第4話 消える
持ってきたポテトチップスは封を切られることもなく丸テーブルの上に置かれていた。
ほぼ空になった手の中の350ml缶。僅かに残った最後の一口を飲んでしまおうか残そうか揺らしながら迷っていた。
「缶の底に残ったビールって何でこんなに苦いんだろうね」
俺の様子に気付いた彼女は眉間にシワを寄せ飲み干してからそう言った。
「美味しいって思うのは最初の方だけで最後の一口はこうして嫌な顔して飲むじゃない?それなのに次の缶、次の缶って手を伸ばしちゃう。 どうしてだと思う?」
「旨い一口めが忘れられないから……っすかね」
彼女は自分から質問したくせに『なるほど』とも『違う』とも言わず真っ黒な空を見上げた。
「そういえば、カナコちゃんのお友達が入ってくるんだってね!」
「あぁ、歓迎会しようって武田さん言ってましたね」
「可愛い子だったら嬉しい?」
「あーどうですかね」
「そっか、レオ彼女いるもんね」
彼女はポテトチップスの横にカコンっと空いた缶を置き椅子に腰かける。彼女は俺が知る限り酒に強いから一缶くらいじゃ本当どこも変わらない。さっき涙を流した人と同一人物とは思えないほど、どの仕草も俺との距離感もちゃんとしていた。
「カノジョと別れるつもりです」
普通の女の子なら『なんで?』と聞き返してきそうなところでさえ彼女は何も突っ込んでこなかった。
それどころか「明日も仕事なのに夜更かししちゃったな」と時計を眺め「お開きにしよう」と笑う。
だから俺だって「ですね」と笑って、迷っていた缶底の残りを無理矢理飲み込むしかなかった。
「缶、捨てときますよ」
「ありがとう」
今日みたいに普段は起こらないことが突然起きたとしても、互いの心に変化がなければ未来がくっついてくることもなくて。
たった一枚の絵だけじゃ、小説にも映画にもならないのと同じで。
どうしようもない奴だと思われるのもわかっていたし、男なんてみんな同じだと思われるのも嫌だったけれど。
「また一緒に飲んでくれますか?」
順序があることもわかっていたはずなのに、まるで息をするように言葉が飛び出した。
「うん、新しい子の歓迎会ではもっと飲もう!」
「……ですね」
一瞬の間もなく彼女が発した表向き優しい拒否。それを背負ったまま階段を降りた。
明日になったら彼女はいつものように似合う格好でここを降りてくる。
きっと前髪も、前からそうだったかのように自分に似合わせて登場するんだろう。
缶を捨てるとき、彼女の髪を捨てた隣のゴミ箱に目をやった。
廊下の途中、真っ白な洗面台にも目をやった。
髪は、欠片すらもうどこにも残っていない。
さっきまで確かに存在していたのに、彼女の髪を俺が切ったという事実はもうすでに消えかけていた。
それが凄く胸を締め付けた。
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