第6話 ロミオ
カノジョはずっと泣いていた。
泣いてイヤだと繰り返すその姿を見ていたら俺の方が泣きたくなった。
いや、もちろん泣いたりなんかしないけれど身体中の力を吸い取られたみたいに疲れてしまい、帰り道は頭まで痛くなった。
もうあたりは暗くなっていたし下を向いて歩いていたから彼女が見ていたなんて思いもしなかった。
「おかえり、レオ」
驚き探した声の主は二階のバルコニーから俺を見下ろす彼女、明里さんだった。
羽織っていた白いシャツのせいか、背中に纏った部屋の灯りに白く縁取られたその姿はあまりに尊く見えて思わず息を飲んだ。
「……元気ないの?」
そう放つ彼女の瞳が大きく開く。バルコニーの柵から少し乗り出した顔には心配の色も混ざっていた。
それだけで、ただそれだけで充分だった。
「うんにゃ、めちゃくちゃ元気っす」
咄嗟に作った笑顔と二階へと伸ばした右の拳。
――俺はフッた側だから。
彼女を傷付けた男となんら変わらないから。彼女たちの方が傷付いてるから。
「元気ならいいけど」
「明里さんこそ、少しは復活しました?」
「お陰様で」
一度、彼女の奥に触れたからだろうか。
彼女のその言葉が嘘だとわかってしまう。
あの日の夜に起きたことは何もかも消えたと思っていたけれど、そうじゃないのかもしれない。
「俺、高校の時にロミオやったことがあるんですよ」
「ロミオ? ロミオとジュリエットの?」
「はい」
「この状態見て思い出したの?」
「はい、ジュリエット男でしたけどね」
「なにそれ」
彼女の笑い声が空に舞い、フワリと俺に落ちてくる。疲れた体に降るその声をもっと増やしたいと思った。
「ロミオの俺が、ジュリエットのいるバルコニーによじ登って言うんですよ」
「なんて?」
「意外と低いね、キミん
「あはは」
「んで、二人でバルコニーから飛び降りて踊り出すんです」
「あはははは」
少し前に流行ったアイドルの振り付けを即興でやった俺に彼女がくれたのは心の底からの笑顔だった。
「明里さん」
「ん?」
顔に笑みを残したままの彼女が瞳に飛び込んでくる。
「元気ない時はそこにいて下さい」
「俺、ロミオのセリフまだ全部覚えてるし、踊りもまだ覚えてるんで」
「もっと笑わせる自信ありますから」
彼女が黙ったのは、この前みたいな拒否じゃなきゃいいなと思う。
彼女の前髪にも俺の指先の感触が残っていればいいなと思う。
それが例え僅かでも。
同じシェアハウスに暮らす住人の一人という立場から上へ、ほんの少しずつでもよじ登って行けるならそれが幸せだって思ってしまうんだ。
カノジョと別れたその日なのに、この気持ちが止められない。
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