第11話 初めての対話
「さっきの魔法なにっ?!」
長くて艶やかな黒髪の上に二つの角が生えた悪魔っ子少女はついさっきまで倒れていたのに、華麗なハンドスプリングで起き上がって必死な形相で問い詰める。
こちらを上目遣いで見つめる彼女はやはり神秘的で、赤と青の輝くオッドアイには吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「と、とりあえず誰なんですか!?」
これ以上視線を合わせているとかなり恥ずかしくなってくるので、つい目を逸らした。
「……へ? 僕が分かんないの? 黒髪の人間さん」
半目になり、本気で言ってるの? とでも言いたそうな目でこちらを見られた。本気も何も、彼女はこの世界で出会った第一村人どころか、第一人間なのだ。
「検討もつかないです」
心からそう言った。この世界での知り合いなんて魔物であるリューグォぐらいだからな。彼らを知り合いといって良いのかどうだかは微妙であるが。
「僕の事を知らないとはよっぽど田舎で育ったと見たよ――んじゃ次の質問ね!」
何かボソッと言ってたような気がするが、気のせいだろう。この世界では魔法もあるし、俺の住んでいた街だって都会と判断されないほど発展が進んでいるのかもしれない。田舎者なんて言われてもオコラナーイ。
「お、おう」
「なんでこんな所にいるの? ここがどこだか分かってるの? まずなんで人間のくせにここに来られたの?」
凄い勢いで質問攻めをしてくる少女に俺は困惑を隠せない。この世界で初めての人と会話したのだが、もう逃げたい気分で一杯だ。
「し、知らないって。いつの間にかここにいたん……です」
「いやいやー、ちょっとそれはおかしいと思うよ。分かってると思うけどここ、凄く危険なダンジョンなんだ。 ここより下の階層は魔物も幻獣も更に強くなるし、君みたいな弱そうな人間が生活できるような場所じゃないんだよ?」
頑張って生活してきたんだけどなぁ。そういえば
切実ながら考えを巡らせていると、早くも次の質問が飛んできた。
「僕を怖がってるようには見えないけど、無理して敬語使わなくてもいいからね! んじゃ次の質問! これが一番聞きたいんだけど……あの魔法はなに?」
「ここの出口教えてくれたら教えてもいいかも……よ?」
敬語使わなくてもokらしいので早速軽い口調で話題を振ってみる。久しぶりの会話であ
るため、これが上手いのか下手なのか判別はつかなかった。
そして気になる反応は――あぁ、微妙な顔してる。
「もしかして、ここで迷ってた? 君って、方向音痴を極めてたりする?」
「だとしてもそれは極め過ぎじゃない?」
教える気は少しもないが、教えるとしても条件が必要だろう。彼女が敵でないとは確信できない。なんたって美女だし、パッと見悪魔だし、悪魔の翼があるし。
「ねぇねぇ、命は助けてあげるからさ、教・え・て……?」
「いや、命は助けるってそれ敵がいうセリフなんじゃないの――」
言葉とは裏腹に少女があざといポーズを決めながら俺におねだりしてくる。どこか勝ち誇った顔に見えた。
「……ぁ」
彼女から距離を取るように一歩引く。嫌な思い出が少し蘇った。初恋の苦い思い出である。時たま見せるあの人のあざとい行動に俺も惹かれたんだっけな。もう彼女は恐らく亡くなってしまったが、懐かしさが募っていく。
彼女に告白しようと思ったその日に行方不明になってしまったのだ。いつまで経っても忘れられないだろう。
「ちょ、ちょっと待って!? 僕そーゆーキャラじゃないから信じないで!? あ、いややっぱり僕そのものを信じて?!」
何を言ってるんだ……? それに、まだ彼女自身のことが俺から見て怪しいと分かってないようだ。しっかりと分かるように説明してあげよう。
「まず」
「え?」
「初対面で、名を名乗らない、そして合って一言目に魔法の詳細教えてだって?」
「あー、そう言われれば……確かにに。でも僕はほら……有名じゃん!?」
「申し訳ないけど、まっったく分からない」
「ぅう……」
数十秒間無言の空気が続くと、彼女が先に反応を見せる。
しばらくフリーズしていたが、驚いた表情をつくり、やがてうなだれて、やっと自分がどれだけ不審な人か分かったようだ。表情の変化が豊かな女の子である。美女であるが故、見ていて飽きない。
「えっと……ごめんなさい。初めて見る魔法なので興奮しちゃって……」
少女は改めて頭を下げた。あれ、こんな人だったのか? 自由奔放そうな雰囲気があったので、独特な反論の一つや二つが飛んでくるとは思ったが。
「ええっとですね。僕はアルト。何ならこの姿で分かってるとは思ってたんだけど――まぁ女の子だよ! とりあえず、僕っていう一人称に突っ込みは入れないで欲しいな」
少女は少し考えたような表情をしたが、名前をアルトという。一人称が何であろうが気にしないので、彼女が望むのでスルーしておこう。
それにしても普通に挨拶出来るのが驚いてしまった。初対面が既にホラーだったからだろうか。
今更ながら彼女は僕と己のことを呼んでいたが、男ではない。失礼なことだが、彼女の胸元をみれば分かる。クラスメイトの高校生よりも大きかった。こんな想像してると本当に殺されてしまいそうだが。
「よろしくな。アルト」
「はい。じゃえっと……名前を聞いてもいいですか?」
先程までとはキャラが違いすぎる。さっきはあんなに荒ぶってたのにも関わらずだ。違和感がありすぎて少しだけ対応に困る。
「あ……ああ。俺は
彼女の対応の変化に驚いてるがポーカーフェイスを貫き通す。なんだかんだで自己紹介するのはいつぶりなのだろう。
「ユウ……さんですね。えっと、ここを出た後何処に行きたいんですか?」
どこに行きたいって言われてもな。
取り敢えず、魔界から出たい。この一心だな。
「一応だが、人間界? に行くつもり」
「そうなの!? 僕もそっちに! ――っとすいません素が出ちゃって……」
どうやらさっきのガンガン突き進む一面が素だったようだ。
「別に改まらなくてもいいって。ただ、過度な興奮はやめてくれってだけだよ」
「んじゃさ呼び捨てでも……イイよね?」
上目遣いで話かけてくる。男でこのような押され方をされてしまえば誰だって落ちるだろう。当然俺もその一人である。抵抗なくころっと落ちてしまった。
そりゃ出来ることなら彼女とお付き合いしてみたいが、この世界について分からないことだらけの今、そのような感情は差し置いておくべきだろう。
「ああ。もちろん」
「わぁっ……! ありがとうっ!」
ぴょんぴょんと跳ねて喜んだ彼女は翼もパタパタさせてめちゃくちゃ可愛い。彼女の外見から判断するに年齢はだいたい同じはずだよな? 少なくとも年の差は感じない。
「取り敢えずここから出たいんだが……出口は知ってるか?」
「うんっ!」
彼女は胸をドンと叩くと了解の意を示す。しっかりと出口まで案内してくれるようだ。この世界では気軽に魔法を教えていいのかどうだか分からないが、敵ではないという確信は持てないため警戒はしておく。
「あっ、でもちょっと待ってて!」
アルトは俺に静止の言葉をかける。不思議に思っていると、突然彼女は片手を上に向けぼそぼそと何かを口ずさむように唱える。すると――
(体が光に包まれて……あれ? 何も変わってない?)
「変幻魔法おわりっと。今から行くところは僕たちからしたら敵地だからね。ちゃんと変装しないと」
「へぇ……でも何も変わってなくない?」
「君にはそう見えるだけだよ。他の人からは僕の髪の毛の色とか、全部違って見えるんだ。変幻は姿隠しの魔法――ってまさか知らない?」
「あはは」
これが俗に言う変身魔法なのだろうか? 効果は目に見えないが、今の彼女の姿は第三者から見ればまた変わって見えているのだろう。
何処をどう見てもこの世界での魔法は万能のようだ。こんな現象見たことないし、科学でも説明がつかないだろう。
「……はいっお待たせ!それじゃ、れっつごー!」
「……?」
俺は疑問に思い、考えにふけっていると彼女は手を差し伸べてきた。挨拶の握手だろうか?
「掴んで? 僕の手……いやなの?」
「掴むの?」
「掴んで?」
「恥ずかしいんだが」
「ぼ、僕も恥ずかしいよ? でも、多分これが一番早いし……」
「なにと争ってんだ……」
突然握ってしまったこともあり、アルトも少しは驚いたのか、ピクッというかわいい衝撃が繋いだ手の間を通して伝わった。
緊張しすぎて汗ばんでないよな我が右手よ。
「そ、それじゃいくよっ!!」
アルトは少し照れたようすで何かを唱えると洞窟の床いっぱいに白色の魔法陣が広がり、上昇気流ともに、激しい光が舞い踊る。ここまで大量に使われる魔力の奔流は見たことがない。
まさに湯水の様に流れていくエネルギーを見て感嘆の声をあげた。
「すっ……ごいな」
「でしょでしょ! 自慢の魔法なんだ! さぁ出発!」
俺たちは眩しい光に包まれ、その場所から光となり消えていった。
~~~
夕たちが魔法で転送されたあと、幾つかの人々が先程まで彼らがいた場所になだれ込むように押し入ってきた。
「はぁ……はぁ……」
「ぜいぜい……」
「ふうふう……」
押し入って来た人は全員息が荒い。
この場に押し入った魔族。つまり人間とは違った容貌をしており、角が生え、悪魔の羽根を持っている種族たちはアルトを追って、ここまで追いかけていたのだ。
この場所は危険地帯であるので、彼らも途中でいくつかの魔物と遭遇し、急いだのにも関わらず来るのが遅れたのだ。
この場は魔界でも危険な地域である。そう呼ばれる原因はリューグォと呼ばれる幻獣が闊歩しているためである。
リューグォという幻獣は単体で行動し、何処かで必ず縄張り争いをするという。
だが、その縄張り争いはとても熾烈なのだ。
一対一の縄張り争いで、半径300m以内には何も無くなってしまうと言われるほどである。
それほど危険な魔物であるのに、この地帯に入って来てからその幻獣の気配は何処にも感じられない。
「ジャイ様っ! あれは一体?!」
魔族の男が指す先を見ると、沢山の鍾乳石の石杭が突き刺さっているリューグォの死体があった。そしてその幻獣は、角をへし折られていた。
リューグォの角は、食べられるといわれているが、殆どが武器防具の強化用素材として使われる。
革を取らず、角だけをへし折られており、沢山の鍾乳石が刺さっている死体。
この如何にも奇妙な光景に、誰もが鳥肌が立つのを抑えられなかった。
ジャイと呼ばれる齢七十を超えるであろう人物は小さく呟く。
「どうか、どうか……“姫様”。ご無事で……!」
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