第004話 緑と幻影

「この世界に回復の魔法ってのはあるのか?」

「あるよ~。属性魔法それぞれに回復魔法はあるけど、中でも回復に特化してるのは"木魔法"かな」


「そんじゃ、次はその"木魔法"が使える奴を探してくれ」

「んー、この辺で"木魔法"が使えるおススメの魔物は……やっぱりマンドラゴラかな!」


「それでいい。探してくれ」

「アイアイサ~」


 どこの世界においても健康が大事ということに変わりはない。そのため柊一の中で医療担当というのは優先度が非常に高かった。


 柊一はキョロキョロと周囲を探るソフィの後を付いて行く。そしてしばらく進んで行くと澄んだ水の流れる静かな川辺に出る。


「綺麗な川だな」

「マンドラゴラは綺麗な水を好むからね。いるとしたらこの辺じゃないかと思うんだ」


「ああ、いてくれねえと困る」

(アホが毒身するとは言え、さすがに何の対策も無しじゃキノコは危ねえもんな)


 しばらく川沿いを歩いていると、ソフィの言葉通り二人はマンドラゴラを発見することができた。その姿は植物の少女といった様相をしている。


 あまり警戒心は強くないようだったので、彼らは周囲の安全を確認してから堂々と彼女に近付くことにした。


 その緑の少女──マンドラゴラは柊一たちの存在に気付いてからも、ただボーっと流れる川の水を見ているだけだった。

 

「少しくらい警戒しろよ……」


 柊一はそのあまりの無防備さに思わずツッコんでしまう。


「よう、そんなボーっとしてなにしてんだ?」


 魔物とはいえ少女姿の相手にいきなり脅迫──というのはさすがの彼も気が引けた。

 なるべく驚かせないようにマンドラゴラの横に腰を落として、同じように川の流れを見ながら声を掛ける。


「暇だったから、水が流れるの見てた」

「暇なのか? それじゃ俺の仲間にならないか?」


「それ面白い?」

「ただ川を見てるだけよりは面白いと思うぞ?」


「そうなん? ん、なら仲間になる」

(スライムといいコイツといい……ちょっとチョロすぎやしないか? まあ、勧誘する身としては楽で助かるんだけど……それにしてもチョロすぎる)


「よし、そんじゃお前は……ダリアだ。今からそれがお前の名前だからな?」

「ん、わかった」


 チョロすぎる植物少女ことマンドラゴラのダリアを魔導書に迎え入れて、柊一とソフィは静かな川辺をあとにした。


「とりあえず、今日はこれくらいでいいな。疲れたし、そろそろ帰るぞ。ああ……風呂に入りてえ」

(隠れ家には一応風呂もあったはずだ。帰ったらまず風呂の掃除をしよう)


 彼はそんな事を考えながら帰路につく。

 魔導書には"地図製作"の機能もあったため、帰り道も迷うことなくサクサク進むことができた。

 柊一は再び魔導書の性能に感心する。しかし、魔導書に付随してきた妖精への関心は相も変わらずゼロのままであった。




「ようやく戻ってこれたか……ん? ありゃ何だ?」


 柊一たちが拠点へと戻って来ると、そこには不審な動きをする人影があった。


「しまった……鍵は掛けたけど、扉を偽装するの忘れてた」


 そんなソフィの呟きに少し苛立った柊一は口から毒を吐きそうになったが、正体不明な第三者の存在があるためグッとそれを飲み込んだ。


「それについては後から説教をするにしても……問題はあの野郎だ」


 魔法など今までの常識から逸脱している世界──そんな初めて尽くしの場所で唯一安らげる場所が他者に知られてしまったことに、柊一の防衛本能が激しく警鐘を鳴らす。


「話が通じる相手ならまだいい。問題はそうじゃない場合だ。その時は……」


 殺す──そんな物騒な考えが自然と湧き出た自分に対して、柊一は少しばかり戸惑った。


(気が強いという自覚はあったけど、いきなり殺そうなんて思っちまうとはな……こりゃ自分で思ってる以上に余裕がなくなってるかもしんねえ)


 しかし、そんな自問自答はソフィの言葉により吹き飛ばされることになる。


「あー、アレはアンデッドだね。たぶん最下級のスケルトン。この辺はよく獣人と魔人の戦場になるからそこから流れて来たのかな? まあ、どこから来たのかはどうでもいいから早くやっつけちゃおう。頑張ってね、シュウ」

「ハア? 嫌だよ、お前がやれよ」


「いやいや、アンデッドは普通の攻撃じゃやっつけられないんだよ。"浄化"の技能をもってるか、シュウみたいに"浄化"効果のある武器を持ってないと無理なんだって」

「俺が持ってるって……コレのことか?」


 柊一が腰に携えた祓魔ふつまの鉄剣に手をやると、ソフィは大きく頷いてそれを肯定する。


「そうそう。だからシュウ、頑張ってね! 相手は大したことない雑魚だから余裕、余裕」

(この野郎……清々しいほどの他人事だな。あとで覚えてろよ、マジで)


 深い溜息とともに柊一は鞘から剣を抜く。

 剣で戦った経験など幼い頃のチャンバラ遊び程度である。故に彼は剣を剣と思わず、ただの鉄塊として扱った。

 しかし、今回に限ってはそれが良い方向へと作用する。


 緩慢な動きのスケルトンに向かって柊一は駆け出した。

 生者の気配を察知したスケルトンは柊一へと振り返ったが、その緩慢かんまんな動きを見て柊一はイケると判断する。


 加速した鉄塊が斬るというには不十分な角度でスケルトンの右肩へとぶつかり、その剥き出しの骨を豪快に砕き消した。


 だがスケルトンも一方的にやられるつもりはない。痛みを感じないアンデッドは、自身の体が傷付くことも死を恐れることもないため、怯むことなく柊一へ反撃の一撃を振り下ろした。


「うおっ!?」


 咄嗟とっさに剣で受け止めるも、柊一は慣れない衝撃に驚きを声を上げる。


「アンデッドの攻撃には"呪刻"っていう呪いの効果があるから気を付けてね! 【レイ】!」

「そういうことは先に言いやがれ!」


 ソフィの"光魔法"が武器を持つスケルトンの右手を吹き飛ばす。

 柊一は文句を言いつつもソフィの作ってくれた隙に合わせてスケルトンの頭部を破壊した。


 祓魔の鉄剣に頭部を破壊されたスケルトンは、生前の装備を残し塵となって完全に消滅する。


「あー、これが"浄化"か……」

「うん。アンデッドは"浄化"されると塵になって消えるの」


「ハア……まあ、何はともあれコレで一段落……」

「ちょっと待って」


 何かを察知したような動きをソフィがする。

 それに対して柊一は嫌な予感しかせず──


「えーとですね……残念なお知らせがあります」

「聞きたくねえ……けど言ってみろ」


 ソフィが冷や汗を流しながら苦し気に笑う。何かを察した柊一は目を細める。

 そして告げられたのは──


「新たに十体のスケルトンがこっちに来ているのであります」


 一難去ってから一息つく間もなく、また新たな災難の到来──


「ハア? 今のが一度に十体? んなもん無理に決まってんだろ!」


 柊一は切羽詰まった声で叫ぶが、状況は容赦なく悪い方へと進んでいく。

 探索した方とは逆側の森からスケルトンの群れがワラワラとその姿を現した。


 それらは全て先程のスケルトンと同様、ボロボロであるが剣や盾で武装している。


(無理だ……どう考えてもあの数は相手に出来ねえ)


 逃げる──当然その選択肢も頭に浮かんだが、今の柊一には逃げたとしてもその先が不確定すぎた。

 ソフィと魔導師が暮らしていた洞窟こそが確実な安全地帯──文字通りこれからの生活の生命線なのだ。


 まだこの世界に慣れようとしている段階の柊一には、そんな重要な場所を一時的にでも放棄するほどの余裕がまだ出来ていない。


「お困りのようですね」


 そんな時、ふいに聞き慣れぬ声が柊一たちの耳に入る。

 迫るスケルトン──聞き慣れぬ声──柊一はもう何が何だかわからなくなっていた。


 そして──気付いた時には、ソレは柊一の目の前に現れる。


「あっ、アンタは!」


 柊一がソフィの声の先へと視線を向けると、そこには半透明のローブが浮かんでいた。


「お久しぶりですね。ソフィアさん」

「アンタもしつこいわね~。いくら言われても創造主様のものには一切触らせないんだから!」


「相変わらずつれないですね。ですが今はそれどころではないでしょう。私の敬愛する魔導師様の住居をあのような輩に荒らされる訳には参りません」

「えっ、もしかして協力してくれるの?」


「もちろんです。それに何より──」


 謎のローブが振り向き柊一を見つめる。

 半透明なフードの下にあったその顔は、これまた角の生えた半透明の髑髏どくろ──


「私は貴方様にも非常に興味があるのですよ。異界より来られた召喚者殿」


 その異形いぎょう容貌ようぼうに柊一は咄嗟とっさに剣を構え警戒の態勢を取る。


「敵なのか?」

「ん~、敵ではないかな。ただ、創造主様の研究に興味があるみたいで、しつこく訪ねて来てるんだよねー」


「まあ、おおむね合っております」


 うやうやしく頭を下げる様子は、異形の姿であるにもかかわらず紳士的であった。


「話は通じるみたいだな」


 敵意はないと見て柊一は一旦構えを解く。


「ご理解いただけたようで何よりです。それでは──【シャドーバインド】」


 そして、誤解が解けるや否や角の生えた半透明髑髏は魔法を唱えた。

 その魔法は、もうすぐ傍まで迫っていたスケルトンたちへ向けた"闇魔法"──それらは影から漆黒の鎖を伸ばし次々にスケルトンたちを拘束していく。


「話がまとまったならば早速……あの狼藉者ろうぜきものどもを片付けると致しましょう」

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