Chapter 07:巫女との再会、あるいは終わりの始まり
「あれ?」
高橋商店は継立山から伸びた通りに軒先を並べおり、つまりその前に立つと継立神社へと続く石段が目に入る。時刻は午後20時を回っていて、神主一家は麓に住んでおりその山は無人のはずであった。
「どうしたの、神社に何か?」
「継立神社の石段、中腹位に巫女さんが見えません?」
「ああ、ショートで赤い袴を履いている?」
鞠華は胸をなで下ろす。どうやらあの巫女服の少女は自分だけに見える幻ではなかったらしい。そして巫女の少女と浴衣の少年の目が合った、石段の上から見下ろす視線には感情は籠っていない。けれど何か意思が込められているのが分かる。
「知り合い? もしそうなら、先に荷物を持って戻るけど?」
「いや、そうじゃないんですけど。ただ気になる子ではあるんですよね」
ちょっと話してみたいから、荷物お願いしてもいいですか? と鞠華はタクミに買い物袋を手渡そうとする。けれど差し出した買物袋をタクミは受け取らなかった。
「逆佐君って軍事教練の成績は?」
「え、いやそんな授業受けた事はないです」
先程までのぼんやりとした眼鏡の青年は、いつの間にか鞠華が知らない仮面を被っていた。口調は大きく変わらない、けれど何かが違う。強いていうなら周囲を気遣うのを止めているのだ。
曲がりなりにも他人を思いやっていた筈の青年の思考回路が、ただ目的を達成する為の合理だけを追い求め始める。
「家に入って、早く!」
鞠華が状況を理解するより先に、タクミが服の下から『何か』を取り出し構えた。乾いた銃声と共に、遠くで何かが倒れる音が響き。そこでようやく彼は、目の前に立つタクミの手に拳銃が握られて、そこから硝煙が立ち上ってる事を理解する。
「高橋を呼んできて!」
「は、はいっ!」
タクミはが半ば鞠華を押し込む形で玄関に入った丁度その時、断続的な銃声がさっきまでいた場所に叩き込まれた。ここで素直に家に逃げ込めたのは、曲がりなりにもアーマード・ドレスで実戦を経験していたからだろう。
「どうしたんだ、何か外で変な音が……」
「パァン、パァンってまるで銃声じゃないか」
なんだなんだと酒を飲んで酔っ払った男達がドタドタと玄関に向かってくる。その中に一人だけ素面の男が一人、高橋だ。鞠華と洗面所で出会った時とはまるで違う、ラフな服装であっても兵士の顔をしていた。
「高橋さん! 巧さんが、外で撃たれて!」
「分かった。全員、引っ込め! 面白半分で顔を出すなよ!」
それだけでどうやら理解してくれたらしい。高橋は拳銃を取り出し、鞠華のすぐそばを通り抜け玄関に向かって駆けていく。他の男達は騒めきながらも高橋の指示に従うようであった。
「いったい何があったんだ。クソアマ野郎」
「もう慣れたからいいんですけど、もう少しマシな呼び方をしてくれませんか?」
酒を飲み過ぎたのか、頭を抱えた嵐馬が渋い顔のまま問いかけてくる。けれども鞠華を見下す態度を隠そうともしていない。口が悪いのは理解しているが、その上でも自分を求めない態度は改めて欲しいものだ。
「テメェがそのままな限り変えねぇよ。で、結局外で何があったんだ?」
「えっと、銃撃戦ですかね?」
余りにも大ざっぱな回答に、嵐馬は歪んだ顔に呆れの色を浮かべる。これで飲み過ぎの体調不良でなければ少しは迫力もあったのだが。酒を飲み過ぎたのか体調が悪そうな顔をしているから心配の方が先に立つ。
「誰と誰が、何でやってんだって聞いてんだろ?」
「そんなこと分かりませんよ、いきなりだったんですし」
そもそも鞠華自身も最初に巻き込まれただけで、状況をちゃんと理解出来ている訳ではない。この世界の地球が月と戦争をしていることから、何となくこの世界ならば相手は
「ちっ、仕方ねぇ。ゼスパクトの用意をしておけ」
「つまり、それって……」
「このまま無事に済めばいいが、ここからどうなるか分からねぇ。ちゃんと呼べるかもはっきりとはしてないが、いざって時の為に覚悟位は決めておけって事だ」
つまりそれは、場合によっては
もしも最初の銃撃で、タクミが傷ついていたなら躊躇わずにその選択肢を選べただろう。けれど未だに右も左も分からない世界で、無防備に暴力を振るえる程、鞠華の心は擦り切れてはいないのだから。
◇
「西村、敵は!?」
「数は6人、1人無力化、装備はたぶんAKかな?」
「9mm拳銃2丁で相手にするにはキツ過ぎるぜ!」
家の横へ伸びる路地から牽制射撃を続けるタクミから状況を確認しつつ。高橋は手鏡を取り出し、玄関から神社の方にざっと視線を向ける。確かに数名こちらに向けてアサルトライフルを構える影が見えた。
「って、石段の場所に民間人がいるな」
「出来れば助けたいけど、突っ込んだら不味いよ。映画じゃないんだからさ」
「援軍は期待出来るの?」
「特殊部隊が開してるらしいが。どうだろうな? そもそも奴らの目的はなんだ?」
「たぶん、あの巫女さんじゃない?」
通りで行われている銃撃戦を巫女の少女は見下ろし続けている。並の人間であれば一目散に逃げだしているだろう。けれど彼女はこの場から逃げる事なく立ち続け、状況を見下ろし続けているだけだ。
そして月面帝国の残党らしきメンバーは、彼女を確保する為にジリジリと包囲網を狭めていっている。
「何せこっちが近づこうとしただけで、アサルトライフルを撃ち込んで来たからね」
「ああくそ、日本でそれだけの事をやらかす価値があるって事だよなあの巫女に!」
いくら戦時あっても、ここは日本だ。アサルトライフルを秘匿するだけならまだしも、実際に振り回せば組織は確実に潰される。それだけのリスクを背負ってでも、あの巫女は確保すべき存在なのだ。
ルナティック7、月面帝国の誇る人類に再現不能な発掘超遺物。それに匹敵する戦略価値があると想定するのが妥当だろう。
「ああくそ、何が休暇だ稲葉の野郎! 絶対後で文句を言ってやる!」
頭の中で高橋は戦力計算を行う。敵の動きを見る限り練度ではこちらの方が勝っている。それこそ1対1ならば制圧出来なくもない。けれど数と火力の差が絶望的で、それこそIAの戦闘ならばまだしも生身で覆すのは不可能だ。
せめて賭けを挑むにしろ、マシな方法はないかと。高橋は頭を捻ろうとして―― そこでようやく気が付いた、自分のすぐ横に誰かが立っている事を。
「そこそこやるようだが坊主。それじゃいけねぇ、ちょっとそいつを貸してみろ」
ドスの効いた男の声。そしてそのイメージとは全く違う柔らかな指先が、高橋の手からスルリと9mm拳銃を取り上げた。
驚いて視線を横に向ければ傍に立っている人影は、緩いウェーブがかった長髪を靡かせた女の姿をしていた。柔らかな物腰のワンピースの上からグリーンのコットンカーディガンを羽織ったシルエット。
「9mm拳銃か、ちょいと口径が足りないが。どうにでもなるか」
「おい、あんた。何を――」
高橋が止めるよりも早く、男の声をした女は玄関から外に出て引き金を引く。銃声響き、飛び出した人影に向けてアサルトライフルを構えようとしたテロリストがバタリと倒れる。
50m近く離れた距離、更に夜の暗闇でありながら
「まずは一人」
だが敵は小さな動揺すら見せずに、7.62mmの銃口が4つ、百音に向けられた。600発/分で弾丸をばら撒かれれば、耐えられる人間は存在しない。
けれど彼は嗤う。この程度の鉄火場ならば過去に何度も潜り抜けているのだから。
災厄によって一度崩壊した東京で、彼はそれこそ少年であった時から銃を撃ち続け、ギャングとして生き抜いて来ている。
「あまり気は進まないが、どこの馬の骨とも知れない輩を雇って貰った恩がある」
その言葉よりも先に、四つの銃声が重なった。
アサルトライフルの制圧射撃は空間に対して行われる。連携し互いに担当エリアを決めて文字通り弾幕を作り上げるのだ。つまりタイミングを合わせる為に一瞬だけ隙が生まれる。
時間にして0.5秒にも満たないその間隙を、百音が放った弾丸が貫いたのだ。利き手の動脈を撃ち抜かれ、戦闘力を失ったテロリスト達がバタバタと倒れていく。
「まぁ、こんなものか」
「西村! 様子の確認を。抵抗するなら射殺も許可。女の子の保護も忘れるな」
「了解、そしてありがとうございますね」
高橋の指示に従いつつも、百音にぺこりとお辞儀をしてタクミは神社の方に走っていく。出来ればツーマンセルで行動すべきだが。この場を放置する訳にもいかない。高橋は百音の手から9mm拳銃を取り返す。
戦闘中に近場の高校へと放ったバンガードの輸送命令をどう処理するか悩みつつ、まずは目の前の事態に対処する事にした。
「手から取り落としたのは俺のミスですが。銃を気楽に拾わないで欲しいですね。 法も一応あるんだしこっちとしては口が裂けても礼なんて言えないんですから」
「あらあら、軍人さんも大変ねぇ」
それこそ百音が居なければ、この場をこうも鮮やかに乗り切れなかっただろう。けれどそれはそれとして、高橋は軍人として彼の行為を認め礼は言えない。精々こうやって建前を通じて感謝の意を臭わせる事が限界であった。
もっとも先ほど発した男の声と、今しがたの涼やかな女性の声のギャップに驚きはしたが。それを表に出せば失礼に当たると取り繕う程度の常識は持っている。
「星奈林、無事か?」
「百音さん、いつの間に外に出てたんです?」
そこにひょこひょこと嵐馬と鞠華が顔を覗かせる。銃声も途切れ、こちらも雑談をしているとはいえやや不用心だが。彼らだけでなく周囲の家からも辺りを伺う人々が顔を出している事を考えれば仕方がない事なのかもしれない。
「あー、まだ安全が確保された訳じゃないんだ。家の中に引っ込んで――」
「高橋、ごめん。なんか保護した人が凄いことを言ってるんだけど」
この状況をどう収めるか、悩み始めた高橋の処に更なる爆弾を抱えたタクミがやって来る。ショートカットで巨乳の巫女服な少女、もし彼の恋人であるナナカがいればトラブルは余計に大きくなったと、半ば現実逃避の妄想が高橋の中で広がった。
「彼ら3人と話をさせて下さい。彼らには情報を伝える必要があります」
「どういう事だ? そもそも貴女は何者なのか、そこから説明を――」
高橋は目の前にいる少女が一般人ではない認識で話を進める。そもそも彼女が真っ当な人間であるならば、月面帝国上皇派の残党がわざわざ危険を冒して狙う事は無い筈なのだから。
「私もルナティック7の一人、と言えば事の重大さが理解して頂けますか?」
「ルナティック7? 上皇派の残党に襲われたなら、皇帝派か?」
「いえ、どちらにも所属していません。そういうものだと思って頂ければ」
予想以上の事態に高橋は頭を抱えた。ルナティック7、人類が今だ解析できない月面遺跡から出土した遺物。それを例外的に起動させる7つしか存在しない量子コードを指す言葉。
重力制御、電磁結界、空間跳躍、熱量変換。公になっている4人が持つ力はどれもこれも使い方次第で戦略級の影響を及ぼす力を持っている。
彼女はそれに匹敵する超遺物を手にしていて、そしてどこにも所属していない。これからの処理を考えれば頭が痛くなるという次元ではなかった。
「御三方には、貴方達を並行世界の未来から呼んだ張本人と言えは通じるかと」
「テメェが俺達をこんな場所に呼び寄せやがったのか!」
「嵐馬くん、落ち着いて。最後まで話しを聞きましょう」
並行世界、未来とスケールの大きい話が続くが。高橋はそれらの話を否定しない。そもそも月面遺跡その物が他星系から飛来した超文明の遺産なのだからそれくらい拍子もない展開になっても違和感はない。最低でも考慮に値する。
「分かった、アンタがこの事態の中心にいる事は理解した。それで詳しい話を――」
「いいえ、そんな時間はないわ」
地面が震えた、震度にしては1から2程度だろうか。周囲の家からザワザワとした声が響く。そしてザリザリと空間にノイズが走り、継立神社から続く大通りに20m近い巨人が組み上げられていく。
「私がここまで実体化した時点で。そうね、鞠華さん達の世界の流儀に倣えば、インナーフレーム・ゼスネームレスの実体化も止められない。そして――」
ザリザリとノイズだらけのドレスが現れ、徐々に形を取っていく。歪に巨大なシリンダーが組み込まれた左腕。対照的に鋭く細い指先の左腕。腰を覆うスカートじみたエアロカウル。
最後に頭部にするりと
「ドレスの名前は―― そうねこの街から借りてツキダテカグヤとしましょうか」
無表情のまま、名乗る事なく。巫女服の少女は言い放つ。
「私の目的はただ一つ、あのツキダテカグヤ・ゼスネームレスを撃破。その為にわざわざ3人のゼスアクターと、月面戦争の英雄を呼び寄せたのだから」
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