第14話 最弱のクラス

「えっ……ええええええええええ?!」


 アルトの声が響く。

 ギルドにいる全員がこちらを見ている。相当レアなクラスなのだろうか? 目立つのも嫌だけどもそれはそれ。とにかく今は身分証明書とその宿泊費を作らなくては。


「あ、あと次はギルドカードとやらを作ってほしいです。 ついでにこれも買い取ってほしいです」


 何事も無かったように問い、リューグォの角を出す。きっと高く売れるはずだ。俺の大事な食料だもの。


「っ!? これは?!」

「親父の遺品、金がないんです。カード制作の手数料もそこから引いてほしいです」


 適当に嘘をつく。この嘘を言ったので、もうこのギルドではリューグォの角を再び同じ理由で売ることは出来ないだろう。

 召喚士サマナーの何が良くて何が悪いのかは全くもって分からないが、背後から嫌悪感らしきオーラを感じ取ることが出来た。あまりいいクラスでは無かったようである。


「――なん、だ?」


 この時一瞬、ほんの一瞬だけ、ギルドの中の全体に弱い波紋が広がり、時が止まってしまったかのような錯覚を覚えたが、辺りで魔法を使っていた者は見当たらない。ただ、波紋が通り過ぎると悪寒が体を走り、非常に嫌な予感がした。


 もしかしたら俺が見つけられないだけで、誰かが魔法を使ったのかもしれない。


『見えた、あいつのクラス……』

『おい、嘘だろ』

『また、あの存在がここに……』

「えっあっ……はい売却ですね。えっと50万Gです」

「……そんなに売れるのか。なら頼む」

「え、ええ? 全く動じてないよね?」

「善し悪しが分からないからな」


 因みにこの世界は一G(ゴールド)=一円と考えていいらしい。

 これを知っているのも、女神サマの試練のお陰だ。

 それにしても角が一本五十万もするとは。

 俺は毎日の食費が五十万円の贅沢な生活を送っていたのだな。全くそんな気はしないが。


 ふと気がつけば、ギルド中からクスクスと笑い声が聞こえる。しかも、“俺に向けて”蔑みの視線と声を当てながら。


 それのきっかけは先程耳に届いた『見えた』という台詞。

 もしかしてクラスを盗み見でもされたのだろうか。他人のクラスが気になるのは分かるが、嘲笑の対象とは違う気がする。


「あいつ、召喚士だってよ」

「うわ、まじかよ」

「絶対パーティ組みたくないわー」


 突然の蔑みに疑問に思い、ギルドの中にいた人々を気配探知のレーダーを探ってみると……


「……なんでだ?」


 ギルドの中にいた彼らは、中立の黄色マークから、俺に対して敵意を持つ赤マークにすべて切り替わっていた。


 この発端を考えてみると、俺が召喚士であると理解された時だろうか。謎の波紋感じ取ってから、人々の視線があからさまに酷くなっているのだ。


 好きな人の前に立つ女の子が、嫌いな人の前に出るとこれほど変わるのか、と感じてしまうほど、非常に露骨なものであった。


 召喚士がそこまで悪いクラスとは思えないんだが。


「僕はユウが召喚士サマナーでも全属性魔導師オールマジシャンでも想いは変わらないよ。安心してね?」

「なんの想いだよ。召喚士がそこまで悪いクラスには聞こえないんだけど」


 どちらかというと盗賊シーフの方が悪いように聞こえるのは俺だけだろうか。


「ユウ、召喚士はね、その――“最弱のクラス”って言われているんだ。それに唯一の技能、召喚にも使えるようになるのに、厳しい条件が課せられてるんだ」

「厳しい条件、ね」

「……最弱のクラスの理由は他にもあって、魔法クラスなのに、生涯使える魔法は少ないし、保有魔力もたいして成長しないっていわれてるの。おおよそ他のクラスと比べて半分以下とか――」

「なんだそりゃ……随分不遇クラスだな。……で、ギルドカードはまだですか?」

「もう少しです。お待ちください」


 至極ここから逃げ出したい気持ちに駆られる。カードの催促をするが、まだ作れないようだ。

 慣れてないこともあるためか、他人から嘲るように笑われるのはどうにも腑に落ちない。

 ストレスをぶつけるが如く、辺り一面に必殺鍾乳石落としを使ってもいいが、それでは一気に犯罪者ルートを辿ることになるだろう。

 華の異世界生活もどん底に落ちる。だから、俺は大人の対応という名の我慢をすることにした。


「最後に、これが召喚士が嫌われてる理由なんだけど、召喚士は戦闘能力が能力があまりにも低いから、パーティに寄生して、魔物を従えるように協力してもらわなきゃ一生戦えないクラスなの。だから魔物を従える環境が整うまでパーティにおんぶにだっこだから、結果的にパーティの発展は遅れる。だからみんな召喚士と組みたくないって話。まぁ、僕はそんなこと思ってないけどね」


 アルトは笑っている連中をキッっと睨みつけながら説明してくれた。


「ああ……だから嫌われてるのか。てか、詳しいな。解説してくれてありがとな」


 どうやら寄生になるから、という理由で召喚士は嫌われているらしい。完全に風評被害である。

 俺の心はズタズタだが、彼女が慰めてくれたおかげで何とか耐えられそうだ。何度目かわからない礼をいう。


「ふふっおんぶのお礼だよっ」


 アルトは嬉しそうに頬を両手で抑えながら話す。


 だが、それを良しとしない者たちがその言葉を聞いていきなり俺の背中に大量の殺気が飛ばしてくる。


「あの美少女をおんぶ?!」

「召喚士の癖に?!」

「あいつ、調子に乗ってるな……」

「めっちゃ会話聞かれてるな」


 少しだけ笑いかけた。これは俺のせいじゃない。確かに先ほどのことを今思い返せばどうかしていたが、今のは完全にとばっちりだ。


「お待たせしました。それと、ユウ・ナミカゼ様に警告です」


 そういって一枚の紙と、ギルドカードらしき長方形の薄いものが二枚一緒に渡される。


「ん? なんだこれ?」


「この紙は私のお勧めの宿屋の紹介書と、お二人のギルドカードです。宿主に見せればわかると思います。それと、最近では“召喚士狩り”という事件もあります。ギルドのものが目を光らせておりますが、どうぞお気をつけてください。黒髪黒目なんて見たこともないのに召喚士なので――」

「……ありがとうございます」


 モンスターならぬ、召喚士を狩るとは。いくらなんでも嫌われすぎな気がする。

 召喚士は過去にテロに近いなにかを行ったのだろうか。

 もしくは召喚士が世界征服を企んだりしたとかも。

 元の世界では絶対にありえない事だが、文字通り世界が違うのだ。もしかしたらありえるかもしれない。


「それと、お金は手数料を差し引いてギルドカードの中に保持されています。ギルドカードはクレジットカードの役割も果たせますので、カードの紛失は財産の紛失でもあります。お気をつけください」

「ああ」

「ではお早めに出ることをお勧めします。地図は紙の裏に書いてあります」

「いこっ!」


 アルトに癒されつつ、俺はギルドを後にする。

 扉を出たあと、重苦しい空気から開放された。


 クラスが判別されただけでこの変わりよう。これが異世界の常識なのだろうか。


「はぁ……いきなり大変だな」

「まさか召喚士だったなんてびっくりだよ!」


 アルトは俺のクラスが召喚士でも普通に接してくれる。なんか安心できる。そもそもクラス一つで左右される人なんて信用に値しないのだが。


「俺は疲れたから早く体を洗って寝たい……そうだ。アルト」


「ん? なーに? 何でも教えてあげられるよ!」


 アルトは嬉しそうな表情で俺に答える。


「お前のクラ――」

「おい、そこの召喚士」

「……」


 後ろから声がかけられたと思えば、ガラの悪そうな人々が回り込んで立ち塞がり、武器を構えて俺の言葉を遮る。

 せめて最後まで喋らせて欲しいところ――って、俺、絡まれてる?


「……人違いです」


 察した。逃げの一手に徹することにしよう。逃げるためアルトに声をかけようとする――が、彼女も声をかけられるような雰囲気ではなかった。


「……ユウが話してるんだけど」


 チラリと横目に見れば、彼女は鬼のような凄まじい表情をしていた。傍から見れば可愛い少女がガラの悪そうな連中を睨みつけているだけに見えるが、実際は凄まじい威圧感なのだ。


 ……こいつらは威圧というものを分かっていないようだが。全く気がついていないのか、それとも現実を認められないのかは分からないが、運がいいのだろう。


「死にたくなかったらその女、置いてきな。置いていったら殺しはしない。骨数十本折るぐらいで許してやるよ?」


 ガラの悪そうなスキンヘッド君はテンプレ並の台詞を並べる。現世の俺だったら股間を蹴りあげてマッハで逃げるところだが、ここは異世界である。喧嘩なんて元の世界でも数回しかやったことはないが、洞窟生活の中で殺し合いならもう何度だってこなしてきた。


「おいおい……黙ってないで何とか言ったらどうだ? 兄貴は冒険者ランクDなんだぞ? 召喚士なんて蟻を殺すより楽に殺せるぞ?」


 手下A君も何処がで聞いたことがあるような台詞を放つ。どこか懐かしい気分だ。

 ぼーっと横を向いて虚空を見つめていると、そのようすに苛立ちを覚えたのか、三人衆の中のボス格の男が拳を振り上げ――


「おい……何とか言ったらどうなんだっ!」


 言葉を放つと同時に拳も放ってくる。どれだけ速く、強いのかと思えば――


「……は?」


 レトリバーもどきの突進で鍛えられた俺の動体視力にはゆっくりと拳が落ちていくようにしかみえなかった。

 無駄な振りかぶり、込められている威力、スピード、どれもリューグォの十分の一にもみたない。


「なんか……もうやる気なくなるな……」


 初めてのチンピラ戦闘だと思ったが、あまりの腑抜け具合でついついやる気をなくしてしまった。


 ノロノロとした拳をひらりと身を躱し、凄い迫力で睨んでいるアルトを連れて逃げることにする。


 運びやすさとスピードと立っているアルトを見て、俺は一つの運び方に決めた。


 ――お姫さまだっこである。


 それは彼女も予測していなかったのか驚いたような声を上げる。


「……えっ?」

「ちょい飛ばすぞ」


 風を切って、豪風が辺りを破壊する音を引き連れ、全力で屋根へと上がり忍者のように駆け抜ける。


 自分で言うのも何だが、AGIというステータスのうちのスピードが2000を超えているので己の速度は凄まじかった。そのためか、スキンヘッド君は全く俺たちの姿を捉えられなかったらしい。悔しそうな声が遠くのほうから聞こえてきた


「あんにゃろう……! ちょこまかと! どこ消えやがった……!」


 ギルドの雰囲気が悪いのはまさに予想通りであった。弱きをくじくなんて鬼の所業である。


 日が傾いて辺りがオレンジに染まる頃、瓦屋根を飛び越え乗り越えて宿屋をめざし、俺はまるで車に乗っているかのようなスピードを走りながら出せることに気持ちが良くなっていた。ああ、人間やめてるな俺。異世界ってすごい。


「……ユウ、降ろして?」

「あっ悪いな。考え事をしてた」


 もうすぐで宿屋につく頃、アルトは遂に恥ずかしさに耐えかね、降ろして欲しいと言った。


 宿屋の近くで飛び降り、着地。現実世界ではこんなことはできないだろうな。美少女をお姫様抱っこしながら屋根上を走るなんて。


 体術は着地に関しても役に立ってくれるようで、足裏から伝わる衝撃波は思った以上に弱めだった。


 アルト降ろすと、今までで一番顔が赤く、恥ずかしいであろう事がとても伝わった。


「……あーそのごめん」


 素直に謝った。年頃の女の子が合って数分間、男にお姫さまだっこされ続けたのだ。


 その場の流れに任せたから、セクハラとか言われるということもありえる。


「……ユウのばか」


 セクハラはこの世界ではなんと呼ばれるのか分からないが、とりあえずもう一度謝っておいた。


 しばらくお互いに無言で歩いた。本当はクラスを聞きたかったが、まぁ……あの後だ。よほど図太くなければ会話は無理であろう。いややっぱり会話してその事を水に流した方が良かったのでは――


 と、そんなことを考えているうちに、目的の宿屋に到着してしまった。


 見た限りではとても整備が行き届いている綺麗な旅館だ。


「なかなかいいところだな」


 必死で無言の闇を切り裂き、話しかけた。

 彼女は彼女の目的があるのだ。少し淋しいがここで終わりだろう。


「そうだね……それじゃ……いこっ?」


 そういって照れながらもアルトは手を差し出す。


「アルトもなんかここに予定あるのか?」


 俺は心で思ったことをそのまま伝える。


「……ないけど……だめ? あの、さ。少しでもいいからさ、手繋いで歩きたい……な?」


「……恥ずかしすぎるから、またいつか仲良くなってからな」


 あんなことをした後だ。流石に難しい。こういう所が俺がチェリーな理由とわかっているものの、なかなか勇気ある行動に踏み出せない。その証拠として、心臓の鼓動は明らかに早くなっていた。


「もー! 繋ぐの! さっきの恥ずかしさをユウにも味わせてあげるからっ」


 精一杯の仕返しのようだ。仕方なく、受け入れる。


「……手汗すごいかも」

「ぼ、僕もだ!? ごめんね!?」


 そうして俺達は二人で手を繋ぎながら微妙な発達を遂げた街を歩き、宿屋に入って行った。なんだか、カレカノの関係みたいだ。彼女と成れたらどれだけいいことやら。


「いらっしゃい。お似合いだね、お二人とも」


 入って早々受付の女将さんがこんなことを言ってくれるおかげで早くも俺の手はアルトから開放された。もっと繋いでいたかった。


「ちちち……違うんです! これはユウへの罰なんです!」


 顔を真っ赤に染めながらアルトは否定するが、説得力は皆無である。


「えっと、泊まりたいんだが大丈夫ですか?」


「ええ。勿論です。娘から話は届ています。ご愁傷様です……」


 ご……ご愁傷様、だって!? 笑いがこみ上げてくる。そこまで酷いのかよ召喚士サマナーっていうのは。いつか見返せないものか。


 まぁいろいろあったが今日は寝たい。情報量が多すぎる。


「そう思うなら安くしてほしい。んで一泊幾ら?」


「紹介書から割引して朝食、夕食込で、一人3000Gです」


 平均収入がわからないので高いのか安いのか分からないが、とりあえずここに決める。


「分かった。二部屋頼む」

「えー?! 一部屋でいいじゃん?!」

「こればかりは譲れないぞ。そもそもアルトの目的と俺の目的はちがうはずだし」

「そりゃ……そうだけど……」

「なら同じ部屋にする必要はないんじゃないか? 一緒にいたってお互いにしたいことも出来ない。どうせもうすぐお別れなんだ」

「えっ……お、わか……れ?」

「ん?」

「あ、ははっ、そ、そうだよね……ぼ、僕は……だもん、ね。……ごめん……ね」


 アルトは目を見開いた後、震えた声で俯きつつ謝った。

 それは誰から見ても落ち込んでいる、と分かるものだった。

 ……なんで謝る?

 分からない。落ち込む理由がどこにある? もうここでお互いに気の赴くまま、自由に行動するはずだろ?


「……これでよかったのか?」


 先払い制の会計のため、ギルドカードを差し出した。アルトはお金を持っていなかったらしいので、クレジットを換金し、移動費として幾らか渡したかった――が、彼女は俯いたまま、受け取ることは無かった。


「と、とりあえずこれで三日分頼む」

「はい。確かにいただきました」


 おばさんは先程とは違い、真面目な表情で会計を終える。


「……アルト、本当にどうしたんだ?」

「なんでもない」


 俺たちの振り分けられた部屋は102、103号室と隣同士である。これはおばさんの気遣いだろう。


 アルトは重くてかなり震えた声のまま、顔をこちらに見せず、鍵を取ると走って部屋へ向かっていった。


「……またな」


 扉の向こうは彼女の部屋。俺が入ることは叶わない。

 その薄い木の扉一枚は、非常に厚く感じられた。


 部屋に入り、何も考えず学生服姿でベッドへダイブする。そういえば、この服、何日着てるか分からないが、ちっとも汚れないし、臭くならない。女神サマがこの学生服に何か与えてくれたのだろうか。


 ――ああ、このベットのやわらかさ。転生してからずっと洞窟の硬い地面に寝転がっていたものだから、ついつい顔をうずめて感動に呻いた。


 だが、心の端にあるモヤは全く拭えない。


「アルト、なんであんな急に――」


 自然と考えられるのは彼女のことだ。寝返りをうちつつ天井を見上げ、俺は考える。

 あれだけ楽しみにしていた魔法創造スペルクリエイトだが、何故かやる気になれない。

 原因はもちろん彼女、アルトだ。あんな震えた声で、あの俯きは恐らく――


「泣いて、たのか? 別れるのが嫌で? だが、まだ出会って一日も経ってないんだぞ?」


 別れる、と言った瞬間、彼女の表情が一瞬だけ崩れたのは確認できた。それ以来は彼女の顔をまともに見ることが出来なかったが。


「分からない。アイツは……俺の何なんだ?」


 体感にして数十分ほど、考えていた。その間辺りは本当に静かで、外では雪が降っているのではないかと思うほどシンとしたものだった。嫌なくらい、物音一つ、声一つ、聞こえない。


「……分からない」


 いつまで経っても答えは出ない。彼女は俺に対して依存もしていないし、頼ってもいなかった。

 むしろ、俺が彼女を勝手に頼っただけだ。そうなると、彼女の好意なんてものは上っ面だけで、俺に対しての想いの真意は実際どんなものかなんて分からなくなってきた。

 ヘタしたらこれまでのセクハラに恨みが溜まっているのかもしれないし、悪い想像だけが頭の中をグルグルと駆け回る。


「なんか、煙臭い」


 意識がぼんやりとし始めたところで、鼻にツンとくる煙を感じ取った。それは、線香のような香りだが、あまり良いものとは言えない。


「この煙は――隣から?」


 意識を無理やり覚醒させ、体を起こす。部屋を出て煙の元を辿っていくと、壁の隙間から細長く煙が漏れていることが分かった。

 隣の部屋はアルトの部屋。そして、この壁の向こうも、アルトの部屋。


「なんで煙なんて――」

「――お前が知る必要はねぇよ」

「は――?」


 男性の声が聞こえた。だが、気配探知には何も映っていない。レーダーでは反応を捉えられないのに、確かに背中には誰かが――居る。


「悪いが、こっちも仕事だ。素直に倒れてくれ」

「――か、はっ」


 背中に、何か棒状の硬い物を突き立てられ、肺から空気が押し出される。体は貫通していないが、恐ろしい勢いで、視界が黒く染まっていく。何が何だか分からない。意識が、落ちる――


「っあっ!?」


 荒い呼吸で意識を無理やり覚醒させた――気がしていたのだが、掛けられていた布団は弾き飛んだ。


 窓を見る。外は真っ暗だった。さっきのは……夢、だったのか?


 硬いもので貫かれた痛みは背中にない。俺はたしかにベッドへダイブしたまま、アルトのことを淡々と考えていた。その時に見た……夢だったみたいだ。


 ふと気がつけば、ドアを トントン とノックする音が聞こえる。


「夕食ができました。食堂へどうぞ」


 考えが纏まらないまま、足を食堂へと向ける。


 しかし食堂に着いたものの、アルトの姿はない。


「……なんでだ? 昼から何も食べてないはずだし……もしかして夢なんかじゃなくて――」


 不思議に思っていると、二階からドタバタと音を立てて、こちらに向かって走って降りてくる音が聞こえた。


 しかし音をたてている人物はアルトではなく、男性であった。彼は食堂に入ると慌てて宿長のおばさんに謎の羊皮紙を手渡す。


「これは……?! 今すぐ憲兵に連絡を!」


 おばさんはとても怒った表情でそう叫ぶ。


「だけどここには……呼ぶなって……書いてあるぞ!?」


 男は紙をみて、慌てているように話す。


「お客さんをあのままにしとけと?!」

「し、しかしだな」


「見せてくれ」


 俺は嫌な予感がしたので無理やり男から紙を奪い取る。

 その紙に書かれていたのは


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 103号室の娘は預かった。返して欲しくば100万Gか、そこにいる召喚士を差し出せ。


 憲兵に通報すればこの娘の命はない。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 この文章を見て、ある単語を思い出し、ふと呟く。


「召喚士、狩り。か」


――ぶつけようのない自分への怒りと己がアルトを精神上追いやってしまったという罪悪感から、置き手紙を握り潰す。


「絶対、助ける」

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