第007話 戦場泥棒

「よし、戦場に行こう」


 そんなことを言う柊一の口調は、まるで散歩にでも行こうかと言わんばかりの軽いものだった。

 しかし、配下たちから心配や不満の声は上がらない。なぜなら彼らは柊一の成長をリアルタイムで見ていたからだ。


「ふむ、確かにマスターの"隠蔽"はこの数日で信じられないほどLvが上がりましたからな……猛者の蔓延はびこる激戦区でなければ気付かれる事はないでしょう」


 いつものように魔導師の遺産を読みふけっていたワイズがその手を一旦止めて、柊一の言葉に補足を加えて後押しする。


「もう森の魔物には全然気付かれなくなったんだけどな……獣人や魔人ってのは野生の獣よりも気配に敏感なのか?」

「一部の上位者に限られますが、その数は決して少なくありません。獣人は闘争本能が強いため五感が鋭く、魔人は魔法による索敵……というより魔法全般を得意としています。その上位者ともなれば、気配を完全に隠しきるというのは至難と言わざるを得ません」


「あー、ならどの辺なら大丈夫そうなんだ?」

「遠目で見た感じではこの辺りか、あるいはこの辺りが無難でしょう。ちなみにココは両軍の主力がぶつかり合っているため、非常に危険な場所となっております」


 ワイズが地図を広げて獣人と魔人の詳しい戦力分布を説明する。

 

「ならココに行くか。戦場の端みたいだし、ここからも比較的遠くない。様子見には丁度いいだろ」


 そして次の日──彼らは気負うことなくのんびりと戦場へとおもむいた。




 柊一たちが選んだ戦場では、血を血で洗う地味で醜い戦いがそこらかしこで起きていた。

 飛び交う魔法も大規模ものはなく、肉弾戦においても獣人、魔人ともにあまり練度は高くないように見える。


「こりゃー、素人目に見ても泥仕合だな」

「農民などのあまり戦闘に慣れていない者たちと言ったところでしょうか」


「てことはやっぱり目ぼしい物は落ちてないかもね。漁夫の利で戦利品を手に入れようって話だったけど、そうそう上手くはいかないか……」


 柊一とワイズは"不可視化"と"隠蔽"を使っているため、周囲の兵士たちに気付かれる様子はまったくない。

 そして、ソフィ自身は"不可視化"を持っていなかったが、柊一の所有物である魔導書と繋がっているためか、その姿は二人と同じように透明になっていた。


「そんじゃまあ、始めるか。ソフィ」

「はーい、それじゃあ始めるね!」


 柊一が指示に従ってソフィが周囲を"鑑定"していくと、魔導書に情報が流れるように次々表示されていく。


「剣に槍に鎧、携帯食料もボチボチあるな……」


 柊一はここ数日の狩りで、血や死体を見ることに完全に慣れていた。

 近くに転がる兵士の死体を遠慮することなくまさぐり倒し、目ぼしい物を根こそぎ奪い取っては魔導書の中へと放り込んでいく。


「チッ、これは血がベットリでダメだ」


 血にまみれた携帯食料を投げ捨て、また次の死体へと足を運ぶ。

 そんなことをする柊一の数メートル横では、獣人の頭部が魔人の魔法ではじけ飛び、味方を殺された獣人が魔法を放った魔人を槍で貫いた。


(コイツらもよくやるよな。魔法みたいな便利な力……もっと有意義な使い方をすりゃいいものを)

「ねえねえ! あっちによさげな魔物の死体があるよ! あれもいい素材になるんじゃないかな?」


 そんな異世界を憂うような胸中を知ってか知らずか、場違いに高いソフィの声が柊一の耳を突く。


「ハア……わかったから耳元でわめくんじゃねえ。小声でもうっせえんだよ。ぶっとばすぞ」


 柊一はソフィが"鑑定"した情報に目を向ける。


 飛竜の死体×1

 獣人の死体×5

 魔人の死体×3


「なるほど飛竜か……」


 柊一たちのいるような末端の戦場ではなく、主力同士がぶつかり合う戦場で火を吐きながら空を飛び回っている魔物──それが飛竜ワイバーンである。

 確かに今までで一番の素材だった。だがその死体は少しばかり距離があり、そして激しい戦闘が行われている場所に近かった。


 柊一はつい最近覚えたばかりの技能である"探知"を使い、接敵しない安全な道筋を探す。


(慎重に動けば何とかなるな)

「ソフィ、死体の所まで移動するぞ。騒いだら帰ってからお仕置きだ。それが嫌ならそのうるせえ口を閉じて大人しくしてろ……わかったな?」


 コクコクと焦ったように頷くソフィを横目に、彼は流れ弾に気を付けながら慎重かつ迅速に移動を開始する。


「ハア……転職したいと思いはしたけど、まさか戦場いくさば泥棒をすることになるとはなぁ」

(それもこれも全てこの羽虫のせいだ。ハア……コイツと関わってから溜息ばっか出るな。まあ、今は愚痴っても仕方がない。やるべきことをやろう)




「クソ、硬すぎんだろ……」


 獣人と魔人が争う隙間を縫って死体のもとへ辿り着いたものの、飛竜の鱗がかなり硬く柊一はそれの"解体"に難儀していた。

 そしてそれと同時に冷や汗が頬を伝う。なぜなら、死体相手にも自分は苦戦しているというのに、戦場には生きた飛竜をここまでズタボロにできる者がいることに気付いたからだ。


 もしそんな存在と出会ってしまったならば、おそらく彼の命はないだろう。出来ることがあるとすれば、それは一か八かの命乞い、あるいは逃走を図るくらいである。


(魔導書に死体をまるまる入れられればよかったんだけど、大きさの制限があるんじゃなぁ。とは言え、こんな戦場のど真ん中で飛竜を捌くとか……俺もだいぶ狂ってきてるわ)


 自嘲気味な笑顔を浮かべながら飛竜を捌く様は、傍目から見れば確かに狂っているように見えた。


(いずれにせよ、見つかってしまった場合は命を落とす可能性の方が圧倒的に高いことには違いねぇ)

「なら、とっととバラさねえとな。お前ら仕事だ。出てこい」


 今の彼には妖精とファントム以外にも仲間がいる。飛竜の死体を壁にして隠れるように魔導書を開くと、彼の配下となった魔物が数匹現れる。


「いつもより硬いけど、やることは一緒だ。手際良くちゃちゃっと終わらせるぞ」


 "召喚"されたスライムとマンドラゴラ、そして蜘蛛のハイド・トラッパーの手を借りて、飛竜の"解体"は周囲に気取られることなく加速していった。




「今日は大量だったね!」


 飛竜の牙×50

 飛竜の爪×14

 飛竜の皮×1

 飛竜の心臓×1

 飛竜の血

 飛竜の肉

 飛竜の骨

 鉄の剣×30

 鉄の槍……

 …………

 ………

 ……

 …


 柊一たちは飛竜の他にも、剣や鎧など大量の武具に加え多くの魔物の素材を手に入れることができた。

 ソフィの言葉通り、今日の収穫は柊一が異世界に来てから最高の収獲量だったと言えるだろう。


「苦労した甲斐かいはあったな」


 魔導書の"異空間収納"から出した素材を配下の魔物たちに整理させるかたわら、青年は椅子に背をあずけて茶をすする。


「ソフィは武具の"鑑定"」

「まっかせて!」

(思えばこのアホには振り回されてばっかりだからな……手綱はしっかり締めておかねえと)


「スフィは武具の汚れを食ってくれ。さびもあればそれも頼む」

『お~』

(スフィは素直だけど自由奔放で少しアホの気がある……ソフィ同様、注意しとかないと何するかわかんねえ)


「ダリアは飯を頼む」

「ほいほーい」

(ダリアは大人しい性格かと思いきや、時たま大胆なことをするからなぁ……中々行動が読めん。まあ、今は料理に夢中だからアホ二匹よりは扱いやすい)


「ワイズはソフィとスフィのフォローを頼む。それと、あとで今日の成果をまとめて報告してくれ」

「了解しました、マスター」

(ワイズ……何だかんだ言ってコイツが一番の拾い物だったな)


 魔導師の熱烈なファンだったというワイズ──"不可視化"という珍しい技能に加え、彼は魔法を始めとしたさまざまな知識が豊富かつ魔法の扱いにもけている。

 現時点で最も頼りになる配下と言えば、それは間違いなくワイズだった。


「マスター、こちらが本日の報告書です」


 ワイズがA4サイズほどのボードを柊一へと魔法で浮かせて差出す。このボードは魔力がインク替わりの魔法の道具──魔具である。


 魔導師の住処すみかなだけあって、こういった便利なものがたくさんあり柊一は細々とした面で助かっていた。


 ワイズの報告書はこの世界の文字で書かれており、本来ではあれば彼には読むことは出来ないものだ。

 しかし、彼には魔導書の"魔法言語"があるため、彼が望めば魔導書が翻訳して視覚情報に反映してくれていた。


「おう、サンキュ」


 ボードには戦場での拾得物が種類別に数や状態ごとに見やすく整理されている。


「今日の戦いはデモニアが優勢だったな」

「そうですね。セリアン側の被害は大きく、このまま侵攻を続けるのは厳しいでしょう」


 この世界では、身体能力の高い獣人を"セリアン"、魔力量が多く魔法にの扱いに長けている魔人を"デモニア"と呼んだ。

 そして、柊一のような容姿の人間は技人"ヒューマ"と呼ぶ。その由来は肉体的、魔法的特徴はあまりないが、技能および固有技能が発現しやすいとされることにあった。


 ヒューマは他の種族より基礎能力で劣っているかわりに技巧の数値が高く、技能や固有技能を重視した進化をしたということだろう。

 ただ、そんなヒューマの中でも三つの固有技能を柊一は異質すぎる存在であるため、引き続きその力は隠匿していく必要があった。


(今日の争いは当初セリアン側が押せ押せで攻めていたけど、見晴らしのいい平野に戦場が移るとデモニアの大規模範囲魔法で形勢が一気に逆転した……この調子だとセリアン側が攻め切るのは難しそうだな)

「まあ、戦争なんて非効率なもんは早く終わるに越した事はねえか……」


「私は大規模魔法が見れたので、悪いことばかりではありませんでした」

「おい……今後当事者たちと話す機会があったら絶対にそれは言うなよ? まあ、戦泥いくさどろしてる俺が言っても説得力ないけどな」


「冗談でございます。私も元はデモニアですから、当事者の心情も理解しております」

「頼むからお前だけはしっかり者でいてくれ。アホはあの二人だけで充分だ」


 アホとは名前が似ているあの二匹──ソフィアとスフィアである。


「あっ! 今私たちのこと馬鹿にしたでしょ!?」

『ばかにすんなー』


「……ソフィ、お前は俺たちが飛竜を解体している間、勝手に戦場をウロウロして遊んでたよな? スフィも飛竜の肉をつまみ食いしたのバレてるからな?」

「な、なんのことかな~? 私はちゃんと周りを警戒してたよ~?」

『ばれてたか~、えへへ、ごめんな~』


「……ハア」

「ハハハ、苦労させられますね」

(笑いごとじゃねえっての)


「この辺の戦いが沈静化したら、あの村に行ってみるのもいいかもな」

「あの村って、セリアンの?」


「そうだ。森と戦争で資材は大量に集まったけど、今の俺たちにそれを加工する技術がねえ。村に行けば俺がその技能を覚えられるかもしれないだろ?」

「でも、あの村って戦争の影響でボロボロだったよね? そんなとこに行く意味あるの?」


「だからだよ。ボロボロなら復興しなきゃならない。そんな時に頼りになる助っ人が来たら大助かりだろ? 最初は警戒されるだろうけど……まあ、そこは交渉でなんとかするさ」

「ふーん、シュウが決めたことならそれでいいんじゃない?」


「問題は俺が何者かって設定だ。馬鹿正直に異世界人なんて言えねえし……」

「旅の魔導書使い、とでも名乗ればいいかと。種族問わず魔に通ずる者に旅はつきものです。戦争相手国のデモニアなら問題あるでしょうが、マスターはこの世界ではヒューマと認識されるでしょうし、大きな支障はないかと」


「そうなのか? ならそんな感じでいこう。そしたら連れて行くメンバーも決めないとな」

(魔導書の付属品であるソフィは強制として、片付けにはスフィとワイズだろ。回復魔法のダリア。復興作業には"土魔法"を使える軍曹もいいな)


 柊一の言う軍曹とは、先日仲間にしたハイド・トラッパーのことだ。名前の由来は、害虫ハンターアシダガ軍曹からである。


(何事もタイミングが重要だ。今はまだその時じゃない。もう少し戦火が弱まるまで待つのが無難だな)


 そうして彼らは機が熟すまで彼らはそれぞれの爪を研いでいく──

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