探知系のスキルは創ってないが何となくだ。

 すふと直ぐに数十メートル程前方に犬のような形をした影がのそりのそりと動いているのを確認した。


「……あれが、魔物か。やっと異世界に来た気分だ」


 興奮を抑えつつ目の前の魔物の観察に務めた。

 物陰に身を隠して、気づかれないように少しだけ近づくと、その魔物の外見が分かった。犬種であるゴールデンレトリバーのような姿をしているが、サイズはその二倍ほどある。そして、なにより特徴的なのは、頭に生えている妖しく赤黒く光る角だ。


 今の気分を表すなら、ライオンを柵のない状態で見ているようなものである。とりあえずその魔物の詳細を調べるためにスキルを使用する。


観察眼サーチアイ


 ―――――――――――――――――――――――――――


 名称 リューグォ レベル104 龍族


 HP 2500/ 15600 MP 0/500


 弱点属性 無し


 備考

 この洞窟でトップ実力をもつ魔物。

 毎日のように縄張り争いがある。

 突進、ブレスなど遠近両方の攻撃方法を持つ。

 角は食べられるが、美味しくない。

 肉は有毒。


 ―――――――――――――――――――――――――――


 RPGのように魔物を倒して、少しはレベルを上げたかったのだが……これはレベル差があり過ぎるだろう?


 どうなってるんだここの場所。


 この100LV超えの魔物を倒せれば、食料は確保できるが……俺みたいなLV1の村人が100LVに勝てるような世界なのだろうか。普通は無理である。

 ここに来てやっと魔界ということを改めて感じたのであった。


「下手したら、魔界の中でも裏ダンジョンとかそういう部類にあるんじゃないんだろうな、ここは」


  ゲームによくある隠し要素のような、魔王よりただの雑魚モンスターが強いあの場所である。

 完全にやり込む人向けだろ……この世界の初心者をいきなりぶっこむと酷いやつだ。女神の鬼。悪魔。


  変な想像を中断して視線を戻す。このレトリバーもどきは口からはヨダレがボタボタと落ちており、裂傷も見られる。フラフラしていることから、かなり弱っているようだ。

 そして、こちらには気づいていない。

 ……やれるか?


「レベルを上げなきゃ生きていけない、よな」


 ――そうして俺は、異世界で初めて殺め、戦うことを決めた。


「これで! 決まってくれ……!」


 『物質創造マテリアルクリエイト


 イメージしたのは先端の尖った鍾乳石。だが量は創れる限り多くしてあり、それの先端は殺傷力を上げるため、通常よりも更に尖らせてある。形はすり鉢状の円柱だ。


「出来る限り高く上げて……落とす!!」


 虚空に召喚した鍾乳石を落として攻撃しようと手を振りおろしたその途端、指示に従って鋭利な鍾乳石はリューグォのいる空間に落ちる。


 魔物は余りに突然の出来事に回避行動をとれず、打ち込んだ石杭は全弾命中する。


「グォオォォ?!」


 驚いたような声を上げ、そしてそれは爆音にかき消されていった。


「……やったか?」


 手応えはばっちり。さらに物質創造も奮発して二回分だ。これで仕留めたはずである。


「ふぅぅ」


 仕留めたと思い物陰から立ちあがり、一息ついた。


 が。



「グオオオオオオ!」

「っぅ!?」


 砂埃を吹き飛ばして物凄い速度で突進をしてくるのは激昴して角の生えたゴールデンレトリバー。


 こちらも突然の出来事なので、まともな回避手段が取れなかった。

 なんとかギリギリで身をよじって回避するが、体を掠めた。その影響なのか、俺のHPが極端に減ったのが確認できる。頭がクラっときた。


「くっ……て、まじかよ。ちょっと掠めただけなのにステータスのHPが三分の一も減ったぞ。ったく、どんな攻撃力してるんだよ」


 掠めてもこの威力。これがレベル差か。


 普通なら慌てて逃げ出すところだが、俺は慌てる、ということは自らの失敗に繋がることが分かっている。

 そして六ヶ月が経とうとも俺の慌てない、冷静に観察する、という意識は変わらない。


 俺はもう一度観察眼(サーチアイ)を使う。


 HPを見ると1000を切っていた。


 ならば、もう一度攻撃すれば仕留められるだろう。


 ――そうなれば、こちらが魔法を構築してる間に攻撃されないために、あちらの隙を突くべきだ。相手の行動をしっかり把握することは戦闘において、とても重要だ。多分。

 よし、次の行動は決まった。


 次の行動は


「突進しか脳がない犬。俺が飼ってやろうか?」


 挑発だった。魔物に挑発が効くのかどうか、言葉が分かるかどうかは不明だ。


「ガルゥゥゥ……ッ!!」


 おおう。凄い殺気だ。本当に空気がピリピリしている。ライオン何て比じゃないくらい威圧感だ。


「ギャォッ!」


 魔物は更に速い速度で突進してきたが、それは真っ直ぐにしか来ない。それも分かっているので、左右どちらかに飛べば回避出来るのだ。


「単純、だな」


 俺は回避した直後に物質創造を放つ。勿論撃ち込むのは尖らせた石杭だ。


「食らいなッ!!」


 壁に向かって走っていく魔物に大量の石杭を創り出して解き放ち、当てていく。


 今更ながら魔物は呼びづらいのでレトリバーもどきだ。ゴールデンレトリバーの方がイメージが強いって考えもあるが。


 激しい爆音と共に魔物は飲み込まれる。


「ギャォォォ……」


 砂煙が舞う中、レトリバーもどきは ドシン、と大きな音をたてつつ、地面を揺らして倒れる。罪悪感は少しだけあった。


「はぁ、必要あれば、殺さないとな。出来なければ、俺が死ぬだけだ」


 と考えておくことにした。


「……ん? なんか力がつく感覚が――」


 この感覚はスキルを付与した時に似ているが根本的に違うような気がした。


「あぁ、そりゃそうなるよな」


 ステータスを見て、レベルが上がっていることに気がついた。

 1レベルの人間が、負傷してはいるものの104レベルの魔物を倒したのだ。


 じっくり、一つづつ見る。


 どうやらステータスは凄まじく上がっているようだ。


 やはりレベル上げは積極的に行った方が良いだろう。


 現在の魔力の総量は、魔法創造(スペルクリエイト)の使用量に耐えられるぐらいには増えたが、ここから出てから安全な場所で使うことにする。増えたとはいえ使用量が多すぎるのだ。使った途端に魔物に襲われたら対処のしようがない。


「ああ、やばい。ふらふらする」


 倒れた魔物から角を苦労しながら回収し、体力を回復させるために、また長い時を過ごしてきた場所へと戻る。なんだか複雑な気分だ。二度と帰って来ないと思っていたが、数分で帰ってくるとは。


 先程壊した壁を物質創造で治す。魔物に入られたら困るからだが、あの魔物は壁なんて軽く破壊してたし、下手したら夜這いに来られるかもしれない。臭いでこちらがバレるのも嫌だし、探知のスキルを作っておくことにしようか。


 完全に密閉された空間に戻すために、物質創造を使いまくってほぼ魔力を使ってしまい、ぐっすりと眠ってしまった。



 ~~~


 それからというもの、リューグォという名のレトリバーもどきと戦いを挑んでは挑発、回避、攻撃。挑発、回避、攻撃。挑発、回避、攻撃。


 命懸けの作業という名のレベル上げを繰り返していた。一撃でもまともに食らえば恐らく即死である。トラックに轢かれるよりもさらに俺の体は酷いことになるのではないだろうか。そんな恐ろしさが常にあった。


 歩き回って分かったが、ここの階層にはリューグォしかいないようだ。彼らは挑発に弱く、同じような行動パターンなので、レベル上げにはうってつけであった。


 元々ゲームなどのレベル上げの作業が好きなので、この生活は全く苦痛ではなかった。怖かったが。


 知り合いのゲームのレベル上げという仕事で小遣い稼ぎしてたのは良い思い出である。はまってしまった俺もいるのだが。


 どちらかというと戦闘を楽しんでいたが、本当に戦闘狂ではないことを強調しておく。


 また気がついたことが一つ。魔物を倒すと、俺がスキルを付与出来る“空き”が増える。詳しくいえば、能力創造(スキルクリエイト)のスキル付与には“空き”というものが必要で、それは増やし方が分からなかったこともあり、新しいスキルの付与は諦めていたのだ。が、俺自身のレベルをあげることにより“空き”増やすことが出来ることがわかった。これにより、更に生活に役立つ特殊技能を創れるようになったのだ。


 レベルが上がったことによりいくつかの生存能力を上げる為のスキルを創った。まだ魔法は創っていないのだが。


 スキルの凄さを身を持って知っている俺は、レベル上げに夢中になり、リューグォ狩りが加速したのは言うまでもない。


 余談だが、魔物の角を食べた。不味かったが、わかめはほどではなかった。わかめは不味過ぎた。


 リューグォの角の味は人参の臭い部分しか無いような味である。わかめよりは美味しかった。





 最初に脱出してから何日経過したか分からないが、いつも通りリューグォを狩って食料の回収、ついでにレベル上げを目的に探索していると、聴いたことがない足音が聞こえた。いつものドシン、ドシンという重い音ではなく、トットットッという軽い足音だった。


 常に命懸けであるこの空間では、音による空間把握も重要視される。生活を続けているうちに、いくらか小さい音でも聞き取れるようになっていた。


「……人?」


 直感的に察する。この生活をしていると直感力も鍛えられていたのだ。


 ――こっちに近づいてくる?

 念のために俺は、最近創った能力、気配遮断 を使い、物陰に隠れた。


 トットットッ――と軽い音が大きくなる。

 予想通り、こちらに近づいているようだ。


 ――そしてついに、俺が隠れている数メートル先で、足音が止まる。バレてしまったのか、と恐ろしさが頭をよぎる。


「はぁ……はぁ……ここまでくれば流石にこないよね?」


 荒い息遣いが聞こえてくる。どうやら女性のように思える。若い声から察するに、俺と同じか下であろう。


 美しいその声についつい魅了させられて、こっそり物陰から覗いて見てしまう。断じてスケベな意味ではない。


「――は」


 思わず、感嘆の息が漏れる。じっと見ていられるうえに、呼吸を忘れてしまいそうなほど、美しい少女であった。


 その少女は、黒に近い髪色をしており、彼女を見たならば、全ての人が振り向くであろうというほど美しい顔つきであった。絶対に元の世界では見れない美しさがある。

 スタイルも良く、外に出たなら色々な企業からスカウトされるであろうという確信が持てるほど、尋常じゃない魅力が彼女にはあった。

 だが、特徴は更にある。


「……羽、なのか?」


 まさに魔界の人間と思われる特徴が彼女にはあった。

 吸血鬼を彷彿とさせるような黒い羽が背中にあるのだ。

 これだけでは留まらず、透き通った双眸は赤と青のオッドアイ。異世界スペックを結集した女性である、と思うほど彼女は現実離れした美しさがあった。一目惚れしてしまったかもしれない。


 ぼーっと、どこか世界が飛んでしまったかのように見つめていると、気配を嗅ぎつけたのか、突如彼女を囲むようにリューグォが数体現れた。


「めんどくさいなぁ……」


 ――そんな発言をしつつ、少女は急に“倒れる”


「おい、何やってるんだ――て、あっ」


 ついつい話しかけるような音量の声を出してしまう。

 口を塞いだがもう遅い。

 レトリバーもどきに場所がばれてしまった。

 魔界の生物なので、音から場所を把握する事は造作もない。


 ピクン、と俺が声を出した途端、少女がびっくりしたような動きをしたような気がするが……気のせいであろう。


 何日も戦い、強くなった今の俺なら、彼らを素手でも倒せるが……なにせ多いので、魔法を使うことにする。


「《物質創造》」


 転生してからずっとお世話になっている鍾乳石落としだ。

 だが量も、質量も、重みも、すべてが成長した魔法だ。


「耐えてみな?」


 リューグォ悲鳴が辺りに木霊する。最初は殺すことに関して心が痛かったが、いまや生きるためとして受け入れてしまっている。


 石杭は質量が上がっていることもあり、崩れるのではなく、突き刺さる。


 断末魔を聞き流しつつ、角を回収する。最近は手でも折れるようになった。成長したなぁ俺。


 ――気配を感じて後ろを向くと、美し過ぎる少女が横になりながら、うつ伏せになりながら、思いっきり目を見開いてこちらを見ていたいた。純粋に怖い。


「何それ何その魔法ッ!?」


 横になりながら喋っていた。起きてたのかよ。



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 ステータス


 名前 波風 夕 レベル95


 年齢 17


 性別 男


 HP(体力) 3300


 MP (魔力)9450


 ATK(攻撃力) 2400


 DEF (守備力)1700


 DEX(器用さ) 2000


 AGI(敏捷性) 2800


 INT(知力) 1500


 LUK(運)20


 ―――――――――――――――――――――――――――

 所持魔法


 物質創造(マテリアルクリエイト)レベル5


 魔法創造(スペルクリエイト)レベル1


 能力創造(スキルクリエイト)レベル1


 ―――――――――――――――――――――――――――

 所持スキル


 女神の加護


 七属性の魔法の才能


 体術 レベル5


 観察眼 レベル7


 気配探知 レベル2


 気配遮断 レベル1


 足音消去 レベル2


 龍族キラー レベル7


 基礎攻撃力上昇 レベル2


 基礎魔力上昇 レベル1


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