キルゼムオール;アズ・ア・ヒューマン

水ようかん

序 神父の棄却 Prologue With Lots


 どさりと石畳の上にほうり投げられる。

 冷たかった。

 石畳も、あたしに向けられる瞳も。

 でも仕方がないのだ。

 全部、あたしのせいだ。あたしが悪いんだから。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 繰り返す謝罪の言葉も摩耗してその意味をうしなってしまったのか、扉の前に立つその人は最早眉一つ動かさず、感情の一切を取り払ったように告げた。

「失せろ。お前は死んだ。死んだのだ。あの子と諸共に、価値なき屍体となったのだ。お前になど箭櫛寺やくしじの名をくれてやるものか」


 どんよりと曇った空から、冷たい雫が落ちてきて、あたしを濡らした。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 あたしはどうすることもできなくて、ただ謝り続けることしかできない。それだけが今のあたしに許された行為だった。いや、許されてもいない。ゆるされてはいけない。あたしがしたことは取り返しがつかないのだから。


 扉が大きな音を立てて閉まり、あの人は建物の中へ戻っていった。

 雨が徐々に激しくなっていく。

 ここはもう、あたしの帰る場所ではなくなってしまったのだ。

 あたしは震える脚でなんとか立ち上がり、門を出た。

 振り返ると、門の傍に留まっていた烏がぎゃあぎゃあと喚きながら飛び去った。烏にも自らの存在を否定されたようだった。

 あたしが今まで暮らしていた建物が、楽しい思い出でいっぱいだった家が、ちっぽけなあたしを見下ろすようにそびえていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 誰もそれを聞いてくれる人はいないのに、いたとしても赦されなどしないのに、あたしは謝りながら裸足で雨の中を歩いていった。


 寒い。お腹が空いた。脚が疲れた。淋しい。

 行く宛などない。けれどそれでも歩き続けた。

 これからあたしはどこに行けばいいのだろう。誰か教えてくれないだろうか。濡れた身体に傘を差してくれて、柔らかいパンと温かいスープをくれて、靴を履かせてくれて、あたしが眠るまで傍にいてくれる人は、いないだろうか。

 あたしには独りで生きていくことはできない。誰かがいないと、こうしてどちらに向かって歩けばいいのかも分からない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 がたがたと身体が震える。尖った小石でも踏んだのか、足がずきずきと痛む。

 あたしはこのまま独りでどうすることもできず、死んでしまうのだろうか。そうしたら、少しは自分の罪を償えるだろうか。

 疲れ果てて膝をつく。道の真ん中で、誰もいない雨の中で、とうとうあたしは座り込んだ。視界がぼやける。拭っても拭っても涙が止めどなく溢れてくる。

「うぅっ……うわあああああん――」

 まるでこの世界にあたし一人みたいだ、そう思うと胸が張り裂けそうになって、堪らなかった。

 あたしは悪いことをしたから、誰も助けてなどくれない。誰も助けてくれないなら、きっとこの涙がれるまで泣き続けて、そして――、


「どうしたの、うちの前で。ってずぶ濡れじゃないか! おいで、風邪を引いてしまう」


 雨は降り続く。

 空を灰色の分厚い雲が覆っているけれど、あたしはそこにお日様を見た気がした。

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