2 生きること、死ぬこと History of War


「だーかーらー、戦闘中に、その、い、イく、のを、やめなさいって言ってるんでしょうが!」

「しょうがねェじゃんよォ。興奮しちゃうんだもん」

「『だもん』じゃないでしょうが、まったく……!」


 百年前、世界は「ずれ」た。

 邪神を喰らった少女「厄災」の顕現により、世界は数多の平行世界を束ねて一本化された。過去の分岐点で選ばれなかった方、所謂いわゆる「ありえたかもしれない未来」を辿る別の世界と、我々の世界が、交わって統合され、あらゆる存在が相互的に可視化された。


「人の性質を云々したって埒が明かねェぜ。問題は、それをどう活かすかだ。違うかい?」


 のみならず、厄災の目的は「世界を滅ぼす」ことであると公言され、全くその通りに、世界中で彼女の手先の者である、眷属や信奉者を始めとした “端末ぶひん” が世界を滅ぼさんと跳梁跋扈ちょうりょうばっこしているのが現状である。


「アンタが言うなッ! 東京の方では、優秀な魔法少女が毎日活躍してるっていうのに……」


 それに対抗すべく現れたのが、彼女ら魔法少女である。苛酷な適合手術とリハビリ、そして戦闘訓練をクリアし、世界を守る為に戦う存在だ。魔法少女は御伽社おとぎしゃによって運営、派遣され、各所で厄災の脅威に果敢に立ち向かっている。


「ヨソはヨソ。ウチはウチ。そんなに東京の本社が羨ましいなら、異動しちまえばいいのさ」


 ただ、魔法少女は強靱な肉体を手に入れる代償に、寿命を失う。というよりは、生半可な負傷や病理では死ななくなる。これは裏を返せば、死ぬ時は戦闘での殉死じゅんしということだ。人を守る為の存在が人として穏やかに死ねないというのは、なんとも皮肉な話である。


「私の一存でどうこうできる話じゃないでしょう。それに、私がいなくなったら誰が大阪を守るっていうのよ」


 そして、御伽社大阪支社で魔法少女として研鑽と戦闘の日々を送っているのが、ここ社員食堂で大量の料理を食べながら談笑(?)する、赤パーカーの女椋路むくみち柘榴ざくろと、フリルをあしらった可憐なミニドレスを身に纏う女病葉わくらば若葉わかばである。


「ご大層な責任感ですこと。志が高いのは評価するけど、いずれそれが原因で死なないことを祈ってるぜ」

「余計なお世話よ。というより、戦闘で殉死するのは私達魔法少女の誉れでしょうに」


 テーブルにはステーキ、焼肉弁当、ジンギスカン、北京ダック、餃子、ティラミス、パフェ、チーズケーキ、高級チョコレートなどが乱雑に並べられている(前半は椋路のもので、後半は病葉のものだ)。

 魔法少女の凄まじい恢復能力は、膨大な熱量、つまりエネルギーに基づく。よっていつ如何なる時も出動要請に応えられるよう、不断に彼女らは戦闘に備え、食事を怠ってはならない。


「生きる為に死ぬのは結構だ。が、死ぬ為に生きるなよ」

「何それ。どう違うのよ」

 椋路は北京ダックを素手で掴んでかぶりつき、咀嚼そしゃくして飲み込んでからこう言った。

「あたし達は既に人であり人でない。兵器であり兵器でない。死に向かうのは人であれモノであれ一緒だが、最終的にあたし達魔法少女が何者かを決めるのは、あたし達自身とそれを見た人民だ」

「はぁ」

 病葉はパフェの上に乗ったアイスクリームをスプーンでひと掬いして口に運ぶ。つまらなさそうに椋路の話を聞いていた。

「それで? 生き死にの手段と目的との関係については?」

「まァそう大した話じゃねェ。好きなものの為に生きてこそ人間らしいってことだ」

「ふぅん。魔法少女になってその辺りはすっぱりと割り切ってるものだと思ってたけど、案外ロマンチストなのね、柘榴」

 さくらんぼを口に放り込んで病葉。

 椋路は骨に付いた軟骨をぼりぼりと噛み砕く。

「魔法少女であろうと元が人間であることに変わりはねェだろ。ならば死に様は選べないにしても、人間として生きようと藻掻くことに何の不可思議があるよ?」

「そういうのをロマンチストって言うのよ。私達は兵器として戦場を駆け回って、運が悪ければそのまま野垂れ死ぬ。そういう結末おわりを受け容れて了承したから、私達はここにいる」

 椋路はナイフを手に取ってステーキを切ろうとして、気が変わったのかそれを置き代わりにフォークで串刺した。溶けたバターが垂れて熱い鉄板でじゅうじゅうと音を立てる。

 脂が飛び散るのに眉をしかめながら、病葉は底のコーンフレークをスプーンで掻き出してクリームに絡めて口へ運ぶ。

「そうは言っても、アンタだって魔法少女になる前はもうちょい可愛げのある生き方してたんだろ?」

「何も変わらないわよ。私はね、今も昔も、美しく死にたいの」

「美しく死ぬって、何だそりゃ。ロザリア・ロンバルドみたいなか?」

「違う違う、屍体が美しいとかそういうんじゃなくて、死に様のこと。私は、みっともなく死ぬんじゃなくて、華々しく死にたい。だからね、柘榴、あなたの言葉を借りるなら、私は死ぬ為に生きてる」

「……だったら、あたしが云々する範疇の外だな」

 椋路はこれを、動的な死を重視していると理解した。

 病葉は死そのものではなく、生ありきの死を求めている。それは停滞した生ではなく駆け抜ける生であろう。

「私の話はいいのよ。柘榴はどうなの」

「あァ? そうだな……」

 椋路が指に付いた脂を舐め取りながら考え込むと、丁度インカムに通信が入った。

「はいはい椋路」

『こちらメアリー。再び眷属が出現したようです。座標は大阪市中央区、御堂筋と千日前通の交差点です』

「またかよ。昨日と同じヤツ?」

『同定は未完了ですが、外見を鑑みるにおそらく同一個体かと』

「懲りないねェ」

『どうやら骨のある敵のようですね。蛸ですが』

 何か言いたげな病葉に「また今度だな」と言って、椋路は出動の準備を整え始める。

 尋常の魔法少女であれば、普段着と戦闘装束は使い分けるが、椋路は物臭な性格で、常に装束を身に纏っている。

 故に、

出動準備完了おきがえおしまい

 彼女はパーカーのフードを被るだけでよかった。

 へそを露出する赤いパーカー(胸部には「Buster」と書かれている)、下腹部を露出するローライズのショートデニム、ピンヒールのロングブーツ、これが椋路の普段着であり戦闘装束である。

「そいじゃ、行きますかァ」

 彼女は、フードの着脱で己の精神状態をある程度作為的にコントロールしている。フードを被れば冷静に、フードを外せば苛烈に。さながら怜悧れいりなる殺戮者、狼の如く。


 大阪市中央区、近鉄大阪難波駅と大阪メトロなんば駅の直上。ドトールコーヒーの傍の出口から悠々と出てきた魔法少女ロートケプヒェンは、早速対象を発見する。

 先日の破壊行為に対する復興工事も始まっていないのに、更に暴虐の嵐が渦巻いていた。市街は今や鉄筋とコンクリートの墓場だ。

 その中心で、放置された大型トラックが、青紫の巨大な触手に掴まれ、宙を舞っていた。放り投げられたトラックは、ゆっくりと放物線を描き、地下の出入口、即ち、ロートケプヒェンに向かって落下する。

 バゴン! と大きな音と共に、そのトラックはひしゃげて数メートル弾き飛ばされた。

「随分なご挨拶じゃねェか」

「昨日の返礼としちゃ、まだまだだよ、ド変態」

 腰を沈め拳を振り抜いた残心の状態で口端を歪めるロートケプヒェン、ゆっくり振り向いて触手を揺らめかせる眷属、両者が互いに睨み合う。

 彼女に殴り飛ばされたトラックからオイルが漏れ、炎上するのを契機に、戦いの火蓋が切って落とされた。

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