第7話 嘘

 カナコさんの友人であるまりさんがこのシェアハウスに越してきた理由わけは、住んでいたアパートが火事で全焼してしまい家財道具やら何やらを全て失ったというあまりに大変なものだった。

 けれど、いくら体が無事だったとはいえ、そんな悲劇が起きたばかりなのに鞠さんは始終明るく振る舞っていて、歓迎会に湿った空気が流れることは一度もなかった。少し前の俺ならば『強い人なんだろう』と、鞠さんの姿をそのままに受け止めたはずだ。


 ――でも、今となっては。


 見事なまでに本心を隠して嘘をつく姿を見分けられるようになってしまった。


 明里さんはその夜、カナコさんに前髪のことを再び褒められたり鞠さんに恋人の有無を聞かれたりしていた。

 でも彼女は恋人と別れたことを一切口に出さなかったし、前髪もただの気分転換だと嘘をついた。


 誰も疑わない、可愛らしく美しい微笑みを浮かべながら。


 『この人が好きだ』


 自分の気持ちに確信を持ってからというもの、俺は彼女の部屋のバルコニーを確認するのが癖になっている。


 俺は住人の中でも帰宅時間が遅い方だから、彼女はほぼ先に帰宅している。

 

 『……ほら今夜だって』


 遮光じゃない彼女の部屋のカーテンからは灯りだけじゃなくぼんやりとした輪郭だって透けている。しかし、その輪郭がカーテンを揺らすことも目の前に現れることもまだなかった。

 また明日、と昨日抱いた期待が空振りする。

 存在を確認できるのに顔を見れないことがこんなにも寂しいだなんて。


「元気ない時はそこにいて下さいだなんてカッコ付けなきゃ良かったなー」


 あの時、どんなに無様でもいいから次の約束を取り付ければ良かった。


 カーテンに映る黒一色のその姿は、いつもと少しも変わらなく見えるけれど、ただ黒に隠されているだけで本当は震え泣いているんじゃないかと思ってしまうんだ。


 一歩でも、片手でも……指先だけでも、その影の奥から俺を求めてくれたなら、いつだってここをよじ登るのに。

 いつだって、ロミオになれるのに。


 また今夜も複雑な気持ちを抱いたまま玄関の鍵をあける。家に入ったら二人はただの同居人でしかないから。

 ただの同居人でしかない家の中の時間ほど切ないものはない。

 でも、けれどそれでも、寄り道もせずに真っ直ぐ家に帰る自分に苦笑いがこぼれた。

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