3-Ⅱ 致命的良心 Humanity in a Weapon


 縦横無尽に瓦礫を振り回す眷属、電光石火で跳び回り翻弄ほんろうするロートケプヒェン。つば迫り合い、と言うにはいささか以上に歪であるが、まさしく彼らは、チェーンソーと瓦礫で以て、そう形容するに遜色ない攻防を繰り広げていた。

 その拮抗(膠着こうちゃくと言い換えてもいいが)を破ったのは、蛸型眷属の方だった。

 眷属は、二本の上腕の付属として有する四本の触手の内の二本を費やして廃車を掴み上げ、横薙ぎに振るった。

 これに対しロートケプヒェンは距離を取るのではなく接近し、廃車を掴む触手の下に回り込みこれを一本切断する。眷属の制御を離れた廃車は遠心力で吹き飛び電柱に激突、炎上した。

 切断した触手が再生するまでの間に、眷属は一旦距離を取ろうとし、ロートケプヒェンはそうはさせまいと距離を詰める。大きく後ろに跳んだのが運の尽きだ。空中にいる間は転換できない。

 眷属が着地した瞬間、懐に飛び込む。

 血を求めるのは、チェーンソーかロートケプヒェンか。

 駆動した刃が眷属に迫る。

 ――貰った!

 そして、


 パァン! と乾いた音が響いた。


 それから一瞬遅れて、ロートケプヒェンが仰向けに倒れる。

 彼女の凶刃が眷属の肉を断つことはなかった。

 眷属の手には拳銃S&W M39が納められており、それは銃口から硝煙を漂わせていた。

 ロートケプヒェンの額に空いた穴は一筋の血を流した後、すぐに塞がる。

「奥の手は最後まで隠しておくもんだ。そうだろう、魔法少女?」

 眷属は拳銃を懐に仕舞い、ロートケプヒェンの胸部を踏みつける。

「――テ、メェ」

 意識を取り戻したロートケプヒェンが藻掻くが、眷属の足は岩のように重く微動だにしない。

「己が身のみをたのんで戦闘に臨むもまた良し。が、これは決闘ではなく戦争であり、大願成就の為、我々は兵器開発にも着手したというわけだ」

 眷属が淡々と告げる。

AMG対魔法少女弾。まだ試作品に過ぎないが、不意を突くには充分な成果を発揮してくれた。重要なサンプルデータだな」

 一方ロートケプヒェンは、不意を突かれた怒りよりも先に、近くにいるはずの少年が気がかりだった。

 今は戦えなくとも、時間稼ぎならできる。

「ハッ、『対魔法少女』だァ? 一秒もすれば完治する傷の為に研究の時間を割くたァ、無駄足ご苦労様と言う他ねェなァ」

「その一秒さえあれば、こうしてお前を靴の泥落としに使える」

 ぐりぐりと眷属の足が胸を圧迫する。肋骨に激痛が走る。二、三本は折れただろう。

 救助班の到着はまだか。このままでは、不味い。

「通常の弾丸ならば一秒もかからず再生するだろうな。意識を奪うにも足らん。だからこそ、これは大きな成果だ」

 何度も「大きな成果だ」と呟きながら、依然として眷属はロートケプヒェンの胸を踏み続ける。

「オイ、蛸野郎。その弾丸には、一体何を使ってやがる」

「少しでもこちらの情報を引き出そうという魂胆か。いいだろう。知ったところでお前らが魔法少女である以上、どうこうできるものではあるまい」

 ――「魔法少女である以上」?

 まるで魔法少女の致命的な弱点を知悉ちしつしているかのような口振りだ。

「いいぜ、うそぶいてみろよ」

 眷属は懐から弾丸を取り出し、かざした。

「これにはな、我らが首魁しゅかいたる厄災の、髪や爪を粉末にして入れてある。弾頭に仕込まれた厄災の粉末が、魔法少女の身体に反応して細胞の破壊をもたらす、そういう仕組みだ」

 だが、と眷属は続ける。

「お前も気になるだろう? 魔法少女が魔法少女たりうる証、その子宮にいただコアを直接撃ち抜けば、どうなるか」

「ッ!」

 しゃがみ込んで、ロートケプヒェンの下腹部に浮かぶ紋様を弾丸でこつこつと叩く。

 それは不味い。一瞬とはいえ、まともに当たれば意識を失うこの弾丸を、コアに直接撃たれるのは、かなり不味い。ロートケプヒェンの “野生の勘” がそう告げている。

「ったく、いい趣味してんなァ」

 このままでは、何秒意識を奪われるか分からない。五秒か、十秒か、はたまた一分か。いずれにせよ、救助を待っている少年が見つかるのは時間の問題だ。

「そう焦る必要はない。いいか、よく見ているんだな。今からこの弾丸をゆっくりと装填して――」

 ふと眷属の言葉が切れる。

 ロートケプヒェンは眷属が自分を見ていないことに気付き、眷属の視線を追う。嫌な予感がした。

 眷属は右脚を瓦礫に挟まれた少年を凝視していた。そして彼はにたりと笑った。

「……そうか。そういうことか。そういうことだったのか!」

 眷属はくつくつと笑みを漏らして、瞬く間に弾丸を拳銃に装填した。

「お前が! 戦闘中に絶頂したりハンデだ何だのとのたまったお前が! よもや一般人を気にかけていたとはな! 道理でやけに大人しいと思ったのだ!」

 眷属は銃口を少年に向けて叫んだ。

「だが生憎だな魔法少女! 戦闘や会話で時間を稼ごうとしていたようだが、その努力も水泡と帰した! お前に絶望をくれてやろう、魔法少女ォッ!」

「――や、めろォーッ!」

 ロートケプヒェンはチェーンソーを手の中に出現させ、エンジンを起動して眷属の脚を切断しようとする。

 乾いた音。

 チェーンソーは眷属の脚の皮を数枚切るに留まり、一般人の少年には、傷一つなかった。

 がらんとチェーンソーが地に落ちる。

 ロートケプヒェンは、意識こそ保っていたものの、自らの下腹部が激痛をはしらせているのを感じていた。

 ロートケプヒェンの下腹部の紋様、子宮の上半分にフードを被せたような意匠の紋様の中心に、赤い点ができていた。その赤い点は、ぶしゃりと赤い液を噴き出し、滔々とうとうとそれを垂れ流し始めた。

「……兵者詭道也兵は詭道なり。最初からずっと、俺の狙いはお前だ、魔法少女」

 狙いあやまたずロートケプヒェンの子宮に発砲した眷属は、瞳に一切の感情を窺わせないままそう言った。

『民間人の保護・撤収完了しました。ロートケプヒェン、眷属の討伐もしくは撃退を……ロートケプヒェン?』

 耳に装着したインカムからメアリーの声が聞こえる。が、ロートケプヒェンは、言葉を返すことができなかった。

 ――あァ、クソ。カッコ悪りィ……。けど、アイツが助かったんなら、まァ、いいか……。

 ロートケプヒェンの意識は、メアリーの叫び声を聞きながら、泥濘でいねいに沈むように失われていった。

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