Chapter 13:幸せな結末、あるいは救われた未来



「あー、くそ。慣れない事に手を出すんじゃなかった……」


「あれ? どうしたんですか、随分酷い顔ですけれど」



 詳細不明の『ノイズなドレス』を撃破してからしばらく後。雑多な用事をこなす為、オズ・ワールドリテイリング日本支社にやって来た鞠華は、エントランスの休憩所に置かれたソファーの上でぐったりとしている嵐馬と目があった。


 最新のデザインで明るい雰囲気の一角を、たった一人のオーラでここまでどんより澱ませているのは最早一種の才能であろうか。



「あぁ、クソアマ野郎か。笑えよ、俺の事をクソアマ投資家だってな……」


「本当に何やったんですか嵐馬さん?」


「あー、実はねぇ。資産運用に手を出して。失敗しちゃったんだって」



 鞠華の質問に答えたのは、嵐馬ではなく百音であった。手にはそれなりに大きな荷物をもっており、ぐったりとしたイケメンと、オロオロしっぱなしの女装少年を通り過ぎテレビの前に置かれたテーブルにガシャガシャと荷物を広げていく。



「うるせぇ、星奈林。詳しく語るな凹むだろうが」


「そうそう、一気に財産が一桁減ったとか。FXはダメよ」


「ああ、マジで財産って溶けるんだなぁって……」



 まぁ泡銭みたいなもんだから、元に戻ったも同じよと力なく呟く嵐馬から。武士の情けで目をそらして鞠華は気が付いた。百音が持ってきたのが旧式のゲーム機である事に。



「ああ、それ懐かしいですねぇ」


「でしょ? 手違いで送られてきたんだけど、送料がかかるから貰っちゃってくださいって言われちゃってねぇ。一人で遊ぶのも何だから持って来ちゃった」



 会社の顔であるホールの休憩所に、そんなものを勝手に設置してよいのか不安になるものの。ウィルフリッド支社長ならばこれ位の事は笑って許してくれるだろうと考え直す。



「そうそう、嵐馬君もそんな顔しないで。これあげるから」


「なんだ、これ?」


「さっきコンビニでジュースを買って来たら、オマケで貰ったの」



 手渡された小さな猫の置物を、嵐馬はふぅんとつまらなさそうに受け取って。それでも捨てる事なくポケットの中に突っ込んだ。その様子が微笑ましくて、鞠華の頬はついつい緩んでしまう。



「なんだよ、文句あるのか?」


「いえ、嵐馬さんにも可愛いところがあるんだなって」


「ほっとけ、今日はこういうのが欲しい気分だったんだよ」



 口ではツンケンしているが、嵐馬の表情はどこか柔らかい、鞠華はちょっとだけ距離が近くなっていると感じるが。その理由には思い至らない、何か大きな事件があった気もするが、具体的なエピソードは思い浮かばずに。


 けれど心の奥底には何かは残っていて、それをギュッと鞠華は抱きしめた。





『それで、こっちに事後処理を押し付けて。君達は遊びまわっていたと』


「うるせぇ、何が休暇だ。こっちはバンガード1機で大立ち回りだったんだぞ」


「高橋、昨日の残りが色々あるけど。適当にちゃぶ台に並べていい?」



 チリンと居間に風鈴の音をBGMに稲葉中尉と話していると、台所から勝手知ったる何とやらとタクミが朝ごはん兼昼食を運んで来る。短パンとシャツでどんぶりに盛られた米をかっくらう男の料理。


 意外な事にタクミの女子力は高い。ガサツな男飯と侮るなかれ、夕飯の残りをちょいちょいアレンジしたり、温め直しておいしくする手管には毎度驚かされる。



『まぁ、それを言われるとねぇ。こっちも充分な戦力を用意出来なかった訳で。まぁ本当に今日明日はちゃんとした本物の休暇って事にしておくから」



 端末の向こうから聞こえて来る苦笑いに、当然だと返しつつ。高橋はタクミが用意した残り物に目を通す。傷みやすい刺身を漬け丼にする高度な小技に驚きつつも、用意された料理の中に見慣れない物がある事に気づく。



「なんだこれ?」


「チーズ入りアボガド納豆春巻き」



 確かに皿の上にある香ばしく揚げられた春巻きの内側には、納豆とアボガドのペーストが詰め込まれ、その中央からトロリとチーズが顔を出していた。名前のインパクトと比べれば意外と普通に食欲をそそる。



『おいおい、何なの? それ大丈夫なの? ちゃんとした食べ物なの?』


「いや、まぁ西村が作ったってなら信頼は出来るだろ。ちょっと貰うぜ」


「あ……」



 ひょいと高橋は春巻きを口に放り込む。丁寧に揚げられた衣がサクリと割れてその間から熟したアボガドと、納豆のうまみ成分が舌の上に流れ込む。どちらも主役を張れる食材だが、案外喧嘩せずにそれぞれが強みを発揮していた。


 その上で後味をとろりとしたチーズが包み込み、纏めると無難に美味い。



「ああうん、これいけるわ。スゲェな」


「いや、これ作ったの自分じゃなくて……」


「じゃあ誰なんだ? 俺のオカンはこんなお洒落な物作らんぞ?」



 タクミでなければと、候補を脳内で上げていく。しかし高橋が知っている限り、こんな洒落たものを作る人間はこの家の台所に出入りしていなかったはずである。それこそ魚料理なら幾らでも候補が上がるのだが。



「んー、思い出せないんだけどさ。かわいい子だった気がする」


『おいおい、良いのかい? 御剣最上級曹長に言いつけちゃうぞ?』



 通信機の向こうで稲葉中尉が厭らしい笑顔を浮かべているのが分かる。データリンク端末は音声通話かメールのやり取りしか出来ないが、高橋の脳裏にはしっかりとそれが映し出されている。


 良くもまぁ、声だけでここまで雰囲気を伝えて来るかと感心してしまう。



「まぁ、たとえ相手が絶世の美女だったとしても。自分はナナカを選びますから」


「ダメですよ、中尉。こいつは素面でこういうこと言えちゃうんですから」


『ほーんと、そういう意味ではからかい甲斐が無くてつまらないかなぁ。まぁいいかとりあえずゆっくりして頂戴ね。残念だけどまだまだ戦争は続くんだから』



 捨て台詞を残して、ぷつんと通信が切れた。そう、戦いはまだ終わっていない。とりあえず地上に残った月面帝国上皇派残党軍は今回の1件で制圧する事が出来たが、未だその本隊は月面で蠢いている。


 メガフロートを取り返しても、謎の人型機動兵器・・・・・・・・を起動前に確保する事が出来たとしても、平和には今だ程遠い。



「ったく、速く平和にならないものか」


「残念だけど、都合よく戦ってくれるヒーローはこの世界にはいないから」


「だな、そんな奴がいるなら俺達の仕事は無くなっちまう」



 パクパクとチーズ入りアボガド納豆春巻きつまんでいると、途中でペチリとタクミに手の甲を叩かれる。気づけばもう半分近く春巻きの数が減っていた。どうやら自分が思っていた以上に気に入っていたようだ。



「とりあえず、10年後の未来の為に頑張ろうか、高橋」


「10年後ねぇ、1年先がどうなってるのか分からないのに気が長い事で」



 高橋としてはそんな遠くの話より、目の前にあるチーズ入りアボガド納豆春巻きをどれだけ食べられるかの方がずっと重要だ。


 さてどうやってタクミを煽て、新しく作ってもらうのかを考えつつも。高橋は皿の上にある春巻きをあと2~3個位食べられないかと、料理を並べる相棒のスキを探るのであった。





「ふえぇん…… まりかおねえちゃああん、しおんおねえちゃぁん……」



 西暦2020年、7月21日。憎らしい程に地面を太陽が炙りつける遊園地の中を、三つ子の姉弟が歩いていた。千葉にある日本最大級のテーマパークは、たとえ戦争中であろうと通常営業で。それ故に彼らの様に迷子になる子供は絶えることがない。


 特に後ろを歩く弟は、今にも泣き出しそうな顔をしている。



「こらっ、オトコノコでしょ。泣いたら……めっ、なんだよ?」


「だいじょうぶだよ、すぐにどうにかなるからね?」



 今にも決壊寸前の弟の手を引っ張る姉二人は、まだまだ余裕の表情であった。

弟の前で、あるいは互いに対して涙を流す顔を見せたくはないという意地の張り合いなのかもしれないが、それもまた"強"さの形である。



「でも、だって元はと言えばまりかおねえちゃんが……」


「うっ…… それもそうだけどぉー。しおんちゃんも止めなかったし」


「けど、まりかの方がお姉さんだから?」


「こ、こんなときだけズルくない!?」



 姦しく、いや正確には女児は一人なのだが。兎に角女子風の子供2人と、男子1人な迷子の前にすっと近づく人影があった。非日常的な白と赤の服装は、遊園地の世界観とはややずれるが、案外夢の国に馴染んで見える。



「えぇっと、ちょっと良いかしら?」


「うわ!? なぁに、巫女さん!?」


「こんなきゃらって、いたっけ?」



 姉二人からのシリアスな視線に、巫女服の少女はうっと気圧されて後ろに下がる。けれどそれでも彼らを助ける為に再びその手を差し出そうと前に踏み込む。



「迷子よね? それなら、まいごセンターに案内するけど」


「そういって、さらうきでしょ?」


「まりかおねぇちゃん、だめだよそんなこといっちゃぁ……」



 一番上の姉の警戒は強いが、それでもどうにか弟のとりなしで、少女は大量の精神力と引き換えにどうにか迷子な3人をまいごセンターの方に足を向けさせる。彼らの手を引くことは出来ないので、かなり大変ではあったのだが……



「うん、まいごセンターはあそこっぽいよ?」


「あ、あやしいみこのおねーさん。ありがとうございます!」


「まりかおねーちゃんはだまってて! そしてしおんおねえちゃんはおれいいわないと! あっ! ほんとうにありがとうございます!」



 破天荒な姉二人に振り回されながらも、きちんと頭を下げる弟に対して。少女は口元を緩めた。たった二日で随分と笑ったものだ、ここ暫く笑っていなかっただけに、そのギャップが妙に面白い。



「良かった、これでもうあなた達は大丈夫ね・・・・・・・・・・・・・・


「おとうさんとおかあさん、来てくれるかな?」



 巫女の少女はしゃがんで、最後の最後で不安を漏らした少年と同じ視線で慰める。



「大丈夫、ちゃんとお父さんは来てくれるからね?」


「……うん! ありがとうおねえちゃん!」



 三人の笑顔に見送られて、巫女服の少女は蜃気楼が浮かび上がる程に熱された遊園地の中を一歩づつ歩いていく。助力を請うた彼らの世界と、この世界は隣り合うのではなく『背中合わせ』と表現すべき差があるのだ。


 だから、こんな風な可能性があっても良い。


 たとえ本筋に何の影響を現さないとしても、彼女が見つめたこの2日間が、夢に等しい幻だとしても――


 確かに彼らは救われたのだから。

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ゼスマリカvsバンガード ~あるいは背中合わせの共闘~ ハムカツ @akaibuta

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