第016話 伏兵の槍
ワイズは主人に対して、氷、水、雷、風の四属性の補助魔法を同時に掛ける。これによりシュウは知力、技巧、反応、敏捷性が一時的に上昇した。
「それではマスター、ソフィさん、お願いします」
「了解」
「も~ヤケクソだ~!」
シュウとソフィに割り振られた仕事はリカージョンのダメージを負った部分を回復前に結界で隔離すること──ソフィを胸ポケットに入れたシュウが飛び散った肉片のもとへ疾走し、それをワイズが追走する。
「本当に魔力で包み込むだけでいいんだな?」
シュウはすでにいくつかの魔法を習得しているため、"魔力操作"の技能はすでに得ている。しかし、使えるからと言って習得してから日も浅く、走り出す直前にそんな簡単な説明を受けただけでは不安になるのも無理からぬことであった。
「うん、感覚的にはそんな感じだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ。それじゃ魔法の準備をするね」
ソフィが呪文を唱えるとシュウの両腕に鎖のような光が巻き付く。
「一回使ったら掛けなおす必要があるけど、発動するまではそのままだし、発動も魔力で包んだ時点でするようにしてるからタイミングはシュウにお任せだよ。それじゃ一旦私はエスケープ!」
「サボんな、バカ野郎! 俺とワイズが作業してる間、お前はリカージョンの攻撃が俺たちに向かわないか警戒しとくんだよ!」
「うえ~ん、か弱い妖精なのに人使いが荒いよ~」
ソフィの泣き言は無視しながら、シュウは散らばった小さな肉片へと魔力を広げた。その瞬間、ソフィの魔法が発動して魔力が網状へと変化する。
魔法の網は大きく広がって複数の対象を捕らえ、さらにその形を両手に収まる程度の球体へ変化させていった。
「ワイズ、捕まえたぞ!」
「マスターはそのまま結界の維持をお願いします。分離中は少々内側があれると思うので、何とか
「おい、そんなの聞いて」
「では行きます」
ワイズの魔法が発動すると、結界の内側と外側上部に魔人たちの儀式と似たような渦が発生した。
ただしその大きさは結界サイズで小さく、内側は激流のような流れなのに対して外側の渦は非常にゆっくりとした流れをしている。
「お前……コレ……結構キツイんですけど!?」
弱音を吐きながらもシュウは必死に両手で結界の維持に努めた。ソフィもシュウの頭の上に移ってリカージョンを警戒し、ワイズの作業が終わるのを今か今かと待っている。
そして、そんな結界内の魂の分離は着々と進んでいき、結界内に捕らえたリカージョンの
「フウ……これで完了です」
「リカージョンはどうなった?」
一息ついたシュウたちが音のなる方へ目を向けると、そこでは先程と同じようにセリアンたちとリカージョンの激しい攻防が続いていた。
「……
「目に見えた変化が訪れるのはもうしばらく先になると思われます。それまでにセリアンが潰れなければよいのですが……」
「確かにそりゃ同感だ」
シュウたちはすぐにまたナーガの攻撃で削れた肉片へと駆けていく。
「カイル! こっちは何とか上手くいった! ただ少しばかり時間が掛かりそうだ! それまで何とか持ち
「そうか! よし、わかった! 俺の部下たちは特別強いわけでないが、根性だけは一級品だ。これしき耐え抜いてみせる!」
「隊長! 褒めてくれるのはありがたいんですが、できるだけ早くお願いしますよ!」
「そうだ、そうだ! 旦那~、根性の塊は隊長だけなんでなる早でお願いします!」
「てか隊長もそろそろ前に出てくださいよ! 守ってナーガに攻撃させるだけなんだら別に指示なんていりませんって!」
「キ、キサマら~!」
隊長の強がりに対して部下たちは正直だった。ただ、こんな状況でも軽口が叩けるということは、カイルの言うことも間違いではなかった。
「ええ~い! 軟弱な奴らめ! 俺が手本を見せてやる!」
部下の
「うおりゃあああ!」
(指揮官自ら最前に出て部下たちを背中で引っ張るってか? 暑苦しいのは苦手だけど、そういうのは嫌いじゃねえぜ)
それから数十分間──途中ヒヤリとした場面がありながらも、シュウたちは一人の死人も出すことなく一連の流れを繰り返した。
そして、ついに変化の時が訪れる──
「ウ、ウゴォアアア!」
それはシュウたちが数十回目となる結界の隔離を行った時に起こった。
今まで淡々とナーガとそれを守る獣人たちばかり狙っていたリカージョンが頭を抱えて吠える。
「ついにやったか!?」
盾越しにリカージョンの動きを警戒していたカイルが声を上げる。そして、それはその瞬間を待ち望んでいた全員の代弁でもあった。
一瞬、戦場の空気が
リカージョンが手負いの獣となり、その矛先を初めてこの状況を作り出した元凶へと向けたのだ。
シュウとワイズは結界の維持と魂の分離に集中していて気付くことできず、ソフィはカイルたちと同様に油断したせいで反応が遅れてしまった。
「危ない!」
ソフィが叫ぶがすでにリカージョンがシュウの眼前へと迫っている。
その姿はまさに獣と言うに相応しく、肉食獣さながらの動きでシュウの喉元を食いちぎらんと猛っていた。
絶対してはいけない場面での油断──ソフィが自責の念に駆られ、視界が涙で
『ロックグレイブ』
地面から岩の槍が生えるように飛び出し、リカージョンの腹部を的確に捉えて空中へと打ち上げる。
『デザートホール』
そしてさらに、対象が落ちる先の一帯が土から砂へと変わり、あっと言う間に蟻地獄のような穴が形成された。
砂の上に落ちたリカージョンはその穴から這い出ようと必死にもがくが、もがけばもがくほど砂に呑まれていく悪循環へと陥る。
そして、ようやく落ち着きを取り戻したソフィが、べそをかきながら彼女の名を呼んだ。
「ぐ、ぐんしょ~」
シュウたちの
そんな彼女はソフィに抱き着かれながらも、その視線は依然としてリカージョンを捉えて離さない。
「ぐんしょ~ね~しゃん、ありがと~」
『全然連絡が無いと来てみたら何か変なことになってるし……万が一と思って待機してたのは正解だったね』
「うん、うん、助かったよ~」
『手負いの奴が一番厄介なのなんて常識じゃないか。アンタら全員油断し過ぎなんだよ』
ソフィと軍曹が何度か言葉を交わしていると、シュウとワイズの作業の終わりが見え始めた。ここでようやくシュウも会話に参加する余裕ができる。
「すまん、軍曹。緊急事態が続いて連絡するのすっかり忘れてたわ」
『まったく……しっかりしてくれなきゃ困るよ? そんな体たらくじゃアンタに助けられた私が惨めになっちまうじゃないか』
「面目ない」
『まあ、わかったならいいさ。それより
「あっ、埋めるのはちょっと待ってくれ。ソフィ、アイツの状態を確認してくれるか?」
「グス……うん、わかった」
シュウがソフィの"鑑定"結果を待っていると、そこに分離作業の終わったワイズといつの間にか近くに寄って来ていたカイルが加わる。
「これで終わったのか?」
「俺はそう信じたい。さすがに心も体も限界だからな」
「ソフィさん、何か変化はありましたか?」
「えっとね、ざっくり言うとステータスが一回りくらい下がってるよ。それに種族名もリカージョン・コーポラルになってるね」
“鑑定”結果に一瞬気が緩みそうになった一同であったが、軍曹が転がっていた石を叩き割った音でそれは阻止された。
「ええと……分離の手応えからして、おそらく生者と亡者バランスが生者側に傾いたのだと思われます」
「あ~、その変化は俺たちにとっていいことなのか?」
「はい。もしかすると意識の主導権が生者側……つまり
「それはつまり……意思の疎通ができるかもしれないということか?」
「ご明察の通りです」
それを聞いた所でようやく全員がホッと胸を撫でおろすことができた。
離れた場所で待機しているセリアンたちも、カイルからの合図を受けて全員がその場に座り込む。
「だけどそれじゃあ、単純に倒せばいいわけじゃなくなったね。これからどうするの?」
(ソフィの言う通り、新たな選択肢が生まれたことで事態が少々複雑になったな……けどまあ、敵が弱くなったのは間違いねえわけだし、戦闘が続いたとしても今までのようにはならねえだろう。こっちには軍曹も加わったことだしな。となれば……)
「カイル、俺たちは部外者だ。それにアレも元を辿ればセリアンなんだし、どうするかの判断はお前がすべきだろ」
これ以上の面倒事を嫌ったシュウはここぞとばかりに部外者の立場の主張した。つまり、この場における決断と責任の全てをセリアンの指揮官へと丸投げしたのである。
「お、お前……」
この場におけるセリアンの最上位者はカイルだ。敵を生かすも殺すも彼の
「安全を考えれば
ブツブツと独り言を呟きながら頭を悩ませる若き指揮官の姿を見てシュウは思った。
(コイツ、その内
「クソ、なんで俺が……」
いくら悩めどもカイルの頭ではその難題の堂々巡りを終わらせることができない様子──彼の悲壮さを漂わせた顔を見たシュウはさすがに気の毒な思いに負け、今回は特別に助け船を出してやることにする。
「まあ、情報や道義的観点、
「……ああ、言われてみたらそれもそうだな……助言感謝する」
「アンタも色々大変だな」
望まぬ昇進によって
(上の立場に就くってのも考え物だな……メリットよりデメリットの方が勝るなら、俺は責任の少ないお気楽なポジションの方がいいや)
しみじみとそう思うシュウであった。
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