Chapter 03:急な休暇、あるいはトラブルの始まり
「という訳で、高橋准尉。君には特別休暇が与えられる。良かったね?」
「稲葉中尉、前々から休暇欲しいって呟いてましたが。本当に急に与えられると裏が気になるというか、実際のところどういうことなのか説明して頂けますかね?」
横須賀の海軍基地に併設されたプレハブの中で、二人の尉官がキーボードを叩いている。二人とも既定よりも髪が長く、あまり士官らしさは感じられないが。それでも四月から続く月面帝国上皇派のテロ事件の鎮圧において大きな戦果を挙げている。
もっとも稲葉は四月に少尉になったばかりで、高橋はつい最近兵卒から強引に順位に格上げされたばかりという事もあり、雰囲気が追い付いていないのは仕方無いのかもしれない。
「まぁ、ちょっと気になる事があるというかさ。高橋准尉の実家って継立だよね?」
「確かに江戸川区継立の海沿いに広がる下町っぽい感じの場所ですけど、それがどうかしたんですか?」
「まぁね、月面帝国上皇派の残党がその辺で動いているらしくて」
しばらくカチャカチャとキーボードの音だけが、エアコンが入っているプレハブの中に響く。高橋は一度温くなったお茶を口に含む、粉が綺麗に混ざっていなかった事もあって喉に絡みつくがそれを無理やり飲み干した。
「マジですか?」
「マジマジ、大真面目。という訳で休暇とは名ばかりの調査よろしくー」
「待ってください!? それってうちがやる仕事ですかね!? いや実際地元で月の連中が蠢いてるって言われたら気になりますけどねぇ!?」
「大丈夫、一応特務中隊は諜報部隊としての権限も持ってるから。あんまり人員は動かせないけど現地でそれなりにやれるようにしてあげるから頑張ってね?」
はぁと高橋はため息をつく。基本的に稲葉はこちらの無茶振りを通してくれる同い年な良い上司だったのだが。場を乱れるのを楽しむ傾向がちらほらと見えてはいた。
「つーか、俺一人で調査とか厳しくないですかね?」
「ちゃんと本物の諜報部隊も動いてるからね。本当にヤバくなった時に、最悪特務中隊の主戦力を持って敵部隊を撃滅してくれれば良いよ」
「街中でIA同士を戦わせろって言うんですか?」
ただしこの場合の問題は、IAという兵器は人型で汎用性は高いが。本来人がいる市街地で戦闘を行う事を前提とした兵器ではないという事なのだ。
「だから土地勘がある君にその辺を上手くやって欲しいなって」
「それ、断ったらどうなります?」
「他の人に回すけど、君より上手くやってくれるかどうかは分からないね。僕の見立てだとほぼ確実に君がやるよりも被害は大きくなるんじゃないかな?」
そう言われてしまえば引き受けないという選択肢は取れなくなる。言い方は愉悦的だが、稲葉も脅迫しているのではなく、高橋を気遣っているのが分かるのだから。
「つーか、ほんと何で残党部隊がそんな所でうろちょろしてるんですかねぇ? あの辺りは神社と山がちょっとある位で、特にめぼしいものなんて筈なんですが」
「神社に可愛い巫女さんがいるとか?」
「年末年始にバイトで雇う位で、ちゃんとした巫女さんは居ないんですけどね」
そいつは残念と軽く返して、稲葉はさっと印刷した紙を手渡してくる。高橋が内容を確認すると休暇届という名の作戦概要が示されて、ご丁寧に稲葉と印鑑が押されていた。
「ひゅう、場合によっちゃ市街地にバンガードを事後報告で投入出来るとか。大盤振る舞い過ぎじゃありませんかね? その上で――」
「そう、西村上級曹長もキミの独断で動かしていい。まぁエクスバンガードは流石に投入できないけど」
「あアレは街中で動かしちゃダメなものでしょ。そもそも修理中ですし」
高橋は自分の親友と、彼が駆る最強を誇るIAの姿を思い浮かべる。モスグリーンの装甲に、ヒロイックなデュアルアイ。その見た目通りの、あるいはそれ以上の戦闘力を持ったマシーンが街中で戦うのはぞっとしない。
20t近い物体が、場合によっては超音速で動きまわるのだ。もし仮に全力戦闘を行った場合、高橋の地元が更地になってもおかしくないレベルなのだから。
「まぁ通常型のバンガードを使えば西村上等軍曹ならどうとでもなるだろう?」
「全く、あいつは何でも出来る切り札じゃないんですよ?」
「そうかもしれないけれど、戦果を見るとどうしてもねぇ」
言われてみれば確かに彼の友人は、月面帝国の特記戦力であるルナティック7中、3機を正面から撃破したというのだからその言葉を否定する事は難しい。全機を一人で撃墜した訳ではないのだが、それを言い出すと面倒になるのでぐっと飲み込んだ。
「って、よく見れば休暇の発令が今からになってるじゃないですか?」
「そうそう、人を使って良いから。IA輸送車を持っていってね?」
「もうこれ休暇って言ってますけど、完全に軍事作戦ですよね?」
げんなりとした声を出す高橋に、稲葉はパチンとウィンクを返す。妙に様になっているのが少しムカついた。
「しばらく休暇申請してないでしょ? 偶には実家の方に顔を出した方がいいよ。待機中における行動は自由にやっていいって事」
色々と面倒な処はあるが、こうやって気を回してくるから高橋は彼を嫌えない。性格的には結構合わないところもあるが、それでもこうやって上司と部下の良い関係を続けられるのは、それが理由だろう。
「まぁ、そうですね。折角だし実家に顔を出す事にしますよ」
「うんうん、親孝行したいときに親は無し。なんてのは笑い話にならないからね」
あえて高橋は稲葉の言葉を聞き流した。言わずには要られない、けれど深く話したくもない。そんな気配をその言い方に感じたのだ。それが正しいのか間違っているのかは分からない。
けれど稲葉は、休暇で継立へ戻る高橋を、どことなく嬉しそうな笑顔で見送るのであった。
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