Chapter 09:名前のない巫女、あるいは月を求める輝夜姫
高橋は学生二人に避難誘導を任せ、鞠華達と共に輸送車のキャビンに乗り込み。真っ先にに戦術データリンク端末をソケットに叩き込み、タクミのバンガードとシステムを接続する。
ワイヤーフレームの街に赤点で描かれた座標表示を見る限り、タクミはゼスネームレスを見事に浜辺に向かって誘導出来ていた。ただし移動速度から推測すると誘導が終わった後も時間稼ぎを任せる必要があるのだが。
残念ながらキャビンに乗り込めるのは3人で、嵐馬と鞠華は荷台に乗り込む事になったのだが。最低限安全帯は装着させているので大きな問題は無いはずだ。
「さて、悪いが時間がない。手っ取り早く情報交換を――」
「なぁ、結局テメェは何者だ?」
最低限情報交換を行おうとした高橋を遮って、嵐馬が荷台から巫女に向かって厳しい口調で問い詰める。高橋はバックミラー越しにキャビン後方の窓から、中をのぞき込んで来る長髪の男に目を向けた。
考えなしに突っかかって来ているのなら止めるつもりだったが、その目を見る限り何か理由があるのだろう。横に座っているリーダー格と思われる百音も黙って彼を止めないので、様子を見守る事にする。
「どういう意味です?」
「俺達をこの世界に呼びだしたのがお前だってのは分かった。その上でお前が何で、どうしてアレを倒したいのかを教えろ。理由も知らずに命を賭けて戦いたくはねぇ」
確かにそれは一つの道理で、高橋やタクミは軍人としてこの街を守る為に戦っているのだ。だからこそ彼女の怪しさを取りあえず脇において戦う選択肢を選べる。
けれど鞠華は、百音は、そして嵐馬は。恐らくは巻き込まれ出しかない。力を持っているから、ただそれだけの理由で強制的にこの世界に呼びだされ。そして訳の分からないまま戦えと強制されている。
せめて筋が通った説明をしろというのは、ごく当たり前の要求であった。
「そうですね、語弊を恐れず端的に説明するのなら、1000年前に世界を守るためツキダテカグヤを封印した少女。彼女の理性の残滓…… と表現すべきでしょう」
巫女服の少女は語り始める。ぽつぽつと、けれど海岸方面から響くバンガードの40㎜機関砲の発砲音と、輸送車のエンジンの音に負ける事なく彼女の声は4人の耳に届く。
「かつてこの地に『
聞き慣れない用語が多いが大意は掴める。月面遺跡の奥には人類の思考を超越した知性体が眠っているのは周知の事実、それが鞠華達の世界から来た『ドレス』とやらにちょっかいをかけたのだ。
「その上で調査を行う為に波長が合う人間に英知を授けたのよ。今の時世に合わせるのなら月面皇帝という表現が適当かしら?」
今度は横に座る百音と、バックミラーに映る鞠華と嵐馬が怪訝な顔をする。月面皇帝なんて存在をいきなり知らされても困るだけだろう。それでも百音の顔を見る限りどうにか話についてこれているようだ。
「 最も月の遺跡との接続に耐えられる人間はそう多くはなくて、大半は気が狂うのだけれども…… 運よく私は狂う事なくその英知を理解する事が出来たわ」
彼女の言動が正しいのなら
「そして月の英知を得た私は、遺跡から与えられた物資を利用し。足りないものは時の権力者に取り入って『ドレス』とヴォイドを研究し、それを"着る"為の素体としてゼスネームレスを作り上げたの。けれど最終的には――」
巫女の視線が海を目指すゼスネームレスに向けられる。肥大化した右腕を振り回し、タクミのバンガードにめがけて
「あのざまよ、コントロールできなくなったゼスネームレスは暴走し。最終的に月面遺跡から与えられた超技術『量子制御』を利用して封印するしかなかった」
「つまり、テメェは1000年前から生きているかぐや姫って事になるのか?」
高橋は思い出す、継立神社に伝わる月を目指して帰れなかったかぐや姫の伝説を。彼女がゼスネームレスを作り上げる過程を、当時の人々が理解しようとした。その結果が今なおこの街に残る継立輝夜伝説になったとすれば筋が通る。
「いいえ、もう死人よ。少なくとも月面遺跡の定義する生命ではないわ」
彼女が左手を勢いよく振るえば、そこにノイズが走った。スクウェアのテクスチャが強引に彼女の輪郭を空中に描画しなおしていく。
「幽霊…… というよりむしろ
「えぇっと、残滓そして『量子制御』…… つまり肉体が無くて、魂だけを量子化して何らかの形でここに投影している、幽霊みたいな存在って事ですか?」
今まで黙っていた鞠華の補足で高橋も巫女の正体を理解出来する。彼女は肉体を失った魂だけの存在で、ゼスネームレスの番人であると。それを強引に月面帝国上皇派が支配下に置こうとしたのだ。
「そうして肉体と理性を切り分けて、ずっと今日まで見守って来たのだけれども――この戦争で追い詰められた月面帝国上皇派は、私の力を利用しようとしたわ。彼らの干渉でツキダテカグヤを纏ったゼスネームレスの起動は確定的になったの」
「だからそれを止める為に俺達を呼んだと」
キャビンの外からの問いかけは、高橋達の耳にもしっかりと響く。声量もさることながら舞台慣れした喋りが、周囲の騒音を貫いて届くのだ。そしてそこに込められた思いもストレートで分かりやすい不満であった。
「ええ、けれど安心して。貴方達3人のゼスアクターは量子的な可能性の揺らぎを収束させ無理やりこの世界に召喚しているだけだから。仮に機体が撃破されたとしても元の世界と時間軸に戻るだけ。死にはしないわ」
「気に食わないな」
第三者である高橋から見ても。嵐馬達に対する彼女の振る舞いは、確かに自分勝手が過ぎていた。異世界から召喚しておいて、死にはしないから命がけて戦えというのは余りにも誠意が欠片も存在しない。
そもそも実際に死なない保証どこにもないのだから。そう考えると無機質な彼女の表情が急に不気味な雰囲気を纏い始める。いやそもそも本人曰く、実態を持たない彼女の言葉がどこまで信用できるのか。
棚上げしていた問題が、高橋の中で渦を巻き始めるが――
「ああ、うん。確かに…… 改めて考えれば、時間が無かったとはいえ。説明もなく、利益も用意せずに貴方達を巻き込んでしまっているわ。ええ、後出しになるけれど依頼という形にして貰っても? 」
嵐馬の意見を聞いた途端に視線を彷徨わせ、慌てて話を纏めようとしている姿を見て考えを改める。たぶん彼女は万能の黒幕に見えるが、ただ間が抜けているか余裕が無いか、あるいはその両方なのだ。
突っ込まれればどれほどの無体をやらかしたのか理解することは出来たようで。無表情のままオロオロする姿は、それまでのクールさを全てゴミ箱にダンクしてしまっていた。
ほんの一瞬、この街を滅ぼして有り余る巨大ロボットが暴走している事実を忘れてしまう程に空気が緩む。
バックミラーで荷台を確認すれば、狭い窓の中で嵐馬が毒気を抜かれた顔になっていた。悪意を持つ黒幕かと思っていた相手が、だだのドジっ子だと理解したらしい。
「ったくそういう事なら、最初に素直に助けて下さいって言えねぇのかよ」
「その一言で良いの? その気になれば貴方達の預金口座に好きな金額を書き込む事も出来るのだけれど。こう見えても私は量子演算器の機能も持っているから」
「いちいち返事に可愛げがねぇなぁこのかぐや姫は……」
皮肉気な姿勢は崩さぬまま、それでも彼の言葉には仄かな優しさがあって。付き合いが浅い高橋でも分かる。このチンピラじみた口調のイケメンが分かりにくいツンデレであることを。
「まぁ、銀行口座の件は素直に受け取っておくがな」
「あ、そこは受け取るんだ」
「うるせぇ、プロは無料で仕事しねぇんだよ。これだからクソアマは!」
ならば同じく荷台にしがみついている鞠華に対する言葉もそうなのであろうか? ただ長い付き合いであろう百音が、慈しみの表情を浮べているのだから。彼らも悪い関係ではないのだ。
さて話がまとまった、ここから何の情報を共有していくかで状況は大きく変わる。ツキダテカグヤが再現したルナティック7の機構をどれだけ彼ら3人に共有できるかが勝負の分かれ目になる。
浜辺まであと1分、高橋は気合を入れ直す。揃った状況を整えて、このまま勝ちに持っていくのが現場責任者の仕事なのだから。
◇
「さて、ここまで素直に誘導に従ってくれて、楽だったんだけどね」
タクミはバックステップでバンガードを砂浜に踏み込ませ。更に牽制の40㎜突撃機関砲を叩き込む。重力障壁の特性まで折り込んだ射撃は今のところ外れていない。避難が間に合っていないこの状況で攻撃を外せば恐らく死人が出るだろう。
最もそれはゼスネームレスの反応が鈍く、こちらの牽制に素直に引っかかっているからで。もしもあれがフルスペックで暴れ出せばどうなるのかは考えたくもない。
「まぁ、ここからは時間稼ぎかなぁ。ちょっと40㎜じゃ火力不足だし」
波止場に立ったゼスネームレスがゆっくりとバンガードに目を向ける。これまで10発近く40㎜徹甲弾を撃ち込んだのだが、その装甲に傷一つ入っていない。重力障壁だけでなく、単純な装甲強度が高すぎるのだ。
アーマード・ドレスの装甲、即ち実体化したヴォイドは通常兵器で撃破することは難しい。それこそ撃破するのであれば桁外れの運動エネルギーが必要となる。それこそ
更にゼスネームレスは『重力障壁』を纏っており、一般のIAが持ち得る火力で撃破する事は事実上不可能である。
「まぁそれも、どこまでやれるか怪しいけど…… ねっ!」
先程までバンガードが立っていた場所に、ゼスネームレスの肥大化した左腕が突き刺さり衝撃が突き抜ける。巻き上げられた砂が宙を舞いバンガードのセンサーにザラザラとノイズが混じる。
「この距離なら?」
超至近距離でトリガーを押し込む。10発を超えるフルオート射撃による攻撃は、しかしゼスネームレスの
「……あわよくば自分一人でって思ったけど。流石にどうしようもないか」
現時点でこれ以上の火力はタクミの手元にはない。それこそ特攻紛いの接射なら撃ち抜ける可能性は0ではない。けれど、あまり近づき過ぎると、重力障壁に巻き込まれ行動不能に陥ってしまうだろう。
それしか手が残されていないのならまだしも、援軍のあてがある状況でそこまで無茶をする必要もないのだ。
(ああ、ギリギリなんだけど。いつもより大分、気が楽だ)
命がけの戦闘である事は確かで、実のところゼスネームレスの判断力が高まれば一気に窮地に陥る程度の優位性しかない。けれども時間を稼げれば事態は好転する。
常に最前線で、自分が難敵を倒さなければならない。頼れる仲間はいても、難敵を任せられる相手がいなかった。無論鞠華達とて万能ではないのだろう。けれど背中を全力で預けられると信じる事が出来た。
(ちょっと無条件に信じすぎちゃってる気はする―― けど)
体勢を崩したままのゼスネームレスから距離を取り、更に40㎜徹甲弾を叩き込みながらタクミは苦笑する。無防備に信じても良いと思える、そんなカリスマと呼ぶべきヒーローの素質を鞠華から感じる。
それはただ強いだけのタクミには存在しない、真の意味で英雄になれる資質だ。
(うん、それでも良いって。思えるから)
それは彼にとって初めて、背中を誰かに預けられる戦いであった。誰かと歩調を合わせて戦った事はある。けれどそれはいつだって自分が最強のヒーローで、次に繋ぐ敗北は許された事は一度もなかったのだから。
タクミの目から見て、徐々に敵の動きが変わってきている。単純な反応の中に予測が混じり、動作パターンが洗練され、あるいは夢から覚めていくように。
ゆらりと砂浜にゼスネームレスが砂浜に立ちあがる。
自らの4倍、正しく巨人と呼ぶに相応しいゼスネームレスに対し。タクミは再び40㎜突撃機関砲を構えて挑む。
さてあと何分、愛機ではない出来合いのバンガードと、操縦服を着込んでいない自分で抑え込めるか。普段なら絶望しかない戦いに、今日だけは希望を持ってタクミは立ち向かう。
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