異世界で最弱のクラスだけど、なにか?:カクヨム出張版
空想人間
第1章 転生は突然に
第1話 事の始まり
現実世界から遠く離れ、隔絶された空間は、闇が辺りを埋め尽くし、真っ黒に染まっている。まるで宇宙空間を思わせるほどに静かなその場所には、目の下に隈がある一人の少女がいた。
「はぁぁ……っ、こんなの終わらせてお絵かきしたいよ……」
彼女が腕を横に払うと空中青白いホログラムが浮かび上がる。その光を受けつつも血色の悪そうな顔でため息をつく少女は、目の前の映像を指先を使って操作していた。その数おおよそ十個程度。
「うーん、こんな時に限ってまた面倒な……」
少女は呟くと同時に背後にあるホログラム映像に触れ、別の映像へと統合する。まるでパソコンのウィンドウを移動させるかのような操作を行っていたが、この時彼女が予想打にしない出来事が起こる。
『おい、メールだぞ。さっさと読め』
ポケットから発せられた低めの男性の声は、状況を問わず少女を甘い気分にさせるものであったのだが、この時は違った。
彼女の持つ端末の通知音は、誰もいない空間の中で突然話しかけられたかと勘違いさせて、驚かせる。
「ひゃん?!」
驚いて両手を上げた彼女の指先にはホログラムが摘まれていたが、それは驚いた動きに合わせて真上へ飛んでいく。
彼女の周りには、ホログラムが全方位に展開させられており、真上へ飛んで行ったとしても、その動かしていたウィンドウが闇夜に消えるということはなかった。――が、しかし。
「あっ――あああああっ?!」
少女は悲鳴に近い叫び声を上げ、その行為と同時に指先で運んでいたウィンドウはそのままの勢いに乗って、上方で展開されていた二メートル程度の大きなホログラムの中へ吸い込まれて消えていった。
「やばい、これって……かなりやばいよね?」
少女は額に汗を浮かべながらポケットに入っていた端末を開く。書かれていたのは――凄くどうでも良いことであった。
「あのばか姉ぇぇ!! どうしてくれんのぉおっ!?」
書かれていたのは
『今日の晩ご飯いる?』
の一行だけであった。無題である。
その瞬間彼女は手に持っていた端末を虚空に投げ捨て、頭を抱えて闇の中でごろごろとのたうちまる。彼女の顔はくっきりした隈と絶望的な表情で染まっていた。
「ぅぅ、とりあえずおとーさまに報告しなきゃ……はぁぁ」
しばらく転がり回った後、彼女はとぼどぼと暗闇に消えていく。残ったのは暗闇に浮かぶ青い光だけであった。
~~~
どうしてこんなことになったのだろうか。
この場所は光も、地面も、そして風の流れすらない。ブラックホールの中ってこんなところではないかと思うくらい真っ暗な場所にいつのまにか俺は存在している……はずである。
簡単に言えば謎の場所だろう。目を瞑っているかの様に何も無いので特に言えることもなく、本当に謎である。
いったい俺に何があったのか。一つ一つ思い出していこう。まずは前日の夜だ。
~~~
「……詰んだ」
「わははっ、また俺の勝ちだな!ユウ!」
詰んだと呟いたのは俺、
「くそっ、なんでそんな強いんだよ」
「経験が違うからな。毎回みんなと遊んでいればこれだけ強くなれるということも当然だろう?」
「ああー、もう一回」
「ダメだ。寝ろ」
現在俺が寝泊まりをさせてもらっているこの場所は世間で児童養護施設と呼ばれる場所だった。早い頃に大好きであった親父は亡くなり、お袋は――うん。ちょっと複雑な事情で離れている。
このようにあまり家庭状況は宜しくなかったのだが、彼が運営しているこの施設で身を預け、現在は比較的幸せに暮らしている。
そしてあと一年もすれば俺もここから立ち去らなくてはならない。俺の年齢は十七。十八になったならこの家ともお別れだ。そういう決まりだから、抗う気もないし、そのためにアルバイトの貯蓄もしている。
「俺に勝てる奴は数人だったが、お前も強くなったようだな!」
「あーあ……もう時間も遅いし、言われた通り寝るよ」
「おう、お休み。いつか勝てる日が来るのを待ってるぞ」
「明日勝つから覚えてろ」
トランプ遊びで負けた俺はそう吐き捨てて寝室へと戻る。入れられた当初は本当に壁があったが、この生活が何年も経てば自然と慣れるものだ。実際この場所には下の子もいるし、寂しいってことはない。
「寝なきゃ、な」
呟いて、目を閉じ――嫌なことを思い出した。
抑えの効かない二つ。それは俺の母親であったはずの彼女が、俺を殺そうとした事。
もう一つが、俺の初めての友達であった女の子が亡くなった葬式の時のこと。
どちらも、俺一人の力では間違いなくどうしようもなかったのに、今なら助け出せる。
――そう、気がしただけだった。夢を見ていたためか、起きた時にはその感情はさっぱりと消え去り、冷たい汗が額にじんわりとにじんでいた。ついでに感じたのが、幻の痛みの様な感覚だ。腹部に、顔面に、脚部に、そして心臓に何かを突き立てられたような――
「……もう朝か」
何故か起きたが、時計を見ればいつもの起床時刻とだいたい変わらない時間であった。
生活のリズムを壊さないため、すぐに起きて、身支度を整え、学校へ向かうことにする。いつもと変わらない日常であるのに、どこか嫌な予感がする。
「にいちゃん……もういくの?」
「ああ。すぐ帰ってくるから勉強してろよ?」
「わかった。いってらっしゃい」
「お、おう。行ってくるよ」
話していた男の子はこの場所で真ん中の年齢である小学生だ。優しいところもあるが、最近はめっきり悪ガキになった記憶が新しい。コーヒーと見せかけて温めた泥を飲ませようとしていたのだから。
いつも挨拶すらしない彼が、早起きするどころか、見送りに来るなんて何かある予感がする。雪が降るとかそんな雰囲気だ。嫌な予感は当たらなきゃいいけど。
靴紐を転ばないようにしっかり結び、見慣れたこの場所を後にする。何故か分からないがこの見慣れた場所が最後に見る光景という気がしてならなかったが、それはないと首を振って前を向いて歩き出す。
――あれが起こるまではそんな生活が当たり前だった
――トラックが飛んでくるなんて。な。
正確には、“トラックが三回転捻りを加えて飛んできた”んだがな。
この十七年生きてきてトラックが飛ぶものとは聞いたことがない。……いや、これからもないだろう。
なぜトラックが飛んできたのか、呆気に取られているあいだに俺は死んだ。本当にあっという間であった。
運転手のいないトラックの癖して、空を飛び、その後大爆発が起こって、ただでさえ潰れて酷いことになった俺の体に追撃が飛んできた。ダイナミック火葬もいいところである。
~~~
ってなんで俺はこんなことを覚えてるんだろ。実は死んでないんだろうか。……いや、意識があるんだから死んでないんだろうな。
その後気がついた時には辺り一面真っ暗なところへ運ばれており、俺は目が覚めてからも困惑を極めている。今いる場所である。
「なんだろうなこれ」
こんな尋常じゃない死に方をして、その記憶があるが、俺は慌てず推理を続ける。
俺の特技――というか、考え方として、慌てず、焦らない。ということを心情に掲げている。故に、産まれてから慌てたことは両手ほどしかない。記憶が無いだけかもしれないが、それが俺の長所でもあり、短所でもある。
なぜなら、慌てる、焦ることより、今の状況を冷静に判断することが本当に大事なことだと考えているからだ。
――格好をつけたが、俺が七歳のときに本当の親父が教えてくれたことの受け売りなのだが。
教えてくれた親父はその一ヶ月後に亡くなったのだが、これは俺の格言となり、所々で助けてくれるうえに、俺に不動の冷静さを与えてくれる。
こんな状況でも。
「とりあえず動かないと。出口はあるのか――ん?」
次の行動を決めたその時、空間が揺らいだ様な気がした。
何も無かったところに、音の波のような揺らぎが俺の体を通っていく。何かが起こった証拠とはいえ、何が起こったのかは全く予想がつかない。むしろ起こらなかったら怪奇現象にも程があるだろう……トラックの件の方がよっぽどだが。
不安と興奮が入り交じったような気持ちで佇んでいたが、やっと身体にも変化が起こる。まるで掃除機に吸い込まれるように、引っ張られるのだ。気持ちの良いような、悪いような不思議な感覚であった
「もうなんだろうな今日は。色々とおかしい――あ、死んだんだっけか」
その流れに身を任せ、俺は目を瞑った
~~~
しばらくして、眩しく、暖かい光が俺を包む。陽の光を浴びたのは懐かしいような気がする。
「これが俗に言う極楽浄土なのか?」
苦笑いしながら一人呟く。
身体を自由に動かすことができるようになっていたので、横になっていた体を起こす――が痛みは感じない。体もある。健康体だ。先程はトラックが飛んできて、なおかつ爆砕したというのに。スーパーマンにでもなったのか?
「……よほど珍しい死に方だったから成仏出来てないのか。有り得そうだ」
もうトラックは見たくない、と呟きつつも足を進めながら改めて現在いる場所を見直す。
なんの花だかわからないが、見渡す限り花でいっぱいだ。赤青黄色と様々な花が点在する花畑の中のようだ。
花の甘い香りにうっとりしつつも、小川を発見し、それに沿って歩く。花園なんて見たことも入ったこともないが、この場所のことをいうのだろう。
しばらく歩くと小屋がみえた。 まだ建てたばかりぐらいの新築のログハウスだ。
「ホントにここは何処なんだか」
小屋に近づくと、その付近のガーデニングテーブルにて、少女が紅茶らしきものをグビグビと飲んでいた。まるでビールを飲んでいるかのような飲みっぷりだ。
熱くないのだろうか。あれ。
遠くから見たその少女は、パッと見て女子中学生程度の年齢に見えるが、ここに居る時点で普通じゃない。
完全に即死した俺と一緒の空間にいるこの女の子は何者なのだろうか。
取り敢えず、話しかけてみよう。
「すいませーん!」
少し距離があったので声を大きめにして叫ぶ。
その瞬間
「うひゃん!?」
可愛い声をあげて椅子から後ろに倒れる。
ガシャーンと音をたてながら。
「……」
俺はひたすら何が悪かったか考えていた。今のところ、彼女の正体は幽霊の可能性が濃厚である。
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