第5話 一夜あけて
はだか踊りは夜どおしつづき、明けがたになってやっとみんな引きあげた。
信長はじめ武将たちは、はだかのまま踊りながら小牧山へ帰った。
武具や馬など、あの原っぱの城に置きっぱなしだったので、あらためて足軽たちに取ってくるよう命じた。
「昨夜はなにごとでござったのであろうか」
「ようわからん。
「そういえば、紹巴がおりませんな」
「城下に入るまでは、わしの前で踊っておったようじゃが、町衆が列に入ってから、見うしなってしもうた」
「京に帰ったのでござりましょう。あいさつもなしに」
「紹巴が持参した、あの着物があやしゅうござるぞ」
「さよう。あの着物に着替えたと思ったら、いつのまにやら、はだかでござった」
「さよう。着物を着たのに、すっぽんぽんのぽん」
「町衆の前ですっぽんぽんとは、これほどはずかしいことはござらなんだ」
「わははは。なんだ、武士のくせに。はだかぐらい、なにがはずかしいものか」
「それにしましても、町衆が、われらとともにすっぽんぽんになるとは。しかも若い
「ふしぎといえば、ふしぎでござったなあ」
「しかし、えらいにぎわいでござった」
「さよう。物売りや見物が、いつのまにどこから来たのか、道の両側にひしめいておりましたからな」
「さわぎを聞きつけて近在の村や街道からやってまいったのであろう。われらのはだか踊りが町のにぎやかしに一役買ったというわけじゃな。う~ん。よし、これからはときどき町へ出て、みなではだか踊りをいたすとしようぞ」
「殿、そのようなおたわむれを。なにとぞ、ごかんべん願いたてまつりまする」
「わしも、もうごめんでござる」
「わっはははは」
信長は、はだかになったことなぞ気にするようすもなく上機嫌だった。
そこへ、武具を取りにやった足軽のひとりが帰ってきた。
「おそかったではないか。武具や馬はどうした」
「それが」と足軽は口ごもった。
「どうした。持ちきれんのなら、人足をたのむなり、荷車を用意すればよかろう」
「それが、城がみつからんのでございます。みなで手分けしてさがしまわっておるところにござります」
「なに、城がないとな」
「そんなはずはあるまい。あれほど大きなものが」
「われらも、お山の北側に出れば、すぐにわかると思うておりました。それが、それらしきものは影もござりませぬ」
「ならば上から見ればよかろう」
そう言うや信長は、残っていた馬で山をかけ登り、天守の物見へあがった。武将たちも走ってあとにつづいた。
「ほれ、あのあたりにあったはずじゃ」
北のほうを見おろしたとたん信長は息をのんだ。
「なんと!」
朝日が草原をくまなく照らしていたが、そこらはほこらがいくつか点在するばかりで、城など影も形もなかった。
「まさか、そんなはずはあるまい。おい、茂平を呼んでまいれ」
信長は家来に命じた。そのころ茂平は足軽たちとともに城さがしをしていたが、急ぎ参上した。
「茂平、どういうことじゃ。説明せい」
茂平にもわけがわからなかったので、きのうと同じことをくりかえし言うしかなかった。
「わし、ほんとに知らんて。料理も酒も、わしじゃにゃあし。あの城だって、いっくらさがしても、あれせんでかんわ」
「ないと言うが、きのうはあったではないか」
「ほんだで、おかしいんだわ」
「そういえば茂平。おまえ、われらがはだかになったとき、いかがいたしておった」
「へえ、うしろのほうでひかえとりましたぎゃ。ほんでもって、いきなり信長さまやご家来衆がみんな、下ばきまでぬいで、すっぽんぽんになって出ていきゃあたもんで、もうびっくらこいてまって」
「なにい。それではそちは、われらがはだかで出て行くのを、だまって見ておったのか。なぜ、止めなかった」
「いかんて。わし、おそろしなって腰がぬけてまったもん。声も出んかったでかんわ」
「殿。やはりわれらは、紹巴にあざむかれたようでございますな」
「うーむ。紹巴がのう」
「さっそくに馬をとばして、紹巴を追いかけさせましょう」
「うむ、そうせい。茂平、おまえはひきつづき、城があったあたりをさぐってくれ。なにか手がかりがあるかもしれんでな」
「へへーっ」と茂平はかしこまって下がっていった。
「伝助。伝助はおらぬか」
信長に呼ばれるや、庭先でひかえた者があった。
「は、ここに」
「お、あいかわらず、すばやいのう。そのほう、いまの話を聞いておったであろう」
「は」
「では、話が早い。ごくろうだが、家中の者を引きつれ、武具や馬をさがしてくれ。槍や刀はともかく、あれだけの鉄砲が敵の手に渡るとまずい。たのむぞ」
「ははっ」と声はしたが、もはやそこに伝助の姿はなかった。
伝助は元は忍びの者、すなわち忍者である。思うところあって忍びの里を出て、各地を流れ歩いた末にたどりついたのが尾張の原。そこに住みはじめたある日のこと。鴨を撃っていると、たまたまとおりかかった信長一行が鉄砲の音に足を止めた。鉄砲といっても見よう見まねで鍛冶職人がつくった粗末な猟銃だったが、伝助は飛び立つ鴨に一発でみごとに命中させた。その腕前に信長は感心した。
「見事じゃ。おぬし、名は」
「伝助にござります」
「伝助、わしといっしょに来るか」
「ははっ!」
その日以来、伝助は信長の鉄砲組に入った。
伝助は忍びをやめて世捨て人になったつもりだったが、信長になにかひかれるものを感じたのだ。以来、出陣のときは足軽として戦場に出むき、いくさがないときは、信長の近くで、なにやかやと用事をいいつけられた。元忍びだけあって万事にすばしこい上に手ぬかりがなく、なにを命じられても器用にやりとげた。
このたびも武具や馬をさがせといわれて、よくきく鼻がピクとうごいた。伝助は配下の者を手配するやさっそく行動を開始した。
「あやつにまかせておけば安心じゃ。どれ、われらは、すこし休むことにしょう」
信長は寝所に入った。武将たちも立って、それぞれの
いっぽう伝助は、城中の者をともなって
船着き場へ行くと人足たちがせわしなく働いていた。そのひとりに声をかけると、
「お、あんた、信長どんのとこのご家来きゃあ。ちょうどええとこにいりゃあたわ。お城に知らせたろと思っとったとこだで」
そう言って荷置き場のほうを示した。荷箱や米俵などが積まれたはしっこに、旗やのぼりがどさりと置いてある。よく見ると長槍や刀のさやまであった。
「舟や桟橋に引っかかっとったんだわ。わしらで引きあげたったけど、このぶんだと流れてったもんもぎょうさんあるで」
「これぞ、われらが武具の一部にちがいない。ごくろうであった」
伝助は、城へ知らせてこれらの物を城中へ運ぶよう配下の者に命じた。
「どこぞで、川に武具を投げこんだのだ。上流へ行ってみよう」
川をさかのぼっていくと、ほどなく、百姓衆が土手にあつまっているところにぶつかった。
「あ。あんた、信長どんのとこのご家来きゃあ」
百姓のひとりが伝助に目をとめて言った。
「どうした」
「あれ見てみやあ」
百姓が川を指さす。見ると、大量のよろいやかぶと、刀や鉄砲が川岸に捨てられてあった。ほとんど水に浸かっている。そのあたりの土手には雑木や草が生い茂り、川におりるのさえ容易ではなかった。
「なんと。ひどいことをしおる。鉄砲など使いものにならんかもしれん」
とにかく伝助たちは、百姓衆にも手つだってもらって雑木を切りたおし、草を刈った。急ごしらえの足場から刀や鉄砲をひきあげては手早く水をふき取り、荷車で小牧城下へと運んだ。
川ざらいを終えた伝助は、こんどは馬さがしにかかった。神社や雑木林など手当たり次第に見てまわったが、いくらさがしても馬は見つからなかった。
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