第6話 城下のうわさ
その日の小牧城下は、はだか踊りの話でもちきりだった。
なにしろ、信長はじめ名だたる武将や足軽連中が総出で、すっぽんぽんのぽんで踊り歩いたのだ。それにつられて城下の者も老若男女、幼少問わず、これまたすっぽんぽんのぽんで声をはりあげて歌い踊った。
「どえりゃあ、おもろかったがや。また、やろまいか」
「なんだて、また信長どんに、すっぽんぽんになってもらうんか。調子こいとると怒らっせるぞ」
「おれらだけで、やってもええがや」
「ほんでも、商売にさわるといかんがや」
「おみゃあ、なに言っとんだ。あれが見えんのか。よう見てみい」
町衆の指さす往来は、いつもの何倍もの人で、にぎわっていた。どこの店も客がひっきりなしで、とだえることがなかった。近在の村々の住人や、通りがかりの商人たちが、はだか踊りの活気にひかれて次々とやって来るのだ。
「やっぱ、また、やろみゃあ」
「そりゃそうと、油屋の庄八が、おっかしなこと言っとったな。知っとるか」
「おお。葉っぱがのっとんったんだろ、殿さまんたちの頭によう」
「キツネかしらん」
「葉っぱていったら、まあ、タヌキかキツネだわな」
「化かされとったんか」
「ほうかもしれんて」
「そういや、山むこうの
「ほう」
「はだか踊りが通ったもんで、おもしれえと、ついてったら、町中に入ったとき、ひとり、ぬけてったらしいわ」
「ほう。はだかか、そいつも」
「いんや、ちゃんと着とったと」
「ご家来衆きゃあ」
「いんや、茶坊主みてゃあな、かっこうだったと」
「ほう。あれとちがうんか。歌よむやつで、有名なやつ、おったがや」
「あれだろ、あの、えーと」
「お城ができたとき、京から来とったやつだろ」
「ほうだがや。信長どんに扇かなんか、あげやしたっちゅう話だわ」
「じょ、じょ、えーと。そうだ。
「ほうだ、ほうだ。
「あれ、えりゃあ有名な歌よみで、そっこらじゅうの武家衆から、ひっぱりだこだてな」
「連歌なんて、また、にあわんもんが、はやるもんだなて」
「つばめ舞い 刃一閃 首が飛び
いくつも刺して 槍でくし団子
花も散り 食えるでもなし されこうべ
酒のさかなに うるしで塗られ」
「お、なんだ、カネさ。おみゃあさんも、歌、やりゃあすか」
「ちがうて。飲みに来とるお客が、なんべんもおんなじもん、よんどるもんで、おぼえてまったぎゃ。足軽んたちだわ」
「なんだて、足軽も歌やっとるんか」
「ほんなこと、ええわ、どうでも。ほんで、どうなったんだ、
「おう。山むこうのやつが言うには、すーっと、山を西回りにもどってったんだと」
「なんだぁ、あやしいことなんか、べつに、あれせんが」
「ちがうて。うしろ向きになったとたん、見えたんだと」
「なにがぁ」
「しっぽ」
「しっぽて、あの、尾っぽのこときゃあ」
「ほうだぎゃ。ふさふさした大きいしっぽが、
「見まちがいじゃにゃあか」
「暗かったけど、まっ暗じゃなかったもんで、見えたんだと。ありゃ吉五郎にちがいにゃあと言っとったわ」
「吉五郎て、だれのこときゃあも」
「なんだ、松さ、知らんのか。小牧山の吉五郎だがや」
「わし、清洲から来たもんで、このあたりのこと、まんだ、よう、わからんわ」
「わしも、わっからへんがや」
そこで地元の庄八たちが、吉五郎のことを説明してやった。
「吉五郎ちったら、小牧山に代々住んどるキツネの大親分のことだがや。化けるのがうみゃあで有名だわ」
「歌よむやつが、吉五郎になったんか」
「たわけ、逆だわ。吉五郎が、その歌よむやつに化けとったんだて」
「ということは・・・どういうこった?」
「あれだわ。吉五郎が、その
「あ、ほうか。うん、うん。ほうだわな。いっくら信長どんが物好きでも、はだか踊りなんか好きでやらっせえせんわ。吉五郎に化かされとりゃあたんだわ」
「やっぱ化かされて、やっとらしたんだな」
「ほんでもなんで吉五郎は信長どんを化かしたんだろ? なんぞうらみでもあるんかしらん」
「あれじゃにゃあきゃあ、吉五郎て小牧山に住んどったんだろ。それが、信長どんの城替えで追い出されてまったもんで、怒っとるんじゃにゃあきゃあ」
「おおかた、そんなとこだわ」
「吉五郎親分、メンツまるつぶれだもんで、
「えりゃあことしやがったなあ」
「ほんでも、こんだけ、もうかっとるんだで、わしらとしたらキツネさまさま、吉五郎さまさまだわ」
「ほうだわ。よっしゃ、吉五郎のためにそのうちほこらでも建てたろまいか!」
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