これもいつかの日のお話

 彼が夏の終わり頃から髪を伸ばし始めたことに気が付いていた。


 ファッション誌は男女問わず目を通すことも、流行に敏感で次のシーズンにであろう色のチェックもかかさない。

 シーズンの始まりに店頭のマネキンが着ていたような服やアイテムは当たり前のように取り入れいち早く身に付けている。

『単に好きなだけだよ』

 彼はそう言って笑ったけれど、ファッションや流行だけじゃない、様々な情報にアンテナを張る彼を見て素直に素敵だと思った。

 彼の興味の範囲が、インテリアコーディネーターとして働く私の興味と重なることもまた嬉しいポイントだった。


 伸ばした髪の色を彼は黒に変えた。

 専門的なことは分からないけれど、ただの黒に見えるその色にもブラウンの薬剤が入っているらしい。


 確かに、紅葉の中に立っても映える黒色だった。


 思えば前のカレはお洒落に無頓着なタイプで、ニットの下に鮮やかな夏色のTシャツを着ていても気にしない人だった。だから、こんな風に季節の変わり目にドキッとさせられることなんてなかった。


 短く刈られたうなじを触るのが好きだと思っていたけれど、伸びた髪に少し隠された首筋を撫でるのも堪らない。

 額が見えている方が男らしくて好きだと思っていたけれど、伸びた前髪から垣間見える眉にもキュンとする。


『もう少し伸びたらパーマかけようかと思ってるんだ』


 どうやら彼はまた私をドキドキさせるらしい。悔しいから絶対に教えてあげないけど。

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