第16話 吉五郎は永遠に
信長は天守から町のようすをながめ、町衆がこっそりとではあるが、吉五郎をたたえているのを見て目をほそめた。
「あのキツネめ、わしよりよほど町衆に人気があるとみえるわ」
「まあまあ、殿。しょせんはキツネごときにござれば」
「そのほうらも、ひそかにあの吉五郎めに肩入れいたしておるのではないのか」
「そんな、めっそうもない。たかがキツネにござれば」
「その、たかがキツネにわしは降参したのだ」
「また、そのようなことを。殿、あれは方便にございまするぞ。馬もすべて、吉五郎から取り返したではございませんか」
「ふん、馬などキツネに用のないものなれば、かってに置いていったのだ」
「まあまあ、殿」
「あのようにぶざまに兜を脱いだのじゃ。そちらも見ておったであろう」
「はて、なんの話でござりまするかな。ここにおる者どもはみな、敵との戦いでせいいっぱいでござった。ほかのことなど目に入るはずがござりませぬ」
「ほう。権六、そちもか」
「もちろんでござる。わしほどの武芸をもってしても、あの場では眼前の敵にかかりっきりでござった。殿のごようすなど、わかろうはずがござらん」
「ほう。あるじのことより自分のほうがよっぽど大事と見えるな」
「そのような! なにをおっしゃるやら。ここにおります一同みな、殿の勝利をうたがいもしませなんだ。それゆえ、自分の敵にかかりきることができたのでござる」
「自分の敵と申すが、そのほうらの敵というのは葉っぱだったそうではないか」
「ぐう。それを言われては一言もありませぬ」
「わっはっはっは。あの場で、ほんとうに敵と戦っておったのは、けっきょく、わしひとりであった。吉五郎は戦うに値するのはわしひとりと踏んだのであろう。そのほうらの相手は葉っぱでたくさんだとな。さすが吉五郎じゃ。わっはっは」
家来衆は、葉っぱと戦ったことが急にはずかしくなって、みな頭を垂れてしゅんとなってしまった。
「うぬら、そんなにしょげなくともよい。あの葉っぱも、たかが葉っぱとは申せ、ただの葉っぱではない。吉五郎の化身であったのじゃ。してみれば、まあ、そのほうらも吉五郎と、直接ではないにしろ、戦ったのだ」
「わしらは吉五郎めの、その葉っぱに、手も足も出なんだわけで」
「それはそのとおりじゃな」
「殿。殿はわれらをからこうておられるのか」
「そうではない。あのように大いなる力をそなえたものと戦えるのは、わしひとりということじゃ」
「しかし、キツネでござるぞ」
「そうよ、キツネよ。ただし、あのもの、われらの力のおよばぬもの。あのものの力はわれらにおよぶが、われらの力は、あのものには通じんようじゃ」
「やはり、物の
「キツネよ。ただのキツネよ。しからば、わしらの敵ではない。わしらの相手にするのはキツネではない。わしらの敵は、生者であれ亡者であれ人である。人なれば手の内もわかろうというもの。キツネ相手では勝手がわからぬのも道理じゃ」
「そのとおりでございますな。どうりでわれら、手も足も出なかったわけでござる」
「夢よ。一夜の夢だったのじゃ。きれいさっぱり忘れて、さあ、われらがほんとうの敵に当たろうではないか」
「さようですな。まさに夢でございました」
「きょうは景気づけじゃ。町へくりだしてにぎやかにやろう。町衆はわしに遠慮して、あのように静かにやっておるのじゃろう。遠慮など無用じゃ。われらも吉五郎の勝利を祝おうではないか」
「ははっー」
「こんなとき、
「そういえば紹巴め、犬山の一件からこちら、とんと姿を見せませんな」
「歌よみといえば、われら武将のご機嫌取りもだいじな仕事。犬山ではたしかにきのどくでござったが、あれしきのことで足も向けぬとは、けしからぬやつ」
「そうじゃ、そうじゃ」
「まっこと、そのとおり」
一堂がお互い顔を見合わせてうなずき合っていると、ふと一陣の風が、開けはなった天守の広間を吹きぬけた。あとには、お香のかおりがただよい、いつのまに現れたか、降ってわいたようにひとりの男が、武将たちと信長のあいだにちんとひかえていた。
「お」
「わ」
みな、おどろいたが、信長は少しもあわてず、お香のにおいをなつかしむように、鼻からいっぱいに吸いこんだ。
「殿、紹巴にございまする」
「おお、久しぶりじゃのう」
「ははっ。信長さまがまもなく井口の稲葉山城に向かわれると聞きおよび、いてもたってもおられず、この紹巴、はるばる駆けつけてまいった次第にございます」
その後ろ姿を見、声を聞いて信長の家臣一同、首をひねらぬ者はなかった。
『これはほんものの紹巴だろうか』
だれもがそう思い、油断はならんと身がまえた。
『殿、キツネかもしれませぬぞ』と、そっと耳打ちする者もあった。しかし信長は、かるく首をふって鼻で笑うだけだった。この紹巴がキツネであろうとなかろうと、もうそんなことはどうでもよいと思ったのだ。
「そのほう、ずっと京におったのか」
「住まいを定めぬ身でござれば、どこへでも参じまする」
「このたびはなにか持参いたしておるのか」
「は。お祝いの品にと、近ごろ京ではやりの扇を持ってまいりました」
「なに、扇か。そういえば、そちがこの小牧に初めて参ったおりも、そのほう、扇を持参いたしたな」
「そのようなこと、殿が覚えていてくださっただけで、この紹巴、身がちぢむ思いでございます」
「よし。ではこの扇を持って町へくりだし、みなで舞うことにしようぞ」
紹巴が持ってきた扇には、季節の色とりどりの草花を背景に、そこに遊ぶキツネの姿が描かれていた。その図柄を目にしてだれもがこれは怪しいと思った。信長自身もそう思った。しかし、信長はもとより、家臣のだれもが、いまさら化かされようがどうしようが、もうそんなことはどうでもよくなってきた。
「紹巴、その扇は一本だけか」
「いいえ、ご家中みなさまのぶんも、ご用意してございます」
「気が利くのう。では、みなに配れ。総出で町へ参ろうぞ」
信長を先頭に家来衆は連れだって町へおりた。このたびは、はだかではなく、きちんと装束を着けていた。
町衆は吉五郎の勝利をひそかに祝っていたところ、信長が来たと聞いて、あわてて鳴り物をやめ、みな、手近な店や家に飛びこみ、息をひそめた。
「おおい、町の衆。出てこい、出てこい。われらもともに祝い騒ごうぞ」
「殿も吉五郎の勝利を祝ってやろうと言うておいでじゃ。出てまいれ」
家来衆のその声に、町衆たちは顔を見合わせながら首をひねった。
「おい、あれて、信長さまじゃにゃあきゃ」
「おう。ご家来衆といっしょに来やあたんだわ」
「ほんでも、おかしいがや」
「なにがぁ」
「きまっとるがや。信長どん、負けやあたんだで、おもしろないはずだがや。それがなんで、勝った吉五郎のために、祝ったろみゃあって言わっせるんだ」
「おう。こりゃ、なんかあるぜ」
「吉五郎に負けた腹いせに、祝っとるやつをしょっぴくつもりじゃにゃあきゃ」
「天下の信長さまが、ほんなことしやあすきゃなぁ」
「ほりゃ、わからんて。いかに信長さまだろうと、頭に血がのぼったら、なにさっせるか、わかれせんて」
「たわけ。信長どんはわしらとはちがうて。キツネに負けたぐりゃあのこって、騒がっせえせんわ」
「ほうだて。器がちがうで」
「ほんなら、ええがや。いっしょに騒ごまいか」
「だちかんて。油断こいてふらふら出てったとこをバッサリ、ちゅうこともあるでよ」
「ほんなだましうちみてゃなこと、さっせるきゃぁ」
「わからんて。考えとらっせることがわしらとはちがうで」
「とろいことこいとるな。相手は信長どんだぞ」
「ほんでもよぉ」
などと町衆はひそひそと話し合い、信長たちのほうを盗み見るばかり。信長らは町の辻から辻へと声をかけたが、町衆たちは半信半疑、なかなか通りへ出てこようとはしなかった。
「これは、どうなっておる」
信長はまわりの者たちにたずねたが、だれも首をひねるばかり。そのとき、背後にひかえていた伝助がそっと信長に耳打ちする。
「これこれしかじか、町衆は殿をおそれ、成敗されるのではないかと疑っておるのでございます」
「なに。うーむ。よし、それならば、こうすればよかろう」
言うが早いか、信長は着ているものをぬぎはじめた。
「みなもはだかになれ」
「えっ」
家来衆は顔を見合わせた。はだか踊りにいまさら抵抗はない。ただ、これまでは吉五郎にたぶらかされ、気づいたときはもうはだかだった。だが今回は正気である。自分からぬぐのは恥ずかしい。しかし。
「これが最後になるであろう。踊り納めじゃ」
その信長のことばに、家来衆はみな、よし! とその気になった。手に手に扇をにぎりしめ、すっぽんぽんのぽんになった。
「お、あれ見てみい」
「あ、みんな、はだかになっとらっせるがや」
「ほんとだがや。ほーっ」
「あのよう、わし、こっそり聞いたけどよう。信長どん、まあすぐ井口(後の岐阜)に移らっせるげな。井口の城が落ちるんだと。井口のほうで信長どんに味方する仁ができたげなで」
「ほんならこれが小牧で最後の大騒ぎ、っつうこときゃあも」
「最後だもんで、やっぱ、はだかでにゃーといかんちゅうこったわ」
信長はじめ家来衆がすっぽんぽんのぽんになったので、町衆も我先に着物をぬぎながら通りに飛び出してきた。
「踊ろまい」
「おう、踊ろまいや」
あっという間に通りは人でいっぱいになり、はだか踊りが始まった。はだか踊りは、もうすっかり小牧の名物になっていたが、きょうが最後になると思うと、町衆のだれもが涙を流さずにはいられなかった。
「ほんとにこれが最後かしらん」
「まぁ、信長どんもご家来衆も、みんな井口に行かっせるで、しょうがにゃあわ」
「いかんわ。わし、涙がとまれせん」
「わしもだがや」
「わしも」
町衆は力いっぱい踊りながら、吉五郎をたたえ、また信長のこともたたえるのだった。そんなほほえましい光景を、小牧山のてっぺんから見おろす目があった。
吉五郎である。
吉五郎はなかまのキツネたちと、天守の屋根でのんびりと陽を浴びていた。化けもせずキツネの姿のまま堂々と。吉五郎たちも、早晩、小牧山が自分たちの手に戻るのだと感じていた。
小牧山はいま、春のおぼろにうっすらとかすみ、桜の馬場では、みごとに咲きほこった花びらが風に舞っていた。
その桜吹雪の下に、たたずむ者がひとり。
紹巴である。
もちろん、これはほんものの紹巴で、信長や家来衆に扇をおくったあと、信長たちが駆けるようにして町へおりていったので、ひとり取り残されていたのだ。
紹巴は城からゆっくりと山をめぐりながら桜の馬場までおりて来たが、花びらの散るさまにふらふらと招きよせられ、ぼんやりと桜の木の下にたたずんでいた。
「おお、あれが小牧名物のはだか踊りか」
桜の花びらのむこう、町を眼下にのぞみ、紹巴は目をうばわれた。
「あのように町衆のなかでおどっておられるとは。さすが信長さまじゃ」
吉五郎が化けた紹巴は、はだか踊りに参加したことさえあったが、ほんものの紹巴は見るのも初めてだった。
「もうすぐ天下を手に入れられるであろうな。さあ、日の暮れぬうちに出立いたすとしよう」
紹巴は桜の馬場をあとにし、大手道から小牧山をおりようと、ふと道の上を見あげた。白いキラキラしたものが、いくつも陽にきらめいている。足を止めて見守っていると、どうもキツネの尾のような。
「あれぞ、吉五郎たちにちがいない」
まるで光とたわむれているような無邪気なようすに、紹巴は顔をほころばせた。
「小牧山にだれも来なければ、キツネたちも暮らしを乱されることはなかった。しかし、もうすぐ、これまでの平穏な生活にもどれる。いましばらくのしんぼうぞ」
紹巴がそうつぶやいて城の天守に背をむけたとき、なにかが足もとできらめいた。
「おっ。これは」
いつのまに来たのか、子狐が三匹、紹巴の足にじゃれついていた。子狐は人になつかぬはずなのに、この三匹は平気な顔をしてじゃれている。これは吉五郎の使いで来たのかもしれない。あるいは、吉五郎が化けなれた紹巴の姿に、この子狐たちが親しみを感じたのかもしれない。紹巴は子狐の頭をそっとなでてやり、笑みをうかべたまま山をおりていった。
それからほどなくして、かの吉乃御殿にあらわれる武者の正体がわかった。もちろん吉五郎ではなかった。
「殿、あの者は
病床の吉乃からそう言われて、信長は耳をうたがった。
「弥平次とは、あの
土田弥平次は吉乃の前の夫で、信長が吉乃に出会う以前、美濃の斎藤軍と戦って壮絶な死をとげている。信長との関係では、直接ではないが信長の家来筋にあたる。
なぜ、その弥平次があらわれるのか。
「わたくしも困り果てております」
「いまだ、そちを恋しく思い、あらわれるのかのう」
「いえ、わたくしを迎えにまいっておるのでございます」
「なに!」
その日以来、毎日、祈祷師が呼ばれ、吉乃御殿のまわりをお祓いして回った。信長がいるときには、信長自身が御殿の門に立った。そして、弥平次が庭にあらわれるたび、きつく叱りつけた。弥平次は、主家に当たる信長に叱られると、すーっと地下へ消えていった。
しかし信長も、美濃攻略に出陣することが多くなり、やがて吉乃は寝たきりの状態になった。
さまざまな手当てのかいもなく、吉乃は息を引きとった。ちょうど美濃攻略が最後の仕上げにかかるころで、信長は泣きたくとも泣いているひまなどなかった。
吉乃の死後、信長の美濃攻めは、いっそうはげしさを増した。
とうとう稲葉山城を攻め落としたとき、信長はふと吉五郎のことを思った。
「あやつらに、やっと、小牧山を返してやれるな」
信長は早々に稲葉山城に移り、その地の名を井口から岐阜とあらためた。
小牧山は城はもとより、家臣のやかたも吉乃が住んだ御殿も、すべてきれいに取りこわされた。信長が来る以前の自然に近いかたちにもどされたのだ。
信長たちが去ってからまもなく、吉五郎たちは小牧山にもどった。
伝助は信長の命令により、山番として小牧山に残った。猟師らがみだりに山に入らぬよう見張るためである。
山番はしばらくのあいだということだったが、いつまでたっても信長からの呼びもどしはなかった。あるいは信長は伝助のことを忘れてしまったのかもしれない。
伝助のほうでも自分から信長に連絡をとろうとはしなかった。いまはもう、いくさに行くよりも山番のほうが好きになっていたからだ。
伝助はひそかにこう思っていた。
『忍びの里を出てから修行らしいことはなにもしていない。いい機会だ。ひとつ、仙人になる修行をやってみよう』
修行にはげみはじめた伝助のところへ、吉五郎の子どもたちがときどきやって来た。人を化かす練習をするためである。伝助は、ちびっ子キツネたちの化かされ役をするのを楽しみにしていた。元忍者だから変身の術くらいはできたので、化かし合いもやった。
そうして伝助はいつしか、いくさのことは忘れた。
小牧の町衆は、ほとんどが信長にしたがって岐阜にうつったが、小牧に残ってそれまでどおりの商売をつづける者もいた。もちろん、信長がいない小牧の町はさびれるばかりだった。それでも、のんびりとくらすにはちょうどよかった。
キツネ祭りは、毎月やっていたのが、三ヶ月ごとになり、やがて半年ごとに、ついには、年にいちどになってしまった。かつてのように、よそから人が来ることはなく、山伏たちも来なくなった。
「おう、なんか、毎年どんどんさびれるばっかだがや」
松どんやカネさは、しょんぼりと年にいちどの祭りの準備にかかっていた。
「みんな行ってまったで。ほんでも、油屋の庄八さは残っとらっせるな」
「油屋て、庄八さのとこだけになってまったぎゃ」
「庄八まで岐阜に行ってまっとったら、えりゃあことになっとったなあ」
「ほうだて。わしら、灯りがにゃあ生活になっとったで」
「そうなったら、祭りどころじゃあれせんもんな」
「まったく、さみしいもんだて」
「しょうがにゃあわな。信長どんが行ってしまわしたで」
「ついこのあいだまで、あそこに信長どんたらあ、おらしたんだわな。うっそみてゃあだぎゃ」
見あげる小牧山のてっぺんには、いまは天守はなく、うっそうと木々が生いしげっているばかりだった。
「あ、あれ。尾っぽじゃにゃあきゃあ」
山の中腹、桜の馬場を西へすこしのぼったあたりで、キツネのしっぽがひるがえり、春の日をあびてキラキラと光っていた。
「まあ、なんでもええわ。なんだかんだちったって、吉五郎がああしてもどってきたで」
吉五郎たちは小牧山でふたたび穏やかなしずかな日々をむかえていた。
しかし、そのわずか十数年後のこと。信長は本能寺で道成らずしてたおれた。するとまもなく、三河のタヌキ、いや、徳川家康が小牧山にやって来た。羽柴秀吉、のちの豊臣秀吉と、いくさをするためである。
吉五郎たちは、また小牧山をはなれねばならなくなった。だが幸い、いくさはまもなく終わった。このときの戦いで徳川家康が陣取ったため、小牧山は江戸時代を通じて神君家康公ゆかりの地として入山が禁止された。
人の足が遠のけば、それだけキツネにとっては快適な場所になる。吉五郎たちは心ゆくまでのびのびとしずかなくらしを楽しんだ。山番には、伝助の家系の者が引きつづきまかされた。
代々の吉五郎は、ときおり山からおりては人をかるく化かし、それぞれの時代にその名をとどめた。
江戸時代の末ごろのこと。小牧山に天狗が出るとうわさがたった。
天狗を見たという者は、口をそろえて、あれは初代の山番、伝助にちがいないと言った。すでに伝助の時代から三百年ほどたっていたが、見張り小屋には、代々の山番の似顔絵がかけられていた。その初代の伝助の顔に、天狗はそっくりだったという。
天狗はほんとうに伝助だったのかもしれない。仙人修行をしていた伝助が、いつのまにか天狗になっていたとしても不思議はない。かつて御園町の奈吉とすもうをとったカラスが、カラス天狗になって伝助天狗と技を競っていたとしても、ここ小牧山なら、そんなこともありそうに思えるのだった。
天狗があらわれてまもなく、時代は明治となった。
そして、いま。
かつて信長が小牧山に何年も暮らし、小牧の町をつくったことを知る人はすくない。だが吉五郎の名は小牧山とともにあり、人々の心に生きつづけてきた。
もちろん小牧山には天狗のすがたも、吉五郎たちキツネのすがたも、もはやない。
南の山すそはごっそりけずりとられて市役所が建ち、山のてっぺんにはコンクリート造りのお城が建っている。山のまわりはマンションが建ちならび、山の北も南も道路ではさまれ、クルマがひっきりなしに走っている。
小牧山はいつのまにか、キツネや天狗とは無縁な山になってしまった。
しかし満開の桜の下、小牧山の山道をのぼると、桜の馬場からすこし行ったところにわき道がある。石がくずれた階段をあがり、ぐっと左へまがって、さらにクモの巣をかきわけてのぼっていくと、小さなほこらがある。
ほこらは、うっそうと生い茂る枝葉のあいだから、そこに来た者をひっそりと見おろしている。
これこそ、のちの町衆が吉五郎をまつったほこらである。
了
信長を化かしたキツネ ~小牧山吉五郎伝 すのへ @sunohe
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