第二章 賽の流れの儘

第二章 賽の流れの儘

全ての事象に偶然は無い。

全てが成る可くして繋がっていく。

全てはここから始まる。


物語の歯車はもう廻っている。


 ▪️


 俺は、走っていた。

 人の無い、廃ビルだけが蔓延るこの街を。

 阿嘉街から数キロ離れたこの郊外は発展途中のビル群だ。建築が打ち切られて手付かずになった悲しい四角形達が俺を見下ろし事の顛末を傍観していた。


 十一月の夜は酷く寒く。空気が氷みたいで上手く喉を通らない。

 ここから数キロ先の阿嘉総合病院。果たして間に合うだろうか。

 息は荒くなり、足が棒みたいになってきた。


 これじゃあ、間に合う所か。辿り着く事すら、

 難しい───────。


 「.....あっ!」


 走っている最中、歩道に鍵が刺さった儘のバイクを見つけた。ヘルメットなんて被ってる暇なんかない。

 跨ると所々錆びた鍵を握って力強く回す。


「───────」

 よし、ガソリンも入ってる。大丈夫だ。


 勢い良くハンドルを回し猛スピードで街を駆けた。夜風が蒸した体を冷やしてくれる。


 これなら病院まで、あと数分でつきそうだ。


 でも病院に行ってなんて言おう。

 女の子が廃ビルから落ちた...。なんてでも言えばいいのか。しかも事の原因は俺なんだ。

 唇を噛み締めて、ハンドルを握る手に力が篭る。



 なんでこんなに必死になって走ってるか。


 理由はひとつだった。

「待っててくれ...。怜.....!」

 俺は好きな女の子を助けたかったんだ。



 ▪️

 今夜は、いつにも増して寒かった。

 私の腕時計は深夜二時を指している。

 吐く息がはっきり見えるほどの凍てつく夜は、これから来る冬の訪れを知らせていた。


 ここから見える月はまるで芸術アートだ。

 今にもかぐや姫が降りてきそうな大きな月は夜を照らしていた。美味い煙草の肴には丁度いい。


 月をこんなにもまじまじと捉えた事は久しぶりだ。

 ──────ましてや、こんな仕事をすることも。


 そんな思考を意識の底に落とすと、短くなった煙草を投げ捨て視線を下に落とす。


「なんともつまらないな。こんな結末なんて。」


 私の眼下。二メートル先に人がいた。四肢をぐちゃぐちゃにされ、胴だけとなった人形が。

 男の彫りが深いその顔立ちは、まるで彫刻の男性像そのものだ。その様が博物館の美術品じみてとても美しい。


 男との距離を縮め、私は杖を地面に突き立てる。


 杖は「私が告げていた」詠唱を誦文する。男の周りの空間が歪み、首を締めるように固定された。


 男の体が無理矢理起こされ左手が千切れ落ちる。

 .....だが、男は何も言わない。死んでいる訳では無いが。


「.....お前が何故この街にいる。」

 眼下の男は、血塗れの身体で告げた。


 この状況下に似合わない、冷徹で無機質な声はこの私でも畏怖すら感じさせた。

 腕を潰されても悲鳴すらあげないのか。

 ───────まさか。

「痛覚まで引き剥がすなんて、驚きだ。まるで虫だな。」


 男は挑発に応えない。

 もうあの呪腕が使えないからだろう。男は顔色を変えず、同じ言葉を繰り返す。

「何故だ。」

「さぁ。何でだろうね。偶然と言えば正しいか?」

「戯言を。偶然などこの世にはありはしない。全ての事象はひとつの線で繋がっている───────。と論じたのは誰だったか。」

「へえ。まだ憶えていたんだな。彌上やがみ漱逸そういつ。一体何十年前の話をしている。」


 その受け答えに身覚えがあるのか、男はくく、と笑って見せた。


「まさかな。異殺しなんぞにまた手を染めるとは。赤羽あかばね雫しずく。お前も地に堕ちたものだ。」

「ふん。時間は人を簡単に変えられる。流れる水と同じ様に、それに一貫性はない。お前も同じだ漱逸。


 .....何故殺人なんぞに手を染めた。」


「.....仕方ない。ここが「私」の最期だろうから。」


 男は、終わりゆく体を奮い立たせ懺悔する様に応えた。


「.....私は生物を転生させる技術を求めていた。この世界の循環というこの螺旋に。一度触れてみたかったのだ。意識の転生。物質の根源。私の人生を捧げ手を尽くした。

 ...だが、時を経てもそこに辿り着ける術は無かったと気づいた。

 生きている者が、そこに辿り着けるなど夢物語だと。


 ───────ならば、対極の死を求めるしかない。死の果てに先はあるのか。それを知る為に多くの人を殺した。だが、今の今まで答えが導き出されたことはなかった。

 行き着くのは先のない「無」だけだ。」



「その賜物がお前の両手か。漱逸。

 .....だがな、その研究に人を殺す必要はないだろう。人を転生させるのは道徳に反している、転生は異端な術と断定したはずだ。いずれ私が手を下さなくても「外」の組織がお前を滅する筈になるぞ。」


「そうだ。私は殺される。その為にこうしたのだ。」


 その言葉に自然と眉がつり上がる。


「.....ほう。殺される事が目的か。それでどうする。私に神術の呪いでもかけるのか。」


「違うな───────」


「じゃあ、なんだって言うんだ.....。」

 問い掛けたが返答はない。

 杖を突き術を解くと、漱逸の胴は俯せに倒れ落ちた。


「.....絶えたか。」


 殺される為に人を殺す。

 人の権限を剥奪される事が目的であるならば、一体なんの為に。有り得ぬ話ではないが、死から蘇る事が出来るのか。

 ならば死を経験をして何を識るのだ。漱逸。


「.....いや、まさかな。」


 眼下の死体を一瞥した───────刹那。

 訳の分からない厭な寒気がした。

 何か、有り得ない事が起こった。そんな神からの啓示とも呼べるものは、不思議と私の口の端をつり上げる。


「───────また相見えるといいな。漱逸。」


 終わりを迎えた肉塊に別れを告げると、足元に落ちた煙草を踏み消した。

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