一九九四年 春から夏へ

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 私は、元々人付き合いが上手い方ではない人だった。

 だからって友達がいない訳では無い。普通に接することも出来るし、友達と一緒に何処かへ行くのも好きだった。

 ただ、人見知りが激しいから人との付き合いを避けてしまう癖があるだけで。



 中学生の頃、そんな私に悲劇が襲った。

 私の両親が離婚したのだ。前から二人の喧嘩を見る事が多くなったが、まさか離婚するなんて思ってもいなかった。

 その事で心の整理が付かなかった私は不登校になることが多くなってしまった。

 家に引きこもるようになって、人との関わりを避け続けた。そこからだ。「私」が居なくなってしまったのは。

 15年かけて作り上げた「紫堂 怜」という人は、その事をきっかけに完璧に消えてしまっていた。


 私を紫堂 怜たらしめた引っ込み思案な性格は無くなり、人との関わりを遮断する冷徹なそれへとなってしまったのだ。


 高校に入る時も、全日制はやめておいた。どうせ、誰とも関わりたくないんだから入る理由が無いし。


 でも憂鬱な高校に入学した時一番嬉しかったのは、私唯一の親友がいた事。

 雲雀(ひばり) まちちゃん。中学校の時、引きこもり始めた私に家に来ては励ましてくれた、私にとっての大親友。運動が得意で、料理、勉強何でも出来ちゃう万能人。友達も多くて私の憧れだった。

 まちは唯一、本当の私を知る人。だからこそ口調を崩して接する事が出来た。


 こうして一九九四年の春。私の学校生活が始まっていく。


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 ここに入学してからというもの、よく全日制の男子に声をかけられる事が多くなった。不良に声を掛けられても無視を続けてたら面倒な事に巻き込まれたり。男はなんて物騒なんだろうって思えたぐらいだ。

 私はそんな美人じゃないのに、なんでだろうと考えてみたけれどよく分からなかった。

 別に可愛い女の子なんて、この学校にも沢山いるのに。


 その中でも声をかけられる事が多いのが、上堂智大という生徒。

 少し前に、教室に残っていた所を軽く注意しただけで話し掛けてくるようになってしまった。


「ちひろ」なんて名前の通り、まるで髪を伸ばせば女に見違える程の中性的な顔。身長は175センチ位だけど少し華奢な身体をしていた。

 話を訊けば人助けが好きという彼は将来は警察になりたいらしい。それについて驚いたら怒ったのを覚えている。


 智大は追ってくる訳でも、ストーカーみたいな事をすることも無い。なのに、行く先でよく会ってしまう。運命なんて信じたくないけど、あんなに会うと不気味な感じがしてなんだか気持ちが悪かった。



 ────でもいつからだろうか。

 それが待ち遠しくなっている自分がいた。



 別に会ったって何処かへ遊びに行く訳でもないし、在り来りな世間話をして、会話は終わってしまう。

 だけど、私はそれで満足だった。


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「最近、なんかいいことでもあった?」

 ある時、まちとファミレスでカフェオレを飲んでいるといきなりそんな事を言ってきた。

「いや、別にないけど?」

「なんか、最近怜の顔が明るく見えるから。」

「えっ?そっ、そうかなぁ。」


「────あっ!まさか男?誰かにコクられたとか?怜ってばこんなに綺麗なのになんで彼氏が居ないのかなって思ってたのよ〜。」

 まちはいつも事を大きくしたがる。一旦暴走を収めさせて、仕方なく最近会うあの人の話をした。


「.....ふぅん。智大君。────多分B組だったかな?見た事あるよ。あれ本当に中性的な顔よね。初めて見た時は女に見えちゃった位だもん。

 .....もしかしたら怜と智大二人並んだら、多分性別逆に見えちゃうんじゃない?

 どっちも中性的ないい顔だし、いけるかもよ?」

 褒めているのか、馬鹿にしているのか。

 まちの言い方は時々心に引っかかる。


 ▪️

「───ねぇねぇ。その智大君って人とデートしたの?」

 藪から棒の言葉に私はカフェオレを吹き出しそうになった。

「───してる訳ないじゃない。だってあーいうのタイプじゃないし。」

「ふぅん。じゃぁ怜。その智大って子、ちょっと連れて来なさいよ。タイプじゃないんなら連れてくるぐらい簡単でしょ?」


「嫌だよ。なんで智大君なんか。まだそこまで話していないからなんて話しかければいいか分からないし。」

「簡単よ。上目遣いで食事に誘えば、怜の可愛さにその智大君なんてすぐオチるわ。」

「そうなのかなぁ。あはは。」


 ────あぁ、いけない。また上手く乗せられる所だった。

「.....だから、嫌だって。また私を上手く乗らせようとして。ほんと、まちの悪い癖だよ。」


 まちは、そんな私を見てけらけら笑っていた。


 .....嫌って言ったけど、食事に誘うのもいいかもと思った自分がいた。人を好きになれなかった私にとって智大は、私の厚い心の壁をするりとぬけてくる。


 あれ。これはもしかして。


 ───私はもしかしたら、恋っていうものをしているかもしれない。


 ▪️

「───はぁ疲れた。」

 女性は、古ぼけた椅子に腰掛け珈琲を飲む。空いた手には行方不明者の詳細が記された書類。

 彼女がいるこの空間には清潔感はなかった。デスクの回りに散らばる書類は床を埋めつくし、左右にある棚に無理矢理詰め込まれた本が所々行き場を失って飛び出ている。


 壁に掛かる赤い時計は、深夜二時を指していた。


「人探しなんて慣れてないこと引き受けるんじゃないな。」

 一人愚痴を呟いて胸ポケットから「翡翠」という銘柄の煙草を取り出し火をつける。



 彼女の名は赤羽 雫という。

 赤紫の髪に繊細な顔をもつ美魔女は、占いを専門とする、世間的に言えば「占い屋」を営んでいた。


 この賽の館を開いたのは、一九九三年の冬。

 この町が、気持ち悪い程平穏で静かだという事で、新しく人生を始めるにはもってこいだと思い立ち、郊外の外れに建てた。

 だが、世間からは何でも屋で名が通ってしまい。占いではなく色んな事を依頼されるようになってしまう。

 .....依頼人の恋人相手の尾行なんてしたくもないが、金を出されてしまっては仕方が無い。

 そうこうしているうちに本業の「占い」などほぼしなくなっていた。



 

 だが、ここ最近雫の眉を吊り上げる依頼が増えてきた。それは、行方不明者の捜索。


 その殆どが結果的に死んでいた。

 私が第一発見者である事もよくあった。

 警察に、殺人犯と疑われて捕まりかけたこともある。


 死因は自然死。

 遺体に外傷はなく、持病の類すらもない。

 これだけで、警察はお手上げであり事故として処理するしかなかった。

 ただ、奇怪なのが体の臓器が変な位置へ無理矢理引き伸ばされていた事。私もこれは流石に驚いた。

 ある被害者は、胃は膀胱の位置に下ろされ、小腸と大腸が胃をぎちぎちに埋め尽くしていた。

 まるで殺される前に、手術でもしたのかというぐらい精巧で一滴の血液も出ておらず。



 だが今回、遺体を視た時あることに気がついた。

 遺体には、呪詛の跡が刻まれていたのだ。

「モノを壊して、デタラメに再生させる。」

 私の見立てではその呪いが被害者の身体に具現化され奇怪な芸術を見せているのだろう。


 私が来るまでは一件も事件が起こらなかったこの街。これには、私も溜息を漏らすしかない。


「偶然というものはこの世界に存在しない。全てのあらゆる事象は一本の線で繋がっている。それを感知する方法は人間には無い。誰にもその規則性を識る術は無い。知る事が出来た者は、確実にヒトの枠から外れた超越者である。」


 私が、昔語った論語を言い返す。

 .....これも、運命か。

「私がこの阿嘉町に来たのも必然ならば、私が面倒な事に巻き込まれる事も必然か。」


 彼女はくくと、不敵に笑って珈琲を飲んだ。

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賽の流れの儘 愚っ痴ぃ @Gucy

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