第002話 洞窟の外

 異世界へと拉致された直後──被害者である柊一は全ての元凶である妖精に不満を全力でぶつけていた。


「何もかも全てお前のせいだ。責任を取ってこれから俺を養え。まずはとりあえずこの空間を快適にしろ。俺は一切手伝うつもりはねえ!」

「ご、ごめんなさい~! でもでも~、私一人じゃこの状態をどうにかなんて絶対できないよぉ!」


 柊一は連れ去られたばかりで現状の把握は一切できていなかったが、なかばヤケクソ気味に腰の低い犯人へと要求を突きつける。


「じゃあどうする? 契約解消して消し炭にしてやってもいいんだぞ? あ?」

「タイムタイム、ターイム! 別の方法ならあるから! だから話を聞いて? ね? ね?」


「……言ってみろ」

「この洞窟の周りは森なの。そこにはいろんな魔物がいて、中には私たちの役に立つ者もたくさんいるわ。だから、それらを配下にしましょう!」


「そうか、なら行ってこい」

「私じゃダメだよ? 魔導書の妖精は魔物を配下にできないの」


「……」

「わあ~! ごめんなさい、ごめんなさい! だから指を引き絞らないで~!」


「……ハア、やり方を教えろ」

「や、やってくれるの?」


「黙れ。聞かれたことにさっさと答えろ。この羽虫が」

「はい! ただちに答えるであります! まずはですね……」


 柊一にこっぴどく罵倒されながらも、妖精のソフィアことソフィは素直に柊一の言うこと聞いた。

 それは決して責任を感じたなどの殊勝な心掛けがあったからではない。


 彼女は無意識のうちに自分の人選が間違いではないと感じていたのだ。この男に付いて行くことが自分の──ひいては創造主の望みに繋がると。


 何が望みであるのかということの記憶にはもやがかかっていたが、ソフィの胸には無自覚ながらも芯のようなものがあった。

 ともあれ、彼女はまず柊一に求められたこの世界のことについて簡単な説明をする。


「つまりなんだ……ここは魔法が存在する世界であると?」

「そういうこと!」


 無邪気なソフィに対して思わず頭を抱える柊一。

 しかし、そんな行動とは裏腹に彼はすでに自分が置かれている状況を受け入れ始めていた。


 柊一はどちらかと言えば疑り深い性格をしていたが、実際に自分が体験したことに対してはすぐに受け止めて、その現実から逃避するということはしない。

 ただ、だからと言って甘んじてそれを受け入れられるほど彼の性格は穏やかなものではなかった。


「で、肝心の俺はその魔法や技能とやらを使えるのか?」

「それはもうバッチリ! 私との相性もバッチリだし言うことなしだよ!」


「お前との相性ね……ハッ、まったく嬉しくねーな」

「も~、そんなに照れることないのに~」


「……」

「わあ~! デコピンは、ボディはやめぐふぇっ!」

(文明社会の休日から一転、見知らぬ土地で見知らぬ妖精と魔法だ何だ……なんて状況だよ)


「は、腹が……」

(こんなのがガイドとか不安しかねえが、じっとしてても誰かが助けてくれるわけもない。自分のことは自分で何とかしねえとな)


「うるせえ、さっさと起きて行くぞ羽虫」


 苦痛に顔を歪める妖精を魔導書に挟み彼は洞窟の出口へと向かう。洞窟の出入り口は一箇所で、そこには素朴だがどこか品のある扉があった。


 彼がドアノブに手を掛けると扉に施されている模様が光り、カチャリと開錠されたような音が鳴る。

 そして扉を内側に開くと、そこには視界を覆い尽くす深い緑の森が広がっていた。ソフィの言葉通り、洞窟は深い森の中にあったのだ。


「快適な連休引きこもりライフから一転、お外で魔物探し……人生って、ままならねぇな」




「あーダルい。あーめんどくさい。エアコンとビールが恋しいぞ……」


 配下にする魔物を見つけるため柊一は森の中を延々と歩き続けている。


「おい、まだ見つかんねえのか?」

「ん~、使えそうな子はいないねー」


「お前がいるつったんだろう? まさか嘘か? あ? お茶を濁しただけか?」

「嘘じゃない! 嘘じゃないから! だから指を引き絞らないで! ボディはもうやめて!」

(この羽虫……もとい妖精はアテにならん。こりゃ収穫ゼロの可能性もあるぞ)


「ハア、ついでに食料も集めとくぞ。こんだけ歩いてまったくの無駄足はごめんだからな。この辺に俺が食えるもんはあるのか?」

「それは任せて! 魔導書には図鑑とか調理本なんかを"読込"んであるから、その辺の知識はバッチリよ!」


「"読込"……もしかして本を取り込むだけで、その内容を把握できるみたいな感じか?」

「そうそう、まさにそんな感じ」

(便利な能力だな。妖精はポンコツだけどこの本は結構役に立ちそうだ)


「あーそれと今更なんだけどよ。何で俺とお前は会話が普通に会話が出来てるんだ? 世界が違うなら言葉も違うだろうに」

「フッフッフッ、それは私が宿るこの本が魔導書だから! この魔導書には持ち主と相手の意志疎通を補助する"魔力言語"の機能がついてるの。契約者となったシュウは今後この世界で言葉に不自由することはないわ!」


 自慢するように胸を張るソフィであったが、残念ながら柊一の心には一切響かない。むしろ魔導書の有能さも相まって、その様はまさに道化そのものであった。


「……」

「な、何よ?」


「……フン」

「鼻で笑われた!? なんだかもの凄く馬鹿にされた気がする!?」


「うるせえ、黙って進みやがれ」


 二人はその後も食料を集めながら役に立ちそうな魔物探しを続けた。食料はキノコや果物の他に薬草のたぐいも集まったが、肝心の魔物はいまだ見つからない。


「毒キノコはヤバいらしいからな……絶対間違えんなよ?」

「わかってるわかってる~」

(本当に大丈夫なのかね……この能天気な態度を見ると不安になる。そうだ、まずコイツに毒見させればいいんだ。うん、絶対そうしよう)


「今日のご飯はキノコ汁~、キノコ汁~」

「本来の目的を見失うなよ? 魔物を見つけろ、魔物を」


「はいはーい、と見つけたー!」

「おっ、ついに第一候補発見か?」


 第一候補を発見した彼らは、息を潜めてゆっくりと近付いていく。

 そして、彼はようやく妖精以外の魔物の姿を視認した──

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