1996年 錯視艶夢 弍

 ■

 ばたんと音をたて、重いドアが閉まる。

 あの女に訊くのが間違いだった。数時間前の自分を殴りたい。何処へも行けない苛立ちは道路に転がる石ころに当てた。


 そのまま帰るのも逆に腹が立つ。あの女に動かされている感じがして居心地が悪い。‬



 そうだ───────どこかでも寄り道しよう。‬

 パーカーのポケットに手を突っ込み阿嘉町の方向に体を向け歩き出す。

 街の賑やかな喧騒が近づいてくる。雑踏に紛れながら、ざわざわと面白くもない商店街を颯爽と抜ける。‬


 中にいる「私」は人が嫌いらしい。前の私は友達とかいたのかもしれないがそんなもの、あそこに置いてきてしまったまま。‬

 残りの高校生活もこのまま終わってしまうのだろう。.....だからといって不便という訳でもない。‬


 今の私もあまり人というものが好きになれないからだ。‬


 だが。

「あっ!そこにいるのは怜じゃないか。」‬

 この私の厚い心の壁をすり抜けてくる奴もいる。‬



 ■

 そいつは頭の横で手の平を振るとこちらに寄ってくる。小走りで長く黒いコートが揺れる。‬

「なんだ、仕事でもサボっているのか。」‬

 冷たく当たるがこいつにはまるで効かない。ただ笑ってばかり・・・・・ほんといつもの事だ。‬

「はは、いやサボっている訳では無いんだ。聞き込み調査でね。少しここら辺まで遠出って訳。‬

 ─────というか逆に君もどうしたんだ。家とは全然違う方向だぞ。」‬

 まるで年上かの様にこいつは振舞った。‬



 上堂 智大(かみどう ちひろ)、こいつの名はそんな感じだったはず。黒い色に普通の髪型、名前の通り、女っぽさがある中性的な顔つきをしていて、私の高校の時の友達らしい。私は通信制だから全日制の生徒とは会うことが無いはずなのに不思議な話だ。‬



 あの後、人が変わったように周りに冷たくなった私に友達はどんどん離れる様になってしまったが、こいつだけは離れずに話かけてくる。‬

 私もそれは嬉しいと思っていて、


 ......そしてこいつは私の「日常」でもあった。



「ちょっと寄り道。」‬


「わかりやすいな。どうせあそこに行った帰りだろう?なんか言われたりしたのか?」‬


「うっ...」

 前からそうなのだがこいつは勘が鋭い。図星を突かれるとこちらもたじろぐ。‬

「いっいや、別になにも言われてないけど。」‬

「嘘つけ、目が泳いでるぞ。雫さんに意地悪でも言われたんだろ。後で注意しとくよ。」‬

 ・・・・・そしてかなりのお人好しだ。‬




 ▪️‬

 その場で少し話した後、私と智大は一緒に歩き出した。‬こいつとの散歩は少し好きだ。気を使わなくて良くて居心地がいい。


「そうだ、お前何の聞き込みしてるんだ?」‬

 商店街を抜けて少し郊外へと出た時、ふと思った事を口にしてみる。‬

 私も少し興味がある事柄だし、訊いてみたい。


「うーんと、なんて言えば良いのかな。ある刑事さんの下で働いているんだけど、その人にとある事件に関する書類を作っておいてくれって頼まれたんだ。」‬


「ある事件って?」‬


「ただの殺人事件・・・なんだけど、────いや、ただの殺人事件って言うのもおかしいか。少し奇妙な事件なんだよ。事件の加害者がおかしな証言するんだ。最初は薬でもやってるんじゃないかって思われてたんだけどどうも違うらしくて・・・。」‬

 智大はそう言って言葉を切ってしまった。‬


「・・・おい、そのおかしな証言っていうのはどう言ったんだ?」‬

 私は、我慢出来なくなり催促してみる。‬

「夢で人を殺したら目の前に死体が転がってた・・・だって・・・・・ほらおかしいと思うだろ?」‬

 彼はいつもと変わらない笑顔を私に見せた。


 私はそれを聞いて素直に頷く事が出来なかった。‬

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