第018話 交渉の末

『シャドウバインド』

『アースロック』


 リカージョンが動きを見せた瞬間、ワイズと軍曹が追加の拘束魔法を掛ける。

 そして、魔法に続いてシュウが兵士たちへと警戒を呼び掛けた。


「起きたぞ! 全員警戒しろ!」

「「「「「おう!」」」」」


 兵士たちは上官でもないシュウの指示にも即座に反応する。


(ここまで信頼されると嬉しい反面、期待を裏切るわけにはいかないってプレッシャーが半端じゃねえな)


 カイルの部下たちは良く言えば純粋、悪く言えば単純である。異種族であるシュウがこの短い期間で受け入れたのは、コミュニケーション以上にそんな彼らの気質が大きいと言えるだろう。


「う……ここは?」


 リカージョンが初めて叫ぶうなる以外のまともな言葉を発する。

 その知性を感じさせる反応を見たシュウは、予定通りリカージョンと言葉を交わしてみることにした。


「おい、俺の言葉がわかるか?」

「……? アンタは……ヒューマ? それにオラは……いや、それよりデモニアが……んん? あんれぇ? どういうことだぁ?」


 リカージョンは混乱しているのか、要領を得ないことを口走っている。

 しかし、その言動は先程とは打って変わって大人しく、殺気立った赤い瞳も琥珀色の穏やかなものへと変わっていた。


「わかりやすく説明してやる。お前はデモニアに捕まって……魔法で何か怪物みたいなもんにされて俺たちを襲ったんだ。そんで今は俺たちに倒されて捕まっているってな感じで……あー、その辺の記憶はあるか?」

「いんや……なんも覚えてねぇ。オラ、味方を襲っちまっただか? はあ~、なんてこったぁ……」


 男は自分の現在に至るまでの境遇については一切不満を漏らさず、ただただ仲間に襲い掛かったことだけを悔いているように見えた。


(何というか……コイツからは素朴な田舎の臭いを感じる。気難しい田舎者は嫌いだけど、純朴じゅんぼくな田舎者は嫌いじゃないぞ)

「今はどうだ? 俺たちに対してこう……敵意みたいなもんは湧いてこないか?」

「そんなことは思わねえど! むしろ申し訳ねえ気持ちでいっぱいだぁ……」


「ワイズ、どう思う?」

「予測した通り、生者の自我が主導権を握ったと思われます」


「よし、カイルを呼ぼう」


 交渉可能になったのなら、後の事はカイルに任せたらいい。ここぞとばかりに部外者という立場を持ち出して、シュウは颯爽さっそうと責任者へと丸投げした。




「ほう……お前はコリ族のジャックと言うのか。ならば我らと同じくウル族につかえていたんだな?」

「はい~、その通りですぅ。開戦前はウル族の領地で牛飼いをしておりました」


「ふむ、コリ族なら好都合か……よし、お前に敵意は見られないし生かしたまま連行する。しかし、俺たちを襲ったことは事実ゆえ拘束はそのままだ。悪いがそれは我慢してくれ」

「はい~、わかりました」


(話がまとまったみたいだな)


 カイルの聴取が終わったのを見届けると、シュウは次の作業へと移るべく地べたから立ち上がろうとする。すると、そんな彼の袖を引いてそれに待ったをかける者が一人いた。


「ねえねえシュウ、アイツに名付けしないの? 種族が人から魔物になってるから一応名付けだけで配下に出来ると思うんだけど」

「「そうなのか?」」


 ソフィの言葉にシュウとカイルがシンクロする。


(ここは魔導書に詳しくないカイルに発言を譲った方がいいな)

「お先にどうぞ」

「ああ、すまない。あの男はまだ人に戻っていない……魔物のままだと言うのか?」


「うん。普通に会話ができるようになって勘違いしたんだろうけど、種族は魔物に分類されるリカージョンのままだよ。人を従属させるには従属紋が必要だけど、魔物なら能力に余程の差がない限りは支配下に置けるから、名付けして管理した方が確実じゃないかな~って」

「同胞が魔物に……いや、考えてみればアンデッドなんかと合体させられたんだ。何もないということの方がおかしいか。意識が戻っただけでも儲けもの、と思った方がいいんだろうな」


「で、どうする? 配下にすれば確実に制御できるらしいぞ?」

「そうしたいのは山々なんだが、部下の調教師たちはナーガ一匹ずつで手一杯なんだ」


(ナーガだけで手一杯? あれ? 配下って制限みたいなのあったのか?)

「なあ、配下の数に制限なんてあるのか? それに調教師って?」


 シュウは周りに聞こえないような小声でワイズに質問する。


「制限はあります。そして、調教師とは魔物を服従させる適正を持つ者の総称もですね。数の制限について簡単に説明しますと、主人のステータスが従者より高いほど支配力が高まります。また配下に出来る数も主人のステータスに依存すると言われておりますね。ただマスターの場合は、魔導書が大きなアシストとなっているようです。そのせいでまだ限界を感じないのでしょう」

「なるほど、そういうことね」


 ワイズとの内緒話が終わった時、シュウとカイルの視線が不自然なまでにガッチリと合う。

 カイルの表情は真剣かつ何か大きな決断した男のもの──そして、シュウは表情を知っていた。


「シュウ、頼みがある」

「断る!」


「ま、まだ何も言ってないだろう!?」


 即答での拒否にカイルが少々怯む。


「うるせえ! 俺はその顔をよく知ってるんだ。その顔は、聞いたら最後……重要案件で手が足りない時に、こっちが断りにくい状況で手伝ってくれと頼み込んでくる同僚のそれだ。絶対めんどくさいことに決まってる!」


 シュウの予知したかのような全力拒否であったが、そこで引き下がるほど相手も柔ではなかった。

 心身ともに筋肉であるセリアンを取りまとめる隊長の精神力はそれしきで挫ける程弱くはない。


「な、なぜわかった……いやだが、それなら無駄な駆け引きがの必要が無くなって話が早いな。シュウ、ジャックをお前の支配下に入れて管理して欲しい。無論、タダでとは言わん。報酬は上と掛け合って十分なもの渡す」

「ほらやっぱりめんどくせえ! しかも報酬も不確定とか、ほぼサービスじゃねえか!」


 シュウが嘆く。しかし、そんな言葉とは裏腹に彼はそれが現状においてそれが最も妥当であるとも理解していた。


「やはり無理か……いや、しかしお前に頼むのが一番なんだがな……」


 同胞の安全がかかっているためか、カイル及び部下のセリアンたちがすがるような顔でシュウを見つめる。


「野郎どもに縋られたって何にも響かねえ所か気持ち悪いだけなんだが……ハア、わかったよ、引き受けてやるよ」

「ほ、本当か!?」


 セリアンたちの表情が一瞬沈みかけるが、シュウの二言目を聞いた途端に一気に花が咲いたように明るいものへと変わった。ただ、その絵面えずらは決して花のように美しいものではなかったが──


「ただし、一時的にだからな! 期間は俺が村に滞在する間だけ。そんで更に! 前金代わりにこの戦場に落ちている物資をもらうからな? それが飲めなきゃこの話は無しだ」


 転んでもタダでは起きない──それがシュウという男であった。


「む、期間は問題ないが、戦場の物資か……村の復興と我々の最低限の装備に必要な分は残してくれないか?」

「あー、確かにそれは必要だな。よし、じゃあそんな感じでいこう。とりあえず物資は一旦俺が回収してしまっていいか? 運ぶのも魔導書を使えば楽だし」


「それで構わないが、回収の際は俺の目を通させてもらうぞ? 何か重要なものがあるかもしれないからな」

(チッ、俺の狙いが……)

「さすが小隊長、抜け目ねえな」


「それはこっちのセリフだ、まったく……油断も隙もならん奴だ」

「さあて、何のことやら」


「まあいい……ではさっそくジャックを従えてくれ」

「へいへい」




 ジャックの自我は安定しており、シュウはつつがなく配下にすることができた。名前は当然ジャックのままである。


 そんな中、彼には思わぬ嬉しい誤算が生じた。

 ジャックを配下にしたことで、"呪刻"と"魔力吸収"という強力な技能を二つも"共鳴"によって取得出来たのだ。


 この二つはどちらも固有技能ではないが、普通の人間には取得がほぼ不可能な技能である。

 そんな技能を二つも得たことで、シュウの存在は更に異質なものへと格上げされた。


 特に"魔力吸収"はアンデッドの中でも高位の者しか持たない技能だ。この技能と"呪刻"を組み合わせるだけでも大抵の生物に対しては有利を取れるだろう。


(何だかんだあったけど、得たものもそれなりに多かった。それに味方から死者が出なかったのは手放しで喜んでいいだろう)


 デモニアの手出しもあったが、死体の火葬も全て終わり戦場の"浄化"も完了した。

 死体を漁っていた魔物の姿も消え、戦場跡にはシュウとセリアンたち──そして打ち捨てられた物資が転がるのみだ。


 彼の魔導書の中には既に魔導師宅および戦場で拾ったものが大量にあったが、その容量にはまだまだ余裕がある。となれば残る仕事は宣言通り、お待ちかのねの──


「宝探しといきますか!」

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