第12話 完璧な彼女
駅に着いてすぐ、降りだした雨に気がついた。傘なんて持っていない用意の悪い俺だけど、これは丁度いい時間かもしれない。
昨夜、急展開を迎えた二人の関係。
今朝早くに腕の中で目覚めた彼女の幸せそうな笑みを思い出すだけで心の奥底まで暖かくなった。
昼間募った熱を今ここで冷まさないと彼女を見た途端、飛び付いてしまうかもしれない。
だから駅の壁に寄りかかり、時間を少し使うことにした。
傘を買う人、鞄から折り畳み傘を取り出す人。タクシー乗り場に近付く人。雨が弱まるのを待つ人。娘を車で迎えに来た父親。傘を持って彼氏に近付いた彼女。
失敗に気が付いたのはすぐあとのこと。色んな人の色んな生活を眺めているうちに雨は確かに弱まったけれど、彼女への気持ちはさっきよりずっと強さを増してしまった。
歩くスピードを速めているつもりはないのに、歩幅もいつもと同じはずなのにいつもよりずっと早く家に着いた気がする。
昨日はきっと熟睡出来なかっただろうから今夜はもう寝ているだろう。それでいいと思う自分と、ほんの少しでも顔が見たかったとバルコニー越しの暗い窓へ目をやる自分。
時計の針が天辺を過ぎた静かな夜。
幸せな溜息を付いてから俺は静かに家へ入りリビングの扉を開けた。
「……三上?」
薄暗い中、屈んでいた三上は昨日酔いつぶれて寝てしまった俺のようにソファーで眠る鞠さんへブランケットをかけている最中だった。
「……れ、レオさん、あ、こ……これは」
トーンを落とした小さな声でも三上が慌てているのはわかった。
そっか、お前もそうか。
俺は右手で小さくOKマークを作ったあと口にチャックする仕草を大袈裟にしてみせた。
ブランケットをかける仕草があんなにも愛情に溢れているものだってことを知らなかった。三上が鞠さんに贈っていた柔らかな眼差しを見て、彼女――明里さんもあんな
明日の朝、誰よりも早く起きて彼女の姿を確認したい。出来ることなら抱き締めてしまいたい。
「あー、もう俺ヤバいな」
初恋中の男子みたいに浮かび続けるこの心臓。ベッドに飛び込んで枕で押さえたら治まるんだろうか。
そんなこと考えながら自室の扉を開けた。
「おかえり」
扉を開けて驚いた。
「勝手に入っちゃった。 レオって鍵閉めないんだね」
これは不意打ち。まずいレベル。
シンプルな部屋着と素っぴん、顔にかからないように前髪を纏めたヘアピン。
雑誌は三冊ほど積んであり、寛いでいた感じを出しているけれど……
「明里さん、ありがと」
完璧な部分だってやっぱり彼女の一部だから。
勝手に人の部屋に入ることを躊躇っただろう。メイクを落としてしまうことを躊躇っただろう。部屋着でさえ迷ってくれただろう。
でもそれを飛び越えて俺を待つことを選んでくれたこともニヤけるくらい嬉しいから。
「みんなにはバレてないよ」
そう言って微笑んだ彼女を抱き締めずにいられなかった。
「でも、ちゃんと彼氏のところに泊まりに行くって言ったんだ」
胸の中で吹き出した彼女を見て、またひとつ新たな部分を知れたと思った。
きっかけは彼女の失敗だったかもしれないけれど、もう今となっちゃ何が完璧で何が失敗かわからない。
だから――彼女の存在そのものが、俺にとっては完璧だったって答えで許してもらえませんかね。
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