Chapter 10:最強の敵、あるいは中身のない寄せ集め



「よし、即興だが作戦は理解出来てますね?」


「ん? いや、そもそもなんでテメェが仕切ってんだよ?」


「そりゃ、ボクらは敵の事を知りませんから」



 浜辺まで一直線に伸びる道を、輸送車がエンジン音を響かせて爆走していて。風圧に負けぬよう鞠華は声を貼り上げる。



「古川さんには悪いと思いますけどね。無策で突っ込むよりはずっとマシな結果を保証しますよ。こう見えて俺はプロの軍人ですから」


「そいつを言われちゃ仕方ねぇ、信頼してやるさ」


「全く、嵐馬くんは本当に素直じゃないというか、めんどくさい子でごめんネ?」



 一段高い荷台から上から目線な嵐馬に対し、百音がフォローを入れるのを横目に。鞠華は深呼吸をしながら心を落ち着ける。今までと比べれば戦う前から敵の能力が分かっているぶん気が楽ですらあった。


 断続的な射撃音が未だに巧が戦っている事実を示している。


 流石に体格差を考えれば単機での撃破は難しいが、それでも自分達が援軍として到着するまでは耐えてくれると思っていた。


 だから砂浜でライフルを向けていたバンガードが不自然な動きで足を止め、そのままゼスネームレスの蹴りによって空高く蹴り上げられた光景に思考が固まる。



「おい、マジかよタクミっ!」



 高橋の絶叫に答える余裕を惜しんで、鞠華はゼスパクトを掲げプリンセス・ゼスマリカを召喚し、宙を舞うバンガードを受け止めれば。質量20tを超える衝撃が操縦席の鞠華を襲う。


 けれどもし鞠華がそうしなければ、衝撃が全て操縦しているタクミを襲ったのだ。そうなれば彼の命は失われていたに違いない。



「巧さん! 大丈夫ですか!?」



 高橋から渡された耳かけの無線機で呼びかける。半径1km以内なら通信できる優れもので、ちょっとやそっとで通信が切れることは無いとの触れ込みだったが。けれどザリザリとしたノイズ音が混じっていた。



『大丈夫――けど、不用意に近づ――不味い。超電磁結界で動きを止め――る』



 通信機から届くノイズ混じりに聞こえた声に、鞠華は顔を青くした。高橋からのレクチャーで持っていると予測されていた能力ではあったが、残念ながら対策を考える前に到着してしまっている。



『ご自慢の重力障壁とやらも、振り下ろしならっ!』



 バンガードを受け止めたゼスマリカの後ろから蒼い影が駆け抜け、ゼスランマはその手に持った日本刀を上段に構えて飛び上がる。


 充分な制御が行われていない重力障壁は上からの攻撃を防ぐことは出来ない。万能の防御は高度な重力加速度制御を行う事で成り立つ。


 そもそもゼスネームレスはIAイナーシャルアームドではないのだ。


 ヴォイドのエネルギーで駆動し、ヴォイドテクスチャによって無類の防御力を誇るアーマード・ドレスに慣性制御を組み込む意味は無い。厳密にはアーマード・ドレスではなく、収斂進化の結果として似通った機体でしかないのだが。



 だからこそヴォイドテクスチャを貫ける破壊力さえあれば、ゼスネームレスに対する上段切りは有効打となり得る。


 そしてゼスランマの日本刀は当たりさえすれば並のアーマード・ドレスを両断して有り余る破壊力があるのだから。


 けれどその一撃が通るのは、何の迎撃も行われなかった場合であり。その点タクミのバンガードが吹き飛ばされたタイミングを狙ったのは、合理的であっても『超電磁結界』の存在を知った上で突っ込むのはやや短慮であるかもしれない。

 


「まずい、嵐馬さんっ!」


『いや――、こっちを降ろ――!』



 通信機からの指示に従い、鞠華はバンガードから手を離した。『超電磁結界』による大電流を受け、関節部から黒煙が吹き出す状態で、それでも10年以上の時間をかけてブラッシュアップされたオートバランサーは機体を立て直す。


 そしてゼスランマが跳躍からの上段切りを叩き込む、その瞬間に合わせ左手に装備したワイヤードクローを発射した。亜音速で山なりに射出されたクローユニットが甲高い音と共にゼスネームレスの装甲に直撃する。



『こいつで、どうだぁっ!』



 敵機の迎撃に放たれた高電圧は、超電磁結界の存在を考慮せず、あるいは考慮した上で突っ込んだゼスランマではなく。ワイヤードクローを通じて接地状態のバンガードに流れ込む。



「巧さん!?」



 つまりこれは単純な電気の性質だ。たとえ超技術を使って無理やり電撃を放てるとしても、基本的に雷は落ちやすい方向に向かう。そうやって避雷針はあらかじめそういった場所を作って置くことで被害を防ぐことを目的としている。


 巧がやったのも理屈は同じ、より戦力として有効度が高い方を優先しただけだ。



『逆佐君! 予定通りに準備だ!』


「で、でも……」



 二度の電撃を喰らい、焼け焦げた機体は鞠華からは無事には見えない。バンガードからの通信も途切れ、搭乗している巧の無事も未だに確認出来ていないのだ。



『それそれくらいでタクミが死なねぇ、俺が保証する!』



 通信機からはなたれる声から、この程度でタクミは死なないという高橋の確信を感じ鞠華は作戦通りに事を進める。なにせこの戦いの切り札は自分なのだから。





 バンガードに電撃が直撃するのと同時に、ゼスネームレスの左肩に日本刀の切先が食い込む。ゼスランマの質量、跳躍から得られた速度に、重力障壁による加速度が足され、ヴォイドテクスチャによって編まれた装甲ドレスを貫く破壊力が得られたのだ。



「ちっ! やれてねぇ!」



 たまらず左腕の跳躍拳を振り回して暴れるゼスネームレスから、嵐馬は距離を取る。更に弁髪ワイヤードクローによる追撃も入るが、それも余裕を持って切り払って対処する。


 ここで『超電磁結界』による高電圧で追撃されれば厄介だったが、バンガードが避雷針になっており、考慮する必要は無い。



『OK、予定より良い感じよ、嵐馬くん』


『ちっ! まるで俺が失敗する予定だったとでも言いたげだなぁ!』



 軽口を叩きつつ、キャビンから降りた百音が乗り込むゼスモーネの手から2つの火輪が投げつけられる。乱馬が離脱するのと同時に砂浜に立つゼスネームレスに超高温の質量弾が直撃し、更にダメージが蓄積されていく。



「しかし、ルナティック7とか訳が分からんが種さえ割れれば案外弱いな」


『そもそもエネルギーの量が少ないわ。輝夜姫…… いいえ、巫女ちゃんの話を聞く限りあれに乗っているのは理性を失った肉体って話だし』


「ああん? なんか肉体と魂が分かれていて分かりにくいけどよ、あの巫女がこの街にある伝説の輝夜姫なんだろう?」



 乱雑に飛ばされる弁髪ワイヤードクローを日本刀で捌き、時間を稼ぐ。砂浜で足場が悪いが、その程度で体勢を崩すほど鍛え方は甘くない。それこそアルコールが入っていても動きまわれる程度には仕込まれている。

 


『けど、この機体の事をゼスネームレスって呼んでたでしょ?』


「ん? ああ…… だから名無しか」



 アーマード・ドレスと同一では無いにせよ、収斂進化によって近い機能を持ったマシーンに対して。あえて名無しと呼ぶにはそういう意図があるのだろう。誰しも自分の全てを認める事は出来ない。


 だからといって名無しを名乗るのはやり過ぎだが、嵐馬にも理解は出来る。



「そんでどうだ、あの野郎の様子は?」


『ええ、大丈夫。準備は整ったみたい』



 嵐馬と百音の二人で稼いだ時間は10秒弱。そしてそれだけの時間、ゼスマリカは完全にフリーの状態で放置されていたのだ。


 ルナティック7の機能をドレス『ツキダテカグヤ』によって模倣していても、いや模倣したドレスを纏ったからこそ、ゼスネームレスには適当な牽制攻撃の手段がない。唯一使える弁髪ワイヤードクローは嵐馬が封じている。


 既に鞠華は与えられた猶予を用いてドレスをお転婆姫プリンセスから魔法少女マジカルウィッチ着替えて・・・・えて、その右手に持ったステッキをゼスネームレスに突きつけた。



『魔法陣多重展開――っ!』



 鞠華の掛け声と共に蒼と赤の魔法陣がステッキの前方に展開した。相反する2つの属性が唸りをあげ、大気を分解しつつ急速にエネルギーを蓄勢し。カウントダウンを刻んでいく。



「|冷たき氷の槍よ、穢れなき焔よ、今重なり敵を撃ち砕け《デュアル・マギア・ブラスト》ッ!」



 鋭き氷の槍と、超高温の火球が同時に放たれ。しかしギリギリまで2機のアーマード・ドレスを相手にしていたゼスネームレスの反応が一瞬遅れた。


 けれど致命的な一撃から逃れようと、ゼスネームレスの形が切り替わる。スカート状に展開していたサイドアーマーが、背中から伸びるフレームに支えられ、左右に翼の如く広がった。



「野郎、飛ぶ気か!?」



 嵐馬はルナティック7の全てを知る訳ではないが、素人が見ても何をしようとしているのかは分かる飛行して攻撃を避ける気だ。あくまでもゼスマリカが放った多重魔法砲撃はチャージした事により、威力を上げた攻撃で追尾性能には劣る。


 もう一度同じことをやれと言われても、ここまで綺麗にハマらない。


 ここで逃げられては、後で面倒な事になる。けれどゼスランマには遠距離武器はなく、ゼスモーネの荒ぶるは炎の調べフレイム・テンポは山なりの軌道で無ければ効果は薄い。


 ここま強引に押し込むべきかとゼスランマを一歩踏み込ませるが――



『いや、古川さん! うちのに任せろ!』




 無線機から届いた声に、従って嵐馬は動きを止めた。相手をプロだと認めたのだからそれに従うのが彼が通すべき筋である。


 そう、この場に居るのは嵐馬達だけではない。たとえ小兵であろうともう1機戦える人型搭乗式機動兵器が存在している。2度の電撃攻撃を受け、ボロボロになったバンガードの瞳が赤い光を放つ。


 焼け焦げて尚、バンガードはその機能を失わず。ゼスネームレスに投げかけたままのワイヤードクローを引き寄せ、その飛翔を食い止める。


 それは時間にして1秒にも満たない、けれどマジカルウィッチ・ゼスマリカが放った1撃が到達するには充分であった。


 氷の槍がゼスネームレスの纏うツキダテカグヤを貫通し、その空いた穴に跳び込んだ超高熱の火球がインナーフレームを焼き尽くしていく。


 重力障壁はあくまでも質量を持つ・・・・・存在しか防ぐことが出来ない。魔法という物理の枠から放たれたロジックによって生み出された極低温と超高音は、確実に装甲を貫通し、ゼスネームレスはゆっくりとこの世界から消えていく。



「なんだ、色々やった割には随分とあっさりした終わりだったじゃねーか」


『まぁ、優秀な指揮官が居てくれるとこうも違うって事ね。うちのそういう担当は…… レベッカさんかしら?』


「なぁ、こうもうちょっと。マシな人財はいないのか?」



 対ドレス戦闘は場当たり的なものが多く、どうしても対応が後手に回らなければならないのは確かだ。だが初めて戦ったはずの高橋がこうも鮮やかに指揮をしたのだから、経験回数が多い彼女達の手際に、もっと期待しても罰は当たらないはずだろう。



『そんなこと言わないの、皆色々事情があって頑張ってるんだから』



 まぁ確かに、足りない範囲でそれでもどうにかするのもプロかと思い直し。改めてボロボロになったバンガードと、攻撃を放った直後のゼスマリカに目を向ける。少なくとも鞠華も、任された仕事はしっかりとやってのけている。


 未だにクソみたいなアマチュア精神が見え隠れしているが、それでも…… ちょっとくらい信頼してやってもいいか。そんなガラにもない事を考えて嵐馬は苦笑する。


 遠くでサイレンの音が聞こえる。普段は敵を倒せば終わりだが、今回は面倒な後処理があるかもしれないとややテンションを下げつつも。嵐馬は妙な充実感と共に、それでも良いかと開き直るのであった。

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