第003話 スライム

「おい、ありゃスライムってやつか? あんなチンチクリンで弱そうな奴が本当に役に立つのかよ……」

「チッチッチ、あれはただのスライムじゃないんだなぁ。なんとあのスライムは"溶解"の上位技能である"分解"を持っているのです! すなわち、お掃除なんかで超役に立つ!」


 どう役に立つのか理解はしていなかったが、今の柊一にとって掃除に使えるというのは非常に魅力的だった。

 あの汚れだらけの洞窟をなんとかしたいと思っていた彼にとって、この魔物はまさに求めていた人材と言える。


「そういうことなら仲間にしてみるか。周りに他の魔物はいるか?」

「ん~、この辺にはあのスライムだけみたいだねー」


「よし、それならさっそく行動開始だ」


 魔物を手懐ける方法は二つある。言葉による交渉か、力による上からの支配か。


 彼の手には洞窟にあった祓魔ふつまの鉄剣があるが、彼が選んだ方法は──


「よう、スライム。俺の言葉はわかるな? さっそくだが交渉だ。俺の配下になるか、死ぬか。さあ選べ」


 ただの脅迫であった。


「それは交渉ではなく脅しでは?」

「こちらの要求を簡潔に述べただけだ。スライムと言葉遊びをするつもりはない」


 ソフィの感想はもっともなものなのだが、柊一の行動も決して間違いではない。魔物との交渉においては武力を背景にしたそれは非常に効果的だからだ。

 この世界──特に弱肉強食である魔物たちの世界では力こそ全てだったのである。


『お、おまえはわるものか!?』

「おう、極悪だぞ~。だからこれを断れば死んじゃうぞ?」


 スライムの口調からはあまり知能は高くなさそうな印象を受けるものの、会話や交渉ができる最低限の知能はあるように見える。


『そうかー。それならしかたないなー。なかまになるぞー』

「えらくアッサリしてんのな」


『このよはじゃくにくきょうしょくだからな~。つまり、しぜんのせつり』

(スライムのくせに妙に達観してんな)


「うまくいったみたいね。それじゃ名前を付けてあげて。そうすることでこのスライムは貴方あなたの配下になるわ」


 この世界で魔物は基本的に名前を持たない。そして人はそんな魔物を名前という首輪を付けることで飼い慣らしている。


 もちろんそれは無条件ではない。相手が納得していない場合は力でじ伏せるたり、友好を深めるなどのいくつかある条件をクリアする必要がある。


 今回すぐに名付けができるようになったのは、一方的に狩られる立場のスライムが無条件降伏したことによるものだった。


「名前ねぇ……コイツらアホっぽいのがなんか似てるな。似せた名前でもつけるか」


 そんなことを言われた妖精ソフィことソフィアは、彼の周りを飛び回りながら抗議する。しかし、そんな妖精は柊一の手により鬱陶うっとうしいはえかのごとく軽く振り払われた。


「そんじゃスフィア。略してスフィでどうだ?」

『スフィアのスフィなー。よろしくな~』


 柊一が名付けるのと同時に魔導書が開く。そして開いた空白のページが何かが書き込まれるように光る。

 ただ、そのその光は一瞬で終わり、すぐに空白のページへと戻った。


「はい、これで完了だよ。配下にした魔物の情報は魔導書でいつでも確認できるから覚えておいてね」

「わかった。で、スフィはどうする? 流石に一緒に連れて歩くには速度が違いすぎるぞ」


「あ、それなら魔導書の中に入っててもらう?」

「そんなことも出来るのか?」


「出来るのです! どう? 見直した? 惚れちゃった?」

(うぜぇな……反応するのも面倒だ。無視だ、無視)


「ちょっと~、たまには少しくらい褒めてくれたっていいじゃん!」

(いじけやがったよ……マジでめんどくせえ奴だな)


「あ~もう、凄いとは思ってるから拗ねんなよ」

「えへへ、やっぱりそうだよね! 私って凄いよね!」


「だからって調子に乗るんじゃねえぞ」

「わかってるわかってる~」


「ハア……めんどくせえ」

「これでシュウの固有技能が機能するね!」


「あー、なんかそんなこと言ってたな」


 この世界には技能というものがある。また、その中でも各個人専用といえる固有技能という特別なものがあった。


 そして、異世界から連れてこられた柊一の場合は、ソフィの宿る魔導書と契約した際になんと三つの固有技能が発現したのである。

 それはこの世界の常識に当てはめて考えるならば、非常に稀有けうな事象だった。


 そんな稀有なことが起こった理由は、異世界人であること、世にも珍しい魔導書、そして彼個人の素質という、これまた稀有な要素が組み合わさったことにある。


 固有技能自体が珍しいものであるため、それが三つというのはかなりの異常事態だ。

 ソフィは「やっぱりアタシの目に狂いはなかった!」と喜んでいたが、対照的に当事者の彼はこの世界での身の振り方を慎重に考えなければと素直に喜んだりはしなかった。


「今回機能するのは"共鳴"って固有技能だね!」

「あー、確か配下にした者の基礎能力の一割を自分に追加して、俺の基礎能力の五割を配下に上乗せする能力だったか?」


「そう! つまり配下が強くなるほどシュウは強くなって、シュウが強くなるほど配下もまた強くなるってことだね!」


 そして、この固有技能の強みは能力の向上だけに留まらない。この"共鳴"という固有技能の神髄しんずいは配下の持つ技能さえも上乗せされることにある。


 基礎能力に関しては今現在の配下が適用されるため、配下の増減が即座に戦力の増減へと直結するが、技能に関しては一度覚えてしまえば忘れる事はない。

 そのため、技能に関しては配下を増やすことは単純に彼を強くするということになるのだ。


「まあ、スライム一匹じゃ高が知れてるけどな」

「これからどんどん配下を増やせばいいんだよ! 塵も積もれば山となる!」


「増えると管理が大変そうだよなぁ……」

「そ、そこは頑張って!」


「頑張るの苦手なんだよ、俺」

「もうちょっと欲を持とうよ~」


「まあ、なるべく手がかからない奴を手下にしていけば問題ないか」


 まだ探索する体力と時間には余裕があった柊一は、あと一匹くらいは手懐けたいと再び森の中へと歩を進める。

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