ゼスマリカvsバンガード ~あるいは背中合わせの共闘~

ハムカツ

Chapter 01:強引な導入、あるいは自然な崩壊



『ちっ! こいつ…… ザリザリザリザリうるせぇんだよ!』



 青い巨人がが廃墟と化した街で、未確認の敵に向けて日本刀を振るう。だが白い羽衣と呼ぶべきその『ドレス』は断ち切られるどころか傷一つすらない。ただ空間にノイズをばら撒きながらそこに存在し続ける。



『嵐馬君、まだ相手の特性は分かって無いんだからもっと慎重に――』



 星奈林百音せなばやしもねは血気盛んに突撃していく古川嵐馬ふるかわらんまを諫めようとするが、彼女の、いや彼と呼ぶべきか。百音の忠告に耳を貸さず、嵐馬は全長20mの巨人アーマード・ドレス、スケバン・ゼスランマを前へ前へと押し進めていく。



『あぁ、もうめちゃくちゃだネ』


『支社長はなんでそんなに気楽そうなんですか、もうっ!』



 通信機の向こう側で、オズ・ワールドリテイリング日本支社長──ウィルフリッド=江ノ島と、レベッカ=カスタードが漫才じみた掛け合いを繰り広げている。一応彼らは自称正義の秘密結社のメンバーなのだが、かなり緩い雰囲気であった。



『もう、本当に嵐馬君は無茶するんだから…… 良く分からない相手なんだし、ちゃんとマリカっちが来て3人揃ってから攻めた方が、良いと思うんだけど』


『モネさん、遅れました!』



 そしてこの場に、嵐馬の駆る青色のスケバン・ゼスランマ。百音の駆る黄色のカーニバル・ゼスモーネに続く第三の巨人アーマード・ドレスが舞い降りる。パステルカラーのピンクで彩られた天上天下唯我独尊のお転婆姫てんばひめプリンセス・ゼスマリカ。


 そしてその操縦者アクターはウィーチューバー『MARiKA』こと逆佐鞠華さかさまりか。"この世界における"2030年現在において押しも押されぬ大人気動画配信者であり、美少女と見紛う美少年である。



「状況はどうなってます?」


『見ての通り、嵐馬君が一人で頑張ってくれてるんだけど……』


『星奈林! クソアマ! くっちゃべってる暇があったら手伝いやがれ!』



 敵を目の前に呑気な会話を繰り広げる二人に、最前線で日本刀を振り続ける嵐馬が業を煮やしてどやしつける。まぎれもなく彼は男なのだが、操縦席でセーラー服を着込んで、艶やかな髪をポニーテールで纏めた姿はある種の色気を醸し出していた。


 彼が天才と称された女形おやまであるからこそ、着こなせているのだろうか?



『確かに正体は分からないけど、ヴォイドの量は少ないみたいだし…… まぁ、嵐馬君の言うとおりに攻めるのもありっちゃアリかも?』


『コイツ物理攻撃は受け付けねぇ気配がする! クソアマ! 星奈林! ぶちかませ!』


『モネさん、ちょっと時間を稼いでください。着替えます!』


『はいはい、荒ぶるは炎の調べフレイム・テンポ──!』



 操縦席の中で際どいサンバ衣装を、背負い羽根で飾った百音は妖艶に微笑む。緩くウェーブがかった髪と豊満な胸が見事なお姉さんではあるが女性ではない。彼の事を現すのならニューハーフという言葉が一番近いだろうか?


 この場にいる三人のXESゼス-ACTORアクター達は、タイプは違えど全員が男であり、そして女性の要素も持ち合わせているのだ。


 そして百音の駆るサンバな装いのカーニバル・ゼスモーネが、両腕に握ったタンバリンを投げた瞬間。それは燃え上がり巨大な火輪となり襲い掛かって、ひらひらと宙を舞うノイズ混じりのドレスが炎に包まれる!



『よし、切るよりは効いてるな。クソアマチュア野郎、出番をくれてやる』


『もうっ! ほんとそれ略してクソアマ野郎って言うの、やめて下さいってボク言ってますよね? 何度も!』



 嵐馬に悪態を返しつつ、鞠華はゼスマリカの纏うドレスを排除していく。ハイヒールのブーツ、ロングスカート、そしてティアラが分離し機体内部倉庫クローゼットに格納される。


 それと連動し、鞠華自身も下着姿へと変化する。もしもこの光景を見ているものがいるのならばそのきめ細やか肌と、凛々しく、かつ繊細な美しさに見惚れてしまう。そう言い切れるだけの魅力が彼には溢れていた。


 そしてネイキッド状態と化した機体に、羽根の付いた帽子、フリルのあしらわれた衣装が展開し、ゼスマリカに装着され、右手にステッキが展開する。そうこれはついこの間手に入れたばかりの真新しいドレス――



換装完了コンプリート、マジカル・ウィッチ!』



 操縦席の中で、愛機であるゼスマリカと同様に魔法少女の装束に包まれた鞠華は、百音の攻撃でのたうつドレスに対してステッキを向けた。



『魔法陣展開、冷たき氷の槍よ、彼方の標的を刺し貫けアイスランス・マギア・シュート!』



 魔法陣から無数の氷槍が飛びだし、鉄すらも貫く威力を持ってノイズが走るドレスに直撃し。その瞬間、何かが弾けた――



(あ、これ。不味いんじゃ?)



 異様な手応えに嫌な予感を鞠華は覚える。しかしそれを周囲の二人や指令室のメンバーに伝える前に世界が裏返った。爆発四散するドレスを中心にして、ノイズが広がり3機のアーマード・ドレスを飲み込んでどこかに引きずり込む。



『クソアマ野郎! 何しやがった!?』


『何したって、そっちだって不用意に切りかかってたじゃない!?』


『嵐馬君、多分これどうにもならなかったパターンじゃない?』



 嵐馬が吼え、鞠華が言い返し、百音が取りなそうとするが。そんな彼らの様子とは関係なく彼らを闇が包んで――



「――」


『え―― 巫女さん?』



 ノイズに覆われていく視界の中で、鞠華の瞳が少女の姿を捉えた。何かを訴える瞳で、けれど何も喋らずに。ショートカットで、巫女服を纏った少女がゼスマリカを見落している。



(何となくだけど、この子がボクらを――)



 鞠華の思考が纏まる前に、一度ノイズが視界を埋め尽くして操縦席に広がる、全周囲モニターが黒に染まる。そしてそのまま、彼らの意識はゆっくりとその闇の中へ溶けていくのであった。





 ゆっくりと夢から覚めるように、逆佐鞠華の意識が浮き上がっていく。まず最初に彼の意識に届いたのは潮の匂いであった。



「あれ、ここは――?」



 みゃあみゃあとウミネコの声が聞こえる。コンクリートの堤防とその内側にはそこそこ下町が広がっていて。くるりと周囲を見渡すと自分と同じく夢から覚めた嵐馬と百音の姿も見てとれた。


 二人とも頭を抑えてフラフラしているが、それ以外特に問題は無さそうだ。


 なおアーマード・ドレスを操縦していた時とは違い、嵐馬はシンプルな白シャツと細身のジーパン。百音はワンピースの上からグリーンのコットンカーディガンを羽織っている。


 改めて鞠華も自分の服装を確かめると、短めのプリーツスカートにピンクの長袖パーカーな、気合を入れた女装姿であったので少しだけ恥ずかしい。都会ならば兎も角こんな場所ではかなり目立ってしまうだろう。



「くそ、一体全体何が起こったんだよ……」


「さぁ、分からないけど。ここどこかしら?」


「えっと、ちょっと調べてみます―― あれ?」



 ポケットからスマートフォンを取り出し、操作をするが反応がおかしい。久々に見る圏外の表示にネット世代の鞠華は動揺してしまう。



「どうしたクソアマ野郎、そういうのお前得意じゃなかったのか?」


「いや、ほら見てよ。圏外なんだからどうしようも無いじゃない」


「あら、じゃあアタシのスマホも?」



 嵐馬と百音の二人もスマートフォンを取り出し、ポチポチと操作し始めた。確かに鞠華の言う通り、オズ・ワールドリテイリング日本支社と連絡を行うどころか目の前の相手にすら通話が繋がらない。


 こうなってしまえばスマートフォンの機能は半分以上死んだも同じである。



「どうするんだこれ、GPSも繋がらないのか?」


「駄目じゃないかなぁ、そもそも電波が繋がらないんだし」


「けどちぉょっとおかしくないかしら? 2020年の大災害である東京ディザスター以後、人が住んでいる場所でスマホが繋がらないなんて話は、聞かないんだけど……」



 彼らから見て10年前に東京を襲った大災害以後、ネットワークの普及は急務とされ人が住まない廃墟ならば兎も角。少なくともある程度人口密集地でスマホが機能しないのは違和感があった。



「ううん、そもそもここがどこなんでしょう?」


「んなの、ネットで調べられなくても。その辺にいる奴に聞けばいいだろうが」


「そうね、ちょっと聞いてみるわぁ。そこのおにーさーん」



 百音が海岸で網の修理をしている漁師に声をかけた、いきなり声をかけられて驚いた顔を見せるが。詳細を知らなければ百音は柔らかい雰囲気のお姉さんに見え、鞠華も可愛らしい少女そのものだ。


 嵐馬は流石に男にしか見えないが、こうもイケメンであれば羨む気すら起きない。



「なんだい? お嬢ちゃん達、ここいらじゃ見ない顔だけどどうした?」


「すいません、ちょっと迷子になっちゃって……」



 ひょこりと百音の後ろに隠れながら鞠華は漁師に声をかける。場合によっては10万人以上の視聴者の前で生放送を行う度胸はあるが、こうやって外で知らない人に声をかけるのはちょっぴり鞠華は苦手である。



「ああ、明日から継立祭りがあるからなぁ。結構観光客も来るって話だし、お嬢ちゃんたちもそんな感じかい?」


(ツキダテ……? 聞いたことが無いお祭りだけど)



 百音や嵐馬に目を向けるが、彼らも聞いたことが無いようだ。見覚えのない場所、知らない祭り。あのノイズを放っていたドレスによって遠くに飛ばされてしまったのかと鞠華の胸に不安が過る。



「ええ、まぁそんな感じ…… だなぁ」


「それでぇ、ちょぉっと駅の方に行きたいんですけど。どう行けば良いですか?」


「ああ、それならそこの角を曲がって――」



 漁師のおじさんから話を聞く百音の横で、ふと鞠華は違和感を覚えて海の方を見つめる。それは見覚えがある東京湾、けれど何かが違う上京したばかりの彼でも分かる違和感が海の上に広がっていた。



「ねぇ、あれって――」


「ああ、慣性変換式発電機関 イナーシャルジェネレーター とかなんだか言うアレだろ? この前テロで折れちまったからなぁ……」



 鞠華はその言葉と目の前に広がる光景の意味を理解し、唖然としてしまう。少なくとも彼が知る限り、東京湾にはメガフロートもないし、そこに突き立つ500mを超える尖塔なんてものも存在していない。



「ありがとうございます、おにーさん。最後にちょっと今日って何年の何月何日だったか教えて下さっても?」


「ん? あぁ、変な事を聞くなぁねぇちゃん…… えっと07月20日だな、年度はえっと2019じゃねぇ、2020年だぜ? おっちゃんも歳だからちょっとあやふやだけどなぁ」



 ガハハハと笑うおじさんの言葉に、鞠華は驚きを隠せない。もしもこの漁師が嘘を言っていないのなら。鞠華達は10年前に戻った事になる。丁度大災害である東京ディザスターが起こる年に。


 けれどそれだけではないのは、繋がらないスマートフォンと、海に浮かぶメガフロートが示している。


 百音がお礼を告げて歩き出しても、そのショックから鞠華は解放されず。嵐馬に軽く頭を叩かれてようやく。漁師のおじさんに頭を下げて、いそいそと百音についていくのであった。

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