第5話 既読

 隙間時間の昼休憩。

 朝、駅前で買ったパンの袋とペットボトルの水を冷蔵庫から出す。

 椅子に座ってすぐに水を飲み、袋の中から取り出したベーコンエピにかぶりついた。

 一口、一飲み。

 また一口、また一飲み。

 エアコンの風とドライヤーの熱で乾いた体が一気に蘇る。午後に向けてのチャージはすぐに完了した。


 カノジョと付き合い始めたばかりの時……といってもまだたった半年前のことだけれど、昼休憩に入って一番最初にすることは携帯のチェックだった。

 いつも、多分今日だって、カノジョから必ず何かしらのメッセージが送られてきている。

 大学生のカノジョは友達とのランチや買い物の報告をしてくるのがお決まりだった。他にも『会いたい』とか『好き』とか、浮かんだ感情をそのままに、ポンポンといくつも送信してくるタイプだった。


 最初は俺だってそんな所を可愛いと思っていたしメッセージが届いていることが嬉しかった。携帯の向こうでずっと待っているような気もしたから昼休憩に入ってすぐに返信した。

 そうして返したメッセージにはいつもすぐ既読マークがついた。


 ――でも。


 付き合い始めてから三ヶ月過ぎた頃だったろうか。講義をサボって遊びに行ったとか、先生の話が眠いとか、ユルい日常の報告が繰り返されるようになった。

 遊ぶななんて厳しいことを言いたいんじゃない。俺との関係が深くなって本音を出してきただけだということもちゃんと理解してた。

 だけど、俺は物心ついた時には父親がいなくて、俺の進学のために必死で働く母を見てきたから。

 イライラする自分に気がついた。


『ちゃんと勉強しろよ?』


 いつだったか、そうサインを送ったこともあったけれどカノジョはその忠告を本気だとは思わなかったようで、口元に手をあてて笑みを浮かべる熊のスタンプが一つ届いただけだった。

 カノジョからのメッセージにすぐ返信しなくなったのはそのへんから。

 気持ちがしぼむきっかけなんて蓋を開けたらきっと誰しも些細なこと。

 きっと今日もロッカーの鞄に入れっぱなしにしている携帯にはカノジョからのメッセージが届いているんだろう。

 ここんところ、仕事終わりに初めて見たふうを装っていた。……いた、けれど。

 もう腹をくくることに決めた。


 彼女の泣き顔を見たせいだ。

 彼女の顔が離れなくなった。


『次はいつお休み~??』


 そのメッセージの下に続けた一文は一分もたたないうちに既読になった。


『大事な話があるから時間くれない?』


 気持ちはとっくに決まっていたのに、いざ切り出すと急に体が重くなる。

 泣かれるだろう。

 どう話したらいいだろう。

 直接会わずに済ませられたらいいのに、と情けない部分が溢れだす。


 たかが半年、されど半年。


 既読になったメッセージに返信がくる様子はまだない。

 暗転させた画面を伏せて鞄へと戻す。

 カノジョに背中を向けるように、ロッカーの扉を閉めた。

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