Chapter 06:宴会からの脱出、あるいはジェネレーションギャップ



「ガハハハハハハハハ~っ! そうか、坊ちゃん鞠華ちゃんに恋しちまったかぁ!」


「ちげぇ! ちょっと気が動転しただけだって! 本当にただそれだけなんだ!」


「まぁ、昔から真面目だったしなぁ。本当にその辺は変わらないねぇ」



 居間から台所まで酒飲み達の悪乗りが響く。


 神社の冷蔵庫に用意されていたビールは350mlが6ダース。そして祭りの準備に集まった人数はアラサー青年会の10人。全員がそろいもそろって酒飲みならばどうなるのかの答えがここにはあった。



「鞠華ちゃん、ありがとうねぇ。流石にこの人数だと回らなくてねぇ」



 着替えた浴衣の上から、割烹着を着込んだ鞠華に対し。かおるさんが申し訳なさそうに声をかけた。彼女としては浴衣を用意した以上、ゆっくりして貰いたかったのかもしれない。



「いえいえ、かおるさん。ボクも結構楽しんでますから」



 実際彼にとって作った料理を美味い美味いと食べてくれるのは気持ちがいい。また男女関係なく、台所で思い思いに料理を作っていくスタイルは皆で場を盛り上げている感じは暖かい。


 もっともここ一時間はお料理モードに入ってしまった為、鞠華一人で高橋家の冷蔵庫を空にする勢いで、おつまみ量産モードに入ってしまっているのだが。



「ねぇねぇ、かおるさん。アボガドと春巻きの皮ってありません?」


「春巻きの皮はあるけど、アボガドなんてお洒落な物はないかねぇ」



 ううむと鞠華は頭を捻り、朝のうちに巡った継立の街を思い出す。



「駅前のスーパーにありますか?」


「ああ、あそこならあるかもしれないねぇ。20時までは開いてるし」


「じゃあ、ちょっと行ってきます」


「ちょっと待って、お財布渡すから、ついでにお買い物頼んでもいいかね?」



 マヨネーズと明太子もお願いねと、がま口と買い物袋を渡されて。鞠華は目を白黒させた。流石に今日会ったばかりの他人にポンと財布を渡すのは、不用心にもほどがある。



「かおるさん、かおるさん。良いんですか? お財布ですよ!?」


「ええ、ちょっとアイスクリームとか買って来ても良いからねぇ」


「そういう事じゃなくて、えぇっと……」


「あぁ、ちゃんとポイントカードは出してねぇ。あの店後から付けてくれないから」



 結局おばちゃんパワーによってなし崩し的に押し切られ、鞠華はそのまま買い物に出発することとなった。改めて中身を見ると、それなりのお金とポイントカードが無造作に詰め込まれている。


 とりあえず深く考える事を止め、駅前のスーパーに向かって歩く。舗装されたアスファルトの道は日が落ちてもそれなりに熱を持っているが。それ以上に夜風の涼しさが心地よい。


 東京とは思えないゆっくりとした継立の空気は、彼の心を緩めていく。ここしばらく目まぐるしく変わり続けた非日常から解き放たれて、鞠華はスーパーを目指す。

 




「……あ、えっと。逆佐君だっけ?」


「こんばんわ、巧さん。なんでこんな処に?」



 スーパーで買い物を終えた鞠華がふとフードコートに目をやると、そこには緑色のパーカーを羽織った西村巧にしむら たくみがモゴモゴとたこ焼きを食べていた。余りにも堂々としているが、夏場にパーカーを着込んでいる姿は不審人物にしか見えない。


 実際ちょっと顔を隠すだけで誰かは分からなくなるものだ。それ以上に怪しくなるので多用する訳にはいかないのだが。



「ほら、飲み会とか苦手だから」


「ああ、確かに。ボクもちょっと苦手です」



 出かける前に居間から聞こえた惨状を思い出す。確か嵐馬が刺身の食べ方で漁師のゲンさんと言い合いになっていて、百音さんがそれを囃し立て大騒ぎになっていたのは何となく把握している。


 その場に居合わせていたら、鞠華もその騒動に巻き込まれていたのは間違いない。



「ちょっとだけなら平気だけど、途中から何言ったらいいのか分からなくなって」


「よく分かります。こう皆が好き勝手やり始めて場がグダグダになっちゃうと、お酒飲めない人が割を食ったりとか」


「だね、だからこうやって途中からぬけてゆっくりしてる」



 また一つたこ焼きが減る。改めて周囲を見渡すと既に食べ終わったジャンクフードの空容器が積み重ねられている。眼鏡で優男風の見た目に反して、随分と健啖家であるようだ。



「あ、たこ焼き食べる? 正直ちょっと飽きちゃってさ」


「じゃあ一つ貰いますね」



 ソースのついた爪楊枝を摘まんで。差し出されたたこ焼きを突き刺し、口に運ぶ。


 安っぽいソースとトロトロな生地の風味が熱と共に口の中に広がっていく。はふはふと噛みしめれば、その間から雑にぶつ切りにされたタコの歯ごたえが飛びだして来た。200円で8個入りという事実と合わせれば破格の美味しさである。


 ここでようやく、タクミの視線が鞠華の買い物袋に目を止めた。



「ああ、もしかして買い物の途中だった?」


「ふー、ご馳走様でした。ええ、ちょっとアボガドと春巻きを」


「アボガドと…… 春巻き?」



 予想外の組み合わせにタクミは驚きの声を上げる。



「ええ、納豆アボガドの春巻きを作ろうと思って」


「どうしよう、ちょっと食べたい」


「そう! 熟したアボガドと納豆って相性がいいんですよ。本当に」



 納豆を使ったレシピはゲテモノ扱いされる事が多いので、こんな風に素直に食べたいと呟いたタクミに対し、鞠華はずいと顔を近づける。


 本人たちは気づいていないがガチ恋距離寸前で、傍から見るとパーカー眼鏡と浴衣美少女がいちゃついている風にも見える。当然互いに意識もしていないし、男同士なのだが、それはそれで別のベクトルの需要はあるのかもしれない。



「じゃあ、折角ですし帰りましょうよ。ちょっと台所で味見する感じで」


「食べたらそのまま2階に引っ込めば良いしねぇ」



 さてとタクミが立ち上がり、ジャンクフードの空容器をゴミ箱に突っ込んだ辺りで、フードコートの誰も見ていないTVの画面がニュースに切り替わる。



「うわぁ…… ロボットが映ってる」



 アナウンサーの説明をバックミュージックにして、濃緑の巨人が機関銃を構え、ゆっくりと周囲を見渡す映像が流れる。


 アーマード・ドレスであるゼスマリカを駆る鞠華だからこそ、当たり前に戦闘用ロボットの姿が日常的に放送されている光景に強い違和感を感じるのだ。



「ロボットじゃなくて、IA-03バンガードだから」


「巧さんってそういうの詳しい人なんですか?」


「詳しいというか、何というか……」



 眼鏡の内側にある瞳が揺れ動く。オタク系の人が一般人に対して突っ込んだ事を言ってしまった時の独特な雰囲気。何となく楽しく会話する事が出来ていたが、こんな風に飲み会から抜け出す程度には彼はコミュ障なのである。



「へぇ、バンガードって名前なんですか。詳しくないですけどカッコイイですよね」



 そして鞠華は伊達や酔狂でウィーチューバーをやっている訳ではない。今でこそ直接ファンと交流するパターンは随分と減ったが、そういうオタクタイプの相手と付き合った経験は人よりも多い。


 分からない事を前面に押し出しつつ肯定するのが大抵の場合正解となる。


 マシンガントークが続くのならそれに乗ればいいし、会話が一旦途切れるにせよ自分が好きな物を褒められてへそを曲げる相手はそう多くない。



「うん、そう思ってるなら嬉しいかな。乗ってるこっちとしても嬉しくなる」


「えっ、巧さんって軍人なんですか?」


「そんなことを聞かれたのは初めてかもしれない」



 彼の表情が照れと苦笑の間で揺れ動く。想定外の反応に鞠華が首を傾げた丁度その時タクミの声が聞こえた。けれど目の前の彼は口を開いていない。何事かと思い周囲を見渡せば、テレビの中に目の前と同じ顔が映っていた。


 テレビの向こうの彼はキッチリと軍服に身を包み、ぼぉっとした雰囲気で目の前に立っている本人よりも格好が良いのは気合の入り方が違うのだろう。



「もしかして巧さんって有名人だったりします?」


「そこそこ、ちょっと前までテレビに出ずっぱりだった位には」



 ちょっとだけめんどくさそうな顔をして彼はフードを被り直す。見てくれは怪しいが確かにこれならニュースで報道されるエリート軍人ではなく、ただの不審者にしか見えない。



「とりあえず、外に出ようか」


「ですね、面倒な事になる前に」



 流石にテレビと見比べれば、フードコートでボーっとしているアルバイトの兄ちゃんも、有名人がこの場にいると気が付いたらしい。この手の輩に絡まれて面倒な事になる前に、二人はホタルの光に見送られながらその場を後にした。





「あ、折角春巻き作るんだし、チーズも買っておけば良かった」


「アボガド納豆春巻きにチーズを入れるの、流石に冒険なんじゃ?」



 タクミが腕時計に目を向けると、時刻は午後20時。駅前を過ぎれば人通りもまばらで、普段なら他人とこんな風に二人きりになるのは気まずい筈なのに。知り合ったばかりの年下の男の娘逆佐鞠華は人懐っこさがあってそれを感じない。



「いやいや、相性が良いんですって。あんまり馴染みのない組み合わせですけど」



 何よりこちらが話しやすい話題を選んでくれるのがありがたい。もしここで軍人としての話を振られたらそれこそ気まずくなっていただろう。



「こうサクサクの春巻きの中にトロトロのアボガドとチーズのハーモニーが広がって、そして後から納豆が主張してくるんですよ。けれどちゃんと全体の調和は取れているんですよねぇ。不思議な事に」


「逆佐君って、もしかして芸能人だったりするの?」



 余りにも見事な食レポに、ついタクミは余計な口を出して後悔してしまう。もしそうだとしても、こんな時期にこんな場所で住み込みのバイトをやっているのだから色々事情があるのは予想出来るのだから。



「芸能人…… みたいなものですかねぇ?」



 タクミの一歩前を歩く浴衣の後ろ姿に困惑の色が混じる。どう事情を、あるいはどこまで事情を説明するのかで悩んでいるのだろう。



「ごめん、突っ込み過ぎた。忘れてくれると嬉しい」


「ああ、いやそういうことじゃなくて、えぇっと……」



 振り返った顔は不幸中の幸いか、不快感は見えず。ただ純粋に面倒な事情をどう説明しようかと悩んでいるだけに見えた。だからと言ってタクミが失言してしまった事実は変わらないのだが。



「ねぇ、もしボク達が10年後の未来から来たって言ったら信じてくれます?」



 そして飛び出したのは完全に予想外の内容。誤魔化しとしては次元が低く、真実だとすれば荒唐無稽。けれどこちらを気遣う意図があるのはタクミにも理解出来る。



「本当にそうだったら嬉しいかなぁ」


 

 だからタクミは、それが嘘でも本当でも変わらない答えを返す。少なくとも茶化したり意味が分からないと切り捨てる真似はしたく無かった。

  


「だってそれは自分達が平和をちゃんと取り返せたって事だと思うから」



 彼らが10年後の未来から来たと言うのなら、少なくともこの戦いで世界は滅びない保証が生まれる。ただ時間移動で未来が変わる可能性もあるのなら、それも絶対ではないのだが。



「ああ、10年後も自分が生きてるかどうか。聞いてもいい?」


「あはは、ごめんなさい。あんまり細かい事は伝えちゃいけないので」



 鞠華が適当に誤魔化しているのか。それとも全部真実なのか。あるいは話せない理由があるのかは分からない。けれど彼が口にした内容が全部嘘であっても。あるいは全て真実を語っていなかったとしても。


 西村巧にしむら たくみ逆佐鞠華さかさ まりかを信じたいと、そう思えた。

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