第009話 即席病院

「あー、こりゃチマチマやってたら色んな意味で手遅れになるか……」


 負傷者の命、住人の体力、人手に物資──シバの村の状況はまさに虫の息であった。


(民家のベッドは負傷者で埋め尽くされてる所か外にまで溢れてやがる。それじゃ衛生面も良いわけがねえし、住民の生活すらもままならないって感じだな)

「一々俺たちが回るより、病院みたいに負傷者を一箇所に集めてながら治療した方が効率がいいな。そこの兵士の兄ちゃん、どこかに手頃な空家か空地はないか?」


「ハッ! 空家はありませんが空地ならあります!」

「そこに案内してくれ。ああそれと、シーツみたいな大きな布を集められるだけ集めてくれ。どんなに汚れててもいいからありったけ頼む」

「「「「「ハッ!」」」」」


 シュウは早速カイルが付けてくれた若くて活きのいい兵士数人を使うことにした。

 その選ばれた若者たちは今までやり場のなかった元気を使えるとあってかなり気合が入っている。


(しかし、うるせえな。やる気があるのは悪くねえんだけど、ありすぎる奴は暑苦しくてどうも苦手だ)


「ここであります!」

「おう、サンキュ。それじゃ俺たちは今からテント作るから、アンタらはちょっと離れてくれるか?」


 兵士たちが不思議そうにする中、シュウは魔導書から今か今かと待ち構えていた配下たちを呼び出した。


「お前ら出て来い。仕事の時間だ」

「や~っと出番ね! 待ちくたびれたわ!」

(うるせえのが増えちまった……めんどくせえから、羽虫は無視してとっとと進めちまおう)


「まずは軍曹。"土魔法"で地面をならしてくれ」

『はいよ、ボス』


 ハイド・トラッパーの軍曹は森で罠や奇襲を使いこなす狩人である。しかも"土魔法"で更に狩猟能力を高めているため、森の中ではかなり上位の存在であった。ただそれも体調や生態系が通常だった時のものであるが──


「ワイズとダリアは柱と屋根の用意」

「ほーい」

「了解しました」


 柱には森で切り出しておいた丸太を使い、屋根には同じく森で見つけた竹に似た構造を持っていた木を使う。


「スフィは集まったシーツをいつもみたいに綺麗にしてくれ」

『おっけ~』


 スフィはシュウの"共鳴"により基礎能力──特に技巧が上がったため、"分解"で衣類の汚れも隅々まで落とせるようになっていた。


「よし、作業開始!」


 配下たちがテキパキと作業する中、手持ち無沙汰ぶさたな一匹がシュウの視界をウロウロする。


「ねえねえ、シュウ? 私は?」

「静かにしてろ」


「うう~」

「冗談だ。ざっとでいいから村の負傷者を"鑑定"してこい。命の危険がある奴を見つけるんだ。いたらそいつを優先的に治療する」


「もうっ、シュウの意地悪! あっ、でもこれってもしかして好きな子には意地悪しちゃうってやつ? や~ん、困っちゃうな~」

「……そうだな。俺はソフィが大好きなんだ。だから、どんなに意地悪なことしても許してくれるよな?」

「ゴメンナサイチョウシニノリマシタ。だからその顔で怖いこと言うのやめて~!」


 シュウが意地の悪い笑顔で問うと、ソフィは一瞬で態度を改めた。


「ならさっさと行きやがれ! このアホ妖精!」

「はいぃっ!」


 軍曹が地面をならし、ワイズが魔法で丸太を浮かして柱を立てる。

 骨組みの固定は釘ではなく、軍曹の強力な"粘着糸"とダリアが森で採取した丈夫なつるを使用した。

 仕上げにスフィが綺麗にした布を骨組みに張り付ければ、テントのような即席病院の完成である。


(大工道具が無くても、魔法を使えばあっという間にこれくらいは出来ちまう。まったく魔法様様さまさまだな)


「あとはベッドがあればすぐにでも治療が始められるな。となると、怪我人をベッドごと連れてくればいいか……ワイズ、怪我人の移動を頼んでいいか?」

「お任せください」


(あっ、でもいきなりコイツが現れたら、村人はビビっちまうかもな)

「兵士の兄ちゃん、コイツと一緒に行ってくれるか? コイツ一人だと村人が怖がるだろうからな。それと連れてくる順番はさっき出ていった妖精に聞いてくれ」

「ハッ! 了解しました!」


 シュウは彼らの上官でもなければ知人というわけでもはない。今しがた知り合ったばかりの赤の他人と言っても差しつかえない間柄だ。

 しかし、若い兵士たちは文句一つ言わずにシュウの指示に従っている。余所者だ何だと反感を買うことも想定していたシュウであったが、そんな心配は良い意味で裏切られることとなった。


 シュウたちの治療は、セリアンたちが協力的だったこともあって、彼らが想定していた以上の流れで行われる。

 そしてその結果、彼らは魔力が尽きるまで働き続けることになってしまった。


 ソフィが負傷者を"鑑定"しワイズがそれを魔法で運搬する。その運ばれて来た患者をスフィが負傷者の傷口や体を清潔にした後、シュウが軽傷者、ダリアが重傷者を治療した。最後に軍曹が包帯替わりの糸で患者を器用に巻けば、あっと言う間に患者の治療は完了だ。




 流れ作業で治療をひたすら繰り返し、彼らが一息つく頃にはすっかり日が暮れていた。


「よ~し、今日はこの辺で切り上げるぞ。お前たち、お疲れさん」

「ふ~、疲れた~」


『スフィがんばった……ごほうびほしい』

「しかし、数が多いですな」


『"調合"用の薬草が切れそうだよ。また採りに行かないとねえ』

「……疲れた」


 皆、確かに頑張った。しかし、中でも特に頑張ったのは、返事が最後になってしまったダリアで間違いないだろう。


 ダリアの魔力は決して少ないわけではない。しかし、重傷者の治療ばかりだったためかその負担は他とは比べ物にならないほど重かった。


 森の薬草を“調合”した魔力回復剤で強引に魔力を回復させながらの強行軍──心身ともに疲労困憊こんぱいするのも無理からぬ話である。


「全員頑張ったけど、一番は間違いなくダリアだな……よし、そんなダリアには何かご褒美を進呈してやろう」


 何か欲しいものはあるかと、シュウはベッドでうつ伏せになっているダリアに聞く。


「ご褒美……ん、新しい料理道具が欲しい」

「おう、いいぞ。この仕事が落ち着いたら、この村の鍛冶屋に最優先で頼んどいてやるよ」


「おー、やったー」

「他の奴らは悪いけどまた今度な」


 村の状態が状態であるため、シュウの配下に我がままを言う者はいなかった。それにそもそも配下のほとんどは、シュウに対して褒美を求めるつもりはなかったというのもある。


 ソフィには負い目が、ワイズには魔導師の遺産が、軍曹には助けてもらった恩があり、素直に褒美を求めるのはスフィとダリアくらいしかいなかった。


 それにスフィにしても、シュウの配下になったことで野良時代よりも安全かつ満足のいく食事が出来るようになっているのだから、タダ働きというわけでもない。


(俺たちの働きはセリアンたちに大好評……これでセリアンたちの信用は得られただろう。あとは……波風立てずに根こそぎ技術を教えてもらう。うん、これはいい調子と言っていいんじゃねえか?)

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