第014話 未知の敵

 敵の種族名はリカージョン・サージェント──ステータスだけで見ればシュウやカイルよりも数段上の強敵である。


 しかし、打つ手がない訳ではない。シュウたちが多勢であるのに対し、相手は寡兵である。そこを上手く活用できればあるいは──


(全員で適切な対処ができればきっと……そういや兵士たちのステータスはまだ見てなかったな)

「ソフィ、カイル以外の兵士を数人、今すぐ"鑑定"してくれるか?」

「え、うん、わかった」


 ソフィが"鑑定"した情報が魔導書に表示される。


「カイルは俺と同じくらいだったけど、他の奴らは……」


 カイルの物理的な戦闘力はシュウと大した違いはない。むしろ"剣術"などの技能や実戦経験の差から"共鳴"で強化されているシュウよりも上と言えるだろう。


 しかし、彼の部下はそうでもなかった。あらゆる面でカイルよりも数段劣る数値──その事実にシュウの表情が苦いものになる。


(スケルトンの攻撃は難なくしのげていたけど、この数値じゃリカージョンの攻撃に耐えられるのは精々数発くらいか? こりゃ撤退も視野に入れた方がいいかもしれんな)


 しかし、そんなシュウの考えを嘲笑あざわらうかのように事態は容赦なく進み続けた。


 リカージョンが自分の背骨を強引に抜き取り、骨でできたいびつな大剣を生み出して構える。その様子はどう見ても好意的なものではなく、戦場の空気が一気に張り詰めたものへと変わった。


「た、盾隊、構え!」


 急変した同胞の姿に戸惑いながらも、カイルは部下たちに指示を出す。


「アレは操られているのか? どういうことかサッパリわからんが、あの様子は普通じゃない。お前たち、油断するなよ!」


 迷いの色は残ってはいるが、その表情はスケルトンを"浄化"していた時と同じもの──それはセリアンたちが臨戦態勢に入ったということを意味する。


「同胞はアンデッドと混ざったように見えた。本意ではないが、相手はアンデッドと思って対処してみるぞ!」

(確かにそれは一理ある)


 シュウは素直にカイルの冷静さに感心する。デモニアの手法を侮ることも、同胞だからと甘く見ることもなく、彼はただ自分の目で見た情報から最善と思った判断を下したからだ。


「来るぞ!」


 リカージョンが骨の大剣を引きずり、盾隊へと疾走して迫る。大剣にえぐられた地面は盛大に土煙を上げた。


 勢いそのままにリカージョンが盾隊を得物で薙ぎ払う。それは剣で斬るというよりも、長い鈍器を力任せに振り回したと言った方が近い。


 攻撃を受け止めた兵士からくぐもったうめきが漏れる。しかし、彼らは苦しみながらも、その強烈な衝撃を後退しつつも受け止めたのだ。


 これにはシュウも驚きを隠せなかった。数値上では間違いなく劣っているにもかかわらず、盾隊はあの攻撃に耐える事ができたのである。


(人数、あるいは盾を使った技術か……いずれにせよこれは嬉しい誤算だ。盾で防御に徹すれば、実力に差があってもそれなりにしのげるのかもしれないぞ)


「"浄化"!」


 透かさずカイルが指示を飛ばし、ナーガが"浄化"の込められた"光魔法"を放つ──"浄化"、"射撃"、"発散"を付加された"光魔法"は光の散弾へと変化してリカージョンへと襲い掛かった。


 魔法とは"火魔法"などの属性魔法を単体で使用した場合、自分に接した範囲でしかその効果を発揮しない。魔法の真価は他の技能を付加することで初めて発揮されるのだ。


 例を挙げるならば、魔法単体では無理だった遠隔攻撃も"射撃"の技能を付加する事でそれが可能となるといった具合だ。

 付加できる技能の数は魔法のLvに依存しており、魔法のLvが上がれば上がるほどその数は増えていく。

 つまり、魔法はLvを上げれば上げるほど技能の組み合わせが増えてバリエーションに富んでいくということである。


 シュウはこれらの事をワイズから教わった。そして、彼は今後も魔法に関しては先達であるそのファントムを大いに頼る事になる。


「どうなった?」


 カイルを筆頭にセリアンたちが目を凝らす──土煙が晴れた先には全身の肉をえぐり取られたリカージョンの姿があった。


(なんだちゃんと効いてるじゃないか。強敵かと思って焦ったぞ)

「やった……のか? いや待て! まだ警戒を解くな!」


 何かを感じ取ったカイルが部下たちに緊張を解かないように指示を飛ばす。そして、その判断は正しかった。


 周囲に飛び散ったリカージョンの肉片が煙となり、儀式と同じような渦となって次々に本体へと戻っていったのだ。


(ああ……なんでアッサリ終わるなんて甘い考えが浮かんだんだろう)


 削がれた部分をもやのようなものがおおったかと思うと、数秒の内にリカージョンが完全復活した。


「あれは高位アンデッドの復活じゃないか!? しかもかなり早い! なぜだ……"浄化"が効いていないのか!?」


 アンデッドには物理攻撃も魔法攻撃も効く。だがそれでダメージを与えた所で肉体はいずれ復活する。特に高位アンデッドのそれは人の呼吸にも等しい速度で行われるので厄介だ。


 その厄介な性質を無効にする力こそが"浄化"あるのだが、そんな常識が今回の敵にはまるで効いていない。


「ソフィ、ありゃどうなってんだ?」

「知らないわよ! てかアレはヤバいって! 私は逃げた方がいいと思うな!」


 敵の目が兵士たちに向いている今なら確かにシュウたちなら逃げられるだろう。

 しかし、逃げたら村での目的が果たせなくなるし、カイルたちを見殺しにては寝覚めも悪くなる。


 シュウは基本的に合理主義のめんどくさがり屋であるが、知人を簡単に見捨てるほど薄情でもなかった。


 もちろん、彼の中で一番大事なものが自分の命であることは間違いない。ただ、彼の頭に試してみたいことが一つ浮かんでいた。


(逃げるにしても、やれることはやっておかないとな。それに……)


 シュウの脳裏に高慢ちきなデモニアたちの姿が浮かぶ。


(あんなムカつく野郎どもに好き勝手やられたままで終われるかよ! クソッタレ!)

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