Chapter 04:有難いバイト、あるいは巫女との遭遇



 鞠華が社務所から出た途端、爽やかな風が吹く。海辺ではあってもこの継立神社は高台にあることもあって。湿度は低く、ご神木のお蔭で体感気温も随分と低い。外で力仕事をし続けなければ、汗が出ない位には快適であった。



「はーい! 皆さーん! 麦茶持って来ましたよー! キンキンに冷えてまーす!」


「うひゃぁ! 助かったぜ、今年は熱いからなぁ」


「鞠華ちゃん塩飴ある? 汗かいちまったからなぁ」



 お茶の入った10リットルの水筒ウォータージャグを抱えて来た鞠華に、祭りの準備に集まった男達が群がっていく。最初はマッチョな男達に気後れしていたが、それでも気がいい連中だと分かってからはどうにか話せるようになったのだが。


 彼らは漁師をやっているゲンさんを中心とした青年会のメンバーで、一番若い彼らのグループで30代で、どちらかと言えば近所に住むおじさんの集まりといった感じである。



「クソア…… いや、鞠華。俺にも一杯」


「えー、どうしようかなぁ…… ゲンさんちゃんと嵐馬さん働いてました?」


「いやぁ文句は多いが、しっかり働いてるぜ? やぐらの準備の手順もこっちが教えて貰う事が多い位だしなぁ! ガハハハ!」



 マッチョな漁師のゲンさんが豪快な笑い声を上げ、嵐馬の背中をバシバシと叩く。鞠華から見てもトラブルメイカーな彼がちゃんと働けるのか、結構不安があったのだが、どうやら問題なく馴染めているようであった。



「イテェ! クソ! 馬鹿力で背中を叩くんじゃねぇ!」


「ああ、すまんすまん。若い奴が手伝ってくれるのも久々でなぁ」


「確かに、高橋さんちの坊ちゃんが軍に入ってからぐっと減っちまって……」



 少し寂しげな雰囲気を出し始めるゲンさん達を横目に、鞠華は紙コップに麦茶を注いで嵐馬に差し出すと。乱暴な動作で奪い取られて少しだけむっとしてしまう。



「まったく、もうちょっとこう…… なんというか、人にやさしく出来ないの?」


「うるせぇ、こっちは炎天下で延々祭りの準備してるんだからな?」


「こっちだって、延々台所で麦茶を沸かし続けるの大変なんですからね?」



 その見た目から力仕事は厳しいであろうと、女性陣と共に台所仕事に回された鞠華だがそこもまた過酷な戦場であった。延々とヤカンで麦茶を沸かし、冷えたものから水筒に氷と共に詰め込んで持っていく。


 男女関係なくきつい仕事であることは間違いない。



「そうだぞ、一回かーちゃんが居ない時にやったが結構きついんだなぁ。これが」


「何だかんだで10リットルの水筒持って来れるのは偉いわ」


「畜生、全員コイツの肩を持ちやがって…… 最初に言ったがそいつは男だぞ?」



 ジト目で座り込む嵐馬は嫌味を放つが――



「んなこたぁ、分かってる。それはそれとして可愛いから贔屓するわ」


「だなだな、つーかこう。性格の時点で可愛いからな。たとえ鞠華ちゃんがマッチョな筋肉ダルマでも俺らは可愛がるぜ?」


「見てるだけで元気になれるつーかなぁ。嵐馬ももうちょい素直だったらなぁ……」



 ゲンさんを含む祭りの準備をしているオッサン達は、皆鞠華の味方となっていた。

嵐馬の事も嫌っている訳ではないのだが、やはりヒネている部分で評価が多少マイナスになってしまっている。



「ええい、んなこたぁどうでも良いんだ! ただでさえ人手が足りずに準備が滞ってるんだろ? 休憩は終わりだ終わり! 15時までにやぐら組んで、飾りつけしねぇと明日の祭りに間に間に合わなくなっても俺は知らんからな!」


「はは、そりゃ確かにその通り。おい、行くぜ! 鞠華ちゃんはまた麦茶頼むぜ!」


「ああ、確か社務所にある食べ物は好きに使って良いからねぇ?」



 嵐馬に急かされて、青年会のメンバーは手を振りながら作業に戻っていく。笑顔で

それを見送って、改めて水筒の中身を確認すると。10リットルもあった麦茶がもう空になってしまっていた。



「うわぁ、また新しい麦茶を用意しないと……」



 パタパタと鞠華は社務所へと向かう。社務所の内部は神社によってさまざまだが。今彼が働いている継立神社においてはコンロと冷蔵庫と流し台が揃っていて、ちょっとした料理位なら作れるようになっているのだ。


 ただし冷蔵庫にはビールが詰まっており、せいぜい備蓄された米がある程度。碌な材料が揃っていない以上、料理上手な鞠華もパパッと料理を作る事は難しい。



「一応、炊飯器はあるし。ちょっとおにぎり位なら作れるかなぁ?」



 そんな事を考えながら歩いていると鞠華は視線を感じる。周囲を見渡すが嵐馬やゲンさん達は一生懸命やぐらを組んでいる途中でこちらは見ていない。更に視線を動かしていくと、鳥居の方に人が佇んで居るのに気が付いた。


 それは巫女さんであった、ショートカットで赤い袴が鮮やかな少女。大人しそうな風貌だが巫女服では抑えきれない豊満な胸がとても印象的である。


 そして鞠華は彼女の姿に見覚えがあった。



「あっ…… もしかして、君って!」



 そう、それはノイズを纏った謎のドレスによってこの世界にやってくる直前に。ゼスマリカを見下ろしていた少女であった。鞠華は彼女に手を伸ばすが―― ほんの瞬きした直後に、彼女の姿は掻き消えてしまう。



「あれ、さっきまで鳥居の傍にいた筈なのに」



 鳥居の左右は森で、素早く動けば鞠華の視界から逃れる事も不可能ではないのかもしれない。鞠華は彼女のいた場所に駆け寄って周囲を見渡すが、どこにも彼女がいた気配は残ってはいなかった。



「まぁ、ここの神社の子だろうし。また会えるかな?」



 ここで無理に探さなくとも、あとで宮司さんに聞けば大丈夫だろうと思い直し。鞠華は改めて社務所に向かうのであった。今だに戦争が終わっておらず、明日に大災害が起こるかも知れない。そんな状況でも世界は平和なままで回り続ける。


 幾つかの異物が混ざったままに。



 


「巫女さん? いやこの継立神社には常駐の巫女さんは居ないねぇ」



 三時過ぎ一通りやぐらが組み組み終わり休憩中の宮司に、鞠華はさっき見た女の子の話をしたのだが。しかし帰って来たのは完全に予想外のものであった。困惑した表情からからかっているようにも見えない。



「へっ? けどさっき、見たんですよ。ショートカットで巫女服の女の子を」


「つーか、テメェこの前からミコミコ言ってるがアレか。そういう趣味なのか?」



 鞠華が握ったおにぎりをつまみながら、嵐馬が話を混ぜ返す。



「趣味っていうかボクは別に巫女服が着たいわけじゃ……」


「そういう意味じゃねぇよ」



 ピントがずれた返事に、嵐馬は気勢をそがれたようで。おにぎりを食べるのに集中し出した。めんどくさい性格の彼が文句を口にしない以上、鞠華の作ったおにぎりはお眼鏡にかなったらしい。



「あー、ちょっと待て。なぁダテちゃん、何かこの神社に伝説無かったっけか?」


「一応あるねぇ、ツキダテカグヤ伝説」


「それって、どういう話なんです?」



 鞠華は身を乗り出してゲンさんと宮司さんと距離を詰める。なおこの瞬間二人は彼の可愛らしさにちょっと頬を染めてしまっているのだが。それに気づいたのは横でモグモグおにぎりを食べている嵐馬だけであった。



「いやぁ竹取物語ってあるじゃない? 竹から生まれたかぐや姫が美人に育って、最終的に月に帰る有名な昔話」


「なんか足りなくねぇか、ダテちゃん。言い寄って来た男相手にむちゃぶりしたり、月からお迎えが来たりそれと激しく戦ったりしてるじゃねーか?」


「まぁ今のご時世、月と戦うって下りはちょっとねぇ……」



 言われてみれば、この世界の地球は月と戦争をしているのだ。月の軍勢が襲い掛かって来るなんて話は文字通り洒落になっていないのは鞠華でも理解出来る。



「まぁ、その辺はおいておいて。この神社に伝わってる話はちょっと違う」


「具体的には?」


「かぐや姫は月に帰らない。いや、帰れなかったんだ。時の帝が彼女の為にお触れを出してありとあらゆる手を尽くしたらしいが。結局彼女は月に戻る事は出来なかったってオチになってるんだよ」



 確かにユニークな話で鞠華が知る限りそんなパターンの話を聞いたことはない。



「それで、最終的にそのかぐや姫はどうなったんですか?」


「100年同じ姿のままこの山に住み続け、ある日を境に煙みたいに消えてしまったらしい。その後は時々姿を表すとか現さないとか。今でも10年に1回位はカグヤ姫を見たって奴も出て来るけど。巫女服姿ってのは初めてかなぁ」



 一見ファンタジーな話だが、それでも10年前の並行世界にタイムスリップしてしまった鞠華にとっては興味深い話である。あの巫女服の少女が月に帰らなかったかぐや姫で、今回の黒幕だと言われれば納得してしまうかもしれない。



「そりゃコイツの趣味が滲み出てるんだろ」


「もう! だから別にボクは巫女服が好きとかそういう事は……」



 再び話題を混ぜっ返す嵐馬に鞠華はジト目を向ける。この男、本質的に悪人ではないのだが割と他人に対する気遣いが薄く、唯我独尊な部分が強い。ほんのちょっとでも他人を気遣うようになれば好青年になるのだが。そこの処がどうにも勿体ない。



「ああ、けどもしかしたら倉庫を探せば巫女服があるかもしれませんが」


「本当ですか!?」


「いや、本気で着るつもりかクソア…… 鞠華」



 人になんと言われようとも、女装の話になるとウキウキしてしまうのはどうしようもない性で。ちょっと巫女服を探してくると倉庫に向かう宮司のダテさんにキラキラとした視線で見送ってしまう。


 結局のところダテさんが持ってきてくれた巫女服はサイズが合わず、ちょっと袖を通すだけで終わってしまったのだが―― それはそれで鞠華にとって楽しい思い出になったのであった。

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