第017話 戦場の友

 砂穴の底で苦し気にうめいていたリカージョンであったが、今は糸の切れた人形かの如く沈黙していた。

 ただ、静かになったからと言ってその拘束が緩められることはなく、胸より下は地中に埋められたままとなっている。


「死んだ、わけじゃないよな?」

「ええ、魂分離の反動で気絶したのだと思われます」


(さてどうするか……まだ安全だとは言えねえし、このまま奴が目を覚ますを待つのが無難か……)


 シュウが慎重を期するべきだと考えていると、そこにもう一人の忘れていた存在から連絡が入った。


『ボス~、したいぜんぶきれいにしたぞ~』


 念話で聞こえるスフィの声は、死肉や虫で腹一杯になったせいかいつもより少し弾んでいた。


「おう、ご苦労さん。終わったならスフィもこっちに来れるか? 疲れてるだろうから魔導書の中で休んでいいぞ」

『お~、わかった~』


「今、俺のスライムから戦場の片付けが済んだと連絡があった。コイツが目を覚ますまでは俺たちが見張っとくから、アンタらは死者をとむらってきたらどうだ?」

「そうだな……一応ナーガと兵を一部隊置いておこう。あと、ここの指揮権を一時的にお前にやる。何かあったら頼んだぞ」


「おいおい、そりゃいくらなんでもマズくねえか?」

「今までの働きから判断した。戦闘における迅速な判断に対応力、お前にはそれがある。部下の命を無駄に散らせないためには柔軟な対応が必要不可欠だ。心配せずとも俺の部下は口が堅い。それにだ……お偉いさんたちはどうせこんな所のことなんて微塵も気にしちゃいないさ。文句があるなら直接言いに来やがれってんだ」


 そう言ってカイルは皮肉と諦めの入り混じった笑みを浮かべる。


「ハッ、了解だ。現場で一番偉い人にそう言われちゃ言うこと聞くしかねえな」


 表面上はひねくれた言葉での返答だったが、その胸中は満更でもないといった様子であった。


(ったく……断言するように褒めんじゃねえよ。こちとらあまり褒められ慣れてねえんだ。クソ、これじゃ俺もソフィのことを馬鹿にできねえな)




 部下を引き連れてカイルが向かった先には、軍曹とスフィの手によって集められた骨の山がいくつも鎮座していた。

 ただ、その骨の山は片っ端から一カ所に集められたせいで、今では敵味方はもちろんのこと体の部位すらもどれがどこかすら見分けがつかない有様だ。


 しかし、その山は完全に骨だけで構成されており、見た目や臭いによる不快感などは一切ない。

 これにはセリアンたちも苦笑を浮かべるものの、凄惨せいさんな光景や腐臭に悩まされることがないことへの感謝がまさるというのが正直な心情であった。


 セリアンとデモニアの入り混じった骨の山は、ナーガの"火魔法"によって盛大に焼かれた。

 本来ならばセリアンは死者を(味方に限り)一人ずつ丁重に弔うのだが、ナーガの魔力も大分減っていたため、彼らは戦場に落ちている廃材や油などをくべて、まとめて燃やすことに決めたのだ。


「セリアンは火葬が普通なのか?」


 その様子を遠目で見ていたシュウは、ふと気なったことを近くにいた兵士に聞いてみる。


「そうだな。昔は土葬をしていたらしいけど、どんなに深く埋めても腐肉を漁る魔物が掘り返したんだと。それに場所や病気の問題もあって火葬するようになったらしい。どっちにしろ俺たちは大地で生まれ、大地と共に生き、そして大地に還る。土葬も火葬もそれに変わりはない」


 預けられた部隊の中で年長と思われる中年の獣人がシュウの問いに答える。


「あっ、その話なら俺もばあちゃんから聞いたことあるっすよ。確かディグ・ヴァルチャーっていう鳥でしたっけ?」

「そうそう、アイツらどこにでもいるんだよな。あっほら、今も上にいるぞ」


 シュウが若い兵士の指の先へとさ視線を向けると、そこには空を旋回している数匹の鳥の影が見えた。


(なるほど……世界が変わっても生態系は似たような構造をしてるんだな。腐肉食動物の行為自体は目をそむけたくなるもんだけど、それらが死体を食べて分解するからこそ循環する……やっぱり自然の摂理せつりってのはよく出来てるもんだ)


 獣人たちは鳥の魔物に対して忌々いまいましいとしか思わなかったが、シュウの視点は彼らとは少し違っていた。

 

(けどまあ、俺にはスフィや軍曹がいるしそのディグ・ヴァルチャーとやらは必要ねえかな)


 魔物を見たらまず自分の役に立つかどうかを考える──この世界に来てシュウの思考はすっかり合理的なものへと変化していた。


「そういや、あのデモニアどもはどうしたんだろうな。奴らは陰湿だ……また何か仕掛けてきてもおかしくないんじゃないか?」

「おいおい、不吉なこと言うんじゃねえよ……」

「さすがにそれは勘弁して欲しいっすね……」


 兵士の一人がリカージョンを生み出したデモニアのことを思い出した。それにともない、セリアンたちの中に不安が広がっていく。

 しかし、そんな彼らの心配はすぐに霧散することとなった。


「ああ、それなら大丈夫だぞ。技能で奴らが撤退していくのを確認してるし、今も周りに気配がないか警戒してるからな。それに実験がどうのこうの言ってたのからして、たぶん奴らの目的はリカージョンを生み出してその能力を調べるまでだったんじゃねえかな」


「はあ~、隊長の言う通り大したもんだな。俺はやっと戦闘が終わったってことしか頭になかったってのに……ほんとに頼もしいぜ」


 抜け目のないシュウの行動に感心したセリアンたちは、カイルと同様に称賛の言葉をシュウへと贈った。

 ただ、称賛された当人は残業をしたくない一心で最終確認をしていただけである。そのためか、先程のように内心で照れるほど心が揺さぶられることはなかった。


(油断大敵とかそんな殊勝な心掛けは一切ねえんだけど、ここは言わぬが花だな。適当に話を合わせておこう)

「今までアンタらはこの化け物の相手をずっとしてたんだから疲れるのも当然だろ。それは俺にはできねえ芸当だし、これくらいは任せてくれよ」

「へへ、よせやい。でもまあ、そう言ってもらえると頑張った甲斐があるってもんだぜ」


「そうだ、村に帰ったら盾の扱いを教えてくれないか? アンタらを見ていて盾の重要性がわかったからな」

「おう、それくらいお安い御用だ」


 彼らはその後も警戒を維持しつつ、談笑しながら親交を深めた。

 

 そして、それから十数分ほどが経過した時──ついに拘束されたリカージョンがその意識を取り戻す。

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