3-Ⅰ 致命的良心 Humanity in a Weapon
戦闘開始から十分。魔法少女ロートケプヒェンと蛸型眷属の実力は伯仲していた。その分、彼らのダメージを肩代わりするように、周囲の被害はより甚大なものとなっている。
現在の状況を見ると、市民の避難は既に済んでいるので(というより、昨日避難した市民が帰ってきていないだけなのだが)、敵性存在、即ち眷属の討伐が最優先となる。その過程で市街がどれほど破壊されようと、それらは必要な副次的被害として計上され、御伽社及び魔法少女は免責される。そもそも厄災や眷属が現れなければ生じえなかった損害であるから、その全ての責は彼らに集まるという考え方だ。
決して、ロートケプヒェンが好き好んで市街の破壊活動に勤しんでいる、或いは加担している、というわけでは、ない。
ロートケプヒェンの拳と眷属の触手が交錯する。しかし互いの攻撃は掠りはするものの、それが決定打とはなりえない。
「貴様、何故武器を使わない」
眷属が問いかける。
彼女のチェーンソーのことを言っているのだろう。ロートケプヒェンは不敵に笑った。
「あァ? そうだな……ハンデとフェアプレイ、どっちがいい?」
「前者による挑発と受け取っておこう」
「そうこなくっちゃな」
武器を使用するのも、それによって相手を一方的に
ロートケプヒェンが求め望んだ通りの、殴り合いが展開される。他者の介在を許さぬほどに、激熱に、苛烈に、戦闘に
武器は使わず、徒手空拳にて、あくまで対等に
彼女はにたりと笑む。このまま三日三晩戦い続けたって構わない。どちらかが音を上げるまで、半永久的に、命を奪い合いたい。そして、自分が膝を屈する気は毛頭なかった。
殺すのは彼女の中で既に確定している。ならば、どう殺すかだ。圧倒的に捻じ伏せて呆気なく殺すのも興を
徐々に、ロートケプヒェンの命中率が上がり、眷属の命中率が下がる。小細工を弄しない純粋な拳撃が眷属を捉えていく。触手を
「ッがふ……!」
人間であれば正中線のど真ん中、胸骨があるであろう箇所を撃ち抜く。内骨骼はなくとも、確かな手応えを感じた。
続けて一打、二打、三打。
撃ち込むごとに内臓器官が
しかしその再生も無限ではあるまい。ロートケプヒェンを始めとする魔法少女だって、無尽蔵に思える再生能力の基盤は摂食によるエネルギー補給だ。その原理を同じくしていないにしても、似たような、つまり有限であることには間違いはないだろう。その証拠に、殴打する内臓の感触や、迫り来る触手の勢いは、漸々として弱々しくなっていく。
「ほらほらどうしたお手上げかァ!?」
間断ない打撃を放ちつつ、尚もロートケプヒェンは相手を挑発する。ただで殺しはしない、圧倒的に虐げはしない、危なっかしい均衡の末に、何かが傾いて雌雄を決するような、そんな殺し合いがしたい。
ロートケプヒェンの戦闘への
『ロートケプヒェン。メアリーです。そのままでいいのでお聞きください』
インカムに通信が入った。
――ったく、冷や水をぶっかけるような真似してくれやがって。
ロートケプヒェンは内心で悪態をつきながらも、眷属の丸太のような触手を躱し続ける。
『当該戦域内に民間人が発見されました。救助班が保護・撤収するまでに討伐、或いは時間を稼いでください』
言われて(継戦に障りのない程度に)辺りを見回すと、倒壊したビルの陰、瓦礫に右脚を挟まれたのか動けなくなっている少年を見つけた。
舌打ちをする。
民間人を巻き込んでしまう可能性がある以上、縛りプレイに興じている余裕はない。
ロートケプヒェンは眷属から一旦距離を置いて、右手に愛用の得物、黒塗りのチェーンソーを出現させた。
「もうハンデもフェアプレイもなしだ。興が冷めた」
エンジンを起動させ、
対する眷属は周囲の瓦礫を触手で掴んで持ち上げ、同じように振り上げる。
ガィン! と派手に火花を散らして両者の武器と視線が交錯する。
「どうした魔法少女、エネルギー切れってわけでもなさそうだが」
「違げェし、さっさとお前殺して帰りたくなっただけだし」
チェーンソーを受け止める瓦礫が破断される。それとほぼ同時に、別の瓦礫を拾い上げた眷属が上方からそれを叩きつけた。ロートケプヒェンはそれをチェーンソーでいなす。
「今から尻尾巻いて逃げ帰ってもいいんだぞ!」
「抜かせ骨なし!」
敵の手数は多い。どれか一つでもまともに貰えばそれが致命傷となる。ロートケプヒェンは全ての触手に気を配り、かつ懐へ飛び込む隙を窺っていた。
ロートケプヒェンが懐を狙っているのは眷属も分かっているはずだ。自らに意識を集中させれば、件の民間人に気付かれて人質を取られるという間抜けな失態はせずに済む。
ブォン、と耳元で瓦礫が風を切る。
すれすれで躱した後に内臓をご開帳といきたかったが、そうは問屋が卸さぬ。別の瓦礫が破城槌の如く彼女に迫ってきた。大きく一歩を踏み込んでしまったロートケプヒェンは、これを避けることができない。
天地逆転。腹部に瓦礫の打突を直撃されたロートケプヒェンは、何度も地面に打ちつけられながら十メートル吹き飛ばされる。
「――ッ、ゴホッ、ガハッ! ……クッ、ソが……!」
追撃の隙を与えぬよう慣性を活かして立ち上がり、手放してしまったチェーンソーを再び手の中に出現させる。
エンジンを再起動、ギュイイイン、とチェーンソーが咆哮をあげる。
相手の距離が開けばそれだけ視野が広がる。そうなれば近くで動けなくなっている民間人を相手にも発見される可能性が高まる。故に、ロートケプヒェンは接近戦に専心せねばならなかった(元よりそれを得意としているのだが)。
ロートケプヒェンは内心で叫んだ。
――さっさと来てくれよ救助班! 何よりもあたしの楽しみの為に!
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