第020話 現状維持

「ああ~っ! 体、いってえ……」


 彼の目覚めはいつにも増して気怠けだるいものだった。少し動くだけで全身の筋肉が悲鳴を上げ、体温も全力疾走した直後くらいの熱を持っている。


(部活にいそしんだ学生時代以来のしんどさだ……クソ、いい歳して気張るもんじゃねえな)


 そんな中年の入り口に立っている青年──シュウの一日は本日も元気控えめで始まる。




「雪女にハグされたい……」

「なになに、雪女? 新しく仲間の候補?」


 ソフィに昨日の疲れは見られない。シュウはそれがうらやましく、そして恨めしくもあった。


「ただの妄想だから気にすんな」


 激戦から一晩が過ぎるも疲れはほとんど抜けていない。むしろ今が痛みのピークである。現在、彼の体は修復作業の真っただ中であった。


(……動くのがつれえ。できることなら動きたくないんだけど……適度に動いて飯をしっかり食った方が治りは早いからなぁ)


 苦痛解消の近道──その一心で、シュウはぎこちないロボットダンスのような動きをしながら酒場へと歩を進めた。




「よう、お前らもかなりキテるみたいだな?」

「いや~、ヤバいっす! でも、これも生きてるって証拠っすからね! いっぱい食ってさらに強くなるッす!」


 酒場にはシュウと同様にぎこちない動きの男たちで溢れていた。

 大の大人がそろいも揃って苦しむ様は少しばかり滑稽こっけいである。


「だな。ただ、こういう時はやっぱり肉だ。肉が食いてぇ」

「それは確かに! でも贅沢言える状況じゃないっすからね。前に比べれば食えるようになっただけでもありがたいことっすよ」

(コヤツ、若いくせに中々殊勝しゅしょうなことを言いおる。かく言う俺も同じ未熟者だけども)


「お前らは今日休みなのか?」

「はい! 隊長が休みにしてくれたんすよ~。マジ助かったっす」


「よかったな」

(働かせようとしたところで使いものにならんだろうし、カイルの判断は妥当だな。

まあ、動けるようにするだけなら回復魔法を使えばいいんだけど、今回それをするのはもったいねえ。それにセリアンはそういった魔法は使えねえらしいからな)


 回復魔法は負傷箇所の修復するものであり、健康だった以前の状態を目標に体の状態を戻すだけである。そこに肉体的な強化は発生しない。


 更に強くなるためには経験を己の力で血肉に変える必要があり、回復魔法を使って無茶な訓練を繰り返すといった強引な方法は存在しないのだ。


(まあ、自己治癒力の強化だったら問題ないんだけどな……ああ、そうだ。俺はそれができるんだから、やっとかないとな)


 朝食を済ませたシュウは自身に自己治癒力を高める補助魔法を掛けたのち、カイルや村長らと今後の相談をするために村長宅へと足を運んだ。




「ハッキリ言おう。休みたい」

「まあ、そう言うな。俺だって休みたいのは山々だが、これも仕事なんだ。それに時間もそこまで掛からんから」


「カイル坊もすっかり立派になったのう……あんなにクソガキだったというのに」

「おいジジイ! 昨日から散々イジっただろうが!? そろそろマジで勘弁してくれ!」


「ほっほっほ。まあ、冗談はさておき……昨日はなかなかに大変だったようじゃな」

(完全に玩具おもちゃにされてんな……まあ、人としてもリーダーとしても年季が違うもんな。頑張れよ、カイル)


 村長が仕切り直すようにわざとらしい咳払いをする。


 場をかき混ぜたのはアンタだろうが──そう言いたいカイルであったが、時間をこれ以上無駄にしないためにグッとこらえて本題へと話を進めた。


「まずはアンデッドの浄化について……これは無事やり遂げることができた。これで村が襲われることはないだろう」

「あいわかった。これで一安心じゃな」


 カイルと村長の非常に短いやり取り──本来であれば戦場の浄化は一言で済ますような事柄ではないのだが、今回ばかりはそうも言ってられなかった。なぜなら、それよりも重要な事項が次に控えているからだ。


「次に我々が遭遇したデモニアの魔術師たちついて……これはすでに俺の上司へ伝令を送っている」

「まっ、そうなるわな。話の規模が大き過ぎて俺たちだけでどうこうできる問題じゃない」


「その通りだ。この件に関しては上からの指示を待つことになる」

「で、その待っている間、俺がジャックの面倒を見るってわけだな?」


「そうなる。様子はどんなもんだ?」

「大人しくしてるぞ。俺が渡した本を気に入ったみたいで、今も夢中で読んでるみたいだ」


「そうか、問題がないならば言うことはない。もし何かあったら俺と村長にすぐ知らせてくれ。そして、もしもの時はわかっているな?」

「ああ、ちゃんとわかってるよ」


 個人の手に余る大きな問題であるためか、話し合いの結果はセリアンの上層部の判断を仰いで待機、という名の現状維持となった。

 ただ、ジャックに何か(暴走などの)異変が起きた場合は即座に処分するということが決まる。


 元がセリアンとは言え、リカージョンという怪しげな存在に変化したジャックのカテゴリーは魔物以外の何物でもない。

 全員がそうならないよう願いつつも、何かを守るためには非情さと相応の覚悟は持っておくべきだ、というのが三人が出した結論であった。


「それでシュウ殿はリカージョンの監視もあることじゃし、約束通りしばらく村に滞在されるのじゃろう?」

(おっと……すっかり馴染んでたけど、この村にとって俺は余所者よそものだったな)


「ああ、世話になる」

「世話になっとるのはわしらの方じゃて。お前さんは恩人じゃ、村人たちも歓迎するじゃろうよ」


 シュウのこの村での立場はすでに安泰であった。崩壊寸前の村を救った恩人──それがシュウに対するこの村の住人たちの認識だ。悪さをしない限り彼はこの村で自由に動き回れるだろう。


「そんじゃ、寝床ねどこ移動させんのも面倒だし、今のままテントにいようと思うんだけど……構わねえか?」

「ああ、儂はそれで構わんよ。カイル坊はどうじゃ?」


「俺もそれで構わない。あんまり変なことはしてくれるなよ?」

「はいよ」


 その返事と同時にシュウは立ち上がって村長宅をあとにした。




(結局、カイルも上から指示をされないと動けない立場だもんな。考えるのはお偉いさんに任せるしかねえ。ああ、けど俺を村に入れたのはカイルの独断だったな……まあ、それくらいだったら大丈夫だろうし、責任を取るとしてもカイルだから気しなくてもいいか。さて、やることはやったしあとは……)


 彼は現在、肉体的にはもちろんのこと精神的にもかなり疲労が溜まっていた。

 肉体は用を足すのですら一苦労で、精神はそんな肉体に引っ張られてありとあらゆることがめんどくさい状態──となれば彼の取る行動はただ一つ。


「よし、寝る」


 配下たちに緊急事態以外では絶対に起こすなと釘を刺し、彼は布団にくるまって早々に意識を夢の世界へと旅立たせるのであった。

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