第005話 怒涛の終

「さあ、召喚者殿。今のうちにその剣で奴らにトドメを!」


 角髑髏どくろの魔法に拘束されたスケルトンたちは全く身動きが取れていない。


「お、おう、わかった!」


 柊一が一体また一体とスケルトンの頭部を叩き割ってちりにしていく。

 その間も角髑髏の魔法は効力を失うことなく、ついに最後の一体が塵になるまで対象を縛り続けた。




「おい、ソフィ……もしかしてアイツって滅茶苦茶強くないか?」

「そうだね。アイツはレイスから進化したファントムだし、アンデッドのくせに自我を持ってるくらいだからかなり強いと思うよ」


 角髑髏ことファントムの強さに慄きながら、柊一はソフィと小声で言葉を交わす。


(いや、明らかにお前の何倍も強いだろ。しかもアンデッドだと? あれが敵だったらと思うとゾッとするな。というかそんな奴がいるならもっと早くに教えとけや、このクソ妖精が!)


 スケルトンは全て倒し終わったが柊一の緊張は未だ解けない。なぜなら、この場で一番の強者であろう者の思惑おもわくが全く読めなかったからだ。


「それでは遅ればせながら自己紹介させていただきます。わたくしレイスから進化した今は名も無きファントムでございます」

「こりゃご丁寧にどうも。俺は風見柊一という者で、まあその……」


「ご心配なされずとも私は貴方様の事情を存じております。魔導師様の研究されていた異世界召喚により、ソフィさんがこの地に呼び出した召喚者殿ですね」

「あー、そこまで知ってるなら今更隠すことはねえな。アンタの言う通り、俺はこのアホに拉致された間抜けだ」

「あいたっ!」


 柊一は忌々しそうにソフィの尻を指ではじきながら言葉を続ける。


「それでその間抜けをどういった理由でファントムさんは助けてくれたんだ?」

(さっきのアンデッドと違ってコイツは話が通じるみたいだけど、当然何か目的があるはずだ。その目的がわかるまでは油断はできねえ)

「おっしゃる通り、私には目的がございます」


 予想は当たったものの、嬉しくも何ともない柊一は唾を飲んで次の言葉を待った。


「私を魔導師様の後継である貴方様の配下にしていただきたいのです」


 しかし、その返答は彼の心配を裏切る非常に友好的なものだった。




 洞窟の隠れ家には魔導師の結界が残っているらしく、主の許可した者以外は入れない。

 そのため、彼は魔導師の後継となった柊一の身内になることで、魔導師の遺産に触れようとしたのだ。


「コイツは創造主様の熱烈なファンだったの。創造主様は実験が失敗して死んじゃったけど、研究の記録とかはまだ残ってるからそれが目的なんじゃない? アタシは鬱陶うっとうしかったから相手にしてこなかったんだけどね」


 ファントムはソフィの言葉を肯定するように頷いている。


「言いたいことは色々あるけど、取り合えず失敗って何をやらかしたんだ?」

「うーん……簡単に言うと、召喚の最終調整をやってた時に魔法陣に込める魔力が暴走しちゃってさ。創造主様がどこかに飛ばされちゃって行方不明になっちゃったんだ。それでその時、洞窟の所有権は魔導書に移っちゃったもんだから、創造主様は死んじゃったんだろうなって」


「おい待て。それじゃ何だ、俺をこの世界に呼び出したのは完全にお前の個人プレーってことか?」

「うへへ、そうなるかな。創造主様の遺志を継いでアタシ一人でやっちゃった。凄くない?」

(な、なんつー傍迷惑はためいわくなことを! しかもこんなアホ一匹残していきやがって……魔導師のクソッタレめ!)


「ほほう、それは凄い。流石ですね、ソフィさん」

「そこっ! このアホが調子に乗るようなことを言うんじゃねえ!」


 ソフィを調子に乗らせようとするファントムに柊一は思わずツッコんでしまう。


「ハア……まあ、それぞれの事情はある程度わかった。でも本当にいいのか? 俺はお前よりだいぶ格下の存在だろうに」

「フフフ、それは問題ではありません。貴方様は可能性に満ちております。私程度、貴方様であればすぐに越えることができますよ。そして、それが私の楽しみでもあるのです」


「何かちょっと気持ち悪いな……ソフィ、お前はどう思う?」

「いいんじゃない? 今までアタシの生活には必要なかったけど、これからは柊一が中心になるわけだし、柊一が役に立つって思ったんなら配下にしてもいいと思うよ。コイツの魔法もアタシには及ばないけど使える方だと思うし」


(アタシには及ばない云々うんぬん戯言ざれごととして、確かにあの魔法の力は頼りになりそうだな。それに礼儀正しいし、配下になればそうそうおかしな真似もできなくなるか……?)


「分かった。これも何かの縁……今からお前の名前はワイズだ。俺のためにこれから働いてもらうぞ?」

「ありがとうございます! マスターのご期待に添えるよう努めてまいります」




 新たな仲間たちを迎え入れた柊一はようやく洞窟に戻ってきて一息つくことができた。

 ソファに体を沈ませた彼の口からは、その疲れを表したかのような非常に大きい溜め息が零れる。


(やっと帰れた……まあ、疲れはしたけどその分収穫も十分にあった。それだけでもこの異世界でいいスタートが切れたと言ってもいいだろう)


「疲れたけど風呂と飯くらいは欲しいな……よし、あと少しだけ頑張るか」


 柊一は魔導書を開き、今日仲間にしたスライムとマンドラゴラを魔導書の中から"召喚"した。これで彼の配下全てがこの場に揃ったことになる。

 

 グリモワ・ピクシーのソフィア

 スライムのスフィア

 マンドラゴラのダリア

 ファントムのワイズ


 たった一人異世界に連れ去られた柊一であったが、今はこの四匹が仲間となり洞窟の中は随分と賑やかになった。

 

「さて、お前たち。さっそくで悪いがこれから仕事をやってもらう。お前たちの初仕事……それはこのクソ汚ねえ洞窟の掃除だ!」


 柊一は外でいくら汚れようとも平気だが、自分の家の中だけは綺麗にしておきたいタイプである。

 そんな彼にとってこの隠れ家の荒れ果てた惨状は、到底我慢できるものではなかった。


「ソフィ、掃除用具は何かあるか?」

「あるよ~」


「オーケー。それじゃあさっそく期待の新人の実力を見せてもらうとするか。皆、まずは浴室に行くぞ」


 浴室は四畳半ほどの広さがある石造りだった。床には滑りにくい加工が施されていたのだが、そんな加工が台無しになるほど浴室全体が水垢で汚れている。


「魔導師は造るにはこだわったみたいだけど、最高の状態を維持することにはできなかったと見た。うし、まずは俺がブラシでこすってみるぞ……うん、全然落ちねえ」


 長年に渡り蓄積された水垢はかなり頑固であった。ちょっとやそっと擦った程度ではとても取れるような気配ではない。


「そんじゃ次はスフィだ。ここの汚れだけを"分解"して綺麗にできるか?」

『んー、やってみるなー』


 スフィが浴室の床でモゾモゾと動き出す。そして──


『こんなかんじ?』

(な、なんということでしょう……あの頑固な水垢が、綺麗サッパリ消滅しているではありませんか!)


「おお! こりゃすげえ! 偉いぞ~、スフィ」

『えへへ、ほめられた~』


「よし、ここはもうスフィに任せておけば大丈夫だな。この部屋の水垢を全部"分解"してくれ。頼んだぞ!」

『お~! まかせろ~!』


 浴室にスフィを残して、柊一たちは再び大部屋へと戻る。


「次はこの部屋だ」


 洞窟空間のメインである大部屋は魔導師の書物や実験器具で溢れていた。

 これでは効率よく掃除なんてできるはずもない。掃除の基本はものを減らすことから始まるというのが柊一の持論であった。


「ここは物が多すぎる。一旦ここにあるものを全部魔導書の中に移すぞ。ソフィ、魔導書の容量は大丈夫そうか?」

「これくらいの量なら余裕で入っちゃうよ!」


「よし。それじゃワイズは……物理的なもんは運んだり出来るのか?」

「直接触れることは出来ませんが、魔法で運べるのでその点は大丈夫です」


「うん、よろしい」

「ただ、出来ることなら少しばかり魔導師様の書籍を残していただけると嬉しいのですが……」


「あー、それなら適当に三冊程度別に置いといてくれ。で、掃除が終わったらその選んだやつを読んでいいから」

「ありがとうございます!」


 大部屋の片付けは物を仕舞うだけだったため、それほど時間は掛らなかった。

 そして、柊一たちの作業が終わるのと時を同じくして、スフィも風呂の掃除を終えて大部屋へと戻ってくる。


『おわったぞー』


 浴室を確認してみると部屋全体がまるで新品のようにピカピカになっていた。


「実にいい仕事だ。よくやったぞ、ソフィ」

『えへへ、ソフィいいしごとした~』


「そんじゃスフィ、次は台所を頼む」

『え~、またかー?』


「次で終わりだから、もう少し頑張ってくれ。な?」

『んー、しかたないなー』


「ありがとな。すまん、ワイズ。やっぱ本を読む前に風呂を沸かしといてくれるか? そんでそれらと同時進行で飯の準備をするから、ソフィとダリアは俺の手伝いを頼む」


 台所でスフィがせっせと汚れを"分解"するかたわら、柊一とソフィとダリアの三人はしっかりと"鑑定"で確認しながら、キノコを水を張った鍋の中に入れていく。


 鍋は当然ながらスフィに綺麗にしたものを使っている。魔導師が実験で使っていた鍋なんて怪しすぎると、台所に来て真っ先に柊一が綺麗にしたのだ。


 キノコから出汁だしが出てきたら火を弱めて山菜を入れる。

 柊一は調味料がない事に少しばかりの寂しさを感じたが、この状況で贅沢は言っていられない──この際食えれば何でもいいと強引に自分自身を納得させた。


「ソフィとダリアは火の管理な。と言っても煮込むだけだから、焦がさないよう気をつけるだけでいい」

「おー、これが料理か? 面白そう」


「ダリアは料理に興味があるのか?」

「前、森の中で肉を焼く人間を見た。それからずっと気になってた」


(狩人かなんかか? そういやこの辺で獣人と魔人がとか何とか言ってたし……まあ、どういう奴らかもわからんし、関わるとしても少し情報を集めてからだな)

「マスター、湯の用意ができました」


 料理が一段落ついた所で風呂の準備をしていたワイズから声が掛かる。


「おう、わかった。そんじゃ俺は風呂に入ってくる。着替えは魔導師のを使っていいんだろ?」

「あっ、ちょっと待って! 中には魔法の品もあるから、私が選んで持っていくね!」


「分かった。なるべくゆったりしたのを頼む」




 柊一は湯につかりながら今日のことを振り返る。


怒涛どとうの一日……というのが一番しっくりくる表現だな)


 体の疲れと湯の心地よさが夢じゃない事をハッキリと告げている。


(ああ、全部夢だったらよかったのに……)

「エアコンの効いた部屋でゆっくりビールが飲みてえなぁ……」


 そんな小さな呟きが、浴室に虚しく響いて消えた。

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