第019話 宝は全て

 装備や服といった遺留品は、軍曹とスフィが死体を綺麗にするついでに集めていた。しかし、戦場にはまだ多くの役立つ物資が土に埋もれている。


 例えば魔物の死骸──肉などはすでに腐っていてどうしようもなかったが、骨や鱗などはまだ素材として十分に使えた。

 それらの多くは土をかぶってしまい視認出来なくなっているが、彼らは"探知"の技能を駆使してそれらを見つけ出すことができる。


 "探知"や"鑑定"などの技能は本来、狩猟や商いの経験を長年積み重ねてようやく習得することのできる、言わば努力の結晶だ。

 実際に社会に出て働いて様々な技能を身に付けた経験があるからこそ、シュウはそんな技能に対して少しばかり思うところがあった。


 しかし、そんな後ろめたさを感じながらも、それはそれ、これはこれ──使えるものを使わないほど彼の精神は清廉せいれんでも潔白けっぱくでもなかった。


「土の中にも結構なもんが埋まってるな。掘り返すのは頼んだぞ、軍曹」

『あいよ。ほんとに蜘蛛使いが荒くて嬉し涙が出てくるよ』


「そんなこと言いつつも動いてくれる軍曹姐さん、愛してます」

『気持ち悪いこと言うんじゃないよ!』


 立ち姿でさえ迫力のある軍曹が、ふざけた冗談を言い放ったシュウへ向けて前足を上げて威嚇のポーズをとる。

 そんな軍曹の姿を見てシュウはケラケラと笑っているが、その光景は蜘蛛嫌いが見たら絶叫するであろう迫力に満ちていた。


「ああ、そういやスフィ。お前もだいぶ"分解"して取り込んだろうから、そろそろ魔力があふれてんじゃないか?」

『うん、おなかいっぱい。だだもれ~』


 スフィは物質を"分解"し、それを魔力へと変換して自身へ取り込んでいる。ただ、その変換した魔力は自身の限界以上に取り込むことはできない。


 "分解"はスフィの意識が健在な限り無限に可能なのだが、スフィ自身の魔力容量は有限──つまり、容量を超えた状態で"分解"された魔力はスフィからあふれて出て星へとかえるのだ。


「だよな……溢れた魔力をどうにかして魔導書に溜められないもんかね」

「ん~、スフィは契約者じゃないからねぇ……魔導書の"魔力貯蔵"はどうしても契約者であるシュウじゃないと」


 もったいない──何となくそんな気持ちで挙げたシュウの提案は一度ソフィに否定されたものの、その直後に有効な解決策がワイズから出されたことですぐに実現する。


「でしたらマスターがスフィの魔力を"魔力吸収"したらよいのでは?」

「「それだ!」」


 魔導書の機能である"魔力貯蔵"は、文字通り魔導書に予備魔力をめておける非常に強力な機能だ。

 シュウもそのことは充分に理解しており、この機能を活用すべく日々の中で少しずつ自身の余剰魔力を貯めていた。


 ただ、それは所詮しょせんは余剰のものである。魔導書の貯蔵可能魔力量からすれば微々たるものでしかなく、その機能を十分に活かすには量的にも時間的にも効率的ではなかった。


 しかし、そんなもどかしい問題はスフィの"分解"とシュウの"魔力吸収"が合わさったことで一気に解消された。

 それはつまり魔導書の"魔力貯蔵"は今後の戦略において非常に重要な要素となったことを意味する。


(さっそくリカージョンから得た技能を使うことになるとはな……まさに渡りに船って奴か)




 物資はカイルのチェックを間に挟むものの、軍曹が掘り返したものを含めた全てが順調に魔導書の中へ仕舞われていく。

 しかし、そんな順調な作業とは裏腹に魔導書の持ち主の表情は非常に渋いものだった。


「なあ……これもダメなのか?」

「ダメだ。これにはヤガ族の紋章が刻まれている」


 すでに数十回は繰り返されたこのやり取りに、シュウの気分は下降線をたどっていた。


「セリアンに有力一族があるのはわかったけどよ……さっきからお宝は全部そいつらに返却じゃねえか! 少しくらい俺にくれたっていいだろ!?」

「いや、これはお前のためでもあるんだぞ? もしお前がこれらの品を持っていることが彼らにバレたら、その一族全てがお前の敵に回る。こういった所縁ゆかりのある品は特別なんだよ……これはお前のためだ、悪いことは言わんからここは素直に諦めろ」


 カイルのチェックは非常に厳しかった。その判断基準に悪意が無いことは理解しつつも、自分の手から零れ落ちていく宝の数々を前にして、シュウの口からも愚痴ぐちが零れ落ちる。


「あー、クソォ……マジで骨折り損じゃねえか。チクショー……」

「これを返せば何か褒美をもらえるかもしれん。可能性は……まあ、限りなく低いが全く無いわけではない。だからそう気を落とすな」


 そんな可能性が全く感じられないカイルのフォローがシュウのやる気に止めを刺した。


「あー、もう帰って寝たい……」


 そんなやり取りがあったように、戦場跡で見つかった高品質の物はほとんどセリアン側に返却する流れとなった。

 遺憾いかんではあったが、シュウもカイルのげんがもっともであるため、それを受け入れざるを得ない。


 だが、ついつい返却しなければならない物資に目がいってしまうのが人情というものである。


「ああ……」

『いつまでも未練がましいことしてんじゃないよ! だいたいアンタにゃ固有技能にアタシらって武器があるじゃないか。物なんてのはオマケ程度に考えときゃいいのさ!』


 情けない主人の声を聞いた大蜘蛛が前足でそのすねを小突く。


「姐さんはマジで男前だな」


 軍曹から叱咤激励しったげきれいされたシュウは、気分を切り替えるように大きく息を吐く。


「ハア……よし! ここからは何も考えない。俺はただ物を回収するだけの機械だ」


 その後、彼は心を無にして淡々と残りの収容作業をさばくのであった。




「おうおう、カイル坊……帰りが遅くて心配したぞ。まったく、お前さんは昔から心配ばかりかけよって」

「ご心配おかけして申し訳ありません。それと、それは昔のことなので……」


「何を言いよるか。わしゃ、お前さんが悪ガキだったことよ~く覚えとるぞ? 大人に黙って狩りに行くわ、蜂の巣に石をぶつけるわ……庭での柿争奪戦が懐かしいのう」

「勘弁してください……」


 今は大人数を従える隊長であっても子供時代はやんちゃだったらしい。シュウと部下たちもカイルと村長のそんなやり取りを、上官だからと遠慮することなく大口を開けて笑っていた。


「いやー、本当に笑える結果になってよかったよかった」

「お前さんもお疲れじゃったのう。ほれほれ、飯の用意はできとる。今日は食って、さっさと休むがよい」


「じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうか。いや~、ほんと今日は疲れた」


 カイルたちはまだ片付けや報告書があるということで、シュウは兵士らとそこで別れることにした。

 一人になったシュウは強張こわばった背中や首をほぐしながら空を見上げる。


(そういやもう日が暮れてんな……あれ……てことは今日俺は、日の出から日の入りまで働いたことになるのか?)

「何てこった……」


(残業代は……出るわけがない。くそう……レアな装備品が入手できていれば、まだマシだったものを……いや、レアな技能はゲットできたんだから一応収支は黒字か)




 カイルと話合った結果、安全策としてジャックはしばらく魔導書の中で様子を見ることになった。無論、無理矢理などではなく本人の了承も得ている。


 ジャックはリカージョンになったことで食事も呼吸も不要になり、手の掛からない超経済的な存在になっていた。そして、現状の彼の扱いは危険人物かつ重要参考人である。


 これで中身もくずと呼べる者であったならば、シュウは何も気にすることなく魔導書の中へと彼を閉じ込めただろう。

 しかし、ジャックの人柄は穏健おんけんで好感が持てるものであったため、シュウは暇潰しが出来るようにといくつかの書物を彼に貸し与えて気遣った。


 彼が元々牛を飼っていたということもあり、与えた書物の内容は畜産や農業に関するものが中心だ。

 魔術師の書物は彼の興味を引くには十分な内容だったようで、ジャックは魔導書の中で熱心にそれらを読んでいた。


(敵から化け物にされた上、味方にも危険視される……これで囚人の如く閉じ込められちゃあ、あんまりにも不憫ふびんだもんな)




 そうして、長い一日がようやく終わる──戦いに出向いた者たちは食事や着替えをほどほどに済ませたのち、一人また一人と泥のような眠りへと沈んでいった。

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