猟奇的診断「頭痛」


「さて、昨晩はお楽しみでしたね」

「あら、盗み聞き? お世辞にも言い趣味とはいえないわよ」

 彼女が自分から何を言おうと、そして誰が何と言おうと、エリーが悪趣味なのはゆるぎない事実である。現にこの診察室も、ミリの治療を施した時と同じで、何の改善点も見受けられない。

「いえいえ、私はずっと診察室にいましたよ。でも、お二人の愛が大きすぎて、ここまで聞こえてしまった……、ということです」

「あ……、それは失礼」

 恥じ入るフラール。それが本心からなのかはたまた演技なのかはわからないが、それはともかく、この異常な部屋で平常心を保てているということに注目すべきだ。

 説明が遅れてしまったが、今はエリーの診察室にて、フラールが彼女の意見を聞き出しに来ていた。

「コホン……、では改めまして、ミリにはどんなをほどこしてくれたんでしょうか?」

 エリー医師は悪趣味である。これは、先ほど証明に成功した。しかし、この対談を聴いている限りは、フラールも相当な狂人だ。妹を自分好みに改造し、欲求を満たそうとしているのだから。

「彼女には、“丸いもの”を見ると無条件に頭痛をおこすように条件付けしておきました」

「丸いもの、ですか」

「そう、ランがここに彼女を運んできたとき、失神中の彼女に様々な物品を見せて行きました。そのなかで、最も反応が強かったのがお皿でした

 そこで、私はミリさんの目を開いたまま手術台に寝かせ、天上には丸い模様を目いっぱい書いておいたのです」

 フラールが上を見る。と、おびただしい数の円が目を犯してくる。さすがにこれにはフラールも気味の悪さを感じたのだろう、目線を下に戻す。

 ちなみに補足しておくと、ミリは自分の幻覚によって「皿」に対して恐怖心を抱いていた。エリーはそれを見事見出し、手術(=のオンパレード)中に円に対する条件付けを施したのだ。……どうして私はこんなことに補足をしているのだろう?

「ああ、そうそう、昨日のお薬、あなたの希望通り興奮剤を多めに混ぜて調合したのだけれど、ミリさんはそれを理解しているのかしら?」

「いえ、今のところはまだ……まあ、シーツがビショビショだったことを理由にかなり怪しまれましたが」

 笑うフラール。つられるエリ―。何がそんなにおかしいのだろうか。疑問が募るばかりであるが、二人の笑いの沸点が常軌を逸していることは間違いない。

「あまりイジメすぎないように。記憶も完全に無くなるってことじゃないから。たしかに鎮痛剤のなかに記憶削除効果のある薬草も混ぜたわ。でも、それはその場しのぎでしかない。体の疲労や快感は残るし、何より抗体が出来てしまっては、薬の効果も薄れるわ」

「ご忠告ありがとう。なら、最悪効きづらくなってきたら、イキ狂わせて記憶混交ってのもいいのよね? じゃ、そのために媚薬一か月分お願いできる?」

「そこの棚にあるやつ、全部もっていっていいわ」

 エリーの冗談ともとれる言動を、フラールは愚直にも実行に移す。

 今後しばらく、ミリの脳は脳内麻薬を製造するためだけの臓器となりそうだ……。



――――――


  【診断書】


氏名:ミリ・デリカート 様 [男・(女)]


生まれ:[本人の意向により削除]年11月2日

病名:恐怖条件付けによる突発性緊張型頭痛

初診年月:7月1日


 上記の通り診断します。


館内総合施療院

院長・医師 エリー・マディリス

   

  [以下余白]

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