Chapter 12:MARiKA ON STAGE、あるいは終る幻想



「あー、畜生。なんで3発しか当てられなかったんだ!」


「そもそも嵐馬さんは1発しか当ててないじゃないですか!」



 結局のところ、勝負は引き分けの形で幕を閉じた。終ってみればそれが一番良い落としどころで。互いに自分達が勝てたとも負けたとも思える流れで。古川から見ればあと一歩で勝てなかったといった感想になるのだろうか?


 180cmを超える古川相手に、逆佐は160cmでありながら物おじせずに言い返していく。あるいは傍から見れば痴話喧嘩にも見えるが、ただ余りにもその内容が男子的なので良く良く聞けそうでないと分かる。


 けれど自分と恋人の会話の内容が大差がない事を思い出し、タクミはもうちょっとだけ恋人らしい事をしなければと思い直した。一応色々な事を済ませているのだからもうちょっと男友達と同じ付き合い方は止めた方が良い。



「ふふふ、いいじゃない。巧君にも悪気は無かった訳だし」


「むしろ悪気が無いのが問題なんですけどねぇ」



 高橋と星七林さんからの生暖かい視線に、タクミは居心地が悪くなる。自分に問題があるのは分かっても、それをどう直せば良いのかが分からない。だから自分をこうやって曲がりなりにも受け入れて貰えることはとてもありがたいのだけれど。


 ただ、ここで気の利いた一言が出てこないのが自分の問題なのだろう。



「あ、何か本殿の方でやっていません?」



 空気が気まずくなる前に声を上げたのは逆佐であった。10年、いや20年前のヒットソングを素人が歌いあげる、お祭りにありがちなカラオケ大会に全員の目線を向けさせる。



「ふぅん、飛び入り参加でもするつもり?」


「あはは、それも面白そうですけれど」



 逆佐の視線が誰かに向けられる。けれどそれを追って視線を向けた相手が誰か判断する前に彼はコクリと頷いて――



「いえ、折角だから出来るかどうか行ってみましょう。なぁにボクだってそこそこ歌には自信がありますから! 結構聞いてくれた人の評判は良いんですよ?」



 ぱちりと片目を閉じた彼にはやはり華がある。女物の浴衣を着こなしても違和感どころかそれを当然と思わせるだけの。そして物怖じせずに話が出来るのも才能だ。普通の人間はこうやってイベントに飛び込んでいけるものではない。


 トコトコ大会を管理しているテントに向かう逆佐を、タクミは眩しいと思う。



「俺は出ねぇぞ?」


「まぁ、鞠華君だけでいいんじゃない?」


「だな、2人も3人も飛び込みしちゃ予定も狂うだろうし」



 タクミは周囲の判断を何となく受け入れる。歌うのは嫌いではないがこうやって不特定多数の前で披露できるものでもない。それは自意識過剰な素人か、あるいは本物のアイドルならば違うのだろうけれど。


 どうやら彼は問題なく飛び入り参加出来たようで、番号札を渡され参加者の列に並んでいる。数を見れば8番目、今拝殿の前で歌っている男子高校生は3番目であることを考えるとあと10分ちょっとで鞠華の出番だ。



「で、どうする?」


「折角だし、鞠華君の歌を聞きましょうか。射的屋さんで貰ったお菓子もあるし」


「いや、飲み物ついでに何か買って来ますよ。場所取っていて貰えます?」



 タクミを置いて、するすると状況が進んでいく。こういう時どうにも自分は出遅れしまうのがもどかしく。戦場で通じる黒か白かの極端な判断力はどうにも、場の空気を読むのには使えないようで。


 とりあえず高橋一人では人数分の飲み物を持って来るのは大変だと気が付いて、ちょこちょこついて行けたのは比較的上手く動けたパターンで会った。


 数分後、結構良い場所に陣取ったタクミ達の前で繰り広げられたのは、良くも悪くも田舎のカラオケ大会に等しいノリであった。下手な歌にはヤジが飛び、誰も彼も飛びぬけて上手いという事もなく、何となく周囲のノリで盛り上がっていく。



「カラオケ大会ってなら、素人だろうと、もうちょっとだなぁ……」


「まぁいいじゃない。たたちょっと曲が古いかもねぇ。大体40年位前じゃない?」


「流石にそこまで古くは無い気が―― あっ」



 そして逆佐の番が来て、本殿の前に作られた粗雑なステージに華が咲く。



「皆さん初めマックス! ボク“MARiKAマリカ”って言います!」



 ある意味場違いな美人の登場に会場にどよめきが走った。男だと知っている自分ですら彼の可憐さにドキリとしてしまう程に、逆佐鞠華という少年には可愛らしさが詰まっている。



「もしかして皆さんボクの事、女の子だと思いました? でも残念、その正体はオトコノコなのでしたーっ! でも可愛ければ関係ないよネ!」



 てへっとちょっぴり舌を出し、ウィンクをした逆佐、いやマリカの姿に良いぞー! と声援が飛ぶ。マリカの宣言で、一部の特に年配の方を中心に多少の動揺はあったが、彼のファンの勢いで場の雰囲気は一気に彼にとって良い形に整えられていく。



「って、あんまりダラダラ喋るのも違うし、さっそく歌っていきます。曲名は――」



 しっとりとしたサビから入る導入はタクミですら知っているメジャーなJ-POPであった。30年前にリリースされた夏祭りをモチーフにしたそれは7月末には少し早いが、涼しげな神社の夜に広がっていく。


 声量は充分。先程の掴みの盛り上がりを一旦抑えてから、マリカはAメロで描かれる夏祭りの恋人未満の相手との甘酸っぱい情景を歌い上げていく。少女の姿をした彼だからこそ、こうも心を揺さぶるのだろうか。



「あらあら、本当に良いわねぇ~」


「素人にしちゃ上手いって程度だろう?」


「まぁ技術は兎も角、あそこまで楽しそうに歌えるのは間違いなく彼の才能よ」



 どうやらXESゼス-ACTORアクターの二人から見ると、彼の歌は素人にしては程度のものらしい。けれどもタクミの目から見れば初めて生で見る"アイドル"のライブに心が揺さぶられ――


 音響は古びたステレオコンポ、ろくにスポットライトもない中で、ただ彼だけが鮮やかにその声で、その体で、その視線で観客を魅了していく。


 すっとマリカと自分の視線が重なった気がして、クラクラと頭が揺れて。成程数少ない友人が生のライブが凄いと言っていたがそういう事かと理解する。



「高橋」


「なんだ西村」


「マリカ君のファンになりそう」



 相棒からギョッとした目を向けられるが、気にしない事にした。自分のキャラではない事は分かっている。けれど彼にはそれだけの魅力がある。懐かしのメロディを高らかに歌い上げる歌声に聞き惚れ、一挙一動いっきょいちどうから目が離せない。


 そして気が付けば、最後のサビが終わって。境内にいる全ての人からアンコールの声が湧き上がり。結局カラオケ大会はマリカのコンサートライブへと成り代わってしまうのであった。





 気づけば鳥の声が聞こえ、朝日が境内を照らしていた。


 鞠華が眠い目を擦って周囲を見渡せば、"祭りの後"と呼ぶよりも"後の祭り"と呼ぶべき惨状が広がっていた。昨晩カラオケ大会が終わった辺りで百音さんが酒を飲み始めた辺りから記憶があやふやだ。


 死屍累々に倒れる酔っぱらいの中を見渡せば、嵐馬は賽銭箱の横に倒れ、百音はにやけた顔で一升瓶を抱いて眠っている。


 さて、どうしたものかと悩んでいると、鞠華は視界の端に巫女服の少女を捉えた。



「おはよう、昨日は楽しめた?」


「えぇ、久々に笑える位には楽しかったわ」



 これまで通りの無表情で告げる巫女服の少女。けれどその一言で、鞠華はライブ中の彼女の表情を思い出す。



「そう、なら良かった」


「ええ、けれどそれももう終わりね」



 彼女の言葉に首を傾げるが、キラキラとした光の粒子が下から湧き上がっている事に気が付いた。いや違う、自分の体が白い光の粒子に還元されていっているのだ。



「うわぁっ!? なにこれ、大丈夫なの!?」


「はい、貴方達が元の世界に戻るだけです」



 周囲を見渡せば、本殿でまだ眠っている嵐馬と百音も自分と同じく下の方から光に変わっていくのが見えた。誰も彼もがまだ眠っているからよいものの、周囲の人間が起きていれば結構な騒ぎになっていたかもしれない。


 いや、社務所の近くで倒れていた眼鏡をかけた青年が欠伸をしながら立ち上がる。



「ああ、そういえば未来から来たんだっけ?」



 消えていく鞠華に気が付いた巧が、何とも言えない顔でやって来る。感動的なさよならをするには、後の祭りの惨状が広がる境内は余りにも雑多で切なさが欠片も湧き上がらない。



「厳密には直接的な未来ではありませんけれど。おおむねその理解で正しいかと」


「あはは、締まらない感じの最後ですねぇ。それはそれとしてこれって副作用とかありませんよね?」



 どうやらまだ時間はあるようで、だからこそ鞠華は不安になった。これならばいつの間にか帰っている方がまだ気が楽で、身体が足元から消えていく感覚はどうにも心が落ち着かない。



「副作用、という程ではありませんが。この事件の記憶は無くなります」


「ああ、やっぱりそうなんだ」



 何となく、そんな気はしていた。もしかすると途中から自分以外この巫女服の、名無しの少女を皆忘れて、見えていないかの様に振る舞っていたのだから。



「ああ、えぇっと。量子制御だっけ?」


「詳しい理屈の説明は必要?」


「たぶん聞いても分からないし、忘れちゃうんだろうけど一応」



 眼鏡をかけた青年は寂しそうに、けれど納得した表情でこの現実を受け入れる。



「私の量子制御による世界干渉は、エネルギーを相応に消費しますし。結果は手に入れられても、強引に合わせた帳尻は全部ゼロになってしまうのです」



 何でも出来る魔法では無いのだと、巫女服の少女は寂しそうに笑う。

 


「つまり、ゼスネームレスを倒したって結果だけが残るってこと?」


「はい、もうアレが世界を滅ぼす事はありません。ありがとうございます」



 彼女の物言いはやや仰々しくも感じるが、あれだけの力を持ったゼスネームレスが意思を持って暴れまわれば、アーマード・ドレス無しではそれこそ世界が滅んでしまうのかもしれないと思い直す。



「……どういたしまして。あぁ、けど残念だなぁ。あんな風にリアルで楽しく歌えたの初めてだったのに」



 この2日で多くの人と出会い、沢山の経験を積めた。その全てがゼロになると言われれば流石に寂しさが胸に押し寄せる。自分がネットだけではなくリアルでも歩いていけると実感出来たのは彼にとって小さくない財産なのだから。



「どうにか思い出を残せないの?」



 もう名前を思い出せない眼鏡の青年も、鞠華と同じことを考えていたらしい。



「記憶と人の認識は量子的な観点から、重大な矛盾の原因になりますから――」



 けれど巫女服の少女が口にした事実はどこまでも、誰にとっても残酷だった。彼女はギュッと胸に手を当てて、どうにか言葉を紡いでいく。



「けれど、楽しかったという思いの欠片くらいは残るかもしれません」



 それが気休めだったのか、それとも彼女が経験した事実なのか。どちらだったのかは分からない。それを確かめる前に鞠華達は光に還元されていき―― 境内から4つの人影が消えて――


 ただ一人残された眼鏡の青年は、さよならと呟いて。まだ倒れている知り合いの方に足を向ける。


 ハレの日はもう終わり。ここから先はこれまで通りの日常に戻るだけだ。

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