Chapter 08:アーマードドレス、あるいはルナティック7
「
「分かった、
一番最初に動き出したのは職業軍人である二人であった。士官学校出身ではない学兵上がりであろうと、ここ半年の間に何度も実戦を繰り広げた経験が。あるいはルナティック7と呼ばれる異質な機体に対する出たとこ勝負に対する慣れが。
彼らの体を反射的に突き動かす。
けれどそれでは間に合わない。彼らが頼る
けれど今ここには、
「さぁて、来てくれるかなー☆ ゼスモーネ!」
「ああくそ、気分が悪ぃ…… ゼスランマ、
「被害を出す前に止めないと、ゼスマリカァァァッ!!!」
百音が、嵐馬が、鞠華が、三者三様のゼスパクトを取り出し掲げると。そこから溢れだす光が彼らを包み込み、ゼスネームレスに立ちふさがる形で3機のアーマード・ドレスが出現した。
『
操縦席の中で、嵐馬の姿がロングスカートのセーラー服に切り替わる。男性としての体を持ちながら、一見粗暴な動作の中に色香が見え隠れする。それに合わせて青く細身の
『
百音の体にはメスが入れられており、俗な言い方をすれば彼の体はニューハーフ。けれどもサンバの衣装に包まれた彼の肉体は女性的な魅力を誇っているのだ。たとえ作り物であろうともその事実には変わりはない。頭部から生えた羽飾りを振るわせてゼスモーネが手を広げて、体を小刻みに揺らす。
『
そして彼らの背後に桃色の巨体が現れる。スカートを模して脚部を隠すサイドアーマー、銀色で縁取られた袖口、額を覆う美しいティアラ。おとぎ話のお姫様の要素で暴力的な本質を隠されたアーマード・ドレスがゆっくりと立ち上がる。
アーマード・ドレスにとって空間の概念は大きな意味を持たない。少なくとも接地していなければ真価を発揮する事が出来ない
「ああクソ、最悪じゃねーか……っ!」
だが余りにも想定外な状況が広がり続ける中で、高橋はそれでもなお事態を把握出来てしまった。その上で被害を最小限に食い止める為に、ようやく落ち着き酔いが醒めて来始めた青年団に周囲の避難誘導を支持しながら頭を抱える。
「何故? 戦力比を考えればゼスネームレスを倒すに充分な筈」
「ええい、このトンチキ巫女がぁ! テメェがアレを倒す為に鞠華達をどこかから呼び込んだのは理解してるが、奴らの足元に何が広がってるか分かってるのか!?」
3機のアーマード・ドレスはファイティングポーズを取るが、彼らが自由に動ける空間は存在していない。もし彼らが正面からゼスネームレスに挑めば、継立の街に大きな被害が出てしまう。
「一旦距離を取るぞ。ルナティック7でも生身で巻き込まれたら死ぬんだろう?」
「そうね、確かにまだ運命は決まっていない。私が死ぬ可能性も残っているから」
「ええい、御託はいいから走れ。あのデカブツが本格的にぶつかったらヤバい!」
規格外の4体の巨人がぶつかり合う前に、高橋は周囲の避難誘導を行い。巫女の手を引いて走り出す。その上で被害を最小限に抑える為に各所にメールを飛ばしていく。軍用通信網とはいえこの状況、この場所で機能するかは五分五分である。
けれど何もしなければただ悪化していくだけで、凡人は凡人らしく出来る事を積み重ねていく事でマシな未来を掴もうと足搔き続ける。
◇
タクミが継立神社から続く通りと継立の大通りが交わる十字路に辿り着いた時。丁度そこにIA輸送車が姿を見せた。
「そこの輸送車、止まって!」
「は、はいっ!」
タクミは比較的体の線が細く、一見して華奢に見える。けれど曲がりなりにも3年間しっかりと軍事教練を受けているのだ。本気を出せばその見た目から想像も出来ない程大きな声が出る。
輸送車を動かしているのは学ランを来た少年で、恐らくは地元高校で軍事教練を受けている生徒であろう。無論成績が良く素行に問題がない人間が選ばれているのだろうが、流石に実戦に巻き込まれるとは思っていなかったらしい。
「バンガードのセッティングは、学校に運び入れた時から弄って無い?」
「大丈夫です、私達が警備に付いていましたから確実です」
助手席に座っているセーラ服の女子が応えてくれた。彼らにも彼らの日常とドラマがあるのだろうがそれを聞く余裕は今は無い。高橋の手配は完璧だと信じて輸送車の荷台にタラップで駆け上がる。
「バンガード起動準備、荷台斜角30度」
「に、荷台斜角30度、上げます!」
タクミの指示に合わせて、ゆっくりと荷台がが持ちあがり。それに伴いバンガードの頭がキャビンよりも高くなる。
ガタンと角度が固定された事を確認し、足元に取り付けられたカバーを開きボタンを押し込めば。荷台にうつ伏せになっているバンガードの上半身が上下に開く。
「戦術データリンク端末セット。ステータス確認、ハッチ解放以外オールグリーン」
斜めになった荷台を駆け上がり、タクミは操縦席に身体を押し込んで起動準備を進めていく。緊急事態という事で幾つか手順を省略してはいるが。最低限必要なチェックを怠る事は出来ない。
「ベルトとヘルメット、そしてあり合わせの機体でどこまでやれるか……」
バンガードのオーバードライブ時には航空兵器に匹敵するGが身体を襲う。私服のまま乗り込むのはやや不安が残るが着替えている余裕はない。最低限の準備としてヘルメットを被り酸素だけは確保する。
そしてそもそもこの機体は、タクミの愛機と呼べるエクスバンガードではない。現実としてこの場に持ち込もうとすれば過剰戦力として使いにくいと判断した結果だ。
「ハッチ閉鎖。周囲確認よし!」
操縦桿の傍にある開閉ボタンを押し込むと、タクミを包み込む形でバンガードの操縦席は密閉された。ヘルメットから供給されるエアー以外、空気の流れが止まる。
「バンガード、起動! 以後の行動は稲葉准尉の指示に従うように」
バンガードの瞳が赤く輝く、この機体ではタクミの本領を発揮する事は難しい。 けれど無力と嘆くことも出来ない。ロングブレード取り上げマウントに装備し、右手に40㎜突撃砲を、左手にワイヤードクローを装備する。
「りょ、了解です。ご武運を!」
輸送車からの応援に、マニュアル操作で機体の親指を立てて応えて。タクミは戦場に向けて機体を走らせる。状況は万全ではない、けれどやれる事は幾らであるのだ。嘆くのは何も出来なくなった後でいい。
◇
『ツキダテカグヤだかなんだが知らねぇが、要するに叩っ切れば良いんだろう!』
3機のアーマード・ドレスの戦闘に立つのは嵐馬のゼスランマ。腰に構えた日本刀に手を沿える。即ち居合いの型だ、引き絞られたフレーム内部で圧縮された運動エネルギー。それが一気に解き放たれる。
『抜刀一閃・
少しだけ彼の体にはアルコールが入っていたが、ゼスランマの太刀筋に微塵の揺らぎはない。もしもここが平地なら、もしも相手がただのドレスであったなら。この時点で勝敗が決まっていてもおかしくない程の一撃。
けれども彼らの足元には電線が張り巡らされていた。東京ディザスターによって復興した彼らの世界には存在しない過去の遺物。それがゼスランマの臑に引っかかり、その動きを止める。
そしてそこにゼスネームレスの
『うーん、勢いでゼスモーネを呼んじゃったけど。これはちょっと辛いカモ?』
「電線だけじゃない、そもそも道幅が狭くて下手に動けば周囲に被害が……」
アーマード・ドレスは圧倒的なパワーを持つ機動兵器である。だからこそ狭い路地ばかりの下町ではその真価を発揮する事は出来ない。いや真価を発揮してしまえば周囲を更地に変えてしまうのだから。
『だがよ、敵はお構いなしにやってくる…… ぞっ!』
ゼスネームレスは歪に肥大化した左腕を振りかぶり、目の前に立つゼスランマに向けて叩き込む。虚実のない分かりやすいストレート。嵐馬はそれをギリギリで避けカウンターを叩き込もうとするが―― 急に一歩下がって身を翻す。
右肩をパンチが掠めた瞬間、操縦席がガクンと揺れる。気づけば直撃していないパンチで、肩アーマーが吹き飛ばされる。
その一撃は最強と評されたルナティック7。バグ・ナグルスの誇った特殊兵装『跳躍拳』そのものであった。
『嵐馬、下がれ!
予想外の威力に動揺を見せるゼスランマを、ゼスモーネが燃え盛るタンバリンで支援する。けれど灼熱を帯びた火輪の軌道は、ゼスネームレスの
「嘘!? 百音さん、外したんですか!?」
『うぅん、直撃コースだったんだけど、歪められたって感じ?』
この攻防で百音はある程度、敵が纏う防御の本質を見抜いていた。重力加速度を制御する事で、自らの攻撃を叩き落としたのだと。けれど彼らには情報がない。
月面帝国の誇る7種の発掘遺物兵器の存在を知らず。ゼスネームレスの纏うドレス『ツキダテカグヤ』が、ルナティック7の機能を模している事実。それをこの時代、この世界に来てから半日しか過ごしていない彼らは気づく事は出来ない。
『跳躍拳』と『重力障壁』に続く幾つかの能力を予想する事は不可能である。ゼスネームレスの初撃を凌いだ今、この場で必要とされているのは圧倒的な力ではない。目の前の敵に対する知識と、それに対応する為の経験であった。
『そこの青色は一歩右に、黄色は左に寄って、ピンクの機体は足を広げて!』
鞠華達の操縦席に接近警報が鳴り響く。振り向けば後方から迫る人型機動兵器の姿が目に映る。大きさは5m弱、全長20mのアーマード・ドレスと比べればそのサイズ比は大人と幼児といったところか。
濃緑の装甲と太い手足がぱっと目に付くが、印象的なのは赤く光るデュアルアイ。
『なんだいきなり出て来やがって――!?』
『あら、あれって……』
「嵐馬! 百音さん、言う通りにっ!」
鞠華の叫びに、嵐馬は舌打ちをしながら、百音は了解と小さく呟いてその指示に従い機体を動かした。ゼスマリカの股下を潜り抜け、ゼスモーネとゼスランマの脇を通り過ぎ、道路に張り巡らされた電線を下を走って。
バンガードはゼスネームレスに突撃し、その手に持った機関砲が火を噴いた。先程聞いた拳銃と比べればずっと大きな音が下町に響き渡る。
『へぇ、やるじゃない。アタシ程じゃないけれど』
あえて仰角を上げて放たれた弾丸はゼスネームレスの『重力障壁』に従い落下し、その装甲に直撃する。
大量のヴォイドによって支えられた装甲を貫くほどの威力は無いが、それでも明らかにゼスネームレスはバンガードを敵として認識し。3対6個の瞳を蠢かせ、
『このままこっちでコレは浜辺に誘導する。逆佐君達で間違いないよね?』
「やっぱりその声、巧さんなんですね?」
外部スピーカーで鞠華と会話しつつ、タクミはゼスネームレスから放たれた
度重なる牽制に対し、完全にゼスネームレスはその狙いをバンガードに定めた。
『そう、場所が分からなかったら高橋に聞いてくれればっ!』
バンガードにバックステップを刻ませて。タクミは牽制射撃を放ちつつ、敵を海側に誘導する。ゼスネームレスは碌な判断力がないようで、完全に手玉に取られて動きをコントロールされていた。
「正直、このサイズ差だと辛いからさ。早めに来てくれると嬉しいかも」
『こっちも街を壊さないよう、急ぎますから!』
お祭り前の大騒ぎはまだ始まったばかりで、これからどう転がるかは分からない。けれど彼ら二人の心は同じで、この街に大きな被害を出すことなく事態を収拾させようと力を尽くす。
鞠華もタクミも他人の都合でこの場にやって来た。けれどだからと言って目の前で起こり得る悲劇を見過ごす真似は出来ないし。やれることを全力でやるのが彼らの流儀なのだから。
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