飛んで胃に入る夏の火山
ここはとある地方の館。若くして両親をなくした少女ミリと、その姉フラールが共同でやりくりしている。とはいえ、不健康で不運な妹と変態の姉だ。二人だけで経営がうまくいくはずがない。
主に雑用、その他もろもろの庶務をこなすメイドは一人。名をランという。
また、ミリ専属医師はエリー。フラールとはグルで活動する。
その他には彼女の弟子のサラと、ミリの友人リージュが住んでいる。
六人で住むにはあまりにも広すぎる洋館。そこで繰り広げられる奇天烈な日常の先には、何が待ち構えているのだろうか? ぜひあなたの目で見届けてほしい。
(唐突且つ誰も得をしないあらすじ的なもの)
☠
――ミリ様、おはようございます!
相変わらず、疲れの取れない睡眠が続く。ランの、自らとは正反対の要素を持つ挨拶に起こされるからではない。
「あれ、なんだか具合が悪そうですが、どうかされました? 悪夢とか」
「まあ、悪夢かもしれないわね……。ここのところ、毎日腰が痛くて、舌が動かしづらくて……、ああ、あと、股に違和感。そして強烈な胃もたれ」
「……えーーと、今日の朝食はどうされます?」
「抜いてちょうだい。その代わり、お昼をたらふく食べるから」
一礼し、ランは部屋を後にした。
ミリは健康を犠牲にしている。そう断言してしまうといささか語弊がある気もしないでもないが……、間違いでもない。
というのも、彼女は毎日毎日事務的な作業に明け暮れる一方で偏食気味であるからだ(姉フラールと医師エリーのセクシュアリティにどっぷりつかったハラスメントな行動はさておき……)。そしてその「偏食」の主役となるのがトウガラシだ。一日中机に向かっているために刺激が欲しいのか、ランが失敗作として出し渋っていた激辛夕食を食べた時からミリは辛みにはまっている。
そしてもう一つ、彼女は近頃コーヒーを愛飲している。フラールに言わせれば「焦げた豆から抽出した泥水」となるこの液体は、これまた偶然にもランの失敗から生まれたのだが……、それはまた今度の機会に。
さあ、そうこうしている内に、館に昼が来た。いくら食欲がないとはいえ、命の危機がない限りは代謝で腹は空く。だから例にもれず三大欲求の一つに苛まれ始めたミリはいそいそと食堂へ向かった。
「こんにちは。もう少しで出来上がりますので、しばしお待ちを」
どこから出てきたんだ。ランはよく唐突に後ろをとっていることがある。挨拶はいいから早く調理を再開してほしい。ミリがそう告げると表情一つ変えずに承った。
相変わらず無駄に長い食堂と無駄に長い食卓には、リージュだけが読書をしながら前菜のスープをたしなんでいるのが見える。
「今日は何を食べるの?」
「ん。にわとり」
「はあ。いつも図書館に引きこもってて、さらにそんなに食べてたら太るんじゃないの? ただでさえ少し太ましいのに――」
「可憐で華奢な本の虫に、そんな呪詛は効かないわ~」
「いや、どこがよ」
「本はあなたよりも数千冊おおく読んでるじゃない」
「それの前よ」
ここで、ランがちょうど二人の食事を作り上げたらしい。「今すぐ」という掛け声とともに、類まれなるバランス力で二品を両手で運ぶ。
「はいお待たせしました。リージュ様の”鳥のカドリミ風丸焼き”と……」
丸い蓋を開けると、中でこもっていた水蒸気が顔面を通過する。それとともに極上の香りが嗅内皮質を刺激する。
「続いてミリ様専用、”創作料理:火の海とカルフ火山”でございます」
丸い蓋を開けると、中で地獄を彷彿とさせるように煮立った赤黒いスープが咳き込みを強要する蒸気を発する。それととともに死の香りが大脳基底核を刺戟する……。
「そんなもの食べるミリもそうだけど、作る側も作る側よね……。ラン」
「いえ、なにも好んで作っているわけではありません。こちらも大変なのですよ。特にスープを煮立てている時なんか、咳が止まらなくて」
「そこまでなのね……、ミリ、あんまり辛いもの食べてると、体臭が刺激的になるわよ?」
「た、体臭とか言わないで」
しかし、言葉だけ見ればミリも恥じているようではあるのだが、火砕流に飲み込まれる都市の悲劇を具現化したような激辛料理に没頭する彼女には、「食べているという行為」以外の認識が無いようでもある。
これ以上の会話も何も生まないことを理解して、リージュも下品な洒落を続けざまに発しながら鶏肉を貪り食う。……ミリがここまで強烈な個性を放つ料理を食べなければ、あたかも一人晩餐会をするような“昼食”のリージュに視線が行くのだが。
ここで言えることはただ一つ。
「館での常識人はランのみ」である。
※ちなみに、この章では「ほぼ実話」をめざして頑張ろうと意気込んでおります。
あと、いよいよ次のエピソードでミリの胃がやばいことになります……。
傷に花咲く少女多難 凪常サツキ @sa-na-e
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