第12話 いざ人間界へ
「僕の手……離しちゃダメだよ?」
光に包まれて視界は真っ白に染められているため、彼女の姿は見えず、声しか聞こえない。
しかし、ぎゅっと手を強く握ってくれるのでついついドキドキしてしまうのだ。俺はこのような男女経験が無いなんて恥ずかしくて言えない。
彼女の性格は恐らく真っ直ぐで純情なものなので、俺の抱く邪な考えは捨てるべきである。
(人間界に連れていってくれるんだし、悪い奴じゃない、よな。俺も相手も初対面なのに随分警戒が甘いもんだが)
手を繋ぎながら改めて喝を入れ直す自分であった。
そのまま真っ白な視界が続くことおよそ数分。ひたすらフラッシュが続いていることもあり、そろそろ目がおかしくなりそうだ。
何も変化が感じられないこの魔法をつい不思議に思い、やや集中が伝わるアルトへ話しかけてみる。
「なぁ、後どれくらいで着くか分かるか?」
「……」
「聞いてる?」
「えっ、あ、 なに? 何か知りたいのかな?」
魔力の運用に集中しているのだろう。 なら邪魔するのは良くないはず。なにせ女神のように違うところに転送させられでもしたらたまったものじゃない。
「いや、なんでもない。邪魔してごめんな」
「……そっか。何かあったら言ってね! もうすぐで着くよ!」
「ああ。了解した」
~~~~~~~
僕はあの時、初めて彼に出会ってから、このナミカゼ ユウって名前の不思議な人間に気が向き続けていた。
しかも、彼をじっと見ていると、ずっと昔から知っているような、ずっと昔から大好きだったような、そんな気が……した。
長い時を生きてきて、一度も恋心という感情すら芽生えたことの無い僕が、である。
「おかしいなぁ」
魔法に集中している――つもりであったのに、未だ転移魔法は発動していない。
彼は魔法に関してあまり知識がなさそうであるので良いものの、普通の自分と比べれば明らかな異常事態である。
原因は、間違いなくこの繋いだ手だろう。
「だめだめ、集中しなきゃ」
自分はしっかりと魔法へ集中しているかと思えば、気がつけば彼に会った初めての瞬間を思い出していた。
最初の出会いすらも、意味が分からない。なにせ、魔族より力の劣る人間がなぜ危険な場所にいたのかということが一つ。
僕はあの時に部下たちから逃げてて、慌てていたけど、今考えると非常に不思議でしょうがない。
それにリューグォと呼ばれる危険な的の対処法もびっくりした。あの幻獣は通常“死んだふり”をすると、見逃してくれる――というのは種族関係なく知っているはずなんだけど、彼はそれをせずに、倒してしまった。
数ある種族の中で魔力も体力も劣る人間が、だ。
当然僕は魔物なんて余裕で倒せるけど、戦うのがめんどくさかったから死んだふりで済ませたんだ。
そうして、彼は僕の予想をはるかに裏切り、普通の行動を取らなかった。ついでに言えば、ただの人間では有り得ないくらいの魔力を持ち合わせていた。それはもう、人間界の強力な冒険者であるかのような力であった。
僕は彼のことを明らかに能力の無さそうな平々凡々の人間と判断していたため、戦いを挑む必要すらない。――と考えていた。
しかし、彼と、その魔法をはっきりと見て僕は……完全に魅了させられてしまった。
魔族の中でも魔王の血が濃いものとして黒髪に近い色合いの髪をもつ子供が生まれるとされている。
しかし、初代魔王でさえ黒に“近い”暗いグレーの髪色なのだ。
僕の髪は魔王と母親の子供でもあるため、色は黒に近いが、彼ほど彼の完全なる黒髪では無い。
黒髪、黒目、そしてあのよく分からない召喚魔法。異質に異質を重ねた組み合わせなんて一度たりとも見たことがなかったのだ。
そして今日、何時も通りに仕事をさぼってあの洞窟に行った。というか逃げてきた。
そこで出会ったのは ナミカゼ ユウ。通常、リューグォという幻獣は鍾乳石が落ちてきたぐらいで死にはしない。
しかし、彼は魔法を使い、虚空より創り出して幻獣を突き刺すようにして仕留めた。
その時も、彼という存在を認識した途端に急に胸がドキリと跳ねるのを感じた。
彼の事をもっと知りたい。僕でさえ分からないことだらけの存在であるからだ。
――だけど、話そうとすると、心がドキドキして上手く話せない。話したいのに……話せない。
結局、僕は彼を「僕らの“宿敵”である人間」ということも忘れて、変装し、人間界へと向かう。その理由はたった二つで、彼と一緒に居たい、そして彼のことをもっと知りたいから。
「おい、聞いてるのか?」
「……えっ、あ、なに? 何か知りたいのかな?」
「……いや、なんでもない」
「そ、そっか。何かあったらいってね! もうすぐで着くよ!」
「ああ。了解した」
……こここれって! どこかの演劇で見た、呼んだだけってやつなの?!
~~~
急な浮遊感と共に光が収まるとそこは洞くつの景色とは変わりに変わって草原であった。
まるでパラシュートで地面に降り立つような優しい着地により、地面に足がつく。
足から伝わるのは柔らかい土の感覚。かっちかちの洞窟ではない。
「すぅぅぅはぁぁぁ――ああ、出れた」
空気がとても清々しい。というか隔離状況から抜け出せたことが喜びである。元いた世界ではここまで空気が美味しいと感じることはなかった。叫びたい気分だ。
俺はここまで送ってくれた超絶美少女な彼女に感謝の言葉を言おうとしたところ――
「あれ……れ……魔力……切れちゃったかも……あはは……」
アルトという名前の黒髪少女は突然へたりと座り込んでしまっていた。顔も赤く、魔力の使いすぎでと考えられる。あんなに派手に長時間も使ったからだと思うが。
「あそこには人間がいるんだよな?」
指さす先には大きな街らしき建築物。草原の中に四角い建築物が、乱立しているため非常に分かりやすい。
「うんっ……! そうだよ!」
彼女はやはり体力的に辛そうだ。ここまで送ってもらったのに歩かせるとするならば男として本当に悪いやつだろう。休憩という手もあるが、ここはやはり――
「ほら……背中、乗る?」
「……えっ?」
「ここまで送ってくれたお礼だ。目的地までおぶるよ」
かなり恥ずかしかったが、こんな機会もうないだろう。
こうなったらもうやけっぱちである。
「ほんと……?」
「恥ずかしいけど、お礼だから気にすんなよ。あ、もちろん嫌なら断ってくれて――」
「有難く、乗らせてもらうね?」
嘘か誠か、非常に嬉しそうな彼女を乗せ草原の端に見える街を目指して歩く。
背中に乗っている少女はこれ以上ないくらい幸せな表情をしていたという。
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